『DREAM DIVER:Rookies file』chapter25

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『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。

・ダニエルズ
三年前の夢現領域における訓練で行方不明となった少年。夢の姿はロボットのような見た目をしており、掌に備え付けられている立体プリンターを使用すれば食糧品などを作り出すことができる。初夢たちの前に姿を現し、今期の訓練生だと偽って手助けをした。その真意は謎に包まれている。

第二十五話『夢現領域(六)』


 

 

 僕たちの今後の動きはこうだ。メインは生存者を保護しつつ領域からの脱出。サブで行方不明の四号車の捜索。そして行方不明者ダニエルズに関する調査。レイダースと合流するという僕と深瀬の目的は達成された。あとは領域から離脱するだけだ。櫻さんは未だダニエルズのことを気にしているようだった。僕はそのことが気掛かりと言えば気掛かりだった。朝食のときにも少し思ったが、三年前に死んだ仲間のことになぜいつまでも苦しむのだろう。デリケートな話題だとは思ったが、僕は尋ねざるをえなかった。
「櫻さん」
「……うん?なあに?」
彼女はやや遅れ気味に返事をした。
「ダニエルズのことなんだけど」
「……うん」
「なんでそんなに気にするのかなって」
「えー……?あはは……」
僕がそう言うと彼女は困ったような表情で笑った。
「話し辛いならいいよ。少なくとも歩きついでにする話じゃなかった」
「いや、そういうんじゃないんだけどね……。なんていうか」
いやに歯切れの悪い彼女の様子に僕は首を傾げた。
「……笑わないでね?」
「笑わないよ」
もじもじと躊躇ったのち彼女はやっと話し始めた。
「バッヂを返せてないんだよね」
予想外の返答に思わず眉をひそめた。
「バッヂとは?」
「不知火機関のバッヂ。社員証みたいな」
そう言うと彼女はポーチの中から布に巻かれた銀色のバッヂを取り出して僕に見せてくれた。バッヂ自体は長方形に”不知火”と印字されているだけのシンプルなものだ。だがよく手入れされているため僅かばかりの日光をも反射する。
「ダニーが夢現領域に行くときに同期のみんなで見送ったんだけど、そのときに拾ったんだよね。帰ったら返せばいいかなって」
「でも、返せなかった」
「帰ってこなかったからね。実のところ彼とすごくよく話してたわけじゃないんだ。私は筆記で落ちたから訓練所にずっと居たわけじゃないし」
「そうなんだ」
「でもね、そのあと何度仲間の死を経験しても、最初の一人っていうのは案外ずっと憶えてるものなんだよね。一緒の戦場にいたわけじゃないし、親友ってわけでもないんだけど……」
「その、バッヂが?」
「そう。これを見るたびに思い出すの。ダニーを見送った日。これを彼に返して……もういい加減前に進みたい。自分勝手だとは思うけど……」
「まあ……、なんていうか……。僕も出来る範囲で手伝うから」
そう言うと櫻さんは嬉しそうに笑った。
「ありがと」
櫻さんに笑顔が戻ってきた。彼女が笑顔でないと周囲の雰囲気もどっと暗くなる。ひとまずはそっとしておこうと彼女に笑いかけた瞬間、背筋に凄まじい悪寒が走った。そうだ。これは。姿と気配を消した誰かに監視られている。それも只者ではない。これではまるで……。
「どうしたの……?七海くん」
まるで、スージーさんやサー・ロータスと相対したときのようだ。僕はそのことを仲間の誰にも知らせずに、誰にも気取られないように周囲を警戒した。
「……大丈夫。少し疲れただけだから」
そう言いつつも神経を尖らせて監視者を探した。そうしてついに発見した。遥か遠くの木々の間からこちらに砲口を向ける巨大な影。距離があるとはいえ、あれだけの巨体にトーニョさんたちが気づかないわけがない。何かしらの能力で姿を隠しているのだ。そしてそのことに気がついたのが僕だけだ。高射砲のお化けのようなそれは砲口で僕たちをなぞるのみで襲ってくる気配はない。僕が騒がなければこの場を収められるかもしれない。心の中で祈りながら必死にそちらを気にしないようにした。
 しばらくすると悪寒は徐々に消えていき、監視されている気配もしなくなった。恐る恐る”それ”がいた場所を見ると、やはり最初から何もいなかったかのように音もなく巨体は姿を消している。僕は本能的にあれが『アックアック』だとわかった。どういう意図があるかは不明だが、彼は僕たちを襲わずに姿を消した。”消してくれた”と言うべきか。考えを整理している間に僕たちは四号車の残骸、……その前半分を発見した。座席や客車の周囲には手が付けられていない訓練生の遺体が転がっている。
「酷い……」
この中から生存者を探すだけ無駄に思えた。それでも生存者を探し出すために瓦礫を退けようとすると、それほど大きくはないが地響きを感じた。「地震か?」と思っている間にも地響きは大きくなってゆく。巨大な何かが走っているのだ。レイダースの面々がいち早く武器を構えたのを見て、僕たちも遅れて武器を構えた。すると地響きが接近する方角から三人の人物が飛び出してきた。三人は僕たちを見るや急停止し取り乱し始めた。その間にも地響きは接近し、ついにその姿が確認できた。
「……笹凪か!」
木々を薙ぎ倒しながら現れたのは笹凪の夢界の姿であるティラノサウルスだった。笹凪は三人の反撃を全く意に介さず、強靭な顎で客車の後部を棍棒のように使い次々と磨り潰してゆく。最後に残った一人は戦意を失い背を向けて逃げ出したが、結局は投擲された客車の餌食となった。笹凪は勝利を誇示するように中空に青い炎を吐いた。
[……滅茶苦茶やりやがって、ローグどもが!]
「笹凪!」
恐竜状態の彼と会話が可能なのはこの場では僕のみだ。僕の呼び掛けに反応し興奮気味に近寄ってきた。
[しぶとく生き残ってると思ってたぜ!]
「お前もな!」
僕は頭を垂れた彼の口吻を撫でた。敵ではないとわかると、みんなも笹凪の周りに集まってきた。周囲と会話ができないというのは思ったよりも弊害があるようだ。
「お前かいな!危うく撃ち殺すところだった!」
[その前に俺がお前を噛み殺してやるよ]
「七海。笹凪はなんて?」
「…………再会できてよかったって」
笹凪は僕の耳元で咆哮した。
[適当言うんじゃねえ!]
「うるさいうるさい……!人間形態に戻ったら好きなだけ口喧嘩してよ……」
トーニョさんが笹凪に近づいて頷く。
「レイの審美眼はなかなかのもののようだ。師匠譲りだな」
[……]
 レイダースたちは客車の残骸から使えそうなものを漁り始めた。僕と櫻さんは巨体を横たえて休息する笹凪の傍まで行き、話を聞く事にした。
「笹凪、四号車に他の生存者はいるか?」
[殆どは死んだか、さっきの戦いでどっかへ消えた]
「そうか。それ以外の生存者は?」
[見てねえ。……いや、変な小柄のロボットがうろついてるのを見たな]
櫻さんは僕に通訳を催促した。
「恐竜くんはなんて?」
「……小柄なロボットが歩いているのを見たらしい」
[ついさっきだ。お前らと合流する少し前。なんだ、知り合いか?]
「まあね……」
笹凪が見たのは恐らくダニエルズだ。僕たちの前から姿を消して以降の足取りが掴めてきた。彼は彼が三年前に行方知れずとなった南西エリアで最後に目撃されている。まるで彼を追っている僕たちが彼に誘われているようだ。だが今居る地点から夢現領域外へは一キロメートルほどある。マリーゴールドが投入するまで二十分もない。集団で行動することを考えたらここらが潮時だろう。だが櫻さんは何も納得していないようだった。
「……私、行くね」
「行くってどこに」
「ダニーを探しに」
「もう時間がないよ」
「それでも行くから!」
彼女との言い合いを聞きつけたレイダースが集まってくる。トーニョさんが櫻さんを諭すが、彼女の意志は固くなかなか話が前に進まない。
「我々は夢現領域を引き続き南西に抜け離脱する。お前も一緒だ、”リコシェット”」
「聞けません。ダニーを探しにいきます」
「何度も言わせるな!個人の事情でここに来ているわけではないんだぞ。俺たちは仕事で来ているんだ。訓練生の安全の確保、という仕事のな!」
「わかっています!プロとして失格だと思います!でも……、これからもプロとしてダイバーを続けていくには絶対必要なんです!」
「わからんか!?彼はどうせ既に死んでいる!なぜそこまで固執するのだ!」
「生死は……、関係ないんです!”けじめ”の問題なんです!」
「わからんことを……」
終わる気配の無い口論に氷室さんが割って入り報告する。
「プルポ。夢の使者たちだ」
彼が指示した方向から八人ほどのダイバーが僕たちに合流した。凝った装飾の武具を身に着けた彼らはドレアム騎士団の騎士たちだ。その中には以前会ったことのあるサー・ミモザと騎士グリフィスもとい、めぐりさんもいた。
「サー・ミモザ以下七名、貴隊に合流すべく馳せ参じた」
「……おお、デイドリーレイダースのプルポだ。」
「そちらは離脱の準備はできているか?この領域はなにかおかしい。悪夢を討伐したというのに領域が晴れない。もう数十分ほどでマリーゴールドが投入されるはず。救助と捜索を中断し我々と離脱するのが賢明だ」
「そうしたいのは山々だが、身内の問題で立ち往生していてな!」
「みんなは離脱してください。私だけで行きます」
「まだ言うか!」
親子喧嘩のようなそれを見た騎士の面々は皆困惑の色を隠せないでいた。僕はその時間を使って二人に挨拶を済ませた。めぐりさんが現状について説明を求めてきた。
「そっちは立て込んでるの……?」
「ちょっと、探し物があるみたいで……。プルポさんはみんなで帰ろうって話してるんですけど、あの子だけ残るって言いだしてて」
サー・ミモザも半ば呆れ気味に二人の様子を眺めている。
「なんだか、親子みたいで微笑ましいな。……こんな状況でなければ」
相変らずサー・ミモザの初動の声は女性の声に聞こえる。どのようなことにしろ何か事情があるに違いないだろうからそれ以上は追及するつもりはないが。
「アルサウト。限界時間までどのくらいだ?」
「実際には今すぐ移動を開始したいところですね……」
サー・ミモザは少し悩んだあと、二人の口論に介入すべく意を決して歩みを進めた。
「あのー……、二人とも。少し話を」
「……っ!光った!みんな伏せろ!」
氷室さんがそうみんなに警告すると、それに反応して伏せるよりも先に飛んできた何かで土煙が舞い上がった。僕は両腕で頭を隠して目を瞑っていたが、破片などが当たることはなかった。恐る恐る目を開くと、巨大な盾を構えるめぐりさんの背中が視界いっぱいに映った。
「あ、ありがとうございます……」
「騎士として当然さ」
めぐりさんことグリフィスは大盾を小手で叩いて攻撃者を威嚇する。
「さあ!君たちが狙うべきは私だろう!?私が生きている限り、仲間に攻撃は通らないぞ!」
僕は這ってグリフィスから離れ、周囲の状況を確認する。何者かによる一撃により、堰を切ったようにローグダイバーがなだれ込んできたのだった。トーニョさんとサー・ミモザの二人が司令塔となって集団を導く。
「相手をする必要はない!夢現領域外へ急ぐんだ!」
僕も彼らに合流しようとしたとき、櫻さんが集団とは真逆に走っていくのが見えた。おそらくは乱戦の中でそれに気づいているのは僕だけだった。僕は彼女のあとを追って目いっぱい叫んだ。
「櫻さんっ!」
「七海くん!?付き合う必要はないよ!」
集団からも戦闘からも遠ざかりながら必死に彼女を追った。
「急に他所他所しくなるな!これまでべたべた絡んできたくせに!」
「それとこれとは違うでしょっ!」
「同じでしょ!僕も手伝うって言ってるでしょうに!」
僕が重装備で鈍重な彼女に追いつくのに時間は掛からなかった。僕に装備を掴まれてなお走るのを止めない彼女に僕は闘牛士のように数メートルも引き摺られた。
「もういいって!言って━━」
「あぶな━━」
生い茂った草木に隠された斜面に僕たちは気づけなかった。そのまま吸い込まれるように僕たちは斜面を転がり落ちた。
 僕は滑落の痛みこそあるものの、すぐに立ち上がることができた。どうやら崖から滑落したらしい。斜面の上を見上げると僕たちが足を踏み外した場所が見える。今僕たちがいる場所から崖上までの直接の距離は大したことはないが、急こう配の斜面を道具無しに登ることは難しいだろう。

「無事……?」
か細い声で櫻さんが僕の身を案じた。滑落中に彼女は僕を抱き寄せて斜面に転がる岩や枝から守ってくれたのだろう。衝撃で歪んだ防具が滑落の激しさを物語っている。僕は彼女に近寄り肩の塵を払った。
「無事だよ。櫻さんのおかげで」
「よかった。巻き込んじゃったから……痛っ」
痛みに身悶える彼女が腹部を押さえる。
「……怪我したのか?」
「大丈夫。……もう時間がないから、七海くんだけ行って」
「どうせ僕じゃこの斜面は登れない。一緒にいるから、少し休んだ方がいい」
あと十数分でマリーゴールドによってこの夢現領域は終わりを迎える。僕はそのことはなるべく考えないようにした。みんなのところへ戻る方法はないし、彼女を置いて帰るなんてもってのほかなのだから。
「ごめんね……」
彼女は一言謝り眠りについた。僕はこの数分間で何かできることはないかと自分の所持品を漁った。するとバッグの中で何かガラス瓶のようなものに指が当たった。取り出してみると、それには”瓶詰の夢”と印字されたラベルが巻かれている。
「これは……、朝似我さんがくれたやつか」
僕は迷わず封を開けて中身を櫻さんの腹部に振り掛けた。すると彼女の苦痛に歪んだ表情が穏やかに変わった。
(意味は、あったよな)
そのことに安堵していると、再び鋭い悪寒に曝される。あまりにも静か過ぎて気づくのが遅れた。あのときと同じだ。何をしてくるわけでもなく、それは僕たちを見ている。あのときはみんながいた。だが今となっては僕しかいない。僕は眠っている彼女から十分に離れて”それ”に言葉を掛けた。
「話をしませんか」

 

 

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