『DREAM DIVER:Rookies file』chapter18

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.18

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。

・権田職員
初夢たちが暮らしている訓練所に勤務している職員。ダイブ能力はあるが戦闘力は低く、しかし広大な夢界を安定して構築できることから専ら夢界訓練に自身の夢を提供している。今年で三十七歳。

 

 

第十八話『嵐の前の静けさ』


 

僕は普段の起床時間よりも一時間早く目が覚めた。そして忘れないうちに夢で得た情報を口に出しながらメモに書き記した。
「”エコー”って言ったな。確か」
エコーは僕を不知火機関に推薦したと言っていた。それに僕自身よりも僕の能力に詳しそうな様子だった。それどころか能力のすべてを把握しているようにも聞こえた。僕はすぐにでも彼を探し出して話を聞きたいところだったが、訓練期間の終了期日は間近に迫っている。あと数日もすれば僕たちは夢界での訓練を終え、夢現領域へと踏み込む。夢界では何度倒されたところでダイブアウトさせられるのみに留まるが、現実世界が基礎となる夢現領域で倒されることは死を意味する。何度もダイブアウトを繰り返している僕はその意味をより一層深く受け止めなければならないだろう。櫻さんとの約束でもある。
 身支度をしていると扉をノックする音がした。僕は深瀬が朝食の誘いに来たのだろうと思い、入っていいぞと声を掛けた。しかし姿を見せたのは深瀬では無かった。
「おはよ!」
扉を勢いよく開いて入ってきたのは櫻さんだった。
「うおっ……。おはよう」
彼女はにこにこと微笑んでベッドに腰掛ける僕のすぐ横に座り込んだ。
「なんだか久しぶりな感じする」
「たった数日のことだろう?」
まあね。と櫻さんは言って壁にもたれ掛かった。
「出張から帰ってきたんだから、もうちょっと労ってくれてもいいんじゃない?」
「お疲れさま。それで、要件は僕に会いにきただけ?」
「もうひとつあるよ。今日の訓練はナシになったって」
僕は驚いて目を丸くした。
「……なんでまた?」
「夢界提供の権田二等覚が局に招集されたらしい。噂じゃあ手柄をあげたとかなんとか」
十中八九『22番目の羊』のことだろう。彼は星乃教官の”独り言”を聞いてすぐにでも行動に移したに違いない。
「そうか……」
「訓練が無くて残念?」
どこか寂しそうに見つめてくる彼女に、僕は申し訳なさそうに笑う。
「そうだね。プロになる前に少しでもたくさん練習しておきたい」
「うん」
櫻さんは小さく頷くと一度目を逸らし、それで気持ちを切り替えたように切り出す。
「せっかく休みになったんだからさ、どこか遊びにいこうよ!」
「遊びに?」
正直僕は一日中昼寝している魂胆だった。少しでも身体を休めるべきだと思ったからだ。しかしここで断っても彼女は引き下がらないだろう。昼寝を強行したところで最悪部屋に居座るかもしれない。
「…………いいよ」
「やったーっ!」
そうと決まればと僕は外出の準備を始めた。通話機能しか備えていない支給の携帯電話と……、財布やカード類などをショルダーバッグに詰め込む。僕はこちらには一着しかもってきていない外出用の上着を羽織り、先に準備を終えてエントランスで待ってもらっている櫻さんに合流した。彼女は僕の姿を見るなり腰に手を当てて容姿の感想を求めてきた。
「どう?」
「可愛らしいと思うよ」
僕は食い気味に正直な感想で応じた。
「即答……っ!情緒とか風情とかないの……?」
「女心は難しいな」
僕は指先で頭を掻いてみせた。彼女は笑顔でそんな僕の手を取る。
「私が教えて進ぜよう!……して、都会まで何で行こうか?」
「僕のスクーターでよければ」
そう言って僕はエンジンキーのリングを指に掛けて彼女に見せた。
「”二ケツ”できるのお?」
「原付じゃあないからね。ほら」
僕は同乗者用のヘルメットを櫻さんに手渡した。彼女はヘルメットをじっと見つめながら何か考えているようだったが、すぐに口を開いた。
「……普段も誰か後ろに乗せるの?」
「そうだな……。せいぜい母さんの買い物とか……かな」
「そっか」
彼女は心なしか嬉しそうに上ずった声色で返事をすると、僕の手を引いた。
「いこっ!」
僕は櫻さんに引っ張られて訓練生用の駐車場に行き、半ば搭載されるようにサドルに跨らせられた。スロットルを絞り訓練所の敷地内を低速で走り抜ける。ゲートの守衛は僕たちに手を振ってくれた。そのゲートを抜けると周囲には畑なのか空き地なのかもわからないスペースが広がり、遠くには民家らしき一軒家がぽつぽつと建っている。本当にここからバイクで数十分走れば都会だとは俄かには信じられない。まるで未開の土地だ。心地よい風を頬に受けながら、僕は森の側面を通るアスファルトの道路をひた走る。さきほどまでは田舎の中の田舎を走っているという感覚だったが、赤信号に捕まるとやっと都会の入り口に近づいたという気がしてくる。信号待ちを利用して櫻さんが僕に話しかけてきた。
「ね」
「うん?」
「こうしてるとさ、デートみたいだよね」
「男女が出掛けたらデートだろ」
「そうじゃなくて……」
彼女が何か言い切る前に信号は青になり、車の流れはまた動き出した。さきほどまでは殆どいなかった他の車両も、都会に入れば足の踏み場もないほどに増殖する。
「どこにいこうか?」
「そこ!そこがいい!」
彼女は興奮気味に指さしたのは、この街でも有数の巨大さを誇るショッピングモールだ。施設の中には服飾店や飲食店、玩具店からペットショップ、果ては映画館やあらゆるグッズショップなどすべてが備わっていると言っても過言ではない。この辺りに住んでいる人たちは皆、ここで買い物を済ませてしまうのだろうか。僕は櫻さんの要望で施設の駐車場にバイクを停めることにした。
「どこから行く?」
「わかんない!端から見て行こう!」
僕は櫻さんに引っ張られてモールの下から上、端から端までを巡った。食事や洋服、アクセサリーや雑貨屋も行ったが、僕が一番堪能したのは映画だ。そのときはちょうど『ルーラーガイV~コインの裏表~』が公開していた。このシリーズは僕がダイバーになる前までは、新作の情報が入ったらなんとなく暇ができたときに観に行く程度のものだったのが、今では僕の夢の姿のアイデンティティの骨子となる作品だ。もしかしたら夢の姿を強化するようなインスピレーションを得られるかもしれない。そんな言い訳を考えながら大人二枚の代金を支払い、平日昼間で空席の目立つ劇場の特等席を取った。『ルーラーガイ』は派手なアクションや爆破シーンが盛り沢山なのがウリだ。今作もその例に漏れず縦横無尽に登場人物がスクリーンを動き回った。特に新たに登場した武器は夢の姿で活用できそうだ。僕たちは映画をエンドロールまで見終え、劇場をあとにした。映画の内容は個人的には百点満点をあげたいくらいだが、ダイバー的な面で多少の問題が発生した。
「七海くんのおススメの映画、超超超超面白かったね!主人公が実は女の子だってわかるところとか、男装する覚悟の話の場面で私うるっときちゃった」
今作でルーラーガイが実は女性だったことが判明したのだ。これを僕が認識したことで僕の夢の姿にどの程度影響を与えてくるのか、この段階では見当がつかない。
「そうだね……」
「初夢くんの夢の姿がどうなるかも気になる」
「そう、だね……。とりあえず暗くなる前に訓練所戻ろうか」
 僕たちが訓練所に戻ったときには陽は既に沈みかけており、地上を黄昏色染めていた。バイクから降りると櫻さんは僕にヘルメットを返却する。
「また行こ!今度はダイバーになって七海くんが落ち着いたら、ね!」
「そうだね」
僕がそれに返事をしたとき、所内で放送が始まるときのメロディが流れた。その直後盛大な音割れを挟んで大音量で放送が流れる。
『訓練生は直ちに訓練場に集合せよ!繰り返す!訓練生は訓練場に集合せよ!』
僕たちは耳を塞ぎつつも内容はしっかり聞いていた。放送の声は夢界提供の権田さんのものだった。階級で言えば覚醒級に過ぎない彼にしては尊大だった。
「権田さんの声だったね。なんだろう?」
「わからないけど、ちょっと行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
僕は櫻さんに別れを告げて訓練場へ向かう廊下を小走りした。その途中レイダースの面々ともすれ違ったので声をかけようと思ったのが、彼らも急いでいるようでこちらには気づかず走り去っていった。
 僕が訓練場の扉を開くと、まず第一に怒声が飛び込んできた。
「遅いぞ!」
「す、すみません」
こちらを見る訓練生たちの目は見な怪訝そうに、あるいは不満そうにしている。そして少し考えればそれは僕に対してではなく、壇上で偉そうに威張っている権田に向けられたものだとわかった。
「まず初めに、今後のおれの立場を明らかにしておこう」
権田は一度大きく咳払いすると続けた。
「おれは先日、脱走した虹水晶『22番目の羊』捕獲に関する功労者として、並びに今日に至るまでの十三年間、当訓練所にて忠実に夢界提供員としての職務を果たしたとして本局から褒章を賜った。それにより、おれは本日付けで”特殊境界潜夢士”に昇進した」
しんと静まり返る場に気を悪くしたのか、彼は声を荒げて続けた。
「つまりこの施設において、このおれが最高階級者である!」
言われなくともわかっている。沈黙の原因はその事実にある。世も末というものだ。あるいはこの施設自体が特心対内部においては”捨て”なのだろうか。
「そしておれは諸君らの成熟具合を見極めて本局に訓練期間の短縮を具申してきた」
明らかに暴走している権田を止められる者はその場にはおらず、ただただ彼の傍若無人に付き合わされるがままだった。
「よって明日、夢現領域訓練を開始する!出発は7:00!以上!解散っ!」
彼はそれだけ言って立ち去ろうとするが、常勤の男性教官がそれを制止した。
「待て!こいつらにはまだ夢現領域は無理だ!もっと夢界に慣れないと」
「君は自身の生徒を信用していないようだな。そんなだから傭兵風情に立場を奪われることになる」
権田はそう言って男性教官を突き飛ばし、この場から去って行った。あとには呼び出された訓練生と男性教官だけが残された。
「……くそっ!」
男性教官は明確な焦りを見せたあと、訓練生をかき分けて訓練場を後にした。彼は去り際に訓練生たちに明日の出発の準備を一応しておくことを告げていった。その日の夜は僕を含めた全ての訓練生が慌ただしく準備をする音が深夜までフロアに響いた。

 

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