『DREAM DIVER:Rookies file』chapter2

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.2

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

・内垣 真善

特殊心理対策局、実働部隊に所属する三等深層潜夢士。ダイバーネームは『イレイザー』。なにかと面倒を押し付けられる苦労人。

 

第二話『不知火を宿す者』

 

 内垣さんと会った日の翌朝、僕は彼女が言っていた書類のことを思い出し自室のドアのポストを漁った。ポストには一枚の大型封筒が二つ折りで突っ込まれていた。封筒の折り目を戻して裏返してみる。”二つ折り厳禁!”。なるほどおもしろい。いい加減にしろ。僕は朝一でなんともいえない気持ちになりながら封を切った。封筒からは形式的な書類が数枚。それと僕の身分が記されたカードが一枚。
「”不知火機関”」
このカードは肌身離さず大切に保管してください僕はひとまずカードを運転免許証などと一緒に財布にしまうことにした。次に書類に目を通すと、機関に所属するにあたって守るべき機密が並べられた規約がびっしりと記載されていた。朝は二時間ほど早く起きたにも関わらず、規約を読み切る頃には朝の食堂が開く頃合いとなっていた。結局何をするところなのかは書類には書かれていなかった。
 自室のドアを開くと歯ブラシを口に突っ込んだままの深瀬と会った。僕が「おはよう」と挨拶すると彼は何て言っているのかわからないような挨拶を返した。僕は彼に歯ブラシを置いて口を濯いでから食堂に行くように勧めると、深瀬は素直に自室に戻っていった。食堂への道すがら出会う昨日内垣さんとスパーリングをした実働部隊行きの連中は、皆身体のどこかしらを押さえている。
 食堂に到着すると、訓練生ではない見慣れない集団が既に一つの長テーブルを占拠しているのが目を引いた。気取ったテンガロンハットを膝に置き、時代遅れなベストを身に着ける男のファッションには聞き覚えがあった。
「あれ、デイドリーレイダースやない?」
僕が飲み込んだ言葉を後ろから現れた深瀬が口にする。
「そうだけど、そういうのは心の中で思っておくだけにしてくれ」
トレーを取りながら呆れた様子の僕に、彼は心底不思議そうに問い掛ける。
「なんで?」
「なんでって、絡まれたら嫌だろ」
「そんなチンピラじゃあるまいし」
「チンピラだって教官が言ってただろ!」
声を抑えて話していたつもりが、どうやら彼らに聞こえていたらしい。レイダースのメンバーのうち眼鏡を掛けた、すこぶる人相が悪い男が僕たちを手で呼び出した。僕と深瀬は借りて来た猫のようにテーブルの前に立った。他のレイダースたちも僕たちに注目する。
「急に呼び出して悪ぃな。すぐに済む」
なにが済むんだ?ここで殺されるのだろうか。僕が彼らに怯えて顔を伏せ地面だけを見ていると、この場にいるはずのない聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やっぱり!七海だと思った!」
知っている声に釣られて顔をあげると、同年代の女性が僕を一直線に指さし、興奮した様子で他の三人に話を振っていた。
「大学中退した櫻だよお!七海くん憶えてる?」
そのけたたましい喋り方は忘れようもない。大学で一年のゼミが同じで、一年生の最後に大学を中退した奴だ。小憎いが彼女は僕の大学生活最初の友人でもあった。
「憶えてるよ。切崖さんだよね?」
僕が憶えている旨を伝えると、彼女は嬉しそうに跳ねまわった。その会話を聞いていたレイダースの面々も愉快そうに笑っている。一人だけ状況を理解できていない深瀬が僕に説明を求める。
「どういうことや?」
「昔の友達に妙なところで会ったってだけだよ」
僕たちの会話を遮って切崖が深瀬に自己紹介する。
「切崖櫻です!デイドリーレイダースでダイバーしてます!階級は一等覚醒潜夢士です!以後よろしく!」
「俺は深瀬陸朗言います。先輩さんやね。よろしくお願いします!」
二人はすぐに打ち解け両手で握手を交わす。考えるより先に行動する同士シンパシーがあるのかもしれない。そのあとは折角なので同じテーブルの空いている席に座らせてもらい、話をすることになったので、僕は一番気になっていることを切り出した。
「まさか切崖さんが大学辞めてダイバーになってるなんて、思いもしなかったよ」
僕の感想に少し申し訳なさそうに切崖が話す。
「ごめんね。休み明けにはもう中退しちゃってたもんね。ほんとはお別れしたかったんだけど、急だったからそれでもできなくて」
「いいんだよ。でもなにがあったの?」
「お母さんが、夢現災害に巻き込まれて死んじゃって」
「おばさんが……?」
彼女の母親は知っている。大学で何度か面識があったし、片親で彼女を学校に通わせていたことも知っていた。だから当時は彼女が大学を中退したことも、僕はなんら不思議には思っていなかった。ましてやダイバーのことも夢現災害なんて言葉もその頃の僕は微塵も知らなかったのだから。
「そのあと病院で特心対の人が来て、私にダイバーの素質があるって。そのときに夢現災害のことも簡単に教えてもらったの」
「それは、大変やったな」
深瀬が神妙な面持ちで話す。だが僕にはまだ不思議なことがあった。
「それでなんで傭兵に?」
「ペーパーテストで落ちたから……」
深瀬は絶句しているが、失礼ながら僕は妙に納得してしまった。なにせ彼女は大学一年生の時点で自分の下の名前の漢字が書けなかった。短い付き合いの中でも、この子は勉強がとてつもなく苦手なのだろうとはなんとなくわかった。
「そうなんだね……」
「でも、レイダースはいいところだよ!特心対の研修では悪く言われるかもしれないけど!みんな私の家族だよ!」
切崖がわたわたとレイダースのフォローを入れる。確かに研修では荒くれ者だと習ったが、実際に対面すると見た目以外はいい人たちに思える。
「サクラの友達に会えて嬉しいよ。俺はアントニオだ。アントニオ・イニエスタ・キャバレロ。長いからトーニョって呼んでくれ。よろしくな」
僕と深瀬がカウボーイ風の男性と片手ずつ握手を交わす。彼の手は内垣さんや深瀬よりも大きくゴツゴツしていた。
「初夢七海です。よろしくお願いします」
僕たちが挨拶を返すと彼が突然僕と深瀬の握手した手を持って他のレイダースに見せた。
「見ろ!俺たちを恐れることなく礼儀を貫いた!この二人はきっと大物になるぞ!」
そう言うとアントニオさんは僕たちの手を解放したが、僕たちを呼び出した眼鏡を掛けたオラついた男性が笑いながら彼に苦言を呈す。
「あんまり新人イジメんといてくださいよォ」
「イジメてたか?」
アントニオさんがもう一人のポーカーフェイスの女性に話を振ると、彼女は眠たげに顎に手を当てる。
「イジメていたかもしれないし、そうではないかもしれない……」
「わざと意味のないことを言うんじゃねぇぞ哲乃ぉ」
今度はポーカーフェイスの女性に眼鏡の男性が苦言を呈す。その様子を見兼ねてアントニオさんが彼らに自己紹介を促す。
「じゃれあってないで、お前たちも自己紹介くらいしたらどうだ」
わかってますよぉ。と眼鏡の男性が僕たちを見る。
「氷室静雄。ダイバーネームは、『メルトロック』……!」
彼はそう名乗ると赤熱した機械人形に姿を変え、卓上のコップを掴むと中の水を瞬時に蒸発させて見せた。僕と深瀬が彼の芸当に驚いていると、彼は元の姿に戻り僕たちに握手を求める。
「俺とも握手してくれるか?」
「は、はい!」
僕と深瀬は頷き、恐る恐る握手を交わす。
「トーニョさんの言う通りっすよ。こいつら肝が据わってる」
僕たちは今度は眠たげなポーカーフェイスの女性の元へ行く。
「あの、よろしくお願いします」
彼女は虚ろな目で僕の瞳を覗き込んだ。
「ん。辻導哲乃という。ダイバーネームは━━『ソクラテス』。すまない、朝は弱いんだ……」
「あ、お構いなく……」
「うむー……、よろしくお願いする」
僕たちは今にも眠りそうな様子の辻導さんともなんとか握手を交わした。部屋に置いてあった局内誌で読んだことがある。『冷めぬ蒸気機関』氷室静雄と、その相棒『哲学する拳闘士』辻導哲乃。それと『深海より来たる』アントニオ。先月号では彼らの活躍が一面を飾っていたことを彼らの仰々しい称号と共に憶えている。
「あの、局内誌でご活躍を拝見しています」
「それは嬉しいな。なあ!」
アントニオさんが二人に話を振ると、氷室さんと辻導さんは肯定する。我が旧友切崖はその横できょろきょろと「局内誌とはなんぞや」という表情をしている。
「今日はどうして育成所に来てくださったんですか?」
「あぁ、ああ!そうだな!……これは話していいんだよな?氷室」
「いいんじゃないですか?なあ哲乃」
辻導さんはパンにジャムを塗ろうというところで夢に誘われていた。アントニオさんが続ける。
「俺たちは、君たちの本格的な夢現領域を用いた最終訓練に同行するために招集されたんだ。訓練用に鎮圧されているとはいえ、夢現領域では大きな危険が伴うからな」
触りだけ聞いた事がある。最初に貰ったスケジュール表に書いてあった『実地訓練』とはそのことなのだろう。確か”夢現領域とは悪夢が現実へと出てくる場合『ミハイル・ドレアム境界面』に穴が開く。その穴の周辺の空間は、夢と現実が曖昧になり夢が現実に干渉する危険な状態となる。夢が『夢現領域』で起こした破壊は、現実に影響を及ぼし、物理的破壊を生じさせる”(教科書ママ)。不可解なのは、訓練に使えるように都合よく夢現領域が用意されているところだ。
「夢現領域ってそんな簡単に用意できるものなんですか?」
「おそらく特心対がキープしているものを使うんだろうな」
キープ?僕が言葉を飲み込めずにいると、氷室さんがアントニオさんを制止する。
「トーニョさん。それが多分内緒のやつです」
「もう隠していても……しかたないだろう。まあ、そういうことだ」
寝覚めた辻導さんが雑に会話を収めた。不穏さは拭えないが、ともあれ実地訓練とやらに出向けはわかるこだ。
「切崖さんも、ダイバーになるときに行ったの?」
「いや……、私は筆記で落ちたから初夢現領域は先輩の仕事の付き添いだったよ」
「行ってみないとわからんちゅうことやな」
「詳しいことは教官が説明してくれるだろう。質問があれば今のうちの聞いておくといい。……さっきの話、俺がしたって言うんじゃないぞ?」
「わかりました」
僕がアントニオさんと男の約束を交わすと、唐突に切崖さんが僕の背中を本力で叩く。
「私だってダイバーになれたんだから、七海くんと深瀬くんなら余裕だって!ねっ!」
「あ、ありがとう」
 レイダースの面々と共に食事を終え、内容は特に変わり映えしないその日の訓練を終えた。違うことと言えば、僕たちの訓練をレイダースたちが観察していたことだ。それは訓練生たちにとって妙な緊張感があっただろう。訓練中も切崖がたびたびアイコンタクトを送ってきた。僕は久々に友達に会えて嬉しい反面、大学で僕を置いていったことに対するしょうもない引っ掛かりから、彼女につっけんどんな態度を取っていたかもしれない。そのような態度は改めるべきだろう。彼女はダイバーとして先輩である以前に同じ戦場で戦う仲間となる人であり、さらにそれ以前に友達なのだから。その日は翌日彼女に言うべきことを考えながら眠りについた。

 

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