『DREAM DIVER:Rookies file』chapter19

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.19

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。

・権田職員
初夢たちが暮らしている訓練所に勤務している職員。ダイブ能力はあるが戦闘力は低く、しかし広大な夢界を安定して構築できることから専ら夢界訓練に自身の夢を提供している。今年で三十七歳。星乃の策略により二十二番目の羊捕獲と長年の忠実な勤務態度により特殊境界潜夢士に昇進し、星乃と本局に厄介ごとを押し付けられる形で遠征の責任者となったが当人は気が付いていない。

 

 

第十九話『憂虞の小旅行』


 

僕はどこに向かっているのかも曖昧な列車に揺られている。それは他の訓練生たちも同じだ。この列車は他県に存在する夢現領域までの最寄り駅に向かって走行している。本来ならば十分に夢界訓練を行ってから夢現領域に臨むところを、権田の勝手により訓練期間を大幅に短縮し、今に至る。しかも、僕たちの訓練所が夢現領域行きを早めたことに便乗して他の訓練所も次々とこの旅に加わってきた。列車は特心対が貸切ることになり、現在この列車には五十人以上の新人ダイバーが乗車している。それに対し、契約した護衛ダイバーの数は四人程度だと聞いた。皆不安に支配されているのか、列車内は暗い雰囲気に包まれている。そんな車両内にレイダース所属の傭兵たちが挨拶をしに隣の車両から現れた。僕たちが皆次々に立ち上がると、彼らのリーダーであるトーニョさんが口を開く。
「今回君たちが夢現領域に立ち入るに当たって護衛を任されたトーニョだ。ダイブ中は『プルポ」と呼んでくれ。みんなよろしく頼む」
「『ボイラー』だ。よろしく」
「『ソクラテス』。よろしく頼む」
「『リコシェット』です!みんなよろしく!」
訓練生たちは口々に「よろしくお願いします」とだけ言うと、すぐに座席に座り込んでしまう。車内の暗い雰囲気を感じたトーニョさんが僕たちを激励する。
「なんだ、なんだ!暗い顔して。夢現領域に入るっていっても、死ぬわけじゃないぞ。しゃきっとしろ!しゃきっと!」
訓練生たちが弱弱しく口を開く。
「ははは……、そうですよね……。俺たちはただ、奥まで行ってフラッグを取ってくればいいんだ……」
「ああ。だが抑制されているとはいえ、夢界の住人と出くわす可能性もある」
「護衛のダイバーだって訓練生を全員は見ていられないでしょうし……」
訓練生たちは気落ちして次々に弱音を吐いている。僕は夢現領域に挑むというプレッシャーに拳を握り込んで耐えていた。そんな彼らに喝を入れたのは、同じ訓練生の深瀬だった。
「今更悩んでもしゃあないやろ!行って旗を持って帰ってきたらええ。肝試しみたいなもんや!俺たちがやれるってとこ、見せつけてやろうや」
わざとらしく仲間を鼓舞する彼の言葉に同訓練所の生徒だけが乗る車内は、少し雰囲気が明るくなった。彼の身体的精神的なタフさと、仲間想いなところを皆尊敬している。僕だってそうだ。トーニョさんは彼を頼もしそうに見つめたあと、他の三人のレイダースたちと共に次の客車に向かった。櫻さんは僕の横を通り過ぎるときにガッツポーズして静かに激励していってくれた。友達が気張っているのに、僕だけが弱気になっていてはいけない。僕は弱った気持ちを払拭するために、イヤホンを装着し前座席の背もたれに備え付けられたモニターで映画を視聴することにした。僕はいくつかあるラインナップを流し見していたが、ある映画のタイトルで目が止まった。
「”ルーラーガイ”、あるじゃないか」
なかなかに幸先が良い。ルーラーガイは僕にとってただのお気に入りの映画ではない。僕のダイバーとしてのアイデンティティだ。今までに十回は観ている映画だが、願掛けを兼ねて視聴しようと再生ボタンを押した。すると直後に隣席の深瀬が画面を覗き込んできたので、僕はイヤホンを片側だけ外した。
「どうした」
「俺も観るからさ。同時に再生しようぜ」
「いいね」
 それから二時間半ほどは映画に熱中していられただろうか。列車が目的地に向かって少しでも前進しているという実感が全く湧かないほどに、状況は変わり映えしない。僕は映像の中の見慣れたエンドクレジットから目を離し、都会から遠く離れているのだろうということくらいしか情報がない平坦な風景を眺めてみる。ただし「今はどの辺りを進んでいるのだろうか」という推測は無駄だ。夢現領域という性質上どこに向かっているのかすら、僕たちは知らされていないのだから。ふと視線を戻すと深瀬が大きな欠伸をしていた。
「眠い?」
彼は長い長い欠伸で開いた口を閉じると涙を拭いながら答える。
「……少しな」
「寝てもいいんじゃないか?」
「ああ。俺もそう思うんやが、緊張で目が冴えててな」
かくいう僕も退屈で眠たい状態なのだが、いざ眠ろうとすると緊張が邪魔をして入眠することができない。だからこそこの移動時間は余計に拷問のように長く感じるのだろう。僕たちは黙々と映画を視聴していたから気が付かなかったが、周囲の訓練生の口数も減ってきている。しかし眠っている者はいないように見えた。

「緊張するよ」
「ああ」
そう言うとお互いに沈黙が訪れた。そのときちょうどガラガラと車内販売のカートを押した女性が前の客車から入ってきた。
「キャラバンのドリンクはいらんかね~。キャラバンのドリンク~」
フードの女性はいやにやる気のない様子で車内を進んでゆく。せっかくの旅なのだから、車内販売で買い物をするのも悪くないだろう。そう思い、僕は目の前まで来た販売員に挙手した。彼女は目を丸くしたあと、にやりと笑いギザギザの歯を見せた。
「あの、すみません」
「いらっしゃい。何にするかい?」
商品は普通に見た事がある飲食物から、見た事の無いラベルのエナジードリンクまで様々なものが揃っていた。僕はとりあえず食べ慣れたスナック菓子を購入し、初見のドリンクについて彼女に尋ねた。
「これはなんです?」
「あー、これね。ダイバー用に作られたエナドリ」
「僕でも飲めますか?」
「もちろん。だって君たちダイバーなんでしょ?」
当然のようにダイバー扱いされて少し嬉しかった。あるいは客として商人の掌で踊らされているのかもしれない。僕はいくつかあるドリンクのうち、一番名前が長いやつを指名した。
「これください。『元気1,000倍ドリンクプラチナγ-ブースト』……?」
販売員はバツの悪そうな顔をして余った袖で口を隠して考え込み始めた。
「新人くん。それだけはやめておいた方がいいんだけど……。こっちの六百倍希釈の方にしない?味は変わらないよ」
そう言われると僕も意地になる。
「いや。これください」
「じゃあ俺もください」
僕と深瀬二人に求められた販売員は目を細めて少し思考したのち、「まあ、いっか」と僕たちにドリンクを売った。

「夢現領域に入ってから飲むんだよ」
「わかりました」
「あの、おねえさんも特心対の人なんですか?」
深瀬の問い掛けに販売員は即答した。
「ちがうよ。僕はキャラバンの人だから」
キャラバンとは正規ダイバーに様々な物資を取引する集団のことだと、座学で習った。なるほどこういう場面でも商売をするのだなと変に納得してしまった。
「買い物してくれたことと……、一番”強い”やつを選んだ勇気を買ってひとつ教えてあげるよ。この列車が向かう先のことさ」
「列車が向かう先、ですか」
僕と深瀬は固唾を飲んで彼女の話に耳を傾けた。
「そうさ。この列車は今廃線を走ってる。そしてそれが行きつく先は廃駅さ。そこはすでに夢現領域ってこと」
「廃駅ってことは、夢現災害で?」
「さてね。教えるのはひとつだけだよ。まあ、もうじき着くから荷物は取れる場所に纏めておくといいよ。それじゃあね」
そう言うと彼女は、またガラガラとカートを押して次の車両に行ってしまった。僕は深瀬と顔を向き合わせた。
「廃線、廃駅。そうやって秘密は守られてるんだな」
呆れた様子で深瀬は椅子にもたれる。
「大がかりなことや」
「そうだな。……言われた通り今のうちに荷物をまとめるか」
「せやな」
僕は上体を倒して足元に置いてあるバッグの中に顔を近づけて中身の確認を始めた。すると唐突に聞き覚えのない声が聞こえた気がした。
[偽善者どもめ。裁きを受けろ]
「なに?なにか言ったか深瀬?」
「うん……?いや何も」
「今、確かに何か」

 

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