███県██市██町 東部森林地帯 夢現領域
国際指名ローグ派閥”オリジナル・シン”が非合法に占有する夢現領域に車列が入場し、規則正しく駐車される。それらの中間に挟まれ手厚い警護を受けていた一台の高級セダンが、レッドカーペットの手前に横付けされる。
「Shall.」
シワ一つないスーツでキメたローグダイバーが後部座席の老人に笑顔で現場への到着を知らせる。老人は笑顔でゆっくりと頷き下車すると、規則正しく整列した護衛に見送られながら、レッドカーペットを進む。カーペットの先には絢爛豪華な装飾が施された演台が置かれている。警護は老人の一歩後を付いて歩く。
老人が演台へと上がる階段の前まで来ると、ローグダイバーが輝く笑顔で老人に会釈する。
「Mr.Kanematu.”Okiotukete”.」
「ありがとう。呉さん。貴方たちのおかげで安心して信奉者たちに顔を見せられる」
オリジナル・シンの新規警護事業”ゼロリスク・オーダー”のチーフ”呉”が証明者派閥の有力者”金松”が壇上に上がるのを見届ける。
<任务完成。队长。>
「不要放松警惕。」
<收到>
無線を終えると同時に呉は身を翻し、おもむろに藪に向けてナイフを投擲する。吸い込まれるように正確な軌道のナイフが藪に突き刺さると、短い悲鳴と共に小型の夢が蒸発してゆき、あとには小ぶりのクオリアが遺される。呉はそれをハンカチで包んで拾いあげると、日本人の警備要員に手渡す。
「宝石に加工して依頼人様にお贈りしろ。此度のご縁の記念として……」
「承知致しました。チーフ」
ゼロリスク・オーダーの売りは高級さと安全性。世界中のローグ指定を受けたダイバーから選りすぐりの凄腕を破格の報酬で雇用している。依頼人は防弾プレート入り最高級セダンで護送し、重装甲化されたバンで依頼人の四方をカバーする。そして望めば自社運営の夢現領域を貸し出し、完全に安全な集会場所を提供する。夢現領域には人体に致命的な損傷を与える罠が多数仕掛けられているほか、番犬代わりの夢が徘徊している。木々には擬態したカメラが設置されているため、敷地内から攻撃を仕掛けようものならば返り討ちに遭うのは必至だろう。まさに領域内は高級さと安全性を体現している。そして多国籍チームを指揮するチーフには主要五ヵ国語をマスターする必要がある。彼はその条件に合致する希有な人材だ。
「What`s our motto?」
<Supreme safety and uxury!!!>
呉は満足そうに何度も頷き、ジャケットの懐からサングラスを取り出して装着する。そして演台で両手を広げて信奉者たちに存在感を示す依頼人を見上げた。
「?」
直後、サングラスにペンキのような液体が飛沫し思わず顔を顰める。
指でふき取ると、液体は赤茶色をしていた。
「?」
<Клиент был застрелен!>
<辺り一面血まみれだ!>
<这很危险!>
「??」
周囲の警備に当たっていたローグが血だまりに浮かぶ金松の元に殺到する。呉は事態をしばらく受け入れられず、立ち尽くしたまま心底不思議そうな表情で小首を傾げていた。
「ヘッドショット。標的に動きなし」
観測手が双眼鏡で現場を監視しながら状況を狙撃手に伝える。
「━━はぁぁぁ……」
狙撃手━━タシギは集中して止めていた熱い息を吐いた。
彼女は簡単に伸びをしたあと夢界の武器である狙撃用ライフルを消失させ、クッションなどの身軽な荷物を纏めて立ち上がる。
肉眼で見えるのはビルから見下ろす夜景。それと遥か先に鬱蒼とした森林が見えるだけだった。
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