June 21th 20██ PM1:24太平洋 ロシア国籍船「█████」
operation「██████████」
mission1-1.<ホルダーの無力化>
武力行使.[認可]
標的の殺傷.[認可]
mission1-2.<ローグダイバーの撃破>
標的の殺傷.[認可]
mission2.<孤児大量誘拐事件の証拠回収>
武力行使.[認可]_
タール状の液体が天井のハッチの隙間から滲み出す。液体は触れたところから白煙を吹き溶かしてゆく。そうして意思を持つタールはハッチの隙間に入り込み、間も無く閂を溶解させる。解放されたハッチを開いてバイク用プロテクターに身を包んだシェルが貨物船に侵入した。
「潜り込んだ」
彼女が独り言のように呟くと、黒い人影がゴムのようにしなり垂直に地面に降り立つ。
「メンテナンス通路だ」
シェルがそう言うと、藍司が手で壁の落書きをなぞる。すると壁の表面の一部が砂のように剥がれて色の違う壁面が覗く。
「現実と夢現領域の境が曖昧だ。悪夢がいることは間違いないけど」
「長居無用。とっとと制御区画を抑えよう」
「了解だシェル。死角は僕が固める」
それだけ言うと藍司はシェルの後方につく。
「殊勝だね、優」
声を出さずに微笑むと、自身の銃のチャンバー内に弾丸が装填されていることを確認する。
「行くよ。ついてきて」
そして暗い回廊を駆け足で進み始める。元より貨物船には不釣り合いな赤錆びた回廊と金属製の自動ドアが続く。同じような景色をずっと進んでいるが警備などがいる気配はない。
「この区画番号は無限に続くのかな」
シェルは走りながら壁面のナンバーを確認していた。B-23から始まった番号は既にB-45に到達している。
「夢界につむじまで浸かったみたいだ」
シェルが駆け足を緩めて壁の表示をなぞる。
「打破しよう」
藍司は足を止め回廊の両壁に手をついた。そうして壁面を掴むと薄いゴムのように弾性をもって表面が伸びた。藍司がさらに力を加えるとみしみしと音を立てて裂けはじめる。
そのままそれが弾けると、先ほどまで二人が居た回廊の景色は突如消失し、不規則に無数の鉄橋が架けられた円形の縦穴の中空に放り出された。
翼をもつ藍司は空中で咄嗟に体勢を立て直す。しかし飛行能力を持たないシェルは自由落下してゆく。
「ゾーヤ!」
藍司は急降下し腕でシェルを抱き寄せて保護した。落下しながら自身の背で鉄橋を粉砕しながら勢いを殺そうとする。衝突で傷付いた翼では飛行もままならず、そのまま底へ底へと転落し続ける。シェルは一瞬の出来事に彼の胸に抱かれていたが、胸板から顔を出して一喝する。
「ばか野郎!無茶するなあ!」
そう叫ぶと彼女は藍司を突き飛ばして引き剥がす。それと同時に空間から大型バイクが現れ複雑に変形する。バイクはやがてロボットのような形に変化し、人ひとりが収まる空間で彼女を包み込む。前面装甲が閉じて身体にフィットするように内部が調整されると、ゴリラを彷彿とさせるマッシブなシルエットの重装アーマーとなる。装着を終えると再び藍司を引き寄せ今度はシェルが下側になる形で庇う。それからアーマーの背面にあるスラスター、その全てに点火して落下の衝撃の緩和を試みる。周辺の壁を白く照らすほどの噴射炎がスラスターから噴き出す。
それでも二人分とバイク一台分の重みを完全に打ち消すことはできず、二人は最下層の地面の、不運にもそこに居た白い防護服を着た人物の頭上に激突する。地面に衝突した衝撃でビス留めされていた床の鉄板が弾け飛ぶ。シェルの質量が、まるでベッドに身体を委ねたようにその部分だけを窪ませる。なんらかのパイプも破壊したようで蒸気のような気体が床の隙間から噴き出す。最下層には先ほどまでと打って変わって白い防護服を着た人物が複数名いたが、彼らは怯えて通路の先へ逃走していった。
「生きてる?」
「生きてるよ」
シェルが分厚いヘルメットを通した声で尋ねると、アーマーの逞しい腕に抱かれた藍司が答える。シェルが藍司を地面に降ろし窪みから出て立ち上がる。
「アタリみたいだ」
藍司がそう指した先のプレートには“控制区”と書かれている。
「ロシアの船に中国語?」
シェルがアームでプレートを擦ると、夢界の構造物がその部分だけ剥がれて現実世界のキリル文字が書かれた面が覗く。
「やっぱり。中華系ローグの偽装だ。……手の込んだことをする」
それと同時にけたたましいブザーが船内に響き渡る。侵入者の存在を知らせる音だ。先ほど逃走した防護服の男らが鳴らしたのだろう。通路の先から足音が聞こえる。
「下がってて」
シェルがそう言うと右腕にマウントされたガトリングガンの空転を始め、銃口を通路に向けて待ち受ける。そして駆け付けた警備員の先頭が曲がり角から身体を出した瞬間、モーター音を唸らせて毎分3000発の速さで放たれる弾丸が戦闘の警備員を一瞬で血煙に変える。勢いを消しきれずに二人目の警備員も弾幕の餌食となり、続く警備員たちは危険を察知して急停止を試みるものの、あとがつかえてしまいドミノ倒しに数人がミニガンの犠牲となった。運よく後列で死を免れた警備員たちは、素っ頓狂な悲鳴を上げて元来た道を半狂乱で引き返していった。
「こいつらダイバーじゃないな」
藍司がそう呟くと縦穴の直上から数人が飛び降りてくる。奇襲に素早く反応したシェルがミニガンで迎撃し一名を撃破する。残る二名が地面に着地すると、敏速に距離を詰め鈍重なシェルの背後に回り込む。ローグダイバーは彼女が振り返るよりも数段速く攻撃を仕掛けるが、シェルは振り向くことなく前方にロケット弾を射出し、ローグダイバーはその後方爆風により半身を喪失し無力化される。加勢しようと藍司の方を見やるとローグダイバーはすでに藍司の手によって黒色の液体と化していた。
「さすがだね、優」
「ようやく投入されたダイバーもこの程度なのか。妙だな」
「警備が薄い?」
「うん。ダイバーですらない警備員が配備されていたのも気になる」
2人が話していると船内のブザーが停止する。
「おい、まだボクたちはここにいるぞ」
シェルがぼやいていると、静寂の中から制御区画の方で連続した銃声を含めた戦闘音が聞こえてきた。
「警備が誰かとやり合ってるみたいだ」
「……胸騒ぎがする。僕たちも行こう」
制御区画への通路を駆け足で進む。制御区画へ近づくにつれ戦闘音は大きくなっていくが、銃声の数は少なくなっていった。そして二人が区画へ到着する頃には銃声は聞こえなくなっていた。
自動ドアを開いたとき二人は最初に唖然とした。貨物船の底を丸々使用した空間に、ガラス張りの円柱が等間隔で並んでいる。
「これは……」
シェルがガラスを覗き込むと、円柱に液体と共に閉じ込められた少年が見えた。少年は眠っているように目を閉じていて、呼吸器の隙間から僅かに漏れる泡でしか生存を確認できない。そんな子供たちがまるでパッケージされたおもちゃのように無数にディスプレイされている。
「……誘拐された子供たちだ」
そう藍司が呟くと、黒い影が警備員を引き摺って姿を現す。影は二人を捕捉すると警備員を投げ捨ててシェルに攻撃を仕掛けてくる。シェルは影の攻撃に対応して受け止めると、腕力で地面に叩き付ける。そして至近距離からのミニガン掃射で影を完全に木っ端微塵に消し飛ばした。影が消滅したあとには粉々になったクオリアが残された。
「シェル、考え得る限り最悪のケースだ」
藍司がそこまで言い掛けると、ポッドから染み出すように黒い靄が発生する。
「この子供たち全員がホルダーってこと」
「ローグはこの子たちをホルダーにして輸出する気だったんだ」
2人が話しているとポッドから滲み出た悪夢たちが湧いて出てくる。
「優、端末弄れる?」
「弄れる」
「任せた。後ろはボクが固める」
拳とマニピュレーターを軽く小突き合わせそれぞれの仕事に取り掛かる。中央端末へ走る藍司に悪夢を寄せ付けないようにシェルが援護する。群がる悪夢たちをシェルが牽制している間に藍司は端末に辿り着いた。特心対のUSBを端末に差し込む。
「よし、取り付いた。……ロシア語かあ。あんまり自身ないなあ」
「できそ?」
藍司が振り返ったシェルの目を見る。
「できる」
藍司は複数のモニターに視線を行き来させながら情報を捜索する。孤児の個人情報や他のローグ派閥の情報もあったが一旦は無視し、今の状況を打開する方法を探した。
「すごいな……。情報の宝庫だ」
「ねえ!感心してる場合じゃないでしょ。残弾が少ないんだ」
藍司がさらに深部のシステムに侵入しようとすると指紋認証を要求される。
「指紋だって」
シェルが転がっていた防護服の男の腕を踵で蹴飛ばして浮かし、藍司がそれをキャッチする。
「ちょうど欲しかった」
場違いの冗談を交えつつ、藍司が指紋認証パネルに男の掌を付ける。すると複数の画面に同じロシア語の警告画面が表示される。
「Жизнеобеспечение остановлено.”生命維持装置停止”だってさ」
シェルが視界内の画面を確認して答える。それと同時に端末の脇からプラスチックの蓋が被せられたスイッチがせり出してくる。
「お決まりだね。これを捻ると子供たちが全員召されるわけだ」
思ったことを何の気なしに言葉に出し、特に意味もなく視線を上げると端末の正面に位置するポッドに収められた少女が目に映る。背後のシェルは藍司の言葉に何も返さないが、銃撃を短機関銃のセミオートに切り替えて戦闘に対応していた。藍司はプラスチックの蓋を能力で溶解させると、迷い無しにスイッチを捻った。それと同時に複数のポッドがそれぞれのタイミングで30センチほどせり上がり、透明なガラス面は不透明な黒色に変わってゆく。それに伴って対応するホルダーの悪夢も消滅していく。
「悪夢が……。優」
シェルが残った悪夢を牽制しつつ消滅を見守る。
藍司はダウンしていくポッドではなく、正面の名も知らぬ少女を見つめていた。全てのポッドの生命維持が停止した瞬間から不規則にポッドが不活性状態となってゆく。それはつまりそういうことなのだろう。
すると少女は藍司の目の前で自身の手で呼吸器を外し口を動かした。
「 」
June 21th 20██ PM5:23
「━━う。優!」
藍司はシェルが呼ぶ声で我に返る。
「なんだい?」
「このあとご飯食べいこうって言ったの」
「ああ、いいね!ちょうどお腹も空いてきたよ」
藍司が立ち上がろうとすると、シェルが肩を掴んで座らせる。
「おぉ……?」
「優」
「はい?」
「上の空だったよ。なにを考え込んでたの」
「……ああいや、大したことじゃない」
「任務のこと」
シェルが藍司の考えをずばり的中させる。
「まあ、そうなんだけど」
「話して?」
「いいけど」
「さすがに堪えた?」
「子供殺しがってことかい?」
藍司の言葉にシェルは押し黙ったまま頷く。
「いや、まあ。何も感じないわけじゃないさ。でもそれだけ」
「じゃあなにを悩んでたの」
「悩みなんかじゃない。本当に大したことじゃないんだ。ただ━━」
「ただ?」
「━━ただ、僕の目の前にあったポッド。その中に入ってた子が、最期に何か伝えようとしたんだ。ぱくぱく口を動かしてね」
「その子がなんて言ったか気になるって?」
「気になるって程じゃないけど……、ちょっと思い出してただけだよ。大したことじゃない」
「ふうん」
シェルが藍司の肩から手を放してベンチに座り込む。二人で夕暮れの空を眺めていた。少ししてシェルが口を開いた。
「まあ━━……、いいんじゃない」
「いいんだ」
「たまにはね。でも今はそのくらいにして、ディナーに行こう?」
「そうだね。どこで食べる?」
「ボクの家。たまには二人きりが良いでしょ?お酒もお菓子もストックがある」
藍司が嬉しそうに目を真ん丸にして承諾する。シェルがそんな彼の手を引く。
「今日も二人で生き延びたボクたちに乾杯だ」
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