ここはインビジブル・ウォール御用達な特心対フロント企業のファミリーレストラン。低年齢層向けなサービスやメニューが充実したここは、他の派閥ではなくもっぱら彼らが集まる場所となっている。
まあ、当然いるのは大体がインビジブル・ウォールのダイバーなわけで………テーブルにはモソモソとイカ墨パスタを一人黙々と口に運ぶ仏頂面の少年が、そしてその後ろに淡い水色を湛えた髪の青年がプレートを片手に歩いてきた。
「よう、市。また一人飯か?」
「ええまあ……食事くらいはリラックスしながら取りたいですし」
『だから絡んでくるなよ』という言外の毒を交えながらも、少年は隣の椅子を引いて一人分の席を開ける。彼がわざわざ自分の元に来るという時に限っては、必ずそうするという暗黙の了解がここには形成されていたからだ。
「相変わらず人嫌いだなぁ、オマエ。」
「相変わらず人を揶揄うのが好きですよね、”社長”」
「ハハハ、まぁな?」
そう言いながら空けられた席に着くと、彼は自慢の端末を弄りながらおもむろに食事に手を付けだした。
「社長、行儀悪いですよ」
「わかってる。だが今日だけはやむを得ない事情がな。この端末の中で今も進行してるんだよ」
「で、今日は何のご用件ですか。」
市は怪訝そうにトニーを睨む。そこをぶに、とトニーは彼の頬を人差し指で突きながら朗々と話を始めた。
「いかにも興味なさげだこと。で、まあ、用件っていうか、アレだ。オマエ、女の子泣かせたらしいな?」
「なんのことでしょ……は?」
不機嫌そうな顔をしながらも絶えず麺を口に運んでいたフォークをテーブル上にボトリと落とし、市は聞き返す。
「心当たりが一切ねえぞ!って顔だな。サー・アーカーシャのことなんだが身に覚えは?」
「えー、あー……ないわけじゃ……ないですけど、えぇ……?」
手元に表示されたある女性のホログラムに、まさか、ありえないという困惑を浮かべながら口元に手を当て悩み始める。
「まあとりあえず、それを聞かせてみな?」
【回想録】
~~ある2級夢現災害討伐後~~
「市くんおめでとう!君は騎士団の名誉騎士に選ばれたんだ、これはその勲章だよ!」
「わぁ!光栄だなぁ!ありがとうございます、大事にしますね!」
「試しに早速着けてみて欲しいんだ、きっと君にはとても似合うと思うよ」
「いえ。ここでは止しておこうと思います」
「?どうかしたのかい?」
「まさかこれを賜るだなんて想像していなかったものですから……こういうのは正装でなきゃ。」
「なるほど!それなら、また別の機会でその晴れ姿を見せて欲しいな!」
「ええ、そのときは勿論です。」
~~ある3級夢現災害との戦いにて~~
「久しぶりだね市君!今日はアレ、付けて来た?」
「ああ……すいません。あれは大切に保管してましたから。こんな、木っ端な悪夢との交戦で傷つけたくなくて。」
「なるほど。ありがとう、騎士団の一人としてもとても嬉しいよ。また次の機会でだね。」
「ええ、そのときは勿論です。」
~~ある打ち上げ会にて~~
「久しぶりだね市君!今日こそは、例の……」
「ああ……すいません。あれは大切に保管してたものですから、あまり持ち歩いて紛失してしまうのが怖くて」
「なるほどね!」
~~ある表彰式にて~~
「久しぶりだね市君!これでまた一歩深層級への前進、本当におめでとう。ところで……」
「ああ……すいません。なくしちゃって」
【終】
「というわけです」
「そりゃそうなる。100%善意と好意にオマエはさぁ……」
「あだっ」
頬杖を突きながらのデコピンが市の額にクリーンヒットする。
「というか最後理由雑すぎだろ、え、まさか本当に無くしたんじゃないだろう?」
「そりゃそうですよ。部屋できちんと保管はしてます」
「それじゃあなんでまた意地の悪いことをするんだ。一度付けてやればいいだけの話だろう?」
額をさすって憤慨する少年に、青年がある種至極当然の疑問を突きつけてみれば。表情を一転させ言葉に詰まり始める。
「……別に夢の使者の人が嫌いってわけじゃぁ……ないんですよ?」
「じゃあなおのことなんでだよ。」
「うっ」
そりゃそうだろう。彼が思う以上に、自分だってそう思うわと頭を抱える。
「鳥肌立つくらい派閥としての夢の使者が嫌いで……その、なんか付けたら『そいつらと一緒になる』と思うと……」
信じられないようなものをみたような顔で、両の手の平をヒラヒラと振る。
「はー………ほんとオマエなあ……。ガキかよ」
「ガキですよ」
「普段はオトナぶりたがる割によ……。それで?じゃあ夢の使者がどうして嫌いなんだ?」
オマエが意地張るだなんて相当だろ。とトニーが続ける。
「……別に夢の使者に限らないんですけどね」
「ほら、『子供を愛さない親などいない』なんて、ヒーローがよく言うでしょ」
「後半20分のクライマックス、説得のシーンによくあるやつだ」
日曜朝8時とかの。あるいは光の巨人とか。
「あれすごいムカつくんですよ。夢現災害による陰山市の土砂崩れ事件、覚えてますか?」
「あー、そんなこともあったな。オマエもそこの生存者なんだっけ?」
「そうです。そして当時、父も母も、躊躇なく僕を置き去りにしていきました」
「………」
「『子供を愛さない親』とその子供は、居ないわけじゃないんですよ。だのに、なんで」
「彼らは綺麗なものしか見てないんだ、僕みたいなのが目に入ってないんです。それこそ、僕の両親みたいに」
「……はぁ~。オマエもつくづく難儀だねぇ、いろんな意味でさ。」
そこでトニーはようやく口を開くと、心底気の毒そうな目で市を見遣った。それは同情というよりは憐憫に近かったが。
「自覚はありますよ。ダイバーなんて始めようと思ったのも、そういう同類に手を延ばしたかったからですし。」
「ほんと変わってるよな。オマエくらいの年のダイバーなんて大体小遣いかヒーロー願望が相場だよ?」
「ただまぁ……ラザリアさんに八つ当たりしてしまう形になったのは申し訳ないですね。」
「そうだな。今度こそはちゃんと付けてるところ見せてやってくれ、本人のことを悪く思ってないんならな」
「そうします。ただ、こうなると次の機会を伺うの難しくなりますね……」
「あー、それについてなんだがな、必要ないぞ。」
途方に暮れる市を、とても嬉しそうな、そう、それこそ網に大きなカブトムシを捕らえた少年みたいに喜色満面の笑みでトニーが凝視する。それは、彼が敵を出し抜いて罠に嵌めた瞬間のものとよく似ている。
「?はぁ、どういうことです。」
「言ったろ?『やむを得ない事情がこの端末の中で進行してるんだ』って」
そう言いながら、トニーが自身の携帯端末の画面を見せると、そこにはデカデカと『サー・アーカーシャ:電話中』の文字が躍っていた。
「てめっ……この野郎………!」
すっかり顔を紅潮させ、身を大きく乗り出して奪い取ろうとするが、体格で圧倒的に劣る市にそれができるはずもなく。額のあたりから抑える様にがっしりと片手で掴まれて制止されてしまった。
「いやー。オマエのその顔見れただけで手間かけた甲斐があるってもんだな。」
「離せ!離せこの野郎!!」
「で、彼女なんだがなー、今のでそういうオマエの事情には理解を示してくれたみたいだから安心しときな。」
「……」
「押しつけがましかったと申し訳なさそうにしてたよ。ま、喫茶店にでも寄ってそのへんは話したら?」
身をよじって暴れるのを止め、ただ黙して話に耳を傾ける。
「それじゃあ俺の話はこれで終わり。ちょうど食べ終わったしじゃあな。」
「……仲裁に感謝します、社長。」
おう、また一個俺に借りができたな?そう笑いながら、トニーは空になったプレートを抱えてその場を後にしていく。
いつもやりたい放題するだけしてどっか行きやがって。心の中で悪態をつきながら、食事の続きを再開する。けれども、少年はどこか、さきほどまでの時間に自分が求め続けていた何かを感じたような気がした。
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