アウゲーと婦人会

ページ名:アウゲーと婦人会

 

 オレは今、婦人会の連中に混じって騎士どもの為に弁当をこさえている。騎士の妻はドレアム騎士団日本支部の婦人会に強制的に参加しなければならず、おっとりキャラで通っているオレはそこでのお手伝いとやらにも笑顔で従事せざるをえなかった。
 今日は騎士どもが演習に出掛けるというので、妻たちはせっせとおにぎりを生産している。
「手が止まっていますよ。ミアさん」
 ただおにぎりを握るだけならまだいいが、婦人会で最年長の自己啓発的なお局が激を飛ばしてくるので、もう堪らない。オレが如何にも申し訳なさそうに「すみません」と謝罪すると、奴は鼻息を荒くして満足げにする。
 同じ班の女に「大丈夫?」と尋ねられたので、オレは「大丈夫です」と心にもない事を言う。「そっかあ」と心配そうにオレを見るこの女は鬼月という。こいつは騎士ダンデライオンの妻で、婦人会の小グループのうち比較的若手のグループを仕切っている。普段あまり家事をしないのか料理の腕はいまいちだが、メンバーのストレスを上手く制御している。
「おにぎり、いくつ必要なんでしょうか」とオレが訪ねると、
「お腹が空くといけないから、多めに作ろう!」と鬼月は楽しそうに答える。
 妻どもの料理(今回は米を成型するだけなのだが)の腕前はまちまちで、資格持ちでプロ級のお局もいれば、全く料理をしないせいで調理スキルが園児以下の奴もいる。オレの居る若手グループの料理のセンスは平均以下だ。さっきから具材のツナを何の肉かと話す声が聞こえる(いわずもがな、ツナはマグロの魚肉)。オレは聞こえないふりをして延々とおにぎりを生産する。宿主であり夫役でもあるハンスを唸らすために非正規雇用で実務経験を積み、調理師免許まで取ったオレに敵などいないのだ。
 機械のように正確に、上等なおにぎりを大量生産するオレを見た鬼月は、「ミアさん、おにぎり作るの上手だね!」と言う。
 オレは「そうだろう、そうだろう」と思いながらも笑うのを我慢して、「とんでもないです」と謙遜する。
 鬼月の声がでかいので、そのうち周囲の妻たちもオレの周りに集まってきて、口々にオレ(のおにぎり)を称える。そうしてオレを中心に、オレの手元を見ながらこいつらは見様見真似で握り始める。なかなかどうして悪い気はしないものだ。
「どうやったら上手くできますか?」とひとりに訊かれたので、オレは、「あまり力を入れ過ぎずに、旦那さまの好みに合わせて形を作るといいかもしれませんわ」と答える。
 宿主のハンス(夫兼騎士としてはヨハネス名義だが)はオレが大好きなくせに、少しでもオレが作った飯の出来が好みと違うと黙る。なのでオレは正確にアイツの好みを把握しているのだ。
 しばらくわいのわいのと作業を続けていると、お局が掌を叩いて注目を集める。
「皆さんお疲れ様でした。これだけあれば十分です」
 お局の合図で全員作業の手を止めて積み込みを始める。サイズはまちまちだが、鬼月の握ったおにぎりはやたらにデカい。直径15cm前後はある携行食はどうなのかと思うが、ダンデライオンは鬼月のおにぎりだと分かるだろう。
 積み込みを終えると、「ではこれから届けに参りましょう」と言って一同はマイクロバスで演習場に向かった。
 現地に着くと騎士どもが昼食の用意をして待っていた。その中には当然ハンスとダンデライオンもいる。
「召し上がれ!」と妻たちがカートを設営すると、騎士たちは「いただきます、いただきます」と口々に言いつつカートに詰め寄る。
 自分の妻が作ったおにぎりを探そうとしているらしい騎士もいれば、寧ろ避けようとしている騎士もいる。肝心のハンスとダンデライオンは一歩引いた位置から集団を見守っている。ダンデライオンは知らないが、ハンスは騎士としては落ち着きのある人格者として通っているため、このような争奪戦には参戦しづらいのだろう。傍から見れば滑稽で笑みが零れてくる。
 集団が引いた頃、カート上には鬼月の作った15cm級おにぎり一つと、誰が作ったとも知らない硬そうなおにぎり数個が残されていた。ダンデライオンは巨大おにぎりが妻の作だと気づいて苦笑していたが、ハンスは作り微笑みを浮かべてカートのおにぎりたちを見下ろしている。
 ダンデライオンが(岩石のようなおにぎりをハンスに押し付ける事を憂いてか)選びかねていると、ハンスは察したのか微笑んだまま、「大きなおにぎりが奥さまの作品だと仰ってましたものね」と暗にダンデライオンを誘導した。
「申し訳ない……」と小声で謝罪すると、ダンデライオンは鬼月が作ったおにぎりを手に取った。
 それに笑顔で頷いたハンスが残った岩おにぎりを手に取ろうとすると、同じ班の料理が下っ手クソな妻(ツナの奴)がハンスに声を掛けた。
「ヨハネスさまに召し上がっていただけるなんて、わたしは幸せ者です!」
 その言葉を聞いたハンスはそいつに向けて微笑むと「ありがとうございます。美味しそうですね。いただきます」と言って岩おにぎりを手に騎士の集団に戻って行った。



 その日の夜、珍しく早く帰ったハンスは「風呂の前に飯にする」と言った。オレが「汗臭いから先に風呂入れよ」と言うと、ハンスは渋々シャワーを浴びに行った。
 ハンスが風呂から出る頃にはテーブルに料理を並べておいて、すぐに夕食を始められるようにした。ハンスは風呂から出るとテーブルにかけ「いただきます」と言い、黙々と料理に手をつける。オレが「美味いだろ?」と尋ねると、ハンスは「ああ」と生返事をする。
 リアクションがしょぼかった事に納得いかなかったオレは、「たまにはオレじゃない女の料理が楽しめたんじゃねえの?」と意地悪を言った。
 ハンスは少しの間箸を止めて考え込むと、「いいや」と呟いて料理に戻った。

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