『DREAM DIVER:Rookies file』chapter7

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『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。夢の姿はスパイ映画の主人公を模した姿である。武器として特殊な道具を生成できるほか、認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。夢の姿は実働部隊に多い黒い戦闘服姿である。主な武装はアサルトライフル。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。ダイバーネームの『リコシェット』は”跳弾”を意味する。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。夢の姿は対爆スーツの頭頂部にソンブレロが乗った姿である。主な武装はグレネードランチャー。

・内垣 真善

特殊心理対策局、実働部隊に所属する三等深層潜夢士。ダイバーネームは『イレイザー』。なにかと面倒を押し付けられる苦労人。今日も事務をキャンセルされ、訓練生たちの社会科見学の引足を押し付けられたが、今回に関しては満更でもない様子。

 

第七話『生きる夢(二)』

 

 

 生きる夢たちに面会に行くバスの中で僕が指先が車内壁の上部に触れたとき、確かに指先が生物の心臓の鼓動を感じた。
「なあ、深瀬」
「なんや?」
「なんか脈打ってないか?この壁の中で……」
「こっわ。死体でも埋まっとるんか」
「死体はもう脈打ってないだろ」
僕は壁に耳を当ててみる。確かに等間隔で鼓動が聞こえる。僕がそのことを話題に出そうとしたとき、内垣さんがバス内に戻ってきた。
「ここから本館まで少しあるので、このままバスで送ってくださるそうです。なのでもう少しバス移動ですね」
「わかりました」
僕たちが返事をすると、内垣さんに遅れて一人の女性が乗車してきた。
「よっ!」
女性は元気よく僕たちに挨拶すると、バスの補助席を展開して訓練生たちから見やすい位置に座った。女性が話を続ける。
「お前ら訓練生なんだってなァ。私は”ぬえ“っていうんだ。よろしく!」
「よろしくお願いします。ぬえさんもダイバーなんですか?」
「当然!所属は夢の使者だが、まあ気楽にやってるよ」
「そうなんですか」
内垣さんが彼女の状況に関する情報を補足する。
「彼女も施設に用事があるようなので、せっかくならとお誘いしたんです」
「正直助かった!こん中だとタクシーも捕まんない上に広すぎるんだよ!」
どうやらこの施設の敷地は予想以上に広いらしい。歩いて敷地内を回ったら日が暮れてしまいそうだ。そんなどうでもいいことを考えているうちに再びバスが走り出した。僕はどうにも壁から聞こえた鼓動のことが頭から離せなかった。きっと疲れているのだと思い、背もたれに深く寄り掛かって目を閉じたそのとき、外を見ていた訓練生の一人が大声で叫んだ。
「馬だ!」
彼の声で僕を含めた内垣さん以外の訓練生全員がバスの片側の窓に集まる。外を見ると黒い馬がバスと並走していた。都心から離れた場所にあるとはいえ、牧場でもないところで馬を見られるとは思わなかった。
「すごいな」
僕たちが馬に関心を寄せていると、本館らしき建物が見えてきた。「もう到着しますよ」と内垣さんがアナウンスする。しかし施設を目の前にしてもバスとそれに並走する馬の勢いは衰える様子はない。むしろバスは更に加速し、その勢いのまま開かれた馬と共にゲートを通過する。僕たちは加速するバスの中で転倒しないように自席やその場に座り込んだ。すると窓の外、馬が並走する方から焚火のような音が聞こえた。ぐんぐん加速し続けるバスの中で背筋を伸ばし、やっと外を見ると先ほどの馬が炎上しているのが見えた。炎の隙間から覗く表面は焼け焦げて黒く変色し、頭部の皮膚などはすでに焼失して頭蓋骨からたてがみのように炎が吹き上がっている。それでもなお走ることをやめないばかりか、むしろバスに合わせて加速しているようにも見えた。その馬はまるで地獄から来たようだった。
「なんだよ、あれは……」
窓側の訓練生が地獄からの馬を凝視して呟く。僕も言葉にして出したならばそのようになっただろう。有り得ない場所で馬を目撃したかと思えばバスと並走し始め、突如として死神のような姿へ変身を遂げたのだから。
「ブレイズフーフさんです。みなさんの早く会いたくて、そこで待ち伏せていたみたいですね」
内垣さんはさも当然のことであるかのように何かの単語を話す。僕たちのうちの誰かが聞き返すと、内垣さんはもう一度話す。
「ブレイズフーフ。施設所属の生きる夢ですよ」
“炎の蹄”。まさにあの馬を指した名前だと思った。
「これが、生きる夢……」
「彼は極端な例ですけどね」
「敷地内では生きる夢は夢の姿を現すんですか?」
「いえ。生きる夢と言えど全力の夢の姿でいられるのはせいぜい一、二分程度なので、あれは彼の自己アピールです」
「自己アピール」
内垣さんの話を聞いて再び馬に目を向けると、すでに普通に馬の姿に戻っているばかりか徐々に減速してゆき、最終的には完全にフェードアウトしていった。しかしそのことを飲み込むよりも先に、今度は緊急車両のサイレン音が近づいてくるのが聞こえた。
「今度は何ごと!」
「敷地内でねずみ取りでもやっとるんか?」
「”ねずみ取り”……、それは……、少しこわいねえ……」
僕と深瀬の会話に極自然に加わってきた声にそのときは誰も気づかなかった。訓練生たちは芝生の上を土煙を巻き上げてバスを追走する一台のパトカーに釘付けだった。今では映画でしかそう見ることがない旧式セダンのパトカーが、前後部と上部のサイレンを忙しなく鳴動させながらバスに迫ってくる。そしてなぜかバスもパトカーとの遊びに応じるとでも言うように本館へ続く舗装路を外れ、芝生の上を大胆にドリフトする。
「”スパイクベルト”さんです」
「あれも生きる夢か!」
「はい。あなたの横の少女も生きる夢ですよ」
「は?」
横に掛かる重力に耐えつつ、僕を含めた訓練生は内垣さんの指す場所を一斉に見た。ぬえさんが乗車した段階では絶対にいなかったパジャマの少女が眠っている。
「白獏っていうんだ!しょっちゅう寝てるだろうけどよろしくな!」
ぬえさんが衝撃で逆さになるのにも動じずに代理の自己紹介をねじ込んでくる。ここまで起きた出来事で僕たちはもうお腹いっぱいの気分だった。次々と起こる怪異は僕たちに思考の隙を与えず、横に掛かるGとけたたましいサイレン音は纏まりそうな考えを破壊する。
 パトカーとのカーチェイスの果てにバスは建物の直前で乱暴に停車した。僕は停車の衝撃で座席外へ吹っ飛ばされた荷物をなんとか回収してバスを降りる。何人かの訓練生の荷物は窓から吹き飛ばされて外に散乱していた。最後に降りた内垣さんがバスの内壁を撫でて礼を言う。
「送迎ありがとうございます。冷蔵庫に報酬のお刺身がありますよ」
刺身?彼女がそう言うとバスは物理法則を無視してぐにゃぐにゃと収縮してゆき、まるで粘土をこねたかのように最終的には完全な三毛猫に変身した。僕たちがその様子に呆然としていると、三毛猫はさも当然のことのように喋った。
「ありがとう。あれ好きなんだ」
僕たちは喋る猫を前に言葉を失ったが、訓練生の一人はお約束の言葉を言おうとした。
「しゃべ━━」
「いいから、そういうの。もう百万回は見たからそういうの」
三毛猫は彼の言葉に自分の言葉を被せて制止する。内垣さんが見兼ねて三毛猫の紹介をする。
「この子は”ロングハウル”さんです。現実世界では車両と猫ちゃんの姿になることができるので、報酬と引き換えにこういった特別な送迎もやってもらっています」
三毛猫は地面に寝転がって身体を舐めている。
「まあ、人間を載せて走るだけでおかずが一品増えるならやる価値はあるかな。訓練生は”ハウルさん”って呼んでいいよ」
状況を飲み込むために情報を整理しようと、訓練生が内垣さんに質問する。
「彼も生きる夢なんですよね?」
それにハウルが機敏に反応する。
「おい、メスだよこっちは」
「すみませんハウルさん……。彼女も生きる夢なんですよね」
「あはは……、そうですよ。彼女は虹水晶の生きる夢です。さっき見えたブレイズフーフさんとスパイクベルトさんは黒曜石ですね」
「あの若馬、私にレースで勝とうなんて百万年早いよ」
ハウルさんが満足げに毛づくろいする。
「そうなんですか……」
「フーフは普段はだいたい厩舎で寝てるんだ。あんなに走るのは珍しい」
「はあ」
「スパイクも久々に遊べて楽しかった。またやろう」
気が付いたらパトカーは消えてなくなっていた。ハウルさんがパトカーが停車した位置にちょこんと座るジャーマン・シェパードにそう言うと、彼はそれに答えるように一度吠えた。
彼らはまるで蜃気楼のように変幻自在に姿かたちを変える。僕は完全に生きる夢という存在の醸し出す空気に飲まれていた。呆然と立ち尽くす僕たちにハウルさんが苦言を呈す。
「ボケっとしてないで、早く中へ入りなよ。みんなが待ってる」
どうやら予想と反して”見世物”となるのは僕たちらしい。それも人ならざる者への珍獣としての見世物だろうか。すでに借りて来た猫のようになっている訓練生たちに、頭頂部に白いねずみを乗せたぬえさんが話しかけてくる。もう僕はこの程度では驚かない。
「どんな生きる夢がいるんだろうな!楽しみだ」
ぬえさんはそう言うと訓練生に先んじて本館に入って行く。訓練生は彼女のあとを追って入るでもなく、入り口の外で誰が先陣を切るかを目で確かめあっていた。少しの静寂の後、僕が観念して歩みを進める前に深瀬が玄関へ足を踏み入れて行った。僕を含め訓練生たちは次々と彼に続いた。
 中に入ると十人ほどの三十代から八十代くらいまでの老若男女が出迎えてくれた。ぬえさんはすでにその輪の中に混じって談笑している。しかし、それよりも目を引くのは不自然に地面に置かれた玄関に似つかわしくない道具たちと、こちらに注目する犬猫を始めとする小動物たちだ。植木から恐竜の玩具までの幅広い無機物たちが不規則に集合している。それに男女のひとりの、恐らくその場で一番高齢であると思しき男性が話す。
「よく来てくれましたね。私はここの施設長をさせて頂いています。賽山と言います。本日は短い間ですがよろしくお願いしますね」
「宜しくお願いします」
笑顔で僕たちを歓迎してくれた賽山さんたちに、僕たちもまばらに挨拶を返す。しかし僕たちは足元の異様な光景が気になって仕方がなくなっていた。賽山さんもそれを敏感に感じとったのか、尋ねる前にその答えを話してくれた。
「本当は広間でゆっくりとお話させていただこうと思ったのですが、彼らが早く会いたいと玄関に集まってしまいましてね」
彼ら、と言った。
「彼らはその全てが生きる夢です。現実世界では様々な人外の姿を取っていますが、確かに感情があり、意思疎通ができます」
ここに来るまでにそれは痛いほど学んだ。という言葉を飲み込む。代わりに内垣さんがここに来るまでの状況を賽山さんたちに話す。
「━━なるほど。ではもう難しい話は必要ありませんね。ハウルの荒い運転でお疲れでしょう。広間で休憩にしましょうか。お菓子もありますよ」
僕たちは賽山さんたちの案内で、普段生きる夢たちが交流をしている大部屋に通された。無機物の生きる夢たちは自力か、あるいは宿主や他の生きる夢に連れられて部屋まで来るらしい。無機物以外にはスパイクさんとハウルさん以外にも何頭かの犬猫と、プレーリードッグ?とハムスターとねずみが居た。ねずみはおそらくぬえさんの連れだろう。動物の生きる夢の中でも言葉を声に出す者と、一種のテレパシーのように脳内に語り掛けてくる者の二種類がいる。ハウルさんは前者で、ねずみとスパイクさんは後者のようだ。彼女たちは僕たちを新しいおもちゃのように取り囲み、興味津々な様子で質問責めにした。どこから来たのか。何歳なのか。名前はなんと言うのか。どこに所属するのか。男か。女か。彼女はいるか。などなど何でもかんでも根掘り葉掘り聞かれた。生きる夢たちと触れ合ううちに、予定されていた三時間のふれあい時間は一瞬で過ぎ去っていった。むしろ往復の移動時間の方が長いほどだった。
 あっと言う間に終了予定時刻となった。僕たちは渋々宿舎に帰る準備を始めた。その気持ちを知ってか知らずか、賽山さんたち笑顔でその様子を眺めていた。
「また、おいでくださいね」
「ありがとうございました」
僕たちはすっかり祖父母の家に遊びに行った帰りのような気分になっていた。賽山さんを含めた、生きる夢の宿主たちが僕たちを見送ってくれた。肝心の生きる夢たちの大半は、僕たちで満足するまで遊び散らかしたあとは満足して広間で仲間内で遊んでいる。ハウルさんとスパイクさんだけが玄関まで見送ってくれた。
「悪いね。アイツらは気まぐれなんだ」
ハウルさんが少しも悪びれない態度で寝転んでいる。
「いえ。ハウルさんとスパイクさんもありがとうございました」
訓練生たちが次々と礼を言うと、ハウルさんは猫らしい甘い鳴き声を上げる。
「アンタらは、まあ悪くない。せいぜい長生きしろよ」
スパイクさんも激励をするように吠える。僕たちは彼女たちに見送られて玄関を出た。
「帰りは特心対の車両を手配してあります」
帰る頃に外はすっかり暗くなっていた。僕たちは内垣さんが手配した車両に乗り込んだ。発進する車両の窓から後ろを見ると彼女たちは僕たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。訓練生たちは疲れで眠っている者、仲間と今日の出来事を語り合う者、内垣さんやぬえさんと話をする者、白獏さんの敷き布団となる者がいた。僕はと言えば今日の記憶が新鮮なうちに記録をつけていた。
 記録が一段落ついたところで伸びをして何の気なしに外を見た。すると街灯も無い暗闇に一筋の光が追ってきているのが見えた。僕は窓に張り付いてその姿を注意深く見た。
「……ブレイズフーフ」
僕の様子に気づいた訓練生が一人また一人と窓の外に注目する。その身体を赤々と燃やして車両と並走する彼は、まるで地上を走る流星のようだった。彼は現実世界で使える力が尽きる瞬間まで僕たちを見送ってくれた。僕はそのときに、生きる夢が生きる夢と呼ばれる所以の一端を目の当たりにした気がしたのだった。

 

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