『DREAM DIVER:Rookies file』chapter5

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.5

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
「不知火機関」に配属予定の新人ダイバー。真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。漠然と映画に登場するスパイ像に憧れている。夢の姿はスパイ映画の主人公を模した姿である。武器として特殊な道具を生成できるほか、認識改変などによる他者の介入に若干耐性がある。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。夢の姿は実働部隊に多い黒い戦闘服姿である。主な武装はアサルトライフル。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。ダイバーネームの『リコシェット』は”跳弾”を意味する。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。夢の姿は対爆スーツの頭頂部にソンブレロが乗った姿である。主な武装はグレネードランチャー。

 

第五話『覚悟』

 

 「やあ~やあ~やあ~!我こそは━━」
その喧しい声には聞き覚えがある。僕が間違っていなければ━━
「デイドリーレイダース二等境界潜夢士~!名を『リコシェット跳弾』と申す者~!」
「……僕の夢でなにしてるの、櫻さん」
僕は目の前で爆炎を背に名乗りをあげている対爆スーツに身を包んだ人物に尋ねた。
「ここからダイブアウトの気配がしたから私も混ぜてもらいにきた!」
櫻さんは独特なポーズで存在感をアピールしてくる。大学時代よりも悪化しているじゃないか。
「深瀬はもう帰ったよ」
「私は七海くんに用があるから無問題!」
僕は問題がある。
「それで、結局何しにきたのさ」
僕はやや不機嫌気味に尋ねる。当たり前だ。こっちは自分の世界を爆破されたんだぞ。しかし彼女は一切悪びれることなく話し出す。
「朝ごはんのときに”櫻”って呼んでくれたでしょ!あれ嬉しかったんだから~」
「君の家では嬉しかったら爆殺しに掛かるのか?」
「あんなのただの演出だから!全然痛くなかったでしょ?」
「痛かったわ!」
僕がノリツッコミ気味に怒鳴ると、彼女はやっと申し訳なさそうにもじもじし始めた。
「えぇー……、ごめんね……?」
僕は呆れて果て、どっと疲れが出て来た。
「もういいよ……」
それで結局何しに来たんだこの女は。
「それで結局何しにきたの?」
「戦いにきた!」
「なんで?」
「戦いたいから!」
は?
「なんで戦いたいの」
「深瀬くんだけ七海くんと戦ってズルい!」
彼女はそう言うと六連装のグレネードランチャーにグレネードを装填し始める。
「僕は戦ったなんて一言も言ってないぞ!」
僕は思わず武器である日傘を生成し構える。
「戦場跡は雰囲気でわかる!」
「そんな滅茶苦茶な……!」
櫻さんは僕の都合など知ったことかという感じで得物をこちらに向ける。こうなったらもう彼女は他人の言うことは絶対に聞かない。
「ほらほら!七海くんも武器持って!」
「もう持ってるだろ!」
彼女は僕の手元を凝視する。
「……カサ?」
「これが僕の武器だ」
「武器……?」
今、僕の武器に注意が向いている彼女の動きは完全に停止している。さてこれからどうしたものか。彼女自身の得物での自爆にも耐えうる分厚い装甲にはゴム弾はおろか、実弾すら効果があるようには見えない。一方で彼女は僕の得物が日傘であることがツボにハマったらしく、マスク越しでも笑いを堪えているのがわかる。
「そっかぁ~、傘。傘かぁ~!ぶふ……っ!そういえば大学の帰りによく剣にして遊んだよね!」
「僕を雨傘でド突いて遊んでたのは櫻さんだけだけどね」
彼女の言葉を適当に受け流しながら、僕は日傘を弄っていた。なにせ説明書がないので、触ってみるしかない。これが『ルーラーガイ』の日傘ならば、まだまだ使いこなせていない機能が眠っているはずだ。深瀬との戦闘を見るに日傘の生地は防弾繊維ケプラーだろうが、およそ彼女のグレネード弾の爆発を防ぐ防御力はないだろう。リスキーだがグレネードが硬い場所に着弾して起爆する前に生地で跳ね返すしかない。いずれにせよ接近戦以外は僕の攻撃も射程外だ。
「なあ、切崖さん!」
僕が意地悪をして苗字で問い掛けると、櫻さんはわざと聞こえないフリをした。
「なぁにぃ~?聞こえんなぁ~?」
こいつ。
「櫻さんの武器はランチャーだけなの?」
「内緒~!」
こいつ。
「この子のことが知りたいの~?」
彼女は小馬鹿にした声色でグレネードランチャーを撫でる。
「いや、べつに……」
「しょうがないなぁ~!」
彼女は「よくぞ聞いてくれました」とばかりの名調子で自身の武器の説明を始める。
「この子はグレネードランチャー!名前はポン太!回転式弾倉のおかげで毎分十八発の四十ミリグレネード弾を撃てるすごいやつだよ!」
彼女は地面に座り込み、おままごとでもするようにスーツのポーチからグレネード弾を取り出して種類ごとに並べてゆく。
「これが普通の炸裂弾でぇ~、こっちが散弾ね!んで、これがナパームで……」
僕はしゃがみこんで彼女のセールストークを黙って聞いていた。しばらくすると満足したのか周囲に広げたものを片付けはじめる。そして最後に感想を求めてきた。
「どう?」
「どう、って……」
「すごいでしょ?」
今からそれで僕は吹き飛ばされようとしているのだが。わかっているのだろうか。
「あぁ、すごいね」
「絶対思ってない」
僕が適当に返事をすると彼女は不愉快そうな声をあげた。それを聞いた僕は面倒臭そうに勝負を急かした。
「どのみち負けるんだから、早くやろうよ」
「まだ分からないじゃない」
「わかるよ。だって君はもうプロで、僕は訓練生なんだから」
「最初から諦めちゃうの?」
「試合だしね。絶対に負けるなら━━」
「負ける前提で話進めないで!」
僕が諦めを口にすると櫻さんは声を荒げた。普段の駄々をこねるときとは違う、少なくとも僕は見た事がない意外な一面に圧倒された。
「……」
「夢界ならまだしも、夢現領域ならそれで死んじゃうんだよ?」
彼女は興奮した様子で続ける。
「七海くん。悪夢と人間の戦争に片足突っ込んだ自覚、ある?まだないでしょ?」
「……学生気分だっていいたいの?」
「一般人気分だよ。一歩でもダイバーとして戦場に入ったら、命の危険が迫ってもお巡りさんは助けにきてくれないんだよ?」
行動は滅茶苦茶で意味不明だが、彼女の言葉には真実あるように思えた。
「友達と一緒に切磋琢磨してちょっとずつ強くなっていくのも悪くないと思うよ。でもそれじゃ遅いの!七海くんたちは一ヵ月も経ったらもうダイバーなんだよ?そのまんま夢現領域に行ったらあっと言う間に死んじゃうよ!それは嫌なの!」
凄まじい剣幕で僕を心配する櫻さんに、僕は何も言い返すことができないでいた。
「『突然夜中に夢に入ってきて説教してきてうぜー』って思うだろうけどさ……」
「思わないよ。思わない」
彼女は僕の言葉で安心したのか、防爆スーツで熊ほどの体積になった身体を僕に寄せる。そしてマスクを外して僕のスーツで鼻をかんだ。
「おい」
「悪夢のせいでママが死んで……、大学も辞めなきゃいけなくなって……、地元も離れて家族も友達もいなくなって……」
怒るに怒れない。僕は彼女の身に起こった壮絶な出来事を聞きながら、無意味と思いつつ防爆スーツ越しに彼女の背中をさすった。
「だから訓練所で七海くんとまた会えたとき、友達とまた会えてすごく嬉しかった。でも私馬鹿だから、あとになって怖くなって、七海くんも死んじゃうって……。だから……」
櫻さんは涙声で話を続ける。彼女とて半端な覚悟でダイバーとなったわけではない。母親を喪ってからの三年間、彼女はいったいどれだけの戦場で死を見て来たのだろう。
「だから私、七海くんを鍛えなきゃって……思”っ”でぇ”……」
「……わかった」
「……」
「僕は死なないくらい強くなる。いつか君とこの夢のことを思い出して笑い合えるように」
僕の言葉を聞いて彼女は僕から離れ、涙ながらに微笑んで見せた。
「……トーニョさんたちが七海くんのこと褒めてたよ。ああ見えてあの人たちは、あんまり人を褒めないのに。だから、きっと七海くんならできるよ」
彼女に笑顔は戻ったことに僕は胸を撫で下ろした。すると先ほど擦り付けられた鼻水が掌にべっとりと付着した。
「……」
「……あっ……」
「……いいんだ」
「……それね……、念じれば綺麗になるから……多分」
僕はダメ元で「服装を綺麗に」と念じた。というよりは、服装の情報を更新するイメージをした。すると汚れた箇所は綺麗になり、爆炎で焦げたところも元通りになった。
「こう?」
「そう!汚れ程度なら夢界なら簡単にどうにかできるから」
「なるほど、便利だな」
僕が新品同然となったスーツの着心地を調整していると、彼女はいそいそと戦闘準備を始めた。
「やるんだ」
「やるよ。もう一ヵ月もないんだから!」
「勝っちゃったらごめんよ」
「抜かしよる」
僕と櫻さんは軽口を叩き合いながら訓練試合開始の距離まで離れた。
「かかってきなさいぃっ!」
彼女がランチャーを頭上に掲げ、試合開始の合図に代える。僕は自分の攻撃範囲内まで近づくため勢いよく駆け出した。彼女はそれを読んでいたように僕の進路上の地面にグレネード弾を着弾させる。着弾地点からは小爆発とほぼ同時に火柱があがり、僕の接近を防がんと立ち塞がった。僕が日傘を開き炎の壁に突入したとき、生地の内側に表示される表面温度表示は千二百度を示していた。しかし日傘の耐久力はその熱に耐えうるものだった。僕はなんとか炎を突破し、彼女との距離は約三メートルほどのところまで迫った。彼女は二発目のナパームグレネードを発射するが、弾は信管が作動するよりも前に生地に吸収されて跳ね上げられ、ナパーム弾は空中で自爆した。とうとう僕は彼女の眼前に到達するが、銃床で額を殴打され後退させられた。適性距離を稼いだ彼女は散弾を発射した。だが散弾ならば防弾繊維で完全に防ぐことができる。ここまでナパーム、ナパーム、散弾と、彼女は説明の時に出したときとは逆に弾を発射した。ならば次に来るのは恐らく炸裂弾だろう。僕は近接攻撃を警戒しながら、信管が作動するよりも先に弾を空中に跳ね上げるべく、やや上に角度を付けて日傘を構えた。だが僕の読みは完全に裏目に出た。彼女は勝ち誇った顔でランチャーの銃口を地面に向け垂直に構えた。僕にはどうしようもできなかった。
 僕は自室のベッドから跳ね起きた。それとほぼ同時に大きな音が聞こえ、音のした方を見るとドアが半開きのまま放置されている。ベッドの上で手足を動かして五体満足であることを確認する。自分の身体がゴム毬のように消し飛び破壊される感覚をはっきりと憶えている。あれは訓練試合などではなかった。僕は戦いに負けて”死んだ”のだ。彼女が言ったように、これが夢現領域内での出来事だったならすでに命はなかっただろう。そう考えると彼女の言葉がより深く心に突き刺さるような感覚に陥った。全身が雨に降られたように汗で濡れている。僕はベッドに戻る前にシャワーを浴びることにした。その夜、僕はずっと二人の言葉を考えながら短い夜を明かした。

 

 

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