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「……アゼルド隊が敗走しただと!?」
ムゥは不機嫌に怒鳴る。とはいえ、「やはり、こうなるか……」とも思う。必ず勝てる戦場など無い、負ける事も考えておかねばならない
――そう考えを切り替え、ムゥはすぐさま判断する。
(右翼方面に主力を配置している? どのみち、右翼が敗走すればこちらは半包囲状態となる。――右翼を支えなければならん、という事か)
こうなるとムゥが中央を切り崩せたのも相手の策だったのではないかと思えてしまう。穿ち過ぎになりそうな思考を無理矢理まとめ、ムゥは直ぐに指示を出す。
「カール、お前はこのまま進撃しろ。俺は右翼に向かう。……後は任せたぞ!」
『りょ、了解であります!』
返事も聞かず、ムゥは黄昏を疾駆させる。頼れる者が少ない
――その思いはムゥを遣り切れないものにさせていた。
「……黄金の鷹が右翼方面へ向かった模様です」
総旗艦ヘラ――副官バリスがメイゼルに報告する。
「思惑通り動くものだ。……まだまだ青い」
メイゼルはつまらなそうに呟く。それは将棋を若者と指している年長者、といった面持ちだ。しばし――ほんのしばし、メイゼルは黙祷する。静かに目を開き、メイゼルは厳かに言う。
「皆、退艦しろ。……今ならまだ間に合う」
そう言い放つが周囲の反応は淡々としたものだった。
「今更、何をおっしゃいます」
「もはや行くべき所もありません。……お供致します」
メイゼルはクルーの顔を一人一人眺める。誰の目にも迷いがない。それを確認して、メイゼルは敬礼した。クルー達もそれに習う。
「全艦に通達せよ。『我らは先に逝く』とな」
「……了解。見事、死に花を咲かせましょうぞ!」
総旗艦ヘラが動き出す。それは、ムゥの思惑が外れ始めた瞬間でもあった。
黄昏はそれ程の時間も掛からず右翼方面に到着した。そして直ぐにイグ達を見つける。それはそうだろう。彼女達がこの戦場を支配していたのだ
――先程のムゥの様に。
「これ以上、好き勝手にさせるかっ!」
ムゥが吼える。肩のガンバレルを射出し、目に付いたイグ=フォースに攻撃をかけようとして―― 。
『そこの金ピカぁ!』
……悪口なのか彼女なりの気合の表れなのかは判別し辛いが、凄まじい勢いでユーコのイグ=ソードが突撃をかけてくる。
「くぅっ!」
すぐさまムゥは黄昏のスラスターを全開、距離を取ろうとする――が!
「こちらのスピードに追いつくか!?」
距離が離れない。
――対鑑刀の斬撃が迫る。
ムゥは磯鷲のビーム砲でイグ=ソードを牽制する。慌てて軌道を変える事で回避するユーコ。対鑑刀を振り下ろす機を逸したのを察し、直ぐに離脱する。ムゥは、追撃しようとして
――今度は、最初のイグ=フォースがビームライフルを射出しつつ距離を詰めてくる!
「ビームライフルなど効くか!」
正確な射撃――それは見事黄昏に命中する。それはムゥにしてみれば屈辱でもある――。
だが、黄昏の売りの一つである鏡面装甲“ヤタノカガミ”が直ぐにビームを弾き返す。今度はそれをシールドで防ぎつつ、イグ=フォースも離脱する。
(なんだ、コイツ等。妙に動きが……)
――洗練されている。そう思ったからこそ、次の攻撃を避ける事が出来た。
視界の隅に、紅い光が映る。それが直ぐに高収束ビームカノン“ケルベロス”だと気が付く間もなく避けられたのは、戦士としてのカンであろうか。
……ケルベロスクラスのビームでは如何に鏡面装甲であろうと何発も受け続けられるわけではない。
(初めから、これを狙っていたのか! コイツ等は!)
連続した攻勢は最後のケルベロスの隙を隠すため。だからこそ、離脱が早かったのだ。それと同時にムゥは悟る。
(……徹底した一撃離脱。更にこのコンビネーション――コイツ等がイグを奪ったザフトレッド達か!)
黄昏に匹敵する機動性、そして相手は三機。……ムゥは我知らず、冷や汗をかいていた。
(――強い!)
黄昏に対峙するシホ達の、疑いようのない感想である。“エンデュミオンの鷹”と呼ばれ、持て囃されている男。
――眉唾物の伝説ばかりだとは思っていないが、全てが的を射ているとも思えなかった
――今、この時までは。
シホ達とムゥは、互いに有効打を打てずにいた。シホ達が攻め立てようとガンバレルを絡めた連携で凌がれ、逆にムゥの攻撃はイグ三機の連携で崩す。どちらも攻撃を命中させるためには、もう一歩踏み込まねばならなかった
――被弾するリスクを冒して。
熟練者同士の戦闘とはそういうもので、リスクマネジメントが勝敗を左右する。常に冷静である方が勝利に近いのである。 他の部隊は黄昏やイグの機動性について来れず、どちらも己の戦力だけで戦わなければならない。そうなると不利なのは黄昏の方なのだろうが、ムゥの戦いぶりはとてもそうとは思えない。イグを駆るシホ達の方が慎重で、ムゥの方が大胆であった。
それもそのはず、鏡面装甲ヤタノカガミを無効化出来るのは対鑑刀、後はフラッシュエッジとビームサーベルだけ。イグ=フォースとイグ=ソードの火力ではヤタノカガミを突破する事は不可能な為、必然的に白兵戦を挑まざるを得ない。
イグ=ブラストに至っては近接戦闘の動きについて行けないので支援に徹するしかないのだが、跳ね返る心配のないレールガンとミサイルはすでに撃ち尽くし、ケルベロスもビーム兵器故に必殺の一撃足りえない。
フラッシュエッジでは高速で動き回る黄昏を追い切れず、下手をすると投擲の隙を狙われかねないという事もあり、尚更それは顕著となる。
――大胆である方がムゥとしては優位に立てるのだ。
既に戦闘開始からかなりの時が流れている。こうなると勝負の趨勢はパイロットの持久力の問題も出てくる。シホ達もムゥもお互い疲れていた――が、それを気力で押し留め、眼前の敵に集中する。ほんの一瞬気を抜けば、それで全てが終わってしまうからだ。
(ガンバレルが厄介ね。アレをどうにかしなければ……)
シホはそう思う。なるほど、ガンバレルとは非常に厄介な武装である。ほぼ全周囲に瞬時に攻撃をかけられる上に、被弾すればそれなりのダメージ。更にガンバレルのせいで眼前の黄昏のみに集中出来ない――早い話、ガンバレル搭載機と戦うという事はその装備分の数の敵と戦う事の様にすら思える。
逆に、これ程の苦戦はガンバレルの存在に寄るもの。
――そう考えたシホは、リュシーとユーコに一言通信を送る。
<ガンバレルを叩き落とす>
それだけで十分だ。あの娘達ならやってくれる。
――それ程の信頼をシホは彼女達に寄せている。
(狙うはガンバレル――なら!)
シホは、ビームサーベルをイグ=フォースの両手に握らせる。あまりやった事は無いが、上官のイザーク=ジュールが得意とした二刀流。少々心に引っかかるものはあるが、この際仕方が無い。
「……行くわよっ!」
気合いと共に――シホが突撃する!
『おっけー!』
『併せますわ!』
それぞれの声が聞こえる。死線を越えた、家族の様な仲間達。
――今では誰よりも大事な、心許せる部下達。彼女達の存在が間違いなくシホを強くしていた。
「はああああっ!」
シホが双刃を振るう。ムゥはビームライフルを牽制射するが、シホの気迫に押されたかライフルを捨て、サーベルを構える。
(打ち合えば、次の瞬間ガンバレルが来る――けれど!)
逆に言えば、その瞬間がチャンスなのだ。直ぐ後ろを追従してきているユーコ機の対鑑刀なら、ガンバレルと黄昏を結ぶワイヤーなど間違いなく両断出来る。そして、それだけでガンバレルは無力化出来るのだ。そして、リュシーもガンバレルを狙ってくれている。
ケルベロスならば、掠めるだけでガンバレルを無力化出来る。シホはガンバレルから己の身を守る術は無い。だが、仲間が守ってくれるという安心感がある。肉を切らせて骨を断つ。シホ達が採用した戦法はそのようなものであった。
イグと黄昏、二機のビームサーベルが火花を散らす!……そして、ガンバレルが動き出す!
(今だ!――ユーコ、お願い!)
『もらったぁー!!』
ユーコの裂帛の気合いが聞こえる。そして、後方からケルベロス。ケルベロスは片方のガンバレルを掠め、そしてもう一機のガンバレルのワイヤーを対鑑刀が両断する!
(やった! これで――!)
黄昏のガンバレルは事実上破壊した。そして、次の三位一体攻撃は黄昏は防げないだろう。意気上がるシホ達。しかし、次の瞬間、シホ達は凍り付いた。
『……ガンバレルを奪った程度で、俺を倒せると思うか?』
そう聞こえた――機体が肉薄しているからか。
そして、見た――破壊音と共に、イグ=ソードの右腕が撃ち落とされた。ワイヤーを断ち切られ、無力化した筈のガンバレルによるものだった。 シホがその光景に気を取られていたほんの一瞬、その間にケルベロスで破壊した筈のガンバレルのワイヤーがシホ機に絡みついていた。
――ガンバレルの残骸を錘にして、シホ機に絡みつかせたのだ。
「そんな……!?」
慌てた――ワイヤーをビームサーベルで断ち切ろうとして――。
そしてそれがそのままシホ機の命運を分けた。 両手足があっという間に寸断され、シホ機は黄昏に捕まえられたのだ。
『――お嬢ちゃん達が仲間思いなのは、戦ってりゃ嫌でも判る。そこの二機、状況は解るな?』
黄昏の接触回線が開かれ、シホ機を介してリュシーとユーコにも声が伝わる。リュシーもユーコも敵を倒す使命より、彼女達にはシホという優しい上司が大事だった。暫くしてイグ=ブラストとイグ=ソードのモノアイかから光が失われる。電源が落ちたのだ。
「貴方達、何をしてるの!? このままじゃ……!」
シホは慌てた。この様な時、シホは口喧しく『私を見捨てて、生き残る術を探しなさい』
――そう言い続けた筈だ。なのに……。
『良い子だ。――機体を捨てろ』
言う通り、リュシーとユーコはコクピットから出てきた。……シホはもはや、償いきれない失態をしてしまったのだと痛感する。
(――何が隊長、何がザフトレッドか! 私は、良い部下に恵まれても、良い上司たり得なかった……!)
ハッチが開き、リュシーとユーコが大破したイグ=フォースに乗り込んでくる。三人とも何も言わなかった
――ただ、お互い抱き合った。涙だけが流れた
――敗北した悔し涙だけが。
『……おい、お嬢ちゃん達――もう二度と戦場には出るな。次は無いぞ?』
その言葉が、何を意味したのか一瞬解らなかった。ただ黄昏が動いて、思い切りイグ=フォースを蹴飛ばした。輸送艦イス=ラフェルの方に向けて。遠ざかっていく黄昏が、イグ=ブラストとイグ=ソードを撃墜しているのが見えた。大破したイグ=フォースを揺りかごに、彼女達はイス=ラフェルに回収された。
その頃、戦線中央――。
「敵旗艦ヘラ、突撃してきます!」
「光波防御帯のせいで、モビルスーツ隊が攻めあぐねています!」
戦艦ミカエルのマストブリッジでは、状況が事細かにミラに届けられていた。とはいえ、ミラとはいえばどうすれば良いのか判断が出来ないというのが偽らざる心境だった。
(どうすれば良いのですか、ムゥ司令――!)
元より実戦経験の乏しい艦長である。それは、他のクルーも大して変わらない。だが、今判断を求められているのは紛れもなくミラなのだ。ミラは艦長として、悠然と判断しなければならなかった。
(ヘラの光波防御帯は、ミカエルの陽電子砲クラスで無ければ貫けない……!)
それは、誘惑だった。甘く、ミラには手が届いてしまいそうな。そしてミラは、その裏の選択肢が読み取れなかった。
「ミカエルの陽電子砲でミラを撃沈します。モビルスーツを斜線から退避させて下さい」
メイゼルの罠――それは、実戦経験に乏しいミラには気付く事すら不可能だった。
シホ達を倒した所で、右翼戦線は集結した――正確にはそれどころでは無くなっていた。
「……艦隊特攻か!」
総旗艦ヘラは光波防御帯を全開、そして随伴するモビルスーツ隊は決死の動きでカール率いるモビルスーツ隊と交戦を繰り広げていた。更に、ムゥを愕然とさせたのは――
「……ミカエル? こんな場所まで! 馬鹿なっ!」
戦艦ミカエルの位置は、ムゥの思惑より遙かに前線に出てきていた。確かに艦隊特攻をするには、ミカエルの位置は未だ最後尾だ。だがそれは、やり方次第でどうとでもなる。その事をこの段階で理解出来たのは、他でもないムゥだけだった。
(違う! ミラ、気が付いてくれ! コイツは囮だ! ジジイ共が狙っているのは……!)
ムゥは黄昏をもう一度疾駆させる。傷ついた鷹は度重なるフルスロットルに悲鳴を上げながらも、ムゥの意志と共に宇宙をひた走る――。
その頃、左翼方面。
特に今まで話題に上らなかった左翼方面は、実際の所全く危なげなく統一軍側が勝利を飾っていた。
……とはいえ、中央と右翼が苦戦している以上、無理をおして攻勢をかけられなかった辺りが練度の差であろう。とはいえ、命を預かる側のバッシュとしてみればそうそう無理も言えないのだった。そして、現在。もし中央部から敵艦が前進してきて、味方部隊が後退し始めれば、バッシュとしては部隊をある程度中央部に差し向ける事くらいはする。
「リード、中央の連中を支援しろ。ったく、どいつも役立たずが……」
『了解、まあのんびりしてて下さい』
とはいえ、左翼方面でもまだ散発的に戦闘は行われている。バッシュが一応でも居ないと不味いのだ。 よもや中央が突破される事はないだろう、そうバッシュですら思う。そしてそれは結果的に間違いではなかったのである。
「十分、部隊を引き付けたな。――この老体の首に、それ程の価値があるとは光栄な事だ」
既にヘラはかなりの被弾をしていた。如何に光波防御帯があるとは言え、それだけで防ぎきれる攻勢ではない。あちこちのブロックで炎上が確認され、ここブリッジにおいても負傷者は続出していた。メイゼルも頭に包帯を巻きつつ指揮を執り続ける。
「敵艦、陽電子砲の発射態勢に入りました。――目標、当艦」
副官であるバリスも、既に血塗れだった。しかし、その瞳は力を失わず、最後までこの場に残ろうとする。どいつもこいつも、戦馬鹿であった。
「敵陽電子砲の発射直前、本艦は自爆する。……皆、ご苦労だった」
メイゼルは微笑む。その目に映るクルー達は、メイゼル生涯最高のクルー達。最後の瞬間まで意地を張り通した人々の姿。
全員が互いに、微笑み――頷く。その共有した時間が、得がたいものだから。
メイゼルは、自分のコンソールに目をやる。そこに、強化ガラスに守られた赤いボタンがある。……この艦ヘラの、自爆スイッチである。
「艦長、今です!」
バリスの声が聞こえる。その瞬間、辺りが静かになった様にメイゼルは感じた。
何事か叫んだ様な気がする。ザフトのために、だったか。栄光あれ、だったか。
叩き割った後のボタンの感触だけが、リアルに手に感じられた。
――爆風が、周囲に広がっていく。
「……やりやがった!」
ムゥはその様を横目で見ながら、爆風吹きすさぶ中をフルスロットルで駆け抜けていく。おそらく何機ものモビルスーツが巻き込まれたはずだ。ムゥの心に暗澹たる思いが浮かぶ。
(これで終わりじゃない! くそ、これが経験の差だっていうのかよ!?)
ムゥには解る。これで終わりではないという事が。しかし、懸命に距離を詰めて通信しようとしても、この爆発で乱れた粒子下では短波通信ですら届かない。それすらもメイゼルの策の内であったのかと思わされてしまう。
「間に合ってくれ……!」
翼が折れよとばかりに、黄昏を奔らせるムゥ。それは、ほんの少しでも良い――守るために奔る男の姿だった。
「――メイゼル閣下に、敬礼!」
残った艦艇の乗員達は、異口同音にそう叫んでいた。そしてムゥの危惧通り、残りの艦艇は一斉に動き出す。被弾も損傷も構わず、ひたすらにミカエル他統一軍艦隊に突撃を開始した。
統一連合軍側は、どうしても遅れた。旗艦を倒したという安堵が、そして舞台の中央で捨て石の様に自爆した敵旗艦ヘラの余波が、どうしても残っていたのだ。そして、それらの艦艇は一定のダメージを受ければ、惜しみなく自爆していった
――総大将が真っ先に捨て石として死んだのだ。部下が命を惜しんでは名折れ。
――そういう思いが、彼らを奔らせる。
何隻もの艦艇が、何百もの命が殉教者として死を運ぶ。
――歴史に残りそうなテロリズム。だが、それは人の為し得る事なのだ。
戦艦ミカエルにも、一隻の戦艦が肉薄しつつあった。あまりの恐怖に体面も無くミラは泣き叫ぶ。
「……何やってるの!? 火線を集中させて――もう何でも良いから、早く堕として!」
「だ、駄目です!敵艦は全く怯まず――うわあぁぁ!?」
一秒ごとに、死が彼らに近づいてくる。それは、悪夢のような光景だった。
誰もが死を覚悟した瞬間、二条の閃光が敵艦を貫く。
黄昏が磯鷲の高エネルギービーム砲を使い敵艦のエンジンを撃ち抜いたのだ。
特攻をかけた敵艦はその衝撃で軌道が逸れ、次の瞬間爆散した。吹きすさぶエネルギーの中ミラは投げ出され、強く頭を打ちつける。混濁した思いが暗闇に押し込められ、ミラの意識はそこで途絶えた。
輸送艦イス=ラフェル他、護衛艦数隻は既にエルジュ=パナンサを後にしていた。統一連合軍の追撃はなかった
――出来なかったという方が妥当だろう。統一連合軍の混乱は余所で見ていても良く解る程だった。無論、そうした状況を創り上げた人々に感謝せねばならないだろう。ラドルは、そう思いつつも出来るだけ追撃をされない様に神経を磨り減らして航路を選定する。
(それにしても良かった。メイゼル様の孫娘は、無事に保護出来た。……否、メイゼル様が守って下さったのだ……)
シホ=ハーネンフース、リュシー=マドリガル、ユーコ=ゲーベルの三名はイス=ラフェルの医療室で治療を受けている。ひどく衰弱していたからだ
――長時間戦闘を行い、そしてスラスターの殆ど効かない機体で宇宙に放り出されたのだ。生きているとはいえ、精神的負担はかなりのものだった。
ラドルは、帽子を被り直す。己に課された責任は、特攻していった師や僚友達よりも重いものだ。生きて、希望を残す――そんなありふれた言葉の、なんと難しい事か。
(だが、やらねばならぬ。人が生きて、死ぬ事に意味があるのなら――)
輸送船イス=ラフェルは進む。まずはアメノミハシラへの航路を執る。ラドルの考え抜いた事では、そのルートが一番安全だった。
戦艦ミカエル内では、慌ただしく負傷者が医務室に運ばれていく。さながら野戦病院の様な有様だった。ムゥは、未だに意識が戻らないミラを見下ろし、歯噛みする。
(確かに、こいつは勝利だ――敵部隊はほぼ壊滅。こちらも被害は出ているが、思っていた程じゃない――だが!)
これを勝利と呼ぶのか。少なくともムゥにはそう思えない。 とはいえ、ムゥはやるべき事はやった。敵部隊掃討、そしてイグの破壊。一機だけ残したが、あれだけ壊しておけば、とも思う。どのみちデータのある程度の流出は免れないのだ。実働データを取られないだけマシだろう。ミラは、良く似ていた――かつて、自分が自分でなかった頃の部下、ステラ=ルーシェに。だからこそ側に置く。
――大事だと思う。それなのに、この有様だ。
(スティング、アウル……俺は、まだお前等を守れる程の男じゃない。五年経っても、俺はまだ情けないままだ……)
悔恨だけが、心に残る。
――ムゥにとって“エルジュ=パナンサの会戦”は敗北と言っても良いものだった。
――それから約10日余りの時が流れ、地球。
地中海を一隻の船が進む。ホバークラフトで海面を進む、ミステール級強襲陸戦艇“スレイプニール”だ。気温は高く、べったりとした海風がシホの体を取り巻く。パイロットスーツを上半身脱いで、シャツ一枚の姿のシホは魅力的であった。
今、その瞳は上空に向けられていた――銀色の大型戦闘機“エゼキエル”に。
「ユーコ、もう一度タッチ=アンド=ゴーよ。……リュシーはさっさとクリアしたんだから、貴方もとっととクリアしなさい!」
通信機に怒鳴りつけるシホ。その向こうでは、ユーコの泣き言が延々と繰り広げられる。
『えーっ!? 無理だよぉ、だってモビルスーツとモビルアーマーじゃ操縦形式が……』
「ウダウダ言わない!やるしかないでしょ、貴方の機体それしかないんだから!」
『どーして隊長だけシグナスなのさー!あたしも対鑑刀が欲しいよー!』
その台詞を聞いて、隣に居たリュシーが割って入る。
「あら、エゼキエルでも対鑑刀は振れますわ。対鑑刀装備の戦闘機は、モビルアーマー乗りの伝統だそうですし……」
「それは私も聞いた事あるけど……変な伝統ね」
「伝統だから仕方がありませんわ。」
「仕方ないの?それ……」
リュシーは妙に納得している。そんな彼女の全貌をシホは未だ掴めていない。そしてユーコは……。
『たっち、あんど、ごー! ……あ、あれぇ!?』
どっしゃーんと思い切りスレイプニールの甲板に着陸するユーコ。タッチアンドゴーは緊急着陸から緊急発進の流れなので、どう考えても間違っている。それに、今の勢いで……
「ユーコ!貴方、何考えてるのよ! こっちを振り落としたいの!?」
怒髪天のシホが怒鳴り、リュシーはのんびりとそれに答える。
「そろそろお茶の時間ですわね。……休憩の準備してきますわ。」
「ああっ、もう!」
「わーい、休憩だー。」
「あんたはーっ!!」
甲板上で、仲良く走り回る三人組を見て、ラドルは思う。
(希望――残して見せます、我が師メイゼル様。……しかし、どうも私は彼女達だけが希望では無い様な気がします。というか、彼女達だけでは……。)
ラドルは不敬罪ものの事を考えていた。
(我が師メイゼルよ、一体貴方は孫娘にどんな教育をしてきたのでしょうか……?)
そんな思索に浸るラドルを不意に通信士が遮った。
「艦長。モスクワの革命軍司令本部より通信です。」
通信士はついに統一連合軍地上部隊が東西ユーラシアの国境に集結、自分達の部隊にも迎撃命令が出たことを、ラドルに告げた。
「そうか……。各員に告げろ。バカンスは終わりだ。本艦はこれより統一連合軍の迎撃に向かう、とな。」
「ハッ!」
光り輝く青い海を進むスレイプニール。その時、誰もこの船がどんな運命を辿るのか、知る者は居なかった……。
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