『DREAM DIVER:Rookies file』
-主な登場人物
・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。
・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。
・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。
・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。
・唯億
教養があり肝が据わっているが、野心家でプライドが高い。大手企業の代表取締役の父親と国会議員の母を持つ。何を成しても両親の付属物のように扱われることをコンプレックスに思っており、両親の功績でダイバーになることを予め免除されていたにも関わらず、自分自身の力で名を上げるために特殊心理対策局に加わった。
・澄田
優しく礼儀正しい性格で、相手が何者でも丁寧な言葉遣いを崩さない。特殊心理対策局、実働部隊の深層級ダイバーである内垣 真善とは親戚関係にある。両親はどちらも特心対のダイバーであり、小学生の頃にはダイバーとしての素質を見出されていた。そのため彼は自分はダイバーになることが道理であると信じて疑っていない。
・深宮
真面目で融通が利かない性格をしている。某県に存在する小さな寺の子供として生まれた。両親は夢の使者に属するダイバーだが没落しており、彼は家の名を背負って特殊心理対策局で武勲を立てる期待をかけられている。本人はそのことを自身が果たすべき最大の目標として掲げており、訓練時間外の鍛錬を欠かさない。
・グエン
勉強家だが極度の貧乏性なのが玉に瑕。かつては故郷のベトナムで両親、弟、妹、妻の五人で畑仕事に精を出していたが、生活苦により出稼ぎに出ることにした。やがて日本に不正入国の罪で摘発されたが、空港で発生した夢現災害でダイバーとしての才覚を発揮し、強制帰還とダイバーとの二択を迫られ特心対に入局した。いつか日本に家族を連れてきて全員で住むのが夢。
・エナジーバーの少年
深瀬が率いる訓練生の集団に属している心優しい少年。年齢は高校生くらいだろうと初夢は見ている。夢の姿はロボットのような見た目をしており、掌に備え付けられている立体プリンターを使用すれば食糧品などを作り出すことができる。
第二十一話『夢現領域(二)』
「━━僕がやる」
深瀬は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに僕を頼もしそうに見つめて頷いた。彼は尾行者に気取られないようにごくごく自然に振る舞った。さて啖呵を切ったからには僕が人肌脱がなければいけない。━━ああ、囮となるデコイを作り出すんだ。その隙に僕は背後に回り込む。声に従って動き出したとき、まるで背中から魂が引き抜かれるような感覚がした。監視者側から死角となる場所で背後を確認すれば、僕が居た場所に実体の無い残像のようなものが残されている。なるほど、これがデコイ。尾行者はあれが偽物であるとは気が付いていない。しかも単独であるらしく、いとも簡単に背後を取られた尾行者は僕の足音に一切気が付く気配がない。僕はすぐ背後まで回り込み、捕縛ワイヤーを構えた。ワイヤーが引き出される音に反応してかなり遅れて尾行者が後ろを向こうとしたが、彼が認識するよりも先に尾行者の手足を拘束し自由を完全に奪った。
「しまっ……」
僕は喋ろうとする尾行者にジェスチャーで「静かに」と伝えた。直後彼のヘッドセットのマイクを掌で握り、飛び出そうな心臓を制御しながら彼に警告した。
「はぁっ、はぁっ……!”異常なし”と言え……!」
彼は無言で頷くとマイクに向けて報告する。
「だ、大丈夫だ。敵に気づかれたように見えてな……。……ああ、ああ。また報告する」
彼が穏便に通信を終えたところで僕は彼のヘッドセットを踏み砕いた。完璧な対応だったと思う。おそらくは。僕は彼を引き摺って深瀬の前に突き出した。
「なんとかなったよ……」
「うまくやるもんやな」
深瀬は安堵の表情で自動小銃の安全装置をかける。この騒ぎに気づいた他の訓練生も食事を中止して尾行者の周りにわらわらと集まってくる。ざわつく集団から唯億と澄田が抜けだして目の前に出て来た。
「こいつ、お前が捕まえたのか?」
僕は緊張による疲労から無言で頷いた。
「頭角を現してきましたね」
「その話もしたいところやが、今はこいつをどうするか決めたあと、とっととここを引き払って移動したい」
「どうするか、って……」
訓練生たちが一斉に尾行者の男を見る。そんな僕たちを見て彼はせせら笑った。
「なんだ、ガキども。素人丸出しじゃないか」
「その素人に取っ捕まった玄人は誰や」
「そんな安い挑発には乗らねえ。それで、俺をどうするって?拷問でもするのか?」
深瀬は男を見つめて黙り込んだ。僕たちが彼の処遇に困ったのは事実だ。殺害するにしろ、尋問なりするにしろ、僕たちはまだ実戦経験すらない、彼の言う通りの”素人”なのだから。少しの沈黙のあと、次に口を開いたのは先ほどのエナジーバーの少年だった。
「まず、あなたはローグダイバーなんですよね……」
その言葉を聞いた男は呆れた様子で深い溜息を吐いた。
「素人」
「……え?」
「本当にずぶの素人だな。まるでママゴトを見てるみたいだ」
僕は我慢できずに話に割り込んだ。
「今の状況がわかっているのか?捕まっているんだぞ、あなたは!」
必死になった僕が相当愉快だったのか、彼は今度は笑い吹き出した。
「……そんなに時間を無駄にしていいのか?俺の定期連絡が途絶えてもう5分は経つ。俺の仲間は俺を探しにこの辺りに顔を出すだろうな。殺すにせよ尋問するにせよ、早くした方がいいぜ。ほら、ほら!」
僕はそのとき、やはりこの男を殺害するしかないと思った。そうして僕が仕込み傘の銃口を男の額に突き付けたとき、深瀬が割って入りその銃口を降ろした。
「やめとけ。”傷”になる」
「どういう━━」
「こんな奴で手を汚すことはないってことや」
尾行者は銃口を向けられた瞬間に閉じていた目を片目だけ薄く開く。
「……マジで撃つのかと思ったぜー!思ったより度胸あるな。よく見りゃあ胸も」
この期に及んで尾行者はこちらを馬鹿にしているトーンを崩さない。深瀬は耳を貸さずに拘束されたままの彼に目隠しをする。
「なんの真似だ?俺の誕生日は再来月なんだがな」
「お前はここに置いていく。だが俺たちが向かった方向を知られるわけにはいかん。だから目隠しをしていくだけや」
拘束と目隠しでほとんど外界と遮断されているにも関わらず男は今日一番の大笑いをする。
「ぬるい。素人め」
「言ってろや。お前は仲間に運よく拾われることだけ祈っとけ」
深瀬はこの男を殺害することなく、ここに置き去りにするようだ。僕は後顧の憂いは絶つべきだと考えたが、深瀬は生かしておく選択をした。それは人命を重んじたというよりは、仲間の誰にも殺人はやらせたくはないという感じだった。
「あの……」
そのやり取りの最中にエナジーバー少年が顔を出した。
「どうした?」
少年は深瀬に控えめに自分の意見を伝えた。
「その……、連れて行くっていうのはだめでしょうか……」
深瀬は口をへの字にして不思議そうに少年に尋ねた。
「なんでや?」
「置き去りにしたあとにすぐに合流されたら脅威になりますし、こっちの手の内も知られちゃうかなって思って……です」
深瀬は顎をぽりぽりと掻いて考えている。手の内がバレると言えばそうだ。僕の奇襲の過程は初見殺しに他ならない。本来ならば標的には消えてもらうのがベストなのだ。
「……一理あるな。みんなはどうやろ?意見くれ」
訓練生はお互いを見合った。誰も意見を述べない中で澄田が最初に口を開く。
「殺害が選択肢にないのならば、捕虜として同行させるのが最善だと思います。敵に合流されてまた会敵するのも厄介ですし」
唯億を始めとする他の訓練生も概ね彼らの意見に賛成した。僕はみんなが決めたことに異議はない。だがこうして僕たちは招かれざる客を加えて奥へ進むこととなった。男は訓練生の一人の能力によって、より強力に拘束されたまま集団の中心を歩かされている。道すがら彼に聴取を試みたがまともな返事は期待できなかった。だいたいはふざけているか、僕にセクハラをするかのどちらかだ。ある訓練生のサーチによれば彼は境界級の力を持つようだ。とてもそのようには見えないが。
それからしばらく歩いたが、意外にも男は素直に連行されている。何か話しかければこちらを小ばかにしたような軽口が飛んでくるものの抵抗する様子は見せない。僕はというと、見張りとして傍にいる僕に対し延々と冗談を飛ばし続ける彼に辟易していた。すると見兼ねた澄田が管理を変わると申し出てきた。
「ずっと話を聞き続けるのは疲れるでしょう。少し早いですが交替しますよ」
申し出を甘んじて受けることにすまなさはあったが、それよりもこの男が話しかけてこない環境に身を置きたかった。
「……じゃあ、申し訳ないけどお願いしようかな」
僕は手刀を切って澄田に男を預けると、深瀬の元へ小走りで向かった。
「深瀬」
「おう。交替か」
「うん。澄田が早めに代わってくれるって。正規ダイバーたちの痕跡は見つかった?」
深瀬は歩きながらこちらを見て頷く。
「痕跡自体は割と見つかる。その辺のローグダイバーの死体の傷は、強制ダイブアウト体験訓練のときに見た事がある」
そこらで見かける遺体にはもう皆が慣れた。遺体や地形に刻まれた傷をよく観察すれば、ここでどのような戦闘が行われたかがなんとなくわかる。この辺りまで来ると訓練生の遺体は殆ど見つからず、代わりにローグダイバーがそこかしこに斃れている。僕は縦一文字に溶断された大岩を見てフェムトさんを思い出した。この戦場で彼女が戦っているかは知らないが、この破壊痕が彼女の仕業だと言われれば納得する。水浸しになっているものはプルポさんのものだろうし、爆散している遺体は櫻さんたちが無事にここを通っていることを示しているのではなかろうか?正直確信が持てるほどの証拠ではないが、そのことを杖に僕は今も先を進み続けている。訓練生の遺体が減ったということは、この先で正規ダイバーによって保護されている可能性が高い。僕たちは今から引き返すよりも、彼らと合流するのが一番安全だろう。それにここまで夢現領域の深い場所まで来てしまえば、来た道が安全とも限らない。現にそう遠くない場所で銃撃戦が行われている音は絶え間なく響いている。反響する耳障りな金属音はどこが戦場なのかをわからなくさせる。もしそのうちの一発が僕や僕の仲間に当たっていたら?そう思うと僕はたまらなく恐ろしかった。
何度目かの休憩のときに深瀬と二人で話す機会があった。彼は少年から貰ったエナジーバーを半分にして僕にくれた。
「ほれ」
「ありがとう」
僕はそれを受け取って一口齧った。そして長いこと歩いたせいでむくんだ足をもう片方の手でさする。それを見た深瀬が気に掛けてくれた。
「まだ歩けそうか?」
「登山ならね。でも、戦うかもしれないって思うと……、ちょっと休んでいきたいかな」
「そか。よし」
深瀬は立ち上がってみんなに聞こえるように手を振りながら話した。
「小休止~!二十分くらいここで休憩していこう」
それを聞いた訓練生たちは荷を降ろして思い思いの場所に座り込む。唯億もそこらにあった平たい岩にどかっと鎮座し、その横に澄田がシートを敷いて座り込む。
「警戒は解くなよ。どこに連中がいるかわからねえし、捕虜まで連れてんだからな」
「初夢くんの能力は索敵に便利ですが、あまり無理はしないでくださいね」
僕は手を挙げて澄田に肯定の返事をする。向こうの一団では少年がまたエナジーバーを配布している。しかし最初と比較すると徐々に生産量は少なく、サイズは小さくなってきている。彼も能力の乱用で想像力を消耗しているのだろう。深瀬だってそうだ。彼は自分以外の全員の疲労度合いを気に掛けているようだが、僕から見れば烏合の衆をまとめ上げている深瀬が一番疲れていてもおかしくはない。だが深瀬はどうもないように話す。
「ここんところローグの死体ばっかやなあ。南無阿弥陀仏やで」
「そうだな。……なあ」
「なんや?」
「深瀬も疲れてるんじゃないか?」
「そら、そうよ。誰も見てなかったらその辺で突っ伏して休みたいくらいはな」
「僕の膝を使うかあ?」
僕は冗談めかして腿をぽんぽんと叩いた。それに対して深瀬は愉快そうに笑って両手を後頭部に回し、木に寄り掛かって答えた。
「七海が女の子やったら飛び込んどったとこやがなあ」
そう言われて気が付いた。僕が女性体になったことには訓練生たちはおろか、深瀬すらも気が付いていないのだ。自分から見たら十二分に起伏のある身体をしているように見えるが、自動でそれを覆い隠す機能が働いているのかもしれない。だがそれならばなぜ、捕虜のローグダイバーは僕が女性である前提でセクハラをするんだ?いや、できるんだ?
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧