『DREAM DIVER:Rookies file』
-主な登場人物
・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。
・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。
・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。
・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。
・ダニエルズ
三年前の夢現領域における訓練で行方不明となった少年。夢の姿はロボットのような見た目をしており、掌に備え付けられている立体プリンターを使用すれば食糧品などを作り出すことができる。初夢たちの前に姿を現し、今期の訓練生だと偽って手助けをした。その真意は謎に包まれている。
第二十六話『Rookies file』
「━━話をしませんか」
この期に及んで僕たちを監視あるいは観察し続ける何者かに僕は接触を試みた。感覚からして恐らくこいつはサー・ロータスなどと同格級の高位のダイバーか、それに比肩する力を持つ悪夢だ。どうせ黙っていても数分もすればマリーゴールドの出すガスだの毒だので死ぬのだから、多少不躾に尋ねても罰は当たらないだろうと思った。僕の提案に監視者は何も答えずに隠蔽を解きその姿を露わにした。それは前時代的で巨大な高射砲そのものだ。四脚で器用に地面を移動しながら僕から少し離れた位置で止まった。紅く発光する監視カメラのような眼でこちらをじっと見つめながら彼は沈黙を続けている。
「あなたは……、ローグダイバーなのか?」
彼は重く圧し掛かるような声で答えた。
「そうだ。お前たちがそう呼称しているに過ぎないが」
僕は唾を飲み込んで続けた。
「あなたは……、撃たなかった」
「……」
「四号車の残骸付近で僕たちを監視していたとき、その気になれば攻撃できたはずだ」
「……」
「なぜ見逃した……?」
彼は少しの沈黙の後に話し始めた。
「正規ダイバーの遠征は破綻し、我々の待ち伏せも不発に終わった。もはやこの戦争に意義はない。死ぬ価値のない戦場だ」
「だから、見逃したのか」
「……お前たちは死ぬには若過ぎる」
「…………何が違うというんだ。正規ダイバーと、何が」
「俺はこの戦争の収拾をつけるために、ここに来た」
「……?」
「見ろ」
反射的に彼のマニュピレーターの指先を目で追った。
「あれは……」
彼が指さす先にいのは、壁にもたれ掛かり足を投げ出して座り込むダニエルズだった。だがその身体は塗装が剥げ錆びが酷く、装甲の表面は苔生している。そして地表に縫い付けられたように微動だにしない。ついさっきまで動いていたとは思えない状態だった。
「形ある亡霊だ」
「亡霊……?ダニエルズは死んだのか?」
「死んではいない。彼はまだ生きている。……”生きているだけ”だが」
「わからない……。わかるように説明してくれ!」
彼は深い溜息を吐いた。
「”彼”に説明してもらえ」
彼が見る方に目をやると、僕がよく知る真新しいボディのダニエルズが立っていた。
「エル……」
「ダニーを見つけてくれましたか」
「どういうことなんだ?教えてくれ」
「ダニーはずっと……、三年前からこの崖下で生き続けているんですよ」
「生き続けて……、って……。こんな場所でどうやって」
エルは掌のプリンターでエナジーバーを生成して見せた。
「……生きるだけならば……、夢現領域の中ならば、この能力で暫くは延命できます」
エルは「でも……」と言い少しの間沈黙する。
「……待っている時間が少し長すぎました。ダニーはもう意思表示することも、目を覚ます事すらもないと思います。彼は生きることに絶望しながらにして生き続ける。そうして……、往年の彼を模した僕が生まれた」
「じゃあ、君は……」
「はい。ダニーの夢です。いや……、あなたたちは悪夢と呼ぶのでした」
「僕に、どうしろというんだ」
「……僕が消えれば、この夢現領域は消滅します。そして僕の存在は、ダニーの生命活動と結びついています。……武器は持っていますよね?」
僕は武器と言われて自分の仕込み傘を見た。
「上等です。……お願いします」
エルは僕の仕込み傘の銃口を動かないダニーに向けた。僕は咄嗟にその手を払いのけた。
「お願いしますって……、なんで僕がそんなこと……!そこのローグダイバーにやらせればいいんじゃないか!」
エルは払った腕を強い力で掴み、再び銃口をダニーに固定した。
「あなたにやってほしい。そして記録してほしい。ダニーの最期を。ローグに命を奪われた悪夢保有者としてではなく、仲間に弔われたダイバーとして」
突如崖上を凄まじい突風が通過する。空は黒雲に覆われ、肌に叩き付けるような赤黒い雨が降り出した。その黒い雨を浴びた植物は枯れてしまう。初見でもそれがマリーゴールドの先触れだとわかった。
「時間がありません。……終わらせてください」
「……できない」
「終らせてください」
「僕は……」
「お願いします」
「う、う……」
[お願いします]
「うぐ、うぅぐぁああうぅ……っ」
「ん……、うんん……?」
気が付くと私は七海くんにおぶわれていた。
「おはよう」
「お、おはよう?……うあっ!私重いでしょ!?降りるよっ!」
私は咄嗟に彼の身体から手を離したが、七海くんは私が落ちないように身体を前に傾けてくれた。
「重くないよ。落ちるからちゃんと掴まって」
「うん……。あれ、装備が解けてる……」
「そりゃもう夢現領域じゃないからね」
「ということは、ここは夢現領域の外?」
「もうじき領域の外かな……」
「んー……?」
彼の話に頭が混乱した。それは七海くんにも正確に伝わっていたようで補足してくれた。
「詳しくは落ち着いた時に話すけど、夢現領域は無くなったんだ」
「無く……?私たち坂を転がって……それで……。どうやって上まで上がったの?」
「スージーさんが……、マリーゴールドが引き上げてくれた」
「すごいコネだね……」
「まあね。もうちょっと歩けばみんなと合流できると思うから、そうしたらちゃんと診てもらおう。櫻さん落っこちたときにお腹を打ってたから」
「ありがとう……。あと……七海くん……、その……」
「ダニーのこと?」
「……うん」
「帰ったら話そうと思ってたけど……。ちゃんと返してきたよ」
「ありがとう。……ごめんね。肝心なときに倒れてて」
「手伝うって言ったでしょ」
「うん」
そこで会話が途切れて数秒が経ったとき、景色の向こうに沢山の車両と人々が見えた。
「見えた!」
「うん。やっと領域を抜けたみたいだ」
「やった!おーいっ!」
私が手を振ると、何人かの人が慌ただしくこちらに向かって走ってきた。近くまで来ると、それは私のレイダースの仲間と訓練生たちだとわかった。
「ねぇねぇ。七海くん明日暇?」
「暇じゃないけど、用件はなに?」
「また一緒に出掛けたいなって」
「今日の記録の編纂が終わったらね」
「私も手伝っていい?今日中に終わったら行こ?」
「部外者が携わるのはどうなんだろう……。エコーさんに聞いてみてからね」
「━━夢現領域が消滅しました。アックアック」
「乗り遅れたか。留守中を突かれるとはな」
「それとアックアック。撤退中の味方が領域内であなたを見たと言っています」
「俺の偽物が?」
「はい。意図はわかりませんが……」
「いずれにせよ、この戦場にはもう価値がない。味方の被害は?」
「駐留していた仲間は全員離脱できています。ですが補給に立ち寄っていた連中は全滅です。しかし正規側の訓練生も半数以上が助からなかったとか」
「そうか。まだ死ぬには若過ぎるな」
「嘆かわしいことです」
「ああ。俺たちも撤収するぞ。全員を集めろ」
「了解」
「夢現領域が消滅しました。所長代理。全ローグダイバーの領域離脱を確認。追跡できません」
「あああ……」
“特殊境界潜夢士”という真鍮色の肩書きを持つ男は、自らの安全な執務室で事の顛末のみを聞き、放心状態にあった。功を焦り訓練生を管理の行き届いていない夢現領域に送った上、ローグダイバーによる襲撃で他訓練所の所属を含めその半数を喪失し、その挽回として送り込んだマリーゴールドによるローグダイバー殲滅も不発に終わった。
「どう……、どう報告すればいいのだ。エコー」
「ご心配なさらずとも、じきに迎えが行きますよ」
「……なに?」
何者かが執務室のドアを短くノックすると、数人の体格のいい男が部屋に入ってくる。
「権田貴彦、所長代理兼特殊境界潜夢士。あなたに査問委員会への出頭要請が出ています。ご同行願います!」
「……」
僕は訓練所に帰る車両の中で戦いの疲れを癒していた。同じ車両には深瀬もいる。先ほど外で再会は祝ったが、彼はぐったりした様子で僕に話しかけてきた。
「疲れたか?」
「疲れたよ」
お互いに疲労しているためか極端に会話が少ない。僕はひと眠りするためにポケットの中身を出そうと中身を漁った。すると半壊した四つ葉のクローバーが出て来た。
「これは……、ニニから貰ったやつか」
ほどなくしてクローバーは空間に溶けてゆくように完全に消滅した。
「どした?」
「いや、四つ葉のクローバーがね。仕事したんだなって」
「なんのこっちゃや?」
「こっちの話。それよりも帰ったら記録整理するの手伝ってほしいんだけど」
「お、ええで。お安い御用や」
「ありがとう。櫻さんも手伝ってくれるらしいから、すぐに終わると思う」
「帰ったら忙しいな。今のうちに仮眠しとき」
「そうする。おやすみ」
「おやすみ」
「……ええ。あとは委員会の連中に任せます。彼は無事です」
「……はい。我々の工作に感づいている者はいません」
「……今回の一件でわかった彼の素養は我々の予測以上です。老人たちも喜ぶでしょう」
「……はい。やはり訓練所内で教官という立場から素養を見定めるのは無理がありますね。途中からは傭兵に立場を奪われていました」
「……はい。引き続き彼をサポートします。変化があればその都度報告します」
「プロミスノート」
『DREAM DIVER:Rookies file』END
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧