エルジュ=パナンサの会戦(中編)

ページ名:エルジュ=パナンサの会戦(中編)

目の前に、流星――スラスターの噴煙を靡かせ、三機のモビルスーツが視界に映る。


『敵機照合……ルタンド三機、来ますわ!』


イグ=ブラストに乗るリュシーの声が響く。


『どうするのー? たいちょー』


緊迫感の無い、間延びした声。……これは、ユーコのものだ。

イグ=フォースを駆るシホは、余裕を持って敵機の動きを見据える。落ち着いて敵のリズムを読む。それは、どんな戦場でも共通の大事な事だ。


「各機、散開。……いつも通り、仕留めるわよ!」


固い声音でシホが叫ぶ。彼女には、自分が“隊長”なのだという自負がある。二人の部下を持ち、そして彼らに戦えという任を果たさなければならない。自らの命令で人が命を落とし、人が命を奪う。それは、シホにとっても覚悟が無くては出来ない事なのだ。

彼女たちはスラスターを絞り、噴煙を敵に悟られない様に動く。デブリの影に隠れつつ、敵部隊に近寄る。障害物の多い場所での効果的な戦術。簡単な様で非常に難しい事である。彼女達は元ザフトレッド、ネェル=ザフトでも彼女達はやはりトップエースだった。


「……ここより先に、行かせる訳にはいかない!」


エルジュ=パナンサ内はデブリで構成された迷宮、と言って良い。だが、戦艦や大規模な部隊を隠せるデブリは、実際の所そう多くは無い。現在、それを虱潰しにする連合軍側、そしてそれをひた隠しにするネェル=ザフト側の散発的な遭遇戦が展開されていた。そして、シホ達の任務は補給部隊を守る事である。

ネェル=ザフトの最後の砦と言って良い、貨物船。失われる事は、外交面で唯一使い物になる宇宙船を失うと同時に、明日の食事にすら事欠く有様になる事を意味する。彼女達の様な単機での戦闘能力が高い者達を配置したのも、ネェル=ザフト司令部がその重要性を良く認識していた事が伺えるだろう。

シホ達は、ルタンド隊を大きく迂回する様に動く。攻撃方向から輸送艦隊の位置を悟られる訳にはいかないからだ。……十分な距離と位置を取れたと判断したシホは、今度は一転してスラスターを思い切り噴かす。敵に位置を悟らせるのだ。


『来ますわ!』


リュシーの誰何が飛ぶ。三機のルタンドはトライアングルを組み、揃って制圧射撃を行いながらシホ機をターゲットする。


(基本通りの動き。――なら!)


シホは、スラスターを駆使し、小惑星群を縫う様に飛ぶ。右から左、左から右――あっさりとルタンド達は幻惑され、散開した。

と、その時、隠れていたリュシーのイグ=ブラストの砲撃が走る! 紅い光状が走り、一機のルタンドがそれをもろに浴び、爆散する。


『一つ!』


リュシーの声が伝わる。それを合図として、更にユーコ機も動く!


『二つめー!』


こちらも物陰に隠れていたイグ=ソード――それは、まるで引き絞られた矢の様に一機のルタンドに突撃し、手にした対鑑刀でその胴体を切り裂く! 残るルタンドは、一瞬の内に僚機を撃墜されたショックから、直ぐに立ち直れない。……そして、それはそのまま彼の運命を決定した。囮になる、という事は――。

当然、相手の状況は見ようと思えば見えるものだ。対して、シホはその程度の余裕は持ち合わせていた。その位、相手とシホ達の技量差は歴然だった。無造作に放たれたビームライフルの光。それが、最後のルタンドを貫くまで、彼はずっと動揺し続けていた。






輸送船“イス=ラフェル”。その一室では、ネェル=ザフトの方針を決定せんとする会議が行われていた。


「……だから、もはや決戦も止む無し! 全員で突撃して我らの意志を世界に示すべきだ!」

「あたら将兵の命を散らし、自己満足をするだけだ!それで我らの大志が現せるものか!」


老いも若いも関係なく、士官達が議論に火花を散らす。ただ問題としては、彼らの会話は『具体的にどうするか』ではなく、『思想的にどうするか』で火花を散らしている所だが。


「――『会議は踊る、されど進まず』か。昔の人は良い事を言ったものよ」


彼らに聞こえない様、ヨアヒム=ラドルは壁にもたれてそっと呟く。


「彼らには、勝ち負けはもう興味は無い。『どのように死ぬか』――それが論拠なのだから仕様の無い事だ。……死ぬのは我々の様な戦争屋だけで良いというのにな」


ラドルと、その恩師メイゼル=ハーネンフースは互いに苦笑する。彼らは士官学校での生徒と師の仲であり、轡を並べて戦った戦友でもあり、良き友人としても関係を築いた仲であった。共にザフトを憂い、ザフトを愛し、ザフトのために戦おうと誓った間柄でもあった。


「お互い、良く戦ったものだ……」


メイゼルはぽつりと呟く。なるほど、彼らの生涯は常に戦場であった。ラドルもメイゼルも、家族と呼べる人々は皆死んだ。或いは病死であったり、或いは戦禍に巻き込まれてであったが――戦争の連続であったこの時代が実際の実行犯の様に、二人には思えてならない。結果としてラドルは天涯孤独の身の上となり、メイゼルに残されたのは孫娘、シホだけだった。


「もはや、死など恐れるものではない。年功序列から言えば、儂が一番最初にくたばるべきだったのだ……」


二人で飲んだ夜、メイゼルがそう嗚咽したのをラドルは良く覚えている。それは、我が事の様にしか思えなかったからだ。愛した妻も、己の後を継ぐべき子供達も失い、その後の人生に何の未練があるだろうか。ただ老いて、朽ち果てるのなら、それは拷問でしかない。だからこそ彼ら二人は死を恐れない。それ故、今回の蜂起に参加したのだ。とはいえ、彼らから見て、他の参加者達ははっきりと命を惜しんでいる。

『尊厳ある死』――そんなものを唱えた所で、『死』とは『死』でしかない。その事を理解していないという事は、単純に『生きたい』というだけの事なのだ。かといって、メイゼルには心残りがある。ラドルも、それは知っている。だから、前触れ無くこういっても、メイゼルは驚きはしなかった。


「若い者は、逃すべきです。こんな所で、全滅する事はありません」

「……アテはあるのか?ヨアヒム」


一瞬、ラドルは言い淀んだ。だが直ぐに思い直し、言う。


「可能性――そういうものを感じた事があります。……私は、それに賭けてみたい」


かつてのローエングリン攻略戦。あの時、自分は不可能だと思った。だが彼ら、戦艦ミネルバの若きクルー達はそれをあっさりとクリアして見せた。それも、たった一機のモビルスーツが奇襲をかけるというもので、戦術論から言えば暴論以外の何者でもないもので。その時思ったのだ。本当に諦めないのなら、人はきっと何かが出来る。全ての灯火を何も吹き消す事は無い。未来は、可能性は、無数にあるのだから。


「お主がそういうのなら、儂も賭けてみよう。……どれ、議論を終わらせるかね」


そう言って、二人はテーブルに向かう。結局の所、この議論は経験が圧倒的に豊富なラドルとメイゼルの二人が納得しなければ収まらない類のものだった。要するに、彼ら二人以外は只の意見しか述べられない場だったのである。






「……撤退? どこに?」


シホ達はようやくパトロールを終え、他の部隊と引き継ぐと、イス=ラフェルにあるパイロット用のリラックスルームで“お茶会”と洒落込んでいた。……なんで“お茶会”等と言うかと言うと、リュシーが居ればどんな飲食でも“お茶会”になってしまうのである。


「はい、隊長。オレンジペコの四十二番ですわ」


リラックスルームとはいえ、無重力ブロックである。パックにストローで飲む代物に貴賤など無い、としか思えないシホに『オレンジペコの四十二番』と言った所で、只の紅茶とどう違うのか理解出来ない深淵である。……とはいえ、世間様で“美味しい”と言われているものを無下に扱える程の人格者でも無い。「あ、アリガト……。」と微妙な顔をして受け取る。


「ユーコには、バニラミックスね。――紅茶は何が宜しくて?」

「てきとーで良いよー、ボクは」


それに、リュシーちょっとムッとする。


「……宜しくて? 紅茶というのはとても深い歴史があって……」

「ゴメンー!アールグレイお願いしますっ!」


リュシーのこだわりは尋常ではない。咄嗟に思いついた銘柄をユーコは慌てて出した。クルーの一部には“リュシーのお茶会”と揶揄されているそうだ。リュシーの機嫌を損なったが最後、延々と“マドリガル家に代々伝わる紅茶の正当な歴史”だか何だかをきっかり一時間は聞かされてしまう。それ以降、シホはこの問題についてリュシーに逆らった事は無い。

……より良い交友関係を作るための秘訣?である。

ようやくお茶が行き渡ったのを確認して――そうでないとリュシーがうるさいので――シホは改めてリュシーに切り出す。


「どこに撤退するって通達だったの?」


エルジュ=パナンサは通商航路からは大きく外れた位置に存在する宙域だ。裏を返せば、追撃さえ無ければ殆ど発見される事無く移動出来る。こうした“反乱軍”の場合、一般市民は通報される恐れのある敵勢力に他ならないのだ。それ故に、撤退の場合はモビルスーツ隊に課せられる任務は非人道的なものも追加される場合もある。

――民間シャトル撃墜という場合も、ありうるのだ。それは、シホとしてもやりたくない任務だ。


「地球方面らしいですけれど、詳しくは秘匿事項だそうです。イス=ラフェルには大気圏突入機能は無いから、積載された連絡艇で降りるんでしょうけど……。」


リラックスルームに据え付けの端末を操作しながら、リュシーは返す。


「…………」


シホは考え込んだ。――とはいえ、情報が少なすぎてまとめる事は出来そうもない。


(御爺様は何を考えているの? ……そりゃあ、全滅は避けなくてはいけない。けれど、地上に私達の味方が居るとでも言うの?)


シホは知らない。そう遠くない未来、たった一機で“驚異”となりうるモノが地上に存在しうる事を。だが、それとは関係なく、彼らとしても全滅は避けねばならない。それ故の決断なのだろうと、シホは強引に納得する。


「でもさー、こうなってくるとボクら、どこまで逃げるんだろうね……?」


ユーコが心配そうに呟く。それは、この場にいる全員の心配でもあった。 ……折角の『オレンジペコの四十二番』は味がしなかった。






『第四モビルスーツ隊消滅。――これで、斥候に出した部隊は全て全滅しました』


淡々とした報告に、黄昏を駆るムゥは別段驚いた風でも無かった。……ただ、眉根を寄せて少しだけ目を瞑る。そして報告してきた部下、アゼルドの紅いルタンドに通信回線を開く。


「敵機発見の報から全滅までの、それぞれの時間を言え」


斥候任務に就いていただけあって、ルタンドは通信能力が強化されていた。短波通信ならば、ニュートロンジャマーの影響下でも効果的に運用出来る。それ故にそうした事をムゥ達が知るのは容易なのである。……とはいえ、言われた方はイマイチ理解出来ない。アゼルドは「なんでそんな事を?」と言わんばかりだ。だが、別に言いたくない訳でも無い。命令ならば、と自らを納得させて報告する。


『はっ。第一分隊が四分三十四秒。第二分隊が三分五十六秒。第三分隊が一分二十秒。第四分隊が六分十五秒です。』


それを聞いたムゥは「……ご苦労」と言って、また考え込む。その様は悩んでいると言うより、苦痛に耐えている様な表情だった。しかしそれも一瞬だけで、ムゥは部下に指示を出す。


「全部隊を第三分隊が全滅した方に集合させろ。その辺りに敵本隊、又は主力軍が居るはずだ」


ムゥの言葉に淀みはない。だから、アゼルドも一瞬気押された様に頷く――が、直ぐに疑問が浮かんだ。そして彼は疑問を持ったら解決しないと気が済まないタチだった。それは、兵士として納得して戦いたいという思いからだ。


「……何故、そちらに敵本隊が存在すると?」


ムゥの返事は素っ気なかった。……だから、アゼルドはムゥの苦悩が解らなかった。


「簡単だ。斥候部隊は殆ど新兵――技量にそれ程差は無い。ならば、倒すまでの時間が少ない程、相手側が高い技量の持ち主。そしてこうした部隊を分散させている場合、技量の高い連中がいる場所ほど重要だという事だ」


「……なるほど、理に適ってます」

「以上だ。――行け」


ムゥは一方的に通信を切った。それ以上の反論は許さない――そういう事だ。去っていくアゼルドのルタンドを見ながら、ムゥは考える。


(……新兵を犠牲にしても、何とも思わない非道な指揮官だと思われただろうな……)


ムゥにしてみれば、犠牲を増やさないために敢えて斥候部隊を犠牲にする必要があった。それは指揮官として必要な事で、どうこう言われる筋合いは無い。 だがそれに慣れるというのは、人としてどうかと思ってしまう。

戦争だから仕方が無い。 戦争だからそうするしかない。

――人は、それを免罪符にするしかない。


ムゥは、黄昏のコクピットに貼り付けた妻マリューと長女アンリの笑顔に見入った。それだけが彼を狂気から救い出してくれる存在だと、固く信じて。






散発的だった虚空の流星が、今や群れとなりこちらに向かってくる。スラスターの曳光が産み出す流星は、願い事など叶えてくれはしない。あるのは、敵ならば倒す。それだけだ。メイゼルは自分の艦“ヘラ”のスクリーンで、しかめっ面でその光景を眺めていた。それから読み取れる事は、「敵はこちらを発見した」事と、「集結してこちらに向かってくる」という事だ。

――その数、敵モビルスーツの7割強。


「随分とカンに頼る若造だ。……エンデュミオンの鷹め」


おそらく、ムゥは何らかの確信でこちらを発見したのだろう。だが、こうも思い切られるのも意外だった。この様な索敵殲滅を行う場合、恐れるものは“補給線の分断”と“伏兵の存在”だ。退路を断たれれば指揮は総崩れとなるし、敵より少数であっても包囲戦は行える。それ故にこうした状況下なら全軍に動員をかけず、四割の兵力等で当たる。そしてその方面が本隊ならば、順次兵力を回せば良いのだ。

……だが、ムゥは思い切り良く全軍を差し向けてきた。メイゼルならば打てない手である。「もしこの場所に敵本隊が居なかったらどうするんだ」と考えてしまうからだ。メイゼルは微笑む。若い世代が己に立ち向かってくるのなら、胸を貸すのが年長者の礼儀だ。


「発光信号を出せ。『総員突撃』だ」

「はっ。……宜しいので?」

「構わん。既に奴らは我らの位置を知った。戦局は決戦を望んだという事だ。……我らとして、意地の張り場所という事だ」


既に歴戦の供である副官、バリスに厳かに言う。直ぐにバリスは通信兵へ伝達する。ふと、メイゼルは別のモニタに目を移す。そちらには輸送船イス=ラフェルが映っていた。そこで忙しく指揮を執っているであろう友人に、心の中で語りかける。


(頼むぞ、ヨアヒム。希望の光を残してくれ……)


イス=ラフェルには既に多数の士官を移送させていた。主にメカニックや一般業務に携わる人々だ――戦争をするために必要な一般人というのは、やはり大勢居るものだ。イス=ラフェルは元々ラドルがザフト地上軍の基地司令となっていた事もあり、地上はコーカサス地方へ向かう事になっている。

今や、各艦に搭乗している兵士達は行き場の無い者達――ザフトの魂を忘れる事の出来ない者達だ。既に、各員には通達している――今回の作戦が、己の命を賭けて勝利をもぎ取る類の、決して褒められない作戦であるという事を。それでも、逃げない者が居る。それは愚かだ――と同時に誇らしくもある。


「全艦に通達。――『ザフトのために』」


通信兵が読み上げる。


「攻撃開始! モビルスーツ隊の防衛ラインを越えて、攻勢をかける!」


メイゼルが吠える。それは、ザフトという今は無き群狼達の咆哮であった。






雲霞の如く押し寄せる――それは、黄金の騎士団も同じ思いだった。


「うひょー……居る居る、居やがる! 鷹の旦那、大当たりじゃねぇか!」


ムゥに同行する蒼いルタンドのバッシュが呟く。軽薄な男だが、腕は立つ。とはいえ、素人集団に近い宇宙軍の中では、だが。


「口を慎め、バッシュ。――通常会話で言う内容ではないぞ。」


そんなバッシュを窘めるアゼルド。全機揃うと金、紅、蒼と悪目立ちもいい所である。これでも一応ムゥ=ラ=フラガ率いる第一宇宙艦隊モビルスーツ隊のブレーンなのだ。


「数ではこちらの方が上だ。一気に包囲して殲滅を図る。……アゼルドは右翼、バッシュは左翼。それぞれ部隊を率いて当たれ。呼吸を合わせて進撃しろ。突出するなよ。中央からは俺が攻める。……以上、散開!」

「了解!」

「はいよ、了解!」


ムゥがそう指示を出すと、アゼルドとバッシュはそれぞれの隊を率いて左右に展開する。多少おぼつかない動きだが、その内慣れるだろう。……慣れるまで、生きていれば。


(何とか、生き延びてくれよ……。)


ムゥは内心、そう思う。だが、それを口に出すのは躊躇われた。……一方では見捨て、一方では偽善に振る舞う。そこまで出来た人間では無いと思うからだ。

砲火が始まる。光の矢が宇宙を奔り、それは奔流となる。それらの一つ一つが莫大なエネルギーとなって、モビルスーツに襲いかかる。


「全機突撃! 俺に続け!」


ムゥは、その渦中に黄昏を飛び込ませていく。黄金の騎士に率いられた巨人兵達は、何機かはその奔流に飲み込まれながらも、その後を追っていった。






光が交錯する度、爆発が起きる。その度に、命が失われていく。

ルタンドとザクウォーリア

――共に量産機として作られ、前者は最新鋭、後者は人々に今も愛される傑作機。それらは今、敵味方に分かれひたすらに殺し合う。それは全く持って良心の呵責など交えないもので、今ザクウォーリアにビームサーベルを突き立てたルタンドを、別のザクウォーリアが味方機ごとビーム突撃銃で撃ち抜く。それは、味方機が生きているかどうかなど問うては居ない

――次の瞬間自分が死んでしまうのを避けるために、どんな事をしても敵を倒す以外に無いのだ。それは、確かに狂気の世界であった。狂乱と怒号が渦巻く

――およそ、“良識”などなんの価値も見いだされない世界。人が創り上げた地獄の様相である。そんな戦場を駆けるムゥの胸に去来するものは何か?

――何もない。戦場でセンチメンタルになるほど純粋でもなく、子供でもない。


敵ならば殺す――それが戦場のルールだ。


「……子供の喧嘩をしに来た訳じゃない!」


ムゥは黄昏をひたすら駆り立てる。宇宙空間での戦闘では、一撃離脱が基本となる。前後左右、どの空間からも攻撃も防御も行える三次元空間戦闘においては常に『どの位置からでも攻撃をかけられる』事を念頭において動かなければならない。どれ程反応速度が速くても、気が付いていない位置からの攻撃は致命傷となる。常に全方位に感覚を尖らせる事は理想論であり、常にその状態を維持出来るパイロットは希だ。

そのため、どんな位置から攻撃されても良い様に、常に動き回るのだ。それならいつ誰が攻撃を仕掛けてきたとしても、相手の射撃を外させる事が出来る。それが出来なくなった時、自機は被弾する。攻撃の際であろうと、移動の際であろうと一瞬の油断が死に繋がる。それを、ムゥは骨の髄まで知っていた。

ムゥは、黄昏に装備されたガンバレルを射出。肩に二機装備されたそれは、ワイヤーで自機と結ばれており、ムゥの思惟通りに動く。それを縦横に動かし、敵を誘い、或いは追いつめ、一機づつ屠る。それはムゥの得意戦法であり、基本通りの戦法。

だが、そうした基本をもっとも大事にする事が戦場では一番必要な事だ。英雄などになる必要はない――数々の戦場を何とか生き延びた存在が“英雄”と呼ばれて褒め称えられる――それだけの事だとムゥは思う。


「動きがトロいぜ、ザフトの御老人方!」


ムゥは一機のガンバレルが追いつめたザクウォーリアを手持ちのビームライフルで仕留める。それは無造作な射撃で狙いを付けて撃ったとは思えない。だが、きっちりとコクピットを撃ち抜いている。

――ムゥの特異技能“空間把握能力”だ。

“空間把握能力”とはある種のパイロット達が宇宙空間という過酷な環境において編み出した技術だ。コーディネイターの様な生まれ付きの能力ではない、歴とした技術――だが、パイロットのセンス如何では習得は不可能とされる技術である。

要は『いつ、どこに、何が存在するか把握する』――それだけだ。武道用語で言う所の『心眼』にもっとも近い。例えばこの能力を習得したものは、目を瞑っていてもある程度モビルスーツを動かせる様になる。

“どこに”“なにが”あるか把握していれば、そしてそれを想像出来るのなら、目視だけではない知覚を総動員する事が出来れば――それは成し遂げる事が可能となる。

転じて、それをモビルスーツの操縦技術に置き換えると『モニタや計器に頼ることなく敵の位置が把握出来る』という事になる。ならば、ガンバレル等の空間浮遊砲台兵装といった特殊武器も配置を理解する事が出来るし、敵の位置も把握出来る、という事になる。

この能力は便宜上ドラグーン(ガンバレル)適正とも呼ばれ、適正を持つ人間は稀少ながら存在するが、ムゥのそれは数多の死線を潜り抜けてきた事からか超能力と言っても良いレベルにまで達しておりこの技能に限って言えば、かのキラ=ヤマトすら及ばない。それこそが彼を“エンデュミオンの鷹”たらしめているのだ。

ムゥ率いる隊は、ムゥの存在も手伝ってか破竹の勢いで突き進む。それはそうだろう、司令官が自ら部下を率いる――それで志気が上がらないはずがない。誰もが必死に追従し、懸命に敵を倒すのならば、それは敵にとって見れば驚異以外の何者でもない。

……だが、当のムゥは焦っていた。事前の報告より敵艦隊の数が少なかったからだ。


(この状況で、艦隊を更に分散させた? もはや総力戦という時にか? ……くそ、嫌な予感がする……)


不気味な鳴動。相手が自分が生まれる前から戦争をしていた、生粋の軍人だからか。遠くに居るはずの敵司令官のほくそ笑む顔が見えた様な気がして、ムゥは次第に膨れ上がる疑念を晴らせずに居た。






戦線右翼側は輸送艦イス=ラフェルを中心とした所謂“撤退部隊”である。その指揮を執るラドルは、中央から攻めてくるムゥ=ラ=フラガの堂々とした戦いぶりに賞賛を禁じ得ない。


「あれが、噂の“エンデュミオンの鷹”――黄金の鷹、か……」


ぼそりとラドルは呟いてしまい、慌てて口をつぐむ。隣で副官のカンザスが聞いていたが、聞かなかった事にした。不謹慎な事だが、カンザス自身もその見事な戦いぶりに驚いていたのだ。


(この様な危険な戦場に、司令官が出てくるのはどちらかといえば愚策だ。――だが、奴の戦いぶりはそれを“愚”と言わせぬ何かがある。惜しむらくは、奴が敵であるという事か……)


そう言わしめる迫力が、ムゥにはある。閃光の様に場を圧する何か――。


とはいえ、ラドルとしてはそれをいつまでも褒めている訳にもいかない。想定通り、敵軍は全域攻撃を仕掛けてきた。そして戦線中央では我が方が押されている――ここまでは、想定内だ。ラドルは武者震いする。メイゼルは、戦局を完璧に読んでいた。だからこそ、自分が駒となって動くのは愉しみな事だ。それゆえの武者震いなのだ。結局の所、軍人とは勝利するために戦うのである。


「全隊に通達。我らは撤退行動を取りつつ、モビルスーツ部隊に防衛に当たらせる。――せいぜい派手にやるぞ。」


それは、奇妙な命令だった。撤退部隊ならば前線部隊が敵部隊を引き付けている内に速やかに撤退するのが常だ。だが、ラドル隊は撤退どころか後退防衛を行おうとしている。殆どの乗員が非戦闘員にも拘わらず、だ。だがカンザスは疑いもせずに発令する。


「これより作戦B行動に移る。モビルスーツ隊は進撃せよ!」


その命と共に、引き絞られた矢の様にモビルスーツが虚空を突き進む。その中にはシホ達の姿もあった。カタパルトから射出され、シホ達はトライアングルを組む。


(私達は、何処へ行くのだろう。どんな運命を辿るのだろう……?)


そう思っても、星空は何も語らない。語られるのは、生と死の狭間だけだった。






右翼を攻めているアゼルドは、更に敵軍が増えたのを見て動揺した。


「くそっ……敗軍ならば敗軍らしく遁走すれば良いものを!」


毒づいても敵軍は消えない。やむなく指示を、と思うが、この状況は多少の戦術などで覆る様な状況ではない。ひたすらな泥仕合をして、両軍共に消耗し続け、根負けした方が負ける。それがこの戦場でのルールであり、流れであった。優等生で名の通っていたアゼルドにしてみれば堪えられない戦場には違いない。アゼルドは確かに腕の立つパイロットであったが、ムゥとは違い後方に位置する事で力を発揮するタイプだった。

前線に切り込む度量が無い――そう言うのは厳しいが、その点がムゥとは雲泥であったのだ。それゆえに戦線は膠着状態に陥っており、更にアゼルドは混迷していた。もっとも、ムゥにしてみれば『何とか戦線を支えてくれればいい』と思っていただけなので、その点では十分に活躍していたといえる。

だが、敵の動きが変わった。というより、新たに参加した三機のモビルスーツの動きが段違いなのだ。


「なんだ? あの機動性は……?」


武装は他のザクウォーリアと大差ない。だが、動きが段違いだ。パイロットの腕もあるだろうが、機体そのもののスペックがこの場のモビルスーツと次元が違うのだ。


ニューミレニアムシリーズと、インパルスの開発理念を更に突き詰めし後継者――イグ。


それまでのザクウォーリアに慣れた兵士達は、それより明らかにスピードが速いイグに戸惑いを隠せない。それまでは当たっていたはずの射撃が外され、更にどんどん懐に飛び込まれる。その度にルタンドが切り裂かれ、或いは撃ち落とされていく。

アゼルドは、その部隊に流れる“戸惑い”を止めなければならなかった。だが、彼もまた立ち直れる機会を与えられなかった。ムゥならばすぐさま彼らを止められたろう。だが、アゼルドはまだまだ、戦場慣れしていなかった。


『大将首、みーっけ!』


そんな軽薄な声が聞こえてきた――そう思った瞬間、機体に対鑑刀がねじ込まれた。いつの間に背後に、とか相手が女なのか?とか思う暇も無かった。


一瞬でアゼルドの機体は両断され、次の瞬間爆散した。走馬燈すら見る機会も無かった。






後編に続く



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「ストライクブレード、ねえ?」ディアッカ=エルスマンの視線の先には真新しいモビルスーツが搬入されている。「おうよ、量産機でありながらフリーダムブリンガーに匹敵する性能。フェイズシフト装甲をオミットした...

赤い三日月

査読依頼中ですこの項目「赤い三日月」は、現在査読依頼中です。この項目のノートで広く意見を募集しています。赤い三日月のデータ国旗等拠点イラン高原規模不明代表ユセフ=ムサフィ関連組織サハラ解放の虎目次1 ...