『DREAM DIVER:Rookies file』
-主な登場人物
・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。また認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。
・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。
・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。
・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。
・アントニオ・イニエスタ・キャバレロ
デイドリーレイダースの深層潜夢士。ダイバーネームの『プルポ』は蛸を意味する。豪快で面倒見がいい性格で、訓練所の新人たちの世話を焼きたがる。
・氷室 静雄
デイドリーレイダース所属の中級ダイバー。素直で情に厚い性格。辻導の保護者。
・辻導 哲乃
デイドリーレイダース所属の中級ダイバー。話し方が哲学的で朝に弱い。氷室の保護者。
・内垣 真善
特殊心理対策局、実働部隊に所属する三等深層潜夢士。ダイバーネームは『イレイザー』。なにかと面倒を押し付けられる苦労人。
第十話『夢界訓練(一)』
今朝の食堂には見慣れない人間が特に多かった。訓練生ではない人間たちの中にはゼロメアの黒い二人組や、内垣さんやめぐりさん、それに今日から僕たちの特別教官になる星乃さんの姿が見えた。そんな様子を眺めながら、僕と深瀬は今日もレイダースの面々と食事を摂っていた。櫻さんは彼らを興味深そうに見ていたが、プルポさんら他のレイダースはさも当然の光景であるかのように朝食を楽しんでいた。僕はこのお祭りのような状況の正体を知るべくプルポさんに尋ねた。
「今日はプロのダイバーが訓練所に集まってるんですか?」
彼は頷きながら口の中にある食べ物を飲み込み、返答に補足する。
「極々一部だがな。今日行う特殊な訓練内容のために特心対で集めたんだろう」
ちょくちょくこの訓練所には現役のダイバーたちが立ち寄るが、こんなに大勢が一度に集まるのは見た事がない。まるで強力な悪夢でも現れたかのようだ。
「特殊な訓練、ですか?」
口に食べ物が詰まっているプルポさんの代わりに氷室さんが話す。
「まあ、始まればわかるぜ」
「どんなんやろなあ。なあ七海」
「あぁ……」
夢界での特殊な訓練とはなんのことなのだろうか。これまでは現実世界で生身同士の格闘訓練しかしてこなかっただけに、僕と深瀬はどのような訓練があるのか興味があった。朝食を食べ終えて余裕ができると、僕は周囲を見渡してダイバーたちを観察してみることにした。訓練生向けの資料に名前と写真が掲載されているダイバーもちらほらと見受けられた。『”探究者”オズ』、『”魔法少女”イマジン☆フェムト』、『”中毒者”スウィートビジネス』などなど……。まるでダイバーの博物館のようだ。僕もいつか訓練生にそう言われる日がくるのだろうか。
僕と深瀬がレイダースのメンバーに別れを告げて朝食のトレーを片付けに向かう道すがら、出会ったダイバーたちに挨拶して回った。そしてトレー返却口のすぐ横ではさきほど例に挙げた三人が話し込んでいた。僕は盗み聞くつもりは無かったが、自然とその会話は耳に入ってきた。
「九時ちょうどに開始、でしたね。緊張するな……」
頼り無さげにそう話す、くたびれたスーツの男性は『スウィートビジネス』だ。女性二人に激励されている様子は申し訳ないがとても境界級のダイバーには見えない。
「い、一緒に頑張りましょう……!」
「好きにやれと言われたので好きにするだけだ」
彼を慰めているのは『イマジン☆フェムト』……、それと独特な雰囲気の女性は『オズ』だろう。彼らは今日行う訓練の話をしているようだった。僕はもう少し話を聞きたかったが、立ち聞きも気分が悪かったので簡単に挨拶をして食堂から立ち去るつもりでいた。
「おはようございます」
僕と深瀬は簡単な挨拶と会釈をしてトレーを返却した。僕たちに気が付いた三人は挨拶を返してくれて、加えてスウィートビジネス……、確か名前は十善さんが僕のネームプレートの所属が実働部隊ではないことに気づいたようだった。
「おはようございます。……あれ。君は不知火機関なんですね」
「資料で一人不知火機関所属予定の人がいるって載ってましたね」
イマジン☆フェムトもとい犬養部さんが彼をフォローし、オズ……、オズさんが話し出す。
「少し興味深い話だな。君は醜いアヒルの子というわけか」
「オズさん……、もう少しオブラートに……、こう……」
「ではカッコウの雛か」
「違いがわかりません……」
「儂はね、可能性を感じているのだよ」
僕と犬養部さんは「はぁ」とまったく同じタイミングでハモった。どうやら彼女はこの場でオズさんと十善さん両方のフォローをしているらしい。そして思わぬタイミングで話題が始まってしまったので、僕と深瀬はとりあえず自己紹介をしようと思った。
「自己紹介が遅れてすみません。不知火機関配属予定の初夢です。よろしくお願いします」
「実働部隊配属予定の深瀬 陸朗です。よろしくお願います」
僕たちに続いて十善さんと犬養部さんが自己紹介を終えたあと、オズさんがずいっと僕たちの前に出て来て尋ねた。
「初夢、なんていうのかな」
「ん?」
「下の名前が知りたいな」
「あ……、すみません。七海です。七つの海と書いてナナミ」
「ほほう」
彼女は顎に手を当てて感心したように頷いて続ける。
「七つの海、か。スケールが大きな名だ。儂は最初少女かと見間違えたが」
「失礼ですよ……。オズさん」
「すまないな。生きる夢はそういうものなのだよ」
本当に失礼千万だが、生きる夢ならば仕方ないと考えるようになっていた。それもこれも生きる夢ホームのハウルさんや白獏さんに慣らされたおかげだろう。
「ところで」
オズさんがおもむろにきょろきょろと周囲を見渡す。
「イリーガル小僧はどこかな?ここにいると聞いたのだが」
「笹凪のことですか?」
「生憎と人間の名前なぞいちいち憶えておらぬのよ」
「そうなんですか……。ちなみに笹凪はあいつです」
僕が先ほどまで笹凪が座っていた席の方を指さすと、そこには既に笹凪はいなかった。テーブルには奴のトレーと皿だけが残されていた。
「どれのことだろうか?」
「あれ、さっきまであの辺に……」
僕が注意深く人混みを観察すると、奴の憎きオールバックが僅かに見えた。
「あの金のオールバックです」
「あれか」
彼女はそう言うと瞬間的にその場から姿を消し、瞬きをする瞬間には笹凪の腕を掴んで僕たちの前に連れて来ていた。それはテレポートでもしたのだろうとしか表現できないもので、僕はそれが彼女の夢の能力なのだろうと無理矢理納得した。
「おお、こいつだ。こいつだ」
オズさんは愉快そうに笑った。しかし対照的に笹凪の表情はひどく強張っている。まるでお化けでも目の当たりにした子供のようだ。
「てめぇ……」
笹凪はいつものように強い語調で彼女に食って掛かろうとするが、目に見えていつもよりも声が小さい。奴にとってオズさんはなにか怖い存在なのだろうか。と考えを巡らせていると、すぐに彼女の口から答え合わせが出た。
「ただ一人生き残って頑張ってるか?儂らが奪った分の友達は新しくできたか?」
「うるせ……てめっ……、まじで殺すぞ……」
オズさんが笹凪の友達を奪ったとはどういうことだろうか。僕は尋ねるべきではない領域な気がしたが、好奇心には抗うことができなかった。
「あの、お二人は知り合いなんですか?」
僕が彼女にそう質問すると、それまで我関せずと言った様子で話を聞いていた犬養部さんと十善さんが気まずそうな表情をする。そんな周囲の雰囲気を一切考慮せずにオズさんは事の経緯を話し出す。
「儂たちがローグ狩りをしたときの生き残りなのだよ。この小僧は。……生き残りといっても、面白そうだから生かしただけなのだがな」
「次は俺がてめぇを殺してやるよ……」
笹凪は懲りずに彼女にたびたび噛み付くが、オズさんが意に介さずに続ける。
「こいつのローグ仲間は儂らが皆殺しにしてやった。そこで儂はこいつにトドメを刺してもよいと思ったのだが、レイが捕獲しようと言い出したのでな?」
想像していたよりも血生臭い話だった。犬養部さんが見兼ねてフォローする。
「……まあ、あれですよ……。降参したから殺めることはない。的な……」
「降参なんかしてねぇ!」
「おふ……」
大声で虚勢を張る笹凪に犬養部さんは匙を投げたようだった。代わりに笹凪を特心対の十善さんが詳細を説明する。
「特心対が定める規定ではローグダイバーと交戦した場合には殺害が基本です。しかし投降し尚且つ更生が見込めると現場で判断されたローグダイバーは一時的に拘束し、特心対の審査を受けることがあります。どのようなローグ種であってもありうる話ではありますが、たいていの場合ダイバーである自覚がないイリーガルが殆どですね。それ以外ですと、教本にも掲載されている”マリーゴールド”などがいます」
確かローグダイバーの更生に関しては教科書では十行ほどで集約されていたはずだ。その中に著名な元ローグダイバーとしてマリーゴールドの名もあった。どのような存在であるかは書かれていなかったが、脱走を発見した場合は一等境界潜夢士未満のダイバーは交戦せずに直ちに避難し、深層潜夢士級未満のダイバーであっても迂闊に交戦しないことと書かれていた。まるで猛獣だ。そこまでしてそいつを手元に置いておく理由があるのだろう。笹凪にその価値があるようにはとても思えないが。
「用は済んだかよ。だったら放しやがれ!」
笹凪がオズさんの腕を振り払う。
「久々の再会であるというのに、情緒のない小僧だ」
オズさんの話が本当だとしたら、笹凪が彼女から逃げ出したいのは分かる気がする。笹凪は小さく舌打ちをすると僕たちの前から早歩きで立ち去っていった。
「相当怯えとったなあ」
「まあ……そりゃね」
そうして話し込んでいるうちに時刻は八時を回っており、僕たちに笹凪を憐れんでいる時間はあまりなかった。僕と深瀬は彼らと一旦別れ、自室で準備を始めた。準備と言っても動きやすい服装で来るようにとしか連絡はなかったが。夢界に入れば皆夢の世界独特の姿を持つのだろう。僕と深瀬は先んじてお互いの姿を知っているが、あれからまた変化があるかもしれないと思うと少し楽しみだった。
僕と深瀬が九時前に訓練所に到着すると他の訓練生たちが集まっていた。それもうちの訓練生だけではない。今日この機会のために他の施設の訓練生もこの場に多数集まり、普段の数倍は人間がいるようだった。訓練生の他に十善さんやレイダース組らを含めた現役ダイバーと思しき数名と教官、そして中央の担架では訓練所の職員が横になっていた。どうやら眠っているようで、彼の夢界にダイブするのだろうということは想像できた。教官が訓練生向けに話を始める。そうしているうちにも現役のダイバーたちは続々と職員の中へダイブしてゆく。
「準備のできた者から行け」
教官は訓練生にダイブするように指示したが、お互いの顔を見合わせるんばかりでなかなかダイブしようとしない。それを見兼ねた教官が続ける。
「君たちにとって初の夢界訓練となるが、ダイバーは夢界にダイブできなければ始まらない。尻込みしている暇はないぞ!どんどん行け!」
教官が僕たちに檄すると、深瀬が集団から躍り出た。
「ほな、お先に失礼しますわ」
深瀬はそう言うと職員の中へダイブし姿を消した。深瀬に影響された僕を含めた訓練生も次々とダイブを敢行した。考えてみれば僕はダイブされたことはあるものの、ダイブするのは初めてだ。気が付くと目を瞑っていた僕は、地に足がついた感覚で目を開ける。そこは晴天の青空が広がる草原だった。辺り一面にくるぶしほどの低い草が生い茂り、視界を邪魔するものは何もない。地平線まで草原は広がっていた。これがあの職員の夢の世界なのだろう。周囲には訓練生の他に現実世界で見た現役ダイバーだと一目でわかる者と、異形に変形し過ぎて判別のつかない者の数名がいた。犬養部さんは赤いメイドのような姿になり、オズさんは現実世界とほぼ変わらないが、十善さんと内垣さんは黒い戦闘服にガスマスクという外見に変わっていた。実働部隊の訓練生たちも似たような戦闘服を身に着けている者が何名かいるところを見るに、実働部隊ではオーソドックスな姿なのかもしれない。それに反してレイダースの面々は異形度が高い。誰が誰だか一目ではわからないほどだ。杭打ち機を装備しているのが辻導さん、対爆スーツが櫻さん、そしてあの印象的なハットの下から蛸の触手を覗かせているのがきっとトーニョさんだろうことはなんとなくわかる。であれば、あのロボットのようなものは氷室さんだろうか。
「えらい個性的なんやなあ。夢の姿って」
そう僕に話しかける深瀬の姿も以前よりもゴツく変化している。プロテクターやポーチなどが増えてより実戦的になったのだろう。訓練生がお互いの姿を確認し合っていると、夢界を提供している職員が僕たちに注目するように指示する。
「全員集まったかな。雑談は一旦そこまでにしてくれ。今回は初回なので肩慣らしから始めて行こうと思う。明日以降は夢界訓練担当の星乃教官に従ってほしい」
これだけ現役が揃っているなら何かするのだろう。と思っていると、最初の指示が入る。
「それではまず手始めに、君たちには強制ダイブアウトを経験してもらう」
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧