『DREAM DIVER:Rookies file』chapter3

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.3

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

・内垣 真善
特殊心理対策局、実働部隊に所属する三等深層潜夢士。ダイバーネームは『イレイザー』。なにかと面倒を押し付けられる苦労人。

・アントニオ・イニエスタ・キャバレロ
デイドリーレイダースの深層潜夢士。ダイバーネームの『プルポ』は蛸を意味する。豪快で面倒見がいい性格で、訓練所の新人たちの世話を焼きたがる。

・氷室 静雄
デイドリーレイダース所属の中級ダイバー。素直で情に厚い性格。辻導の保護者。

・辻導 哲乃
デイドリーレイダース所属の中級ダイバー。話し方が哲学的で朝に弱い。氷室の保護者。

 

第三話『騎士の誓い』

 

 今日の朝食の席にもレイダースの面々が揃っていた。今日はひとりで素早く朝食を済ませて部屋で局内誌でも読もうと思っていたのだが、予想通りアントニオさんに捕まった。
「おぉ、来たぞ!噂をすればだ!」
アントニオさんが食堂全体に響き渡る声で僕の紹介をした。周囲からの視線が突き刺さる感覚に耐えながら、彼らのテーブルに朝の挨拶をしに歩みを進める。
「おはようございます」
「おう!おはよう」
僕はレイダースの面々と挨拶を交わし、引かれた椅子に座り込んだ。ひとりの時間は制限されるが、気に入られているようで悪い気はしない。
「今ね、みんなで七海くんの話してたんだよ!」
切崖……、もとい櫻さんが僕に顔をずいっと寄せる。
「というと?」
「どこに配属になるだろうねって」
「初夢くんみたいなタイプはよ、『支援部隊』に適性があるって相場が決まってンだろうが。なあ?お前もそう思うだろ?」
氷室さんが自信満々に自分の意見を述べ、辻導さんに同意を求める。
「私は”お前”ではない。そうだな、『備品整備部隊』あたりだろうか?」
名前だけ局内誌かなにかで聞いたことあるような配属先が挙がる。要は非戦闘員に向いてるように見えるということだろうか。
「私は『奇書院』だと思う!だって大学でも本ばっかり読んでたし!」
「なんやかんやで実働部隊に配属されるんじゃないか?一緒に訓練も受けているしな」
全員の予想が出揃ったところで僕は不知火機関に配属されたことを伝えた。一番驚いているのは櫻さんだった。
「知らない!どこそこ」
「それくらいは知っとけ」
氷室さんが呆れた様子で櫻さんを嗜めるなか、今朝は調子が良さそうな辻導さんが解説を始める。
「いわゆる特心対の諜報部だな。諜報機関が育ちにくいと言われている日本では珍しい組織だな」
「諜報機関、ですか」
そんなスパイ映画さながらの単語を現実の世界で聞いたことも初めてだし、ましてや自分自身が所属することになるなどとは思わなかった。
「おい、それもこれから特心対の方で改めて説明があるやつじゃねぇか?」
氷室さんが昨日に引き続き今度は辻導さんに口止めする。しかし彼女は今日絶好調だ。
「憶測で私の口を塞ぐことはできない。それに後から説明を受けるのであれば、私から先んじて説明を受けたとしても不都合はないのではないか?」
「お前が余計なことまで説明しやがるのを心配してんだ、こっちは」
「では余計とはなんだ?説明したら彼に不都合が生じることか?それとも特心対に不都合が生じることか?」
「それがイコールのときもあるだろうが。それに物事には段階ってもんがあんだよ」
「確かにそのようなときもありうるだろうな。そして物事に段階があることも私は理解できているつもりだ。しかしいずれも憶測に過ぎない。私は今喋りたいんだ」
氷室さんと辻導さんの論争とも問答ともじゃれつきとも言えるそれをテレビ代わりに僕たちは朝食を食べ続けた。
「━━だから、私が知り得る情報も統制されていないと断言することはできないということだな」
「そうだ。いや、一人だけできる」
そう言うと二人はじっと僕を見た。
「え。ごめんなさい。聞いてませんでした」
朝食のパンを半分口に入れたまま硬直する僕を見て二人は笑みを浮かべた。
「いや、大したことじゃねぇんだが」
「君が不知火機関に入ったら、この問答の答え合わせをしてもらおうと思ってな」
「……というと?」
「君は不知火機関に今配属されようとしているのだから、私の知識が真実なのか、君に確かめてもらえばいいのだ」
僕はパンを咀嚼しながら少し考えを巡らせた。そして考えと口の中のものを飲み込み、会話に参加する。
「でも僕が不知火機関に属したら、組織に統制された情報を話すかもしれませんよ?」
僕の言葉を聞いて三人は顔を見合って微笑む。櫻さんは朝食のハムが上手に切れずにずっとまごまごしている。会話を聞いていたトーニョさんが話し出す。
「初夢くんの、そういう誠実なところを俺は気に入っている」
「真実を知ることができれば御の字だが」
「仮に統制された情報を俺たちに話したにしてもよ、初夢くんが組織に順応できた証ってことでもあるよなぁ?」
「そうだ。それはそれで私たちは嬉しく思うぞ」

「そんな……、ありがとうございます(?)」
三人は口々に僕を褒めてくれた。なんだか照れくさくなりながら、僕は朝食を食べ終えた。僕は自室に一度戻るために三人に別れを告げた。
一方その頃櫻さんは未だにハムと格闘していた。
「またね、”櫻さん”」
僕が大学時代のように下の名前で呼ぶと、彼女は機敏に反応しこちらを見た。そして嬉しそうに元気よく答えた。
「うん!またね!」
 その日の昼過ぎ。僕は施設の中庭でひとり日を浴びていた。深瀬たち実働部隊行きの連中は訓練場に招集が掛かっていた。「実働部隊に配属予定の訓練生は、朝食のあと訓練場に集まってください」と放送が流れたが、それってつまり「初夢くんは訓練場以外にいてください」に等しくないか?
「すっごい疎外感」
僕は釈然としない気持ちでたんぽぽの綿毛を吹いた。ふわふわと飛んでいく綿毛の行く先を眺めていると、僕以外にも人がいたことに気づく。
 小麦色に焼けた肌に、日光に照らされ輝く銀色の髪。ベンチで本を読んでいる女性の鼻元を僕が吹いた綿毛が通過する。女性はむず痒そうに鼻を押さえる。
「ふっ……、ふっ……ふぅ」
彼女がくしゃみを我慢する様子を無意識に眺めていると、くしゃみを耐え抜いた彼女と目が合った。
「おっと、人がいたとはね」
「あー……、すみません。こんにちは」
「こんにちは!」
彼女はにっこりと微笑む。そして僕の服装を見て続ける。
「君は、ここの生徒さんかな?」
「あ、はい。そうです」
「みんな訓練場に集まってるよ?君は行かなくていいのかい?」
「はい。僕は実働部隊配属予定じゃないので……」
彼女は、なるほどね。と納得した様子で顎に手を当てる。
「それでここで日向ぼっこしていたんだね」
「日向ぼっこというか……、まあ日向ぼっこですかね……」
「ここは風と陽の光が気持ちいいよね」
彼女ははたと気づいたように手を叩く。
「自己紹介がまだだったね!」
「あ……、すみません」
彼女はそう言うと巨大な盾を顕現させる。大盾には精巧な騎士の紋章が描かれている。
「私はドレアム騎士団の騎士『グリフィス』。普段はめぐりって呼んでね」
知識では知っていたが騎士は始めて見た。彼女の堂々とした立ち振る舞いと、春風に揺られる銀色の髪、そして透き通るような青色の瞳は、まるで叙事詩から抜け出した伝承上の騎士のようだった。
「僕は……」
僕はその姿に圧倒され、一瞬話すことを忘れた。
「大丈夫?どこか具合が悪いのかい?」
僕を心配して自分の額と僕の額の温度を比べようとするめぐりさんから離れ、改めて自己紹介をする。
「僕は不知火機関に配属予定の初夢七海です。よろしくお願いします」
騎士を目の前にして自然と気持ちが引き締まった気がした。緊張する僕に対しめぐりさんも笑顔で挨拶を返す。
「よろしくね。この中庭で会ったのもなにかの縁だ。せっかくだから話をしよう」
僕は誘われるがままめぐりさんの座るベンチに腰を下ろす。
「失礼します」
「そんなに畏まることはないよ」
めぐりさんはどこか困ったような、人懐こい笑みを浮かべ話しを始める。
「不知火機関の卵には初めて会うよ。なにか、そういう勉強をしてきたのかい?」
そういう勉強……?
「えっと、というとどんな勉強でしょう……?」
「スパイの七つ道具とか、金色銃の組み立てとか……、あと鍵開けとかさ」
「いや……、そういう勉強はこれまでしてないですね……」
「じゃあこれから学ぶんだね!」
映画じゃあるまいし。と思ったが、ダイバー界隈に僕の常識は通用しないんだった。もしかしたら本当に映画みたいなことをするかもしれない。
「不知火機関ってそういうところなんですか?」
「うん。スパイ組織だって前に傭兵が話してるの聞いたんだ。スパイって言ったら、やっぱり電磁石指輪とか、名刺入れとかボールペンを合体させて出来上がる金色銃とか……」
彼女は目をきらきらさせながら自身のスパイ像を熱弁した。
「詳しいですね」
「友達に借りた映画を観たばっかりなんだ!」
「あの映画面白いですよね。僕はスパイだったら布がケプラーで軸に銃が隠されてる日傘が使いたいですねー」
「使えるよ!」
めぐりさんが興奮した様子でガッツポーズをしてきた。
「うおっ」
「ダイバーの源は想像力だからね。君はなりたいものになれるんだ」
なりたいものに、なる。
「私が応援しているよ」
彼女が心強い言葉を僕に掛ける。その言葉にはまるで強力な魔法が掛けられているかのように僕に活力を与えた。
「ありがとうございます。めぐりさん」
「がんばってね。いつか戦場で肩を並べられる日を心待ちにしているよ」
「はい!」
僕が騎士に誓いを立てたところで、遠くから深瀬の声が聞こえてきた。
「おーい!ここにいたか、七海ぃ!」
声が聞こえて来た方を見ると、深瀬と知らない人物と、その二人の後ろからもう一人誰か歩いてきているのが見えた。
「サー・グリフィス」
深瀬の横の人物がめぐりさんを呼んだ声は”女性”のものだった。
「サー・ミモザ。私はサーじゃないよ」
「あ、そうだっけ……?あー、だがまあ、君の実力なら近い将来そうなるだろう。えーっと……、そう。グリフォンの如き美しさと強さを兼ね備えた君ならばね」
いや、”男性”の声か?今のこの人物は紛れもなく童顔の”男性”だ。めぐりさんを呼んだ声は確かに女性のものだったと思う。だが確証はない。今この瞬間にも、あの時聞こえた声はやはり男性のものだったように思えてくる。まるで認識が書き換えれられたような……。
「その子は?」
サー・ミモザと呼ばれた男性がめぐりさんに僕のことを尋ねる。
「初夢くんって言うんだ。不知火機関に配属されるんだって」
めぐりさんの言葉に深瀬が食いつく。
「七海お前、不知火機関に配属されるんか!そういやまだ聞いてなかったわ!」
「昨日から言い忘れてたよ。めぐりさん、こいつは同期の深瀬です」
「深瀬陸朗言います!よろしくお願いします!」
「私はドレアム騎士団の相守めぐり。よろしくね。深瀬くん」
「私は━━」
僕は女性の声に鋭敏に反応しその方向を見た。視線の先ではサー・ミモザがこれから自己紹介をしようというところだった。彼は何かを言い掛けて一度強めに咳ばらいをし、改めて自己紹介を始めた。
「俺は『サー・ミモザ』。めぐりと同じくドレアム騎士団の騎士だ。二人ともよろしくな」
彼は太陽のような微笑みを僕たちに向けた。
「ちょっと、いいですか」
深瀬とサー・ミモザの背後から女性の声がする。二人が横に開けると、その二人の陰にすっぽり隠れるくらいの身長の少女がいた。
「私も、自己紹介、します!」
少女が力強くそう言うと、めぐりさんとサー・ミモザは少女の正面に移動し簡易的な一礼をした。サー・ミモザが畏まって謝罪する。
「失礼しました。『サー・ロータス』」
サー・ロータスと言った彼の言葉を自身の中で復唱した。その瞬間全身から汗が滲み出てくるのを感じた。サー・ロータスといえば、かの最高位深層潜夢士、日本のドレアム騎士団のトップじゃないか。僕も二人の動きを真似て拝謁する。さすがの深瀬も重要性を理解したのか、僕に並んでこうべを垂れている。
「いや、やめてください。そんなんじゃないんです。頭を上げてください」
僕たちが顔を上げると、サー・ロータスがにこりと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。喜馬リアと申します」
「初夢、七海です。どうか、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
「深瀬陸朗……であります。よろしくお願い致します」
ガチガチに固まった僕たちを見てサー・ロータスは笑った。
「もう固い!固いですよ、お二人とも!」
その時のことはあまり憶えていない。最高位のダイバーの凄みを直接肌で感じたのは、僕や深瀬がダイバーだからだろうか。
「今日はみなさんの訓練の様子が見られてよかったです。また機会があればお邪魔しますね」
「ぜ、是非に……」
僕たちが硬直していると、サー・ミモザがサー・ロータスに連絡をする。
「サー・ロータス。次の予定が詰まっていますので、そろそろ」
「わかっています。それでは、また会いましょう。初夢さんに深瀬さん」
「また会おう」
「今度またゆっくり映画の話をしようじゃないか」
三人に別れを告げながらも僕たちは彼女たちが中庭からいなくなるまで礼をし続けた。僕は気配が消えたあたり慎重に頭を上げ、深瀬に切り出す。
「お前、他の実働の連中と中にいたんだろ。なんで誰もサー・ロータスに気づかないんだ」
「後ろでずっと見とって名乗らんかったし、顔なんか見た事ないから知らんわ。あー……、心臓取れちゃうかと思ったわ」
「超、緊張した」
 僕たちはそのあとも夜まで三人の騎士の話をしていた。そのあと深瀬と別れ自室でひとりになると、めぐりさんの言葉を思い出して口に出す。
「なりたいものになる、か」
僕はどんなダイバーになるだろうな。正直なところ自分自身が映画の主人公のように華々しい活躍をするイメージはできない。だが不思議なことに、彼女の言葉を思い出すと完全に不可能ではないような気がしてくるのだ。その日は彼女の言葉を胸に抱きながら眠りについた。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧