ある昼時のジュール隊

ページ名:ある昼時のジュール隊

「お~い、おまえら。昼飯だ。炒飯できたぜ」

湯気と美味そうな香りをたてる鍋を片手に、エプロン姿のディアッカ=エルスマンが現れる。

ジュール隊の面々が待つ食堂に。

「ま、またですか!?一昨日の夕飯も炒飯でしたよね?」

あからさまに嫌そうな顔をした少年は、ルタンドのパイロットを務めるジャン=ディールだ。

まだ16歳の新兵である。

「コラ、嫌がるな。炒飯はな、野菜と肉がバランスよくとれる素晴らしい料理なんだぞ。それに、この炒飯はただの炒飯じゃない。長年の研究によって生み出された、シチリア風炒飯!地中海のエキゾチックな雰囲気と家庭的な炒飯の見事な融合・・・・・・」

そう言いながら、ジャンの皿に、これでもかというくらい山盛りに炒飯をよそう。

声にならない悲鳴をあげる新兵を尻目に他の隊員の分を配って回るディアッカ。


「え~っと、あれ?隊長はどうした?」

全員に配り終えたところで、ディアッカはその場にいない人物に気づく。

傍らに座っていたオペレーターのセラス=クリントンが答えた。「ジュール隊長なら、隊長会議があるといって旗艦の方へ行かれましたよ?ご存じなかったのですか?」

「そうだったのか・・・気づかなかった」

ジュール隊を含む統一地球圏連合軍は、カーペンタリアで補給を済ませ、コーカサス州に向かっていた。治安警察軍を幾度も破り、昨年末には地上軍第3特務部隊を返り討ちにした、リヴァイブなるテロリストの殲滅が任務である。

その中でも、ジュール隊隊長イザーク=ジュール中佐の責任は大きかった。自身もモビルスーツパイロットであり、戦闘経験の豊富な彼は、このリヴァイブ掃討戦においてモビルスーツ戦の指揮を任されていた。実質的な総指揮官である。

しかし、ディアッカはこのことに漠然とした不安を感じていた。

イザークを快く思わない隊長たちは少なくない。

戦功で成り上がっただけの若造が、と蔑む者もいるだろうし、自分の部隊を使われることへの抵抗感は将校なら理解できる。

イザークとてそれは考えているのだが、短気で激しやすい彼のことだ。今頃、会議室で怒声をあげていてもおかしくない。

ディアッカは、そんな彼を抑えるのが自分の仕事だと思っていた。


「また、あの第一モビルスーツ隊の隊長にいちゃもんつけられているのかな?コーディネイターがどうのって・・・」

セラスの向かいに座っていたロッシェ=スタンリーが心配そうに呟く。

ジュール隊の士官で、ストライクブレードに乗ることになったエリートパイロットだ。ジャンやセラスと同じくらいの年齢だが、どこか華奢な印象を与える若者である。

「もうナチュラルとコーディネイターは和解したんだ。昔はどうあれ、今は同じ目標のために戦う仲間じゃないか」

「そうよ。ブルーコスモスじゃあるまいし。ナチュラルから見てもみっともないわ」


二人が話しているのは、ジュール隊と同じ師団に属するモビルスーツ部隊の隊長である。

未だ地球連合軍の頃の癖が抜けないのか、コーディネイターに対して敵愾心を燃やしている。同じ地位にあるイザークには、ライバルと考えているのか、何かと絡んでくるのだった。

(まずかったかな・・・・・・ついていけばよかった)

会議には、隊長を補佐するために副長が同席することもある。ディアッカとしてはイザーク一人に苦労させるわけにはいかないのだ。

しかし、昼飯の炒飯が気になって、彼のことを忘れていたなんて、口が裂けてもいえない。


(・・・・・・いや、大丈夫。アイツだってもう大人だ。さすがにケンカは・・・)


プシューーッ


「あ、隊長が帰ってきましたよ」

セラスがディアッカにささやき、食堂に入ってきた隊長へ向かって敬礼した。

ロッシェも、炒飯を頬張ったままのジャンも、立ち上がって統一連合軍式の敬礼をする。

イザーク=ジュールは彼らに答礼し、傍らにあった椅子を蹴り飛ばした。

「クソッ、何がコーディネイターの小僧だ!あのジジイどもめ・・・・・・!」

金属製の椅子が転がる音と誰かの悲鳴が響く。

食堂の空気が凍りついた。

(・・・・・・おい、みんな見てるんだぞ・・・)

隊長は部下の模範であるべき。

しかし、今の彼は、怒りのあまり周りが見えていないようだった。

ディアッカは自分の方へまっすぐ向かってくるイザークに

「お疲れ。腹減ったろ?炒飯できてるぜ」

と声をかけながら、他の隊員たちとは離れた席へ誘導する。


「ああ・・・・・・・・・」

イザークはゆっくり腰を下ろし、グラスの麦茶を一気に飲み干した。

「・・・・・・くそ、くそ、くそっ・・・・・・」

もう一度(さっきより小さな声で)悪態をつき、テーブルに拳を打ち付けるイザーク。

ディアッカはできるだけ落ち着いた声音で訊ねた。

「・・・会議で、何かあったのか?」

「いや、大したことじゃない。連中は俺が指揮をとることが気に食わんのだ」

腹立たしげに吐き捨てるイザークを見て、ディアッカは予想が的中してしまったことを呪った。


いかに相手が取るに足らないテロリストであるとはいえ、このように仲間内で反目し合っていて果たして勝てるのだろうか。

問題は他にもある。

師団長クラスの高級将校の中では派閥争いがあり、定例会議は聞くに堪えない罵詈雑言で満たされるのだそうだ。

また、地上軍にリヴァイブ鎮圧を移譲した治安警察だが、これまでに判明したテロリストの情報を出し惜しみ、なかなか引継ぎができずにいるらしい。独自の軍組織をもつ治安警察と国防省はこれまでも度々いがみ合ってきたが、その対立がここでも表れたというわけだ。

最重要事項である『カテゴリーS』に至っては、モビルスーツの形状のみがデータとして送られてきたにすぎない。

「あまり気にするな、イザーク。向こうに着いたら戦うのは結局俺たちだ。そのときになれば、どんなに奴らが文句をつけようと、俺たちのやり方でやらせてもらう。それでいいんじゃないか?」

「・・・・・・そう、だな・・・・・・・・・」

「ああ、それにシホのこともあるだろ?」

イザークの肩が一瞬震えた、ように見えた。

シホ=ハーネンフース。

元ジュール隊のモビルスーツパイロットであり、CE78年に起こった90日革命に反乱軍として参加して以来、行方不明となっていた。

まったくの噂だが、リヴァイブに加わった増援とは90日革命の残党であるという。もしかするとシホがいるかもしれない。いなくとも、何か情報が得られるのではないか。

(まあ、再会が叶ったところで、向こうはテロリスト、こちらはその討伐軍なんだがね・・・・・・)

「・・・・・・・・・いや、シホは関係ない」

自嘲の笑みを洩らしたディアッカに、イザークは切り捨てるように応じた。

「我々は、テロリストを打倒するために征くのだ。統一連合が全て正しく、彼らが全て悪いとは思わん。しかし、我々は統一地球圏連合軍なのだ。その誇りを胸に刻み、戦う」


イザークは皿に残った炒飯を一気にかっ込んだ。すかさず麦茶で流し込む。

そして、彼ら二人を興味深げに眺めていた隊員たちを振り返った。

「貴様ら、いつまで遊んでいる!?もう昼休みは終わりだ、各自配置につけ!それからモビルスーツのパイロットは俺の下に来い。コーカサスへ着くまで特訓してやる。さっさと動けぇっ!!」

「は、はいっ」「了解」「よろしくお願いします!」

食堂が突然騒がしくなる。

ようやく、いつものイザーク=ジュールが戻ってきた。


そんな光景に苦笑しながら、

炒飯をもう少し味わって食べて欲しかった、とディアッカは一人嘆息するのだった。



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