『DREAM DIVER:Rookies file』chapter9

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『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。夢の姿はスパイ映画の主人公を模した姿である。武器として特殊な道具を生成できるほか、認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。夢の姿は実働部隊に多い黒い戦闘服姿である。主な武装はアサルトライフル。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。ダイバーネームの『リコシェット』は”跳弾”を意味する。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。夢の姿は対爆スーツの頭頂部にソンブレロが乗った姿である。主な武装はグレネードランチャー。

・笹凪 闘児
元暴走族の青年。街で仲間と共に夢の力を使って悪さをしていたため「イリーガル」認定され、特心対が差し向けた傭兵と交戦したがために仲間を皆殺しにされた。その時にその場で命を落とすかは薄給で正規ダイバーになるかの二択を迫られ、訓練所で初夢たちと同じように正規ダイバーになるための訓練を受けることとなった。

第八話『紛い者たち(二)』

 

  僕は手当してもらった腹部を撫でながら訓練場へと続く廊下を歩いた。訓練場ではすでに練習試合が始まっている時間だろうか。僕自身は訓練に参加しなくてもよいという余裕が、余計にどうでもいい思考を加速させる。そうして歩いていると、訓練所に真っ直ぐ向かう廊下で見たことがない小柄な女性と出会った。身なりからして教官にも特心対にも見えないが、僕は来賓か何かだと思いとりあえず挨拶した。
「おはようございます」
「お。おはようございまっす」
フランクな感じで挨拶を返した女性は人懐こく微笑んだ。資料でしか見たことがない、いわゆる瓶底眼鏡と呼ばれる真ん丸の眼鏡を掛けた彼女の姿は印象に残った。僕は彼女とほぼ並ぶように訓練場に戻った。すると最初に視界に飛び込んできたのは、深瀬と笹凪が訓練場のど真ん中で取っ組み合いの喧嘩をしている様子だった。周囲の訓練生はそれを止めにかかっている。僕は制止に加わるべく走った。
「おい!どうしたんだよ」
僕がそう言うと深瀬は笹凪から手を離し、ジャージの襟を正した。
「なんもないわ」
笹凪はまだ深瀬の服の端を掴んで離さないでいる。
「スカしてんじゃねえぞコラァ!ここで殺してやるってんだよ!」
「ひとりで興奮してろや」
深瀬は笹凪の手をはたいて拘束を外す。両者はそれぞれの訓練生の集団に囲まれて離れた場所に分断された。僕は深瀬に問い掛けた。
「なにがあったんだ?」
深瀬は鼻で笑って答える。
「服引っ張られたからひっぺがしただけや」
「そうか……」
僕はそれ以上追及しないことにした。
 訓練が始まる前から訓練生VS笹凪という雰囲気になっている。僕が医務室に向かうときにはまだいた教官はなぜかいない。訓練生たちによれば、今日は特別教官が訓練を担当するので、後の事は一任すると訓練場を後にしたらしい。そのおかげで代わりが来る数分間無法地帯となったのだが。そんなことを考えていると、いつのまにか先ほどの眼鏡の女性が訓練場の中央を横切って教官の定位置に立ち、手を叩いて僕たちを呼び集めた。
「始まるっすよ~。いったん集まって~」
全く場の空気感にそぐわない気の抜けた号令だったが、訓練生たちは彼女に従って密集した。ただひとり笹凪を除いては。奴はふてくされたような態度で訓練場の端っこの小窓のところで座り込んで目を合わさないでいる。
「笹凪さん。集合っすよ」
奴は女性の声掛けを完全に無視している。
「さ~さ~な~ぎ~さん」
女性は笹凪の肩を揺さぶる。
「うるせぇチビが」
笹凪が女性の手を肩から乱暴に払う。笹凪よりも大分小柄な女性は少し後退りした。
「おっ、反抗期っすか。じゃあそこでいいんで話聞いててくださいね」
女性は笹凪にそう言うと僕たちの方へ戻ってきた。女性が自己紹介を始める。
「お待たせしたっすね。私はゼロメアの星乃玲子っていいます。明後日から外部教官としてみなさんの指導をする契約で、今日は視察に来たんすけど……」
星乃さんがその場できょろきょろと周囲を見渡す。
「……ここの教官はどこっすかね?」
彼女の問いに深瀬が答える。
「特別教官が来るから自分は本局での用事片付けてくるって言って出ていきました」
「えー……。困ったっすねぇ……」
星乃さんはうんうんと悩み始めたが、少しして観念したように結論を出した。
「……よし。じゃあ一日早いっすけど、私が今日の教官やるしかないっすね!改めてみんなよろしくお願いします!」

訓練生たちがまばらに「よろしくお願いします」と返事を返す。笹凪は相変らず端で腐っている。笹凪を後目に星乃さんが僕たちにスケジュールを確認する。
「今日は格闘訓練の日なんすね?」
「はい」
「格闘訓練っていうのは、二人一組で殴る蹴るする訓練すよね」
「……はい」
「じゃあ二人一組作ってください!もし余ったら教官に言ってくださいっす」
「はいはい開始っすよ~」と教官が手を叩いて訓練生に二人一組を作らせる。その瞬間笹凪は定位置から立ち上がり、深瀬に詰め寄って行く。
「殺す」
「言ってろ」
深瀬と笹凪はお互い一触即発の雰囲気のまま、他訓練生の練習試合が始まる。ペアを組んだ訓練生同士は並んで座って他の訓練生の試合を見る決まりだ。横並びに座って試合を見る深瀬と笹凪は申し訳ないけどシュールだと思った。僕は見学という立場を利用して訓練生たちの試合をぼーっと眺めていた。すると訓練生の試合を見ていた星乃さんが僕に話しかけてきた。
「君は見学っすか?」
「はい。ちょっと怪我で……」
「お大事に。みんないつも怪我するほど激しく訓練してるんすか?」
「いや……、僕のは訓練外ですね……」
「というと?」
星乃さんが怪我の原因に興味を持ったので、仕方なく経緯を説明することになった。そんなつもりはないのだが、僕が色んな人に告げ口しているみたいで微妙な気分になる。彼女は事の経緯を呆れて聞いていた。
「なるほど暴れん坊なんすね……。ちょっと私の方でも考えてみます」
「ありがとうございます……」
僕たちが話していると、とうとう深瀬と笹凪の番が来た。審判役の選出に横柄に返事をすると、他の訓練生を押しのけて笹凪が位置につく。
「モタモタするんじゃねぇぞ」
深瀬も少し遅れて位置につく。両名が位置についたところで審判役の訓練生が中央に移動する。手順を守って進行する審判役を笹凪が怒鳴り付けると、奴に急かされる形で審判役は試合開始の合図をする。
 笹凪の大振りのパンチを深瀬は難無く躱してゆく。笹凪は喧嘩慣れしているようだったが、きちんとした格闘技を習得しているわけではないようだった。しかし恵まれた体躯から繰り出される攻撃は当たったらひとたまりもないだろう。僕なら絶対にこいつとは試合しない。双方とも攻撃は当てるものの、これといった決定打の無いまま試合は膠着状態だった。しかし試合が動いたのはそう思ったときだった。パンチを躱そうとする深瀬の足を笹凪が踏み付け、回避距離が足りないまま奴のパンチは深瀬の顔面に直撃した。
「っつ~」
深瀬は距離を取って鼻血を拭った。笹凪は満足げな笑みを浮かべて深瀬を見ている。深瀬が復帰してそのまま試合は続行されると思われたが、星乃さんがホイッスルを吹いて試合を中断し、笹凪の目の前に出て注意する。
「今の危険行為っすよ!格闘訓練ガイドラインに━━」
注意を全て言い切る前に笹凪が彼女の頬をはたいた。
「先公ヅラするんじゃねぇチビが!」
突然の出来事に一瞬硬直したが、訓練生たちが笹凪を星乃さんから引き剥がす間に僕と深瀬は彼女の状態を確認しに行った。
「大丈夫ですか!?」
「……」
彼女は何も答えずに頬を押さえて俯いている。僕は笹凪は嫌な奴だとは思っていたが、ここまで見下げた男だとは正直思わなかった。
「やっぱ許せんわ」
深瀬が背を向けて定位置に帰ろうとする笹凪に向かっていこうとすると、星乃さんがその手を取って止めた。彼女は殴られた衝撃で飛んだ眼鏡を拾い、深瀬の代わりに笹凪の元へ歩いていった。僕と深瀬は止めることもできず、後ろからその様子をはらはらと眺めていた。もう一度彼女が暴力を振るわれたら訓練生全員が飛び掛る勢いだ。
「教官としての責任感があるんやろな……」
深瀬は感嘆して腕を組んだ。僕も彼女の教官としての姿勢を尊敬していた。傷つけられても生徒に向き合おうとする彼女を応援せずにはいられなかった。気がはやるのか彼女が背を向けている笹凪に向かっていく速度は徐々に早くなっていく。
「う”る”ぁ”っ!」
アスファルトに重たい物を落としたような鈍く重苦しい打撃音が訓練場に響いた。
「……っ」
笹凪は右脇腹を押さえながら力なく崩れ落ちて俯き、星乃さんの右手には拳が握られていた。さっきの力強い声が彼女から出たものであり、尚且つ加害者であると認識するのに数秒掛かった。
「おい。てめ舐めてんのか」
星乃さんが笹凪の胸倉を掴んで持ち上げる。脇腹に凶悪なフックを喰らった笹凪はまだ立ち直っておらずされるがままにされている。
「ぇ”あ”あ”!?なんか言ぇやオ”ル”ァ”!」
星乃さんが続けて笹凪を揺する。すると笹凪が右手で胸倉を掴む手を掴み、左手で星乃さんを殴打して抵抗する。しかし本格的に抵抗する前に彼女の頭突きが笹凪に炸裂する。拍子木を打ち鳴らしたときのような音が訓練場に響き渡る。星乃さんが笹凪を離すと、笹凪は再び地面に膝を着く。
「美女のパチキはうめぇか?おー?」
「……先公が生徒半殺しにすんのかよ……」
笹凪が満身創痍でそう言うと、星乃さんは舌打ちをして奴を離した。僕たちはただその様子を見守ることしかできなかった。小柄な女性が大男を暴力で圧倒する様は圧巻で、一方的に蹂躙される笹凪は少し痛快だった。
 星乃さんは僕たちを話ができる距離まで集める。口調こそ僕たち向けの穏やかなものだが、熱が冷めきっていないのは雰囲気でわかる。星乃さんがパイプ椅子に深く腰かけて僕たちに話し始める。
「……まあ、今さら猫被ってもしょーがねーっすね」
僕たちは息をのんだ。
「知っての通り、私が明後日から本格的に君らの教育に入る。説得力は無いと思うけど、私は練習した結果できないことがあっても怒らねえ。ふっ。ブン殴られたら話は変わるけど」
星乃さんは自嘲気味に笑って煙草の箱から一本取り出し火を点けずに口に咥える。
「あ、あの。禁煙です……」
「咥えてるだけ。欲しいっすか?」
「いえ……」
「そう」
彼女は落ち着いた様子で僕たちに話し始める。
「……私は訓練所で教官をするのは初めてっすけど、訓練所から訓練生気分で出て来たダイバーがどうなるかは知ってる」
「そういう奴はだいたいこう思ってる。『自分がやらなくても先生がなんとかしてくれる』」
「才能と実力だけで言えば誰よりも強く夢現領域で戦える奴らが、甘えた考えを捨てられないがために死んでいく」
訓練生たちは黙って彼女の話を聞いていた。僕は櫻さんが話してくれたことと重なった。
「私を教官だと思わねぇのは構わねぇ。反抗するのも構わねぇ。訓練所に入ったからには力づくでも訓練課程は通しますから。だが都合のいい時”だけ”訓練生ヅラするんじゃねぇってことっす」
横目で笹凪を見ると、ふてくされているが話は聞いているようだった。
「別に目上に敬意を払うなとか、タメ口を利けって話じゃないんすよ?ほとんどの訓練生みたいに敬意を払ってくれるのは素直に嬉しいっす。それに訓練所にいる間は私と君たちは教官と生徒っすから、今は甘えていいんすよ。でも教官と訓練生の立場に甘える癖は修了後に持ち出さないようにしましょう」
訓練生たちはまばらに元気よく返事をした。
「夢界訓練は明日から始まります。明日から頑張れそうっすか?」
「はい!」
僕たちが返事をすると星乃さんは微笑んで胸の前で手を鳴らした。
「それじゃあ今日はここまでにするから、部屋に戻ってゆっくり休んでください。私は笹凪を医務室に連れていくっす」
そう言うと彼女は笹凪の腕を掴んで訓練場から出ていく。
「離せっ!くそ、外れねえ……」
抵抗虚しく笹凪は星乃さんに連れていかれた。訓練生たちも自分の荷物を纏めてまばらに訓練場から自室へ戻ってゆく。僕が荷物を纏め終わると、深瀬が一緒に個室棟まで行こうと誘ってくれた。
 僕たちは個室に繋がる廊下を行きながら今日のことを話していた。
「そういえば深瀬、鼻血止まったか?」
「せやな。もう平気や」
深瀬は”こより”を鼻に挿したまま歩いている。深瀬らしいと言えばらしいが。それから話題は笹凪のことになる。
「笹凪は生きとるやろか」
「交通事故みたいな音したもんな」
「いい薬やな。星乃教官やったら更生させられるかも」
「更生するか、死ぬかみたいなところあるけどな」
「言えてる」
僕と深瀬はそんな話をしているうちにそれぞれの個室の前に到着した。
「じゃあまたあとで、夕飯でな」
「おう」
深瀬と別れて部屋に入ったあと、僕は夕飯までにその日の出来事をもう記録することにした。笹凪に殴られたり笹凪が殴られたり、なんともバイオレンスな一日だった。あの星乃さんという新しい教官も、怒らせたら怖いが腹を割って話してくれる良い教官のようだ。深瀬が僕のために色々と気をつかってくれたことも記録を書いていて思い出した。あとでもう一度お礼を言うべきだろう。それと、星乃さんのこともレイダースの面々に尋ねてみよう。いつか彼らとも戦場で肩を並べるときもあるのだろうか。そういう答えの出ないことを考えながら僕は、その時は夕食の時間になるまでベッドで横になっていた。

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