『DREAM DIVER:Rookies file』chapter1

ページ名:DREAM DIVER Rookies file.1

 

『DREAM DIVER:Rookies file』

-主な登場人物

・初夢 七海
真面目な性格で心の中で他人を罵倒する悪癖があるが、仲間を思いやり他人の心に寄り添うことができる心優しい青年。

・深瀬 陸朗
初夢の同期として特殊心理対策局「実働部隊」に編入された新人ダイバー。初夢と同じく仲間想いで人懐こい性格だが、考えるよりも先に身体が動く。身体能力は同期の新人の中でずば抜けて高い。

・切崖 櫻
初夢の元大学の同級生の女性で傭兵派閥「デイドリーレイダース」に所属している。大学一年生の最後に大学を中退し、特殊心理対策局の適性検査を受けたが落第し傭兵派閥へ転向した。初夢は自身がダイバーになり初めて彼女がダイバーであったことを知る。

 

第一話『新たな家』

 

 まだ配属先が決定しない僕は、あれからずっと実働部隊の新人たちと訓練を続けていた。実働部隊に配属される予定の訓練生たちは、僕よりもずっと屈強で我が強いやつらばかりで、格闘訓練では僕は一方的にやられるだけだった。だが研修で友人となった深瀬は、そんな彼らとも対等以上に渡り合える精強さを見せていた。
 昼の休憩時間。僕は浴びるように市販のスポーツドリンクを飲み干した。打撲で青くなった箇所を氷で冷やしながら、実働部隊行きの連中が休憩時間にも関わらず取っ組み合いの訓練をしているのを目で追っていた。すると深瀬が横に座り込んで僕に声を掛けてきた。
「しんどそうやなあ」
深瀬は生まれも育ちも東京のくせに関西の方言を使う。いわゆるエセ関西弁というやつだ。前に付き合っていた女性の喋りが感染ったのだと言っていた。
「しんどいな」
僕はぶっきらぼうに返事をした。
「深瀬は向こうの連中と訓練しなくていいのか?」
「いや、だって今休み時間やろ」
「そうだよ」
「なんやそれ」
 要領を得ない会話にお互い笑い合っていると、訓練場に似つかわしくないOL風の女性が入ってきた。黒いストッキングでぺたぺたとマット状の床を歩いて行き、訓練場の教官となにか会話をしている。さきほどまで訓練をしていた実働部隊行きの連中も訓練を中断し、女性と教官の方を気にしている。
「なんや、えらいくたびれたOLさんやなあ」
「おい、失礼だぞ」
「だってパンスト伝線しとるで。後ろ見てみ」
「いや、そうだけども」
遠慮なしに女性を観察する深瀬の横にいるのが少し恥ずかしくなっていると、その会話を知ってか知らずか女性と教官が僕たちの元へ歩いてきた。
「あかん」
「ほれみろ」
行儀よく座り直した僕たちの目の前で女性が屈み視線を近い高さに合わせる。そして僕たちにごく普通の挨拶をした。
「こんにちは」
僕と深瀬は恐る恐る挨拶を返した。それを聞いた彼女は糸のように細い目で微笑んだ。
「君が初夢くんですか?」
女性は僕を見てそう訊いてきた。なんで僕なんだという気持ちが顔に出ていたかもしれない。女性は僕が肯定するとさらに続けた。
「君の配属先が決まりましたよ」
「ほんとですか」
「ほんとうです。書類は初夢くんの個室のポストに投函しておきますね」
「あ、ありがとうございます」
緊張して上ずる僕に彼女は再度微笑み握手を求めてきた。
「あとでもう一度全体に自己紹介するけれど、内垣と言います。これからよろしくお願いしますね」
「はい!よろしくお願いします」
内垣さんは僕と深瀬に握手と挨拶をすると、再び教官とともに僕たちから離れていった。
「よかったな!」
深瀬が僕を祝福しながら背中を叩く。
「ありがとう。でもどこに配属になるかは書類を見ないとわからないな」
「んだな。しかし内垣さん?近くで見ると割かし美人やったなあ」
「あといい匂いがした」
「わかる。胸もデカかった」
 緊張が解けた弾みで深瀬と下世話な話をしていると、休憩時間終了の電子音が鳴った。所定の位置に並ばされた訓練生たちに教官が連絡する。
「今日は特別に内垣三等深層潜夢士が訓練場に来てくださった。現役の深層潜夢士の話が聞ける貴重な機会だ。よって今日の格闘訓練はここまでとし、内垣先生のお話を聞く時間とする」
「いや、なんかすみません。お邪魔してしまって」
申し訳なさそうに内垣さんが会釈する。
「とんでもありません!訓練生たちにもいい刺激になるでしょう。では、よろしくお願いします」
そう言うと教官は訓練場を後にした。結果的に僕たちを押し付けられただけの彼女が少し哀れに思えた。
「えっと……」
彼女は整列した訓練生の前で歯切れ悪くもう一度自己紹介をした。
「特殊心理対策局、実働部隊所属の内垣真善三等深層潜夢士です。みなさんよろしくお願いします。座って楽にしていいですよ」
「失礼します」と言いながら訓練生たちはどかどかと床に胡坐で座り込んだ。内垣さんはぎこちなく微笑んで続けた。
「こんな予定はなかったので何も用意していないんですけども……。なにか質問とかありますか?たとえば不安なこととか……」
内垣さんが全て言い終わる前に、実働部隊行きの連中のうちの一人が乱暴に挙手した。
「どうぞ」
「内垣さんは”デスク”ですか?」
どうしたら相手の話を遮って第一声でそんな失礼な質問ができるんだ?
「現場です」
内心で質問者を罵倒していると予想外の答えが返ってきた。失礼な話だが、教官ならともかく彼女が現場で戦う様子は想像できなかった。
「現場でなにをされているんですか」
「戦闘です」
「そう、ですか」
質問者の失礼な質問にも毅然とした態度で返答する内垣さんに、質問者はどう見ても圧倒されていた。ざまあみろ。すると今度は別の奴が挙手した。
「ローグダイバーとの戦闘経験はありますか?」
聞き難いことを敢えて選んで質問しているのかという質問者の問いに、内垣さんはにっこりと微笑んで答える。
「あります」
「じゃあ、殺害したことも」
「もちろん、あります」
淡々と恐ろしいことを答える彼女に少し薄ら寒いものを感じた。僕たちは目の前で話している人はプロの潜夢士で、何度も戦場へ出向いているのだということを再認識した。
 僕が内垣さんに恐れおののいていると、僕の真横で深瀬が元気よく挙手した。
「はあい!」
あまりの勢いの良さに彼女は少し戸惑ったが、すぐに微笑んで彼を指した。
「どうぞ。えっと、深瀬くん?」
「はい!もし良ければなんですけど」
付き合ってください。とか言うんじゃないだろうな。言いそうだな。と思い僕は少し尻を浮かせて深瀬と僅かながら距離を置いた。
「俺とスパーリングしてくれませんか!」
深瀬は立ち上がり右手を突き出して直角に頭を下げる。周囲はその行動にあっけに取られていたが、彼女だけはその申し出を真剣に捉えた。
「いいですよ!」
いいんだ……。
「ありあたんす!」
深瀬は滅茶苦茶な活舌で礼を述べると、集団から抜け出して内垣さんの前に躍り出た。ここでのスパーリングはいわば”ケンカ”だ。打撃と投げと掴みの全てが許容されている。格闘技とはとても呼べない野蛮なルールだ。だが実戦ではその野蛮さが必要だということなのだろう。いそいそとヘッドギアやプロテクターを装備する深瀬に対し、内垣さんはタイトスカートのジッパーを上げただけだった。その様子にみんな釘付けだった。誰だってそうする。僕もそうする。
「防具しないんすか?」
「ええ。大丈夫です。それより地面に相手を倒した方が勝ちでいいですか?」
「はい」
お互いに少し離れた位置で礼をすると、戦闘態勢のまま固まった。すると内垣さんが僕に試合開始の合図を要求してきた。
「初夢くん!合図してもらっていいですか!」
「え僕ですか?」
「頼むわ七海ぃ!」
二人に急かされて急遽開始の合図をすることとなった。周囲では実働部隊行きの連中が熱狂的に場を盛り上げている。できれば深瀬に勝ってほしいと思っているのだが、一方で内垣さんが負けるところもあまり見たくなかった。
 僕の開始の合図で両者とも素早く接近した。しかし次の瞬間に宙を舞っていたのは深瀬だった。なんらかの組み技により訓練生最強はOL風の女性に一瞬で敗北した。
「なにされたのか全然わからなかった……」
ひっくり返されたハムスターのようにコテンと地面に横たわっている深瀬を、彼女が手を貸して引き起こす。
「なかなか筋がいいですね」
どのへんでそう思ったんだろう。
「ありがとうございます!」
「取り付きはこの段階ではほぼ完璧でした。あとは教官の言うことをよく聞いて、これから学ぶ技術を磨いていってくださいね。応援しています」
「はい!」
深瀬が笑顔で突き出された彼女の手を両手で握る。僕はさきほどの試合を見ているだけで勝ち目がないことを一瞬で察したが、実働部隊行きの連中は我も我もと彼女に殺到した
最終的に彼女は僕以外の全員を倒して床を舐めさせることとなった。
「ふう」
「お疲れ様です。内垣先生」
彼女が手で顔を仰いで休憩しているので、僕はすかさず飲み物を持って行った。
「ありがとうございます。初夢くんは私と戦わなくていいんですか?」
「はい。深瀬が一撃で倒されたのを見て、絶対勝てないとわかりましたから」
「あはは……。引き際を見極めることはダイバーにとって大事な素質ですから、あなたはきっと優秀なダイバーになれますよ」
僕が渡したスポーツドリンクが彼女の喉を通っていくのが横からわかる。
「潜夢士として実際に夢界に行ったときに、その言葉を励みにします」
彼女はうんうんと頷き、ペットボトルから口を離して僕を見る。
「ずっと気になっていたんですけど、初夢くん」
「なんでしょう?」
「潜夢士(ダイバー)のこと”せんむし”って呼びにくくないですか?」
「ええと、研修でそう習ったもので……」
真面目で好感が持てます。と彼女はいいつつ続けた。
「”ダイバー”の方が呼びやすいし、通りやすいですよ。現場ではそっちの方が好まれます。これ現場の豆知識です」
「ありがとうございます」
僕は内垣さんともっと話していたかったが、ちょうど教官が帰ってきてしまった。教官はまず死屍累々の訓練生に驚き、彼女はその釈明のために向こうに行ってしまった。
僕たちは最後に内垣さんに礼を言い、その日の訓練を終えた。夕食と風呂のあと各々が自分の個室に帰る中、僕は隣の部屋の深瀬と会った。
「絶対明日筋肉痛なるわ」
「湿布貼っときな」
「そうするわあ」
簡単な会話を終えて深瀬は自室に戻った。僕は自室に入るなりポストを確認するのも完全忘れて真っ先にベッドに飛び込んだ。僕は彼女と試合をしていないので特別身体が疲れているということはないが、新鮮な出来事がたくさんあったことで心が疲れたと言うべきか。その日はなんとなく内垣さんの伝線したストッキングを思い出しながら眠りについた。

 

 

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