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リヴァイブが窮地に陥る少し前のこと。ローゼンクロイツ本部。出撃の準備を整えているニコライのもとに、ひとつの情報が届けられる。
《ジュール隊、リヴァイブ殲滅のために動く。東ユーラシア所属の白バクゥを借り受け、ラチン渓谷方面に部隊を展開》
うまく乗ってくれたの、とニコライはほくそ笑む。
もともと、レジスタンス連合の作戦は、統一連合地上軍とジュール隊を分断させ、ジュール隊をリヴァイブ、そのほかの地上軍をローゼンクロイツ率いる本隊が相手にし、その間に地熱プラントを内部工作により奪取するというものだった。
しかしジュール隊は派閥抗争の煽りを受けて、なかなか出撃の機会を与えられない。目論見の外れたミハエルとニコライは話し合いの上、ジュール隊を誘い出すことにしたのだ。リヴァイブがラチン渓谷方面で作戦を展開している、とあえてリークすることによって。
もくろみ通り、ジュール隊は地上軍本隊から離れ、リヴァイブの討伐に向かってくれた。第三特務隊を倒したリヴァイブという存在は、敵をおびき寄せる絶好の餌となったのだ。
そんなニコライに、ジュール隊出撃の情報を伝えた人間が、恐る恐る聞く。
「ニコライ翁……差し出がましい意見ではありますが、よろしいでしょうか」
「ふむ、何じゃ? 」
「ジュール隊が出てくることをリヴァイブたちに伝えなくてよろしいので? 白バクゥまで持ち出したところを見ると、かなり本気で、ジュール隊はリヴァイブを潰そうとしていると思うのですが。彼らも苦戦は必死でしょうし」
ニコライは笑った。部下たちが曰く「子供のようなあどけない、背筋の凍る笑い」というやつだった。
「ふん、もともとジュール隊を相手にするとロマの輩は自分から言ったのだ。発言の責任は取ってもらおうて。 それに、リヴァイブ側に情報を伝えるということは、こちら側がジュール隊の派遣を承知している事実を、敵にも悟られる危険性が生じるということじゃ。この期に及んでリスクは負えんよ。かえってリヴァイブの作戦行動に支障をきたす可能性もあるでな」
だがニコライは、最後に言いかけた本音を飲み込んだ。
(まあ、リヴァイブとジュール隊が共倒れになってくれれば一番わしらには好都合じゃが。そこまで望むのは欲深いというものじゃろう。時間稼ぎをしてくれれば御の字じゃな)
そしてニコライ率いる、レジスタンス連合軍は、進路を南に取った。
目指すはゴランボイ地熱プラント。
敵はジュール隊を欠いた状態の、統一連合地上軍。
繰り返して言うが、マルセイユ中将もジアード中将も無能ではない。
無論二人とも今の地位に上るまでには、政治的な駆け引きも行ったし、コネを使いもした。しかし、軍功が皆無で昇進ということは軍隊ではありえない。さまざまな戦いで卓越した采配を見せ、味方を勝利に導いてきたからこそ、中将という立場にいるのだ。
だが、その有能さは、今までのところ、なりを潜めている。 旧連合出身のマルセイユと、オーブ軍出身のジアード。統一連合の発足により融和し、合流したはずの二つの勢力は、よくあることだが二大派閥を形成し、水面下で争いを繰り返していた。
旧連合にしてみれば、オーブ軍はキラ=ヤマトやアスラン=ザラ等、一部の突出したコーディネイターの力に依存している弱小軍に過ぎない、というのが本音である。つい先刻まで、小国の一軍人に過ぎなかった人間たちが、統一連合という現在最大の軍事組織の中核をなすようになれば、やっかみ半分の反感をもたれるのは当然だった。
一方の元オーブ軍人たちにしてみれば、旧連合はブルー・コスモスやロゴスの扇動にまんまと乗せられた程度の、主体性の無い脳足りんの輩たち、という思いがある。過去にさんざん母国を蹂躙された恨みも手伝って、とても友好的な態度を持てるような心境にはなれなかった。
そういった蔑視はお互いに接するときの態度に露骨に表れ、それがますます互いの反感を呼び、両者の融和はナチュラルとコーディネイターが手を取り合うより困難だ、というのが軍内部でのもっぱらの評価であった。
うまくすればそれは、競争心に結びつき、戦果に結びつくこともあったが、今回の作戦に限って言えば、そうなる気配はまったくない。
遠征軍において、マルセイユ中将は主としてレジスタンスを迎撃する役割を、ジアード中将は地熱プラントを防衛する役割を担っている。しかしながら、現在のところ連戦連敗のマルセイユをジアードとその部下たちは冷笑している。一方でハスキルに擦り寄って何とか情報を得ようとするジアード中将たちを、あいつらは軍人じゃなくて商社の営業マンだとマルセイユたちはののしっていた。
しかし、仲が悪いからといって、仮にも同じ作戦に参加している身である。相手を完全に無視することはできない。
地熱プラントに徐々に近づきつつあるレジスタンス連合軍。その敵影を斥候のヘリが認め、本部に報告したとき、対応のための作戦会議が開かれた。
イザークたちが、リヴァイブ討伐のために出立した、少し後のことである。
「ふん、テロリストどもが。ネズミのようにちまちまと戦うことに痺れを切らして、巣穴から出て来たか」
憎憎しげに、舌打ちしながら言うのはマルセイユ。しかし一方で、今までレジスタンス連合軍の小刻みな攻撃に翻弄されて、まともにぶつかり合えなかった、その苛立ちを解消できる絶好の機会とも思っている。そんな高揚に水を差すように、脇から皮肉を投げるのはジアードだ。
「まあ、散々痛い目を見せられて来ましたからな。今回はテロリストごときに遅れを取る事はないようにしていただきたいものですな」
確かに統一連合地上軍は連戦連敗続きだ。悪天候と地の利を最大限に活用したレジスタンスの戦術に翻弄されっ放しである。
しかしマルセイユも負けてはいない。
「ふん、後方で気楽に構えて、血も汗も流さないでいる奴らには言われるまでも無い」
ジアードが後方任務に徹し、ほとんど戦場に出ていないことを皮肉る台詞だった。
ジアードは優秀な指揮官だが、直接的な攻撃よりはむしろ、防衛任務や補給等の後方任務の有能さで昇進してきた人間である。派手な軍功には乏しく、本人もそれを多少気にしている。あいつは所詮デスクワーカーと影で囁かれていることも知っている。
そんな相手の嫌がるところを的確に突くマルセイユの言葉だった。
二人はしばし睨み合い、そしてそっぽを向いた。部下たちも似たようなものだ。最低限の確認事項が交わされただけで、作戦会議は終了した。
同席したハスキルは、自分自身も二人の対立を散々に煽ってきた事実はひとまず棚に置いて、心のうちでつぶやく。
(仲が悪いとか言うレベルの問題じゃないな。まったく意思統一が図れていない。軍がピースガーディアンや治安警察に一歩も二歩も遅れを取っている理由が良く分かった)
統一連合地上軍の組織としての混迷ぶりを再認識したハスキルだった。だからこそ、彼を送り込んだ東ユーラシア政府が、統一連合とレジスタンスの共倒れを画策する余地もあると言うものであったが。
統一連合側の作戦は、単純なものである。全軍をもってしてレジスタンス連合軍を叩く。それだけだ。
もともと彼我の戦力では大きな開きがある。敗北を重ねているとはいえ、なおMSや戦闘車両や歩兵数で、統一連合側は敵の四倍強の軍勢を保持しているのだ。
今回レジスタンス連合側は、ゴランボイ地熱プラントの北部から軍を進めている。休火山の裾野で見通しは良く、伏兵を配置したり、急襲を加えたりするような地形は見当たらない。
真正面からのぶつかり合い、それならば自軍が遅れを取るはずがない。マルセイユは今回こそ、数々の敗北を一気に払拭できると疑ってない。
レジスタンス連合がわざわざこのような地形、地の利を活かせない場所に軍を展開した、そのことについて疑いを持つ幕僚もいないではなかったが、ならばレジスタンスがどのような罠を仕掛けているのかということを説明できる者もまたいなかった。結局、正面から正攻法で敵を叩く、という作戦が無難に採択されたのだ。
折からの吹雪も弱くなり、雪原の彼方に待ち構えるレジスタンス側の勢力が視認できるまでになった。旧式のMSや、時代遅れの戦車が主力の内容に、統一連合側に失笑が漏れる。あんな弱小勢力で自分たちに立ち向かおうというのか、テロリストはさすがに命を惜しまないなと揶揄する声が交わされる。
「ほっほっほ。統一連合軍は正面からの戦いを挑んできたか。予想通りじゃわい」
敵軍の配置を見て取ったニコライは、満足げな笑い声を上げた。ここまでは描いていた脚本通り。後は、仕掛けた罠がきちんと機能してくれるかどうかである。
すでに準備は済ませてある。あとは、どれだけ効果的に罠を発動できるか、だ。
「わし等を散々苦しめた彼奴が、今回は作戦の成否を握っているとは皮肉なものじゃがな。せいぜい、我が同胞たちを死に至らしめたように、統一連合の奴らを地獄に叩き落してもらおうかの」
意味深な言葉を最後に、ニコライは全軍に命令を下した。
《敵に正面から一撃を加えた後、相手の圧力に逆らわず徐々に後退。タイミングを計って目標地点に誘い込め、と》
一面に雪景色が広がり、身を隠す場所も見当たらぬこの地で、いったいニコライはどのような罠を仕掛けているというのか。
統一連合は言うに及ばず、今回の作戦の詳細を知るものは、レジスタンス連合側にもいない。
事の詳細を知る、一部の人間は、彼らの横にそびえる山の頂をふと見やった。
最後の噴火から50年近くを経ている、休火山の頂を。
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