不思議を集める店

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不思議を集める店

不思議を集める店

「いらっしゃい」
　蠢く、生物の気配。滴り落ちる、何かの液体。積み上げられた物体が、整頓された物体が、店の中にあるすべてが、その視線を来訪者へと向けていた。
　得体の知れない気配たち。濡れた手のひらでじっとりと触るような、つかみどころのない感情が、並べ立てられた無機と有機から発される。それが自分へと向けられたものだと理解しながら男は身震いをして、カウンターに手をつく店主と思しき人物に会釈した。
「何か、お探しで？」
　店主は深い蒼の瞳を爛々と輝かせ、薄い明かりの照明の下でうっすらと笑った。その笑みの不気味さに、男は再び身の毛がよだつのを感じた。
「クモウミガメの卵はあるか？」
　気を取り直し問いかけると、店主はゆっくり頷いた。この街に来て初めて、男の顔が晴れやかになる。クモウミガメの卵。それは、男が長年探し続けてきた品だった。
エレヘル郡のヒューニスト三番街トレイルマン通りの信号を真っ直ぐに突っ切って、トンネルに入る前の道を脇に逸れて十五分。舗装されていない砂利道を進み、たくさんの靴がぶら下がった不気味で奇妙な樹木のそばに、「不思議を集める店」は居を構えていた。
見ず知らずの土地を彷徨いながら、男が店にたどり着いた時には、既に日はとっぷりと暮れていた。街灯の一本さえない同じ道を引き返すのは、きっと今からでは難しい。
　カウンターの向こうにしゃがみ込んだ店主が、何かをごそごそと探したかと思うと、数十秒も経たないうちに戻ってきた。カウンターにガラスの容器に収まった白と青の卵が置かれる。男は思わず「ははっ」と声を漏らした。歓喜が体内でうずうずと渦巻くのを感じる。
「それで、代金は？」
　懐から財布を取り出しながら尋ねる。が、店主はカウンターに手をついて笑みを顔に張り付けたままピクリとも動かない。男は奇妙に思って、もう一度同じ質問を繰り返した。
「代金は？」
　そうすると店主はくつくつと笑みを抑え込みながら、下を向いて笑い始めた。
「くくくっ……三〇〇〇と二六〇だ……ふふっ……」
　笑いを抑えながら言う店主に怪訝な視線を送りながら、言われた通りの金額を財布から取り出す。紙幣の乾いた音と、硬貨の冷たい音がカウンターに落ちる。
「毎度アリ」
　男は卵の入ったガラスの容器に手を伸ばし、半ば奪うようにそれを持ち上げ、胸に抱えて店の出入り口へ向かった。背後からは、途切れのない店主の笑い声が聞こえてくる。
　乱雑に置かれた商品をまたぎ、複雑に組み立てられた棚を避けた。背後から、店中から、自分の背中へ刺さる視線の存在を覚えながら、急ぎ足で戻る、戻る。
　ようやく扉の前に立った時、冷たい囁き声が、自分のすぐ、真後ろから、聞こえてきた。
「またのご来店を」
　男は扉を開け放ち、夜の闇へと逃げだした。店の中には笑い声だけが残っていた。

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