窮境

ページ名:窮境

空は何処でも同じ色。雲や、外気によって姿を変えるだけだ。今、白雲が眼前に展開されている光景の中をゼクゥドゥヴァーの飛行形態が切り裂いていく。


「後、数分で会敵か」


ドーベルマンは一人で戦わねばならない。分散出来る程戦力に余裕は無いのだ。モビルスーツの操縦にはそれなりに自信はあるが、一対三では時間稼ぎが精一杯だろう。こんな時でも冷静に状況を判断してしまう自分の悪癖に苦々しく思う。

しかし、それでもやらねばならない。


「……出来る事をする。それが“軍人”だ!」


己を激する様に咆哮する。今は治安警察に属しているがそれでも軍属の端くれだ、そう自分を奮い立たせる。立場は変わったが、軍人の誇りまで捨てた覚えは無い。部下を死なせたままおめおめ離任できようか。 それを受け入れるのは自らの誇りを捨てるに等しいのだ。


当然、相手のレーダーには捕捉されているだろう。しかし、レーダーで捕らえても目視できないうちは落される事は無い。空戦の鉄則に従いドーベルマンはゼクゥドゥヴァーの軌道を変え、白雲の中に機体を隠す。


(機動性で劣るこちらに勝利出来る要因は無い。……通常ならば、な!)


ドーベルマンは口元を歪める。それは追い詰められた猛獣の唸りにも似た物騒なものだった。






『前方にモビルスーツ反応。……いえ、このスピードはモビルアーマー?識別信号に反応はないですわね』


エゼキエル一号機からの通信が入る。のんびりした口調だが、内容は明瞭だ。


「こんな場所に友軍機が居る訳も無いわね。アンノウンを仮想敵と判断します。スラスター同期解消!やるわよ、リュシー!」


シホは直ぐに判断を決める。引くか、攻めるか、引くか。それを決めるのは指揮官であり、責を負うのも指揮官だ。そういう点でシホは紛れも無く“指揮官”としての素質を備えていた。


『後方の二号機は五分程度で現着。間に合いませんわね』


「ユーコには良い報告をしたいものね。……脚部ロック解除。上部索敵は私、下はお願い」


スラスター同期を解除した事で、エゼキエルのスピードは明らかにダウンする。それでも分離したのは連結状態は速度こそ上がるが重量増加で小回りが効かなくなる為、細かい状況変化に対応できないからだ。単純に数が多いほうが有利だという事もあるが。


『三時方向、来ますわ!』


いち早く接近に気付いたリュシーが警告を飛ばす。敵機は雲に隠れながら低空飛行で接近しているようだ。戦闘機相手に死角からの攻勢――理に適った戦法である。


「離脱後リュシーは攻撃に専念、私が引き付ける!」


言うが早いかシグナスを飛び降りさせるシホ。空中戦に対応していないシグナスは不利であるが、囮としてなら十分に動ける。そう考えたシホはリュシーの支援に徹する事にしたのだ。


自由落下を開始すると、直ぐに機影が見える。見慣れない機体だがこの状況では敵に違い無いだろう。


「落ちなさい!」


シグナスからビームが放たれる。しかし敵機もこちらの動きを予想していたのか、易々とそれを避け、逆に背面に背負ったビーム砲で撃ち帰してきた。


「くっ!」


脚部スラスターを吹かして回避後、敵の動きを封じるために再度射撃。 だがそれも軽く避けられた。有利な位置を取るべく、互いに牽制の応酬が続く。






空中戦に於いて、“位置取り”は最重要事項である。無論地上戦や宇宙戦でも重要な要素だが、重力のある空中は宇宙戦とはまた違う感覚で三次元戦闘を行わねばならない。しかし地に足が向く感覚――落ちる感覚は、宇宙戦では有り得ないものである。 この数ヶ月間、地球で暮らしてきたとはいえ、宇宙戦に慣れてしまったシホ達には空中戦は未だ違和感のあるものなのだ。


「動きが甘いぞ!モビルスーツ!」


そのわずかなぎこちなさを見抜いたドーベルマンが吠えた。雲を盾にゼクゥドゥヴァーを巧みに操り、シグナスの精確な射撃をかいくぐりながら足下にもぐりこむ。あらゆる戦場を戦い抜いたドーベルマンだから可能な熟練の業である。


「っ……!」


やすやすと足下を取られ、屈辱にシホは顔がわずかに歪むのを感じた――同時にそれはシホがまだ地球上の空中戦に不慣れであることを示す証拠でもあった。


重力下の空中において、モビルスーツには死角が存在する。足下方向がそれだ。空中戦に置いてはスラスターを常に使って重力に逆らわねばならない以上、常にスラスターを向ける下方向は死角といって良い。自身のスラスターが邪魔になってしまうのだ。


(でも、あのスピードで移動してるなら、旋回半径を多めに取らなければならない筈。その隙を狙って……嘘!?)


そんなシホの予想を覆す事態が起きる。ドーベルマンは自機の変形機構をフル活用して、空中でモビルアーマー形態からモビルスーツ形態への変形、そしてその逆を繰り返し、AMBAC機動と変形により方向が変化するスラスターによって信じがたい高機動を実現していたのだ。 シホの読みの甘さというよりは、ドーベルマンの老獪さを褒めるべきだろう


死角に回り込んだゼクゥドゥヴァーは再びモビルアーマー形態に変形しビームキャノンの狙いを定める。


「……そう易々とっ!」


シホは廻し蹴りの要領で脚部スラスターを全開。強引に機体の向きを変える。Gで体が悲鳴を上げるが、構っている暇は無い。


バチィッ!


シホ機の両肩に装備されたアクティブ・アンチビームバインダーがゼクゥドゥヴァーのビームを防ぐ。だがその動きも読んでいたゼクゥドゥヴァーはそのまま間合いを詰め、ビームブレイドを振り上げる。


「沈め!!」


「好き勝手してッ!」


照準が間に合わない、そう判断したシホは、ビーム突撃銃をゼクゥドゥヴァーに向かって放り投げた。ビームを纏っているわけでも刃物が付いているわけでもないが、両者の相対速度もありもその衝撃力は侮れない。


「何!?」


予想外の行動に避けきれなかったドーベルマンだが、前足で弾いたのでダメージは殆ど無い。だが、その衝撃で両者の距離は離れる。


その一瞬の隙に体勢を立て直したシホはシグナスを突っ込ませた。


「っあああああ!!」


シホは気合一閃、腰部に装備した対鑑刀を居合い抜きの要領で片手で振り抜く。シグナスの対鑑刀とゼクゥドゥヴァーのビームブレイドが激しく打ち合い、周囲に凄まじい火花が飛び散った。



「おのれっ……!?」


歯噛みするも状況を冷静に判断したドーベルマンは、弾かれた勢いを殺さぬままゼクゥドゥヴァーは素早く変形し、シグナスから距離を取る。


あまりの潔さにシホは怪訝に思ったが、直ぐに納得した。エゼキエル一号機が反転して追いすがってきたのだ。二号機が追いつきつつある今、このままでは不利だと判断したのだろう。


すぐにも追いかけたかったが空中戦に対応していないシグナスでは短時間のホバリングが限界で、モビルアーマー同士の高速機動にはついていけないのだ、今のシホにできるのは時折接近してきた時に頭部バルカンで牽制する事と、リュシーに指示を出す事位しかない。自然と愚痴も出る。


「……ユーコ、まだなの!?」


いかにリュシーとはいえあの青いモビルアーマーは油断できない相手だ。実力で劣るとは思わないが、慢心してエルジュ=パナンサの二の舞にするわけにはいかないのだ。シホのあせりは募る。






油断のならない敵――眼前の相手は、まさにそういう存在だった。間違いなく今まで会った中で、最悪の。


「……化け物め……!」


理解出来ない、想像の付かない存在を前にヒルダが呻く。


今も、奴は己の実力を高めている。……というより、どんどん本性を表していると言う方が正しいのかもしれない。シールドで防ぎ、身を翻し避け、そして、対鑑刀で切り裂く。順番は違えど、先程から単調な流れ作業をこなしているかのようだ。他でもない第三特務部隊のトライシフトを相手に、だ。

先程までトライシフトの中で懸命に命を繋いでいたが、今は違う。あの時はモビルスーツを通しても、必死な有様が良く解ったが、今はどうだ。


(奴は、我々を嘲笑っている……!)


そう、思わされる。それは、ヒルダだけではない。


『野郎……笑ってやがる』


『何なんだ……俺達が相手をしている“あれ”は何だ』


マーズとヘルベルトの呻く様な声が聞こえる。歴戦の強者である彼達でさえ声に怯えが混じっている。無理も無い。世間で“エース”などと呼ばれている人間の内、何人が出来るだろうか――何処から飛来してくるか解らない弾丸を、薄っぺらい剣で斬り払い続けるという離れ業を。


己の技術に絶対の自信があるのか、それとも、己の命など何とも思わないタイプなのか。どちらにせよ、奴は己の命を危機に晒す事に何の躊躇も無い。それが自棄かといわれれば動きを見る限り冷静なように見える。この様な相手は、今までヒルダ達が出会った敵の中には居なかった。


それでも、ヒルダ達に引く道は無い。彼等を信じて託したドーベルマンへの思いがある。何より邪悪を討つラクス=クラインの剣として、ラクス=クラインに仇成すあの悪魔を放置するわけにはいかないのだ。


「怯むな!奴は防御するしか手は無いんだ、いつかは力尽きる!」


確かに先程トライシフトは破られた。だが、同じ破り方をさせない自信がある。確かにダストの見せる凄まじい技量は瞠目に値するが、奇策に二度目は無いからだ。先程こちらを落せなかった時点でこちらの負けは無いのだ。


実際は先程と状況は変わらない――そう自らを鼓舞し、ヒルダはマーズとヘルベルトに檄を飛ばす。


怒声とも悲鳴とも取れる絶叫と共に、再びギガランチャーを連べ打ちにする。ダストは先程と同じく楽々と避け、シールドで弾き、対鑑刀で切り裂く。暫く防御に徹していたダストだったが飽きたのか彼等を嘲笑うかの様に、更なる神技を繰り出した。


ギガランチャーから放たれる光の矢。何発目かのそれをシールドで弾く所までは同じだ。だが、その弾かれた軌道の先に、ドムクルセイダーが居た。


『何ィッ!?』


狙われたマーズは、反応が遅れ防御が間に合わなかった。機体に直撃しなかったのは、僥倖と云えるだろう。だがギガランチャーの破壊力は凄まじく、マーズ機のギガランチャーはどろりと砲身が溶かされ爆発した。


(『防御しか出来ない』だと?冗談じゃねえ!奴は決して“攻撃”を諦めて居る訳じゃ無かった。……これはもう、まぐれだ偶然だと誤魔化せねえな。『この状況で勝てると思ったら大間違いだ、いつでもお前達を倒す事が出来る』――今のはそういう意味だ……)


敵の恐ろしさにマーズは冷や汗が止まらなかった。恐怖を振り払うためにモニターに写るヘルベルトの顔色を伺う。


……酷い顔色だ。恐らく自分はもっと酷い面をしているのだろう。正直最新鋭のドムクルセイダーが頼りないオモチャに見えてきた。俺は勝てないかもしれない、とマーズは思う。


「だが、『俺達』は勝てるさ、なぁヘル」


ヘルベルトにだけ聞こえる様、通信を送る。


『へっ、こんな時まで手前みたいなむさい野郎と一緒とは……泣けるぜ』


考えている事は同じだったのだろうヘルベルトが憎まれ口を叩く。あの化物はここで潰す。誰のためでもなくヒルダの為に。マーズとヘルベルトは覚悟を決めるのであった。





ここに至って、ヒルダは認めねばならなかった。 現状のトライシフトでは“敵”は……ダストは倒せない、と。


しかしトライシフトで仕留められない相手にどうすれば良いのか。良い案が浮かばず包囲を維持するだけのヒルダにヘルベルトからの通信が響く。


『トライシフトはまだ終わっちゃいない。あんな化物を相手にする為のとっておきがまだあるだろうが!ここが意地の張り所って奴だろ?……俺達なんかに気を使ってんじゃねぇよ』


『そういうことだ。お前さえ残っていれば俺達の勝ちなんだ。なにを躊躇う必要がある?』


ヘルベルトとマーズの言葉を受け、ヒルダは動く。この敵相手に命を惜しんでいては勝てはしない。相手は銃弾の前に身を晒すのに何ら躊躇いの無い相手。同じ土俵に立たなければ、そもそも勝負にすらならないのだ。


(マーズ、ヘルベルト。いつかアタシもアンタ達の所に行ってやる。だから今は泣いてやらないし、躊躇いもしない!)


一瞬瞑目した後、ヒルダは通信を開く。


「マーズ、ヘルベルト! 『トライシフト・デッドエンド』行くよ!」


『……了解! 目にもの見せてやろうぜ!』


ヒルダ達は動き出す。――終局へ向かって。






《――シン、ダスト活動臨界まで後15分だ》


静かなコクピットに、電子音声だけが響き渡る。それは異様な光景であった。戦闘中であれば、パイロットは平静で居る方が難しい。呼吸が乱れたりするのは当然の事。気分を落ち着かせる為に貧乏揺すりをするパイロットも珍しく無い。


だが、ダストのコクピットは異様に静かなのだ。シンは、落ち着いているというよりあらゆる感情が麻痺しているようにも見えた。そんな中ただ一つの感情が表情から読み取れる。


――『歓喜』、そう言えば良いのか。 口の端を歪めるている。怒っている様でもあり、自らを嘲笑っている様でもあり……何より“戦うのが愉しくて仕方が無い”と云う様な。


「……ああ、解ってる……」


シンの口がぱかりと開いて、言葉を紡ぐ。それは抑揚も何も無い――意味だけを伝える為に押し出された言葉。モニターにはダスト各部の異常を知らせる為アラームが表示されている。あれだけ無茶な機動を繰り返しているのだ機体に異常がでない方がおかしい。


が、シンはそれを一瞥しただけでそれ以上の興味を示さなかった。なぜなら今のシンには自分の体の一部であるかの様に機体の状況や限界がわかるからだ。


《連中が武器を持ち替えた。――勝負に出るな》


レイが静かに言う。レイはこの状態になったシンを邪魔する気は毛頭無い。今までの付き合いから察していたのだ――今が、このパイロット最良の状態であるという事を。


シンは、何も言わずダストに対鑑刀を構え直させる。正眼に構えられた巨大な剣が、全てを切り裂き、終わらせる為に牙を研ぐ。この戦いを終わらせる為に……。






「――行くよ!」


ヒルダの号令で、三機が動き出す。相手が何であれ、ヒルダが健在であれば彼等に恐れる要素は無い。ヒルダがいるからこそマーズもヘルベルトも強大な相手を前にしてもまだ笑えるのだ。


トライシフト・デッドエンド――それは“試しの戦陣”の最終形態。“相手を倒す”事だけを考えた、味方の被害も構わず相手に攻撃を加える戦陣。内容はマーズとヘルベルトが同時に襲いかかり、捨て身で相手の動きを止め、ヒルダの砲撃で全てを終わらせる。ただ、それだけだ。


エースが2人掛かりで、しかも捨て身で抑えにかかるのだ、どれほど凄腕であろうとかわすのはまず不可能。徹底して相手を削ぎ落とす事に終始した通常のトライシフトに慣れる程、その変化に戸惑い、回避はさらに困難なものとなる。……故に必殺の陣。


だが必殺の代償としてマーズとヘルベルトはまず死ぬだろう。だからこそ今になるまでヒルダは口にする事ができなかったのだ。だが、彼等は率先してその任に付く。ヒルダを死なせるわけにはいかない、それが二人の共通の意識であったからだ。恋愛だとか、憧憬だとか、そんな俗なものでは無い強固な結び付き。……そしてエースの誇り。それがマーズとヘルベルトに“死の恐怖”を克服させたのだ。


『お先に!』


マーズの声に躊躇いは無い。


『後はよろしくな!』


ヘルベルトの動きにも遅滞は無い。


ヒルダは何も答えない。言うべき言葉は既に伝えたからだ。


無言でギガランチャーを構える。ヒルダの一撃が全てを決するのだ。マーズとヘルベルトが一命を賭けてダストを抑えたのなら、それごと全てを撃ち抜く。



マーズとヘルベルトがダストに向かっていく。 ――運命を決する為に。



「俺は上、お前は下からだ!」


マーズはただ一言それだけを伝える。 ――ヘルベルトはそれだけで解る。


『了解だ!』


頼もしい返事が返ってくる。マーズは思う、粗野で血の気の多い奴だが、これ程頼りになる相棒は他にはいないだろう、と。それだけに悲しくも、嬉しくもある。なにせ最後にこれ程の相手を第三特務部隊の手柄にできるのだから。部隊は壊滅するが、相手は同じ人間とは思えない戦闘力を有する化物、『カテゴリーS』だ。誰も文句は言えないだろう。


(お前が何者かは知らんが……あの世まで付き合ってもらう!)


一人だったら、負けていただろうと思う。二人であっても――だが、三人であったから、これ程の自信が生まれたのだと思う。確かに自分は死ぬだろう……だが、勝てるという自信があるから、一命を投げ打つ価値もある。マーズ機は、左腕に装備したドリルランス。ヘルベルト機は右腕に装備したビームハチェットを構えた瞬間、凄まじい速度でマーズは機体を跳躍させ、ヘルベルトは身を沈める様にダストに向かって突撃する。


「ウオオオオオッ!」


『くたばれぇぇぇぇぇッッ!』


マーズが、ヘルベルトが吠える。急激な変化に流石のダストも反応が間に合わないのか対艦刀を構えたまま微動だにしない。


(勝った……!)


マーズが勝利を確信したその瞬間、白煙が周囲を覆う。ダストが腰から何かを外し、地面に打ち付けたのだ。


(煙幕!?この間合いで今更っ!!)


既に相手の位置は把握している。今更、回避行動を取ろうと足を止める自信があるからだ。


だが、次の瞬間マーズの視界が真っ白に染まる。スモークが一瞬で爆発的にドムクルセイダーのモニタを覆ったのだ。


(馬鹿な!?こんな一瞬でスモークが展開するはずが……!)


対モビルスーツ用スモークディスチャージャーの展開速度は確かに速い。だが、こんな一瞬でここまで爆発的に拡散する事は無い。それは、誰もが知る常識。……そこに、僅かな隙が出来た。とはいえマーズ達が気を取られたのは、ほんの一瞬。コンマ1秒にも満たない時間。たったそれだけだ。

だが目の前の“化け物”には十分過ぎた。


次の瞬間、マーズは戦慄する。ダストが背中に組み付いたのだ。


「……なっ……!?」


衝撃に襲われるマーズ。それに構わず組み付いたままダストはスラスターを全開、一気に飛びあがり一瞬で急旋回を行う。


「ええい、放せっ!」


ようやくドムクルセイダーがダストよりもパワーがある事に思い至り、出力を跳ね上げるべくスラスターペダルを踏み込む。


狙い通り、ダストはあえなく振り解かれ、弾き飛ばされる。


「そんなスクラップでドムクルセイダーに勝てると思……!!」


改めてダストの動きを封じるべくドムクルセイダーの姿勢を制御しようとして――


その時、マーズはダストの狙いを理解した。未だ残る煙幕が、その存在を見えなくさせていたのだ。ヘルベルト機がマーズ機の前方に居たという事実を。


「う……うわぁぁぁッ!」


悲鳴を上げるしかなかった。勢いの付いたマーズ機はヘルベルト機に激突する。ヘルベルトは煙幕でダストをロストし、警戒していた所に空からよりにもよってドムクルセイダーが突撃してきたのだ。……かわそうにも完全に予想外の事態にヘルベルトも対処出来なかった。


ゴガァッ!


凄まじい轟音をあげマーズ機とヘルベルト機が激突した。重厚なボディが軋み、両機は折り重なる様に倒れた。それでも意識を失わなかったのは流石と言えるだろう。


「う……む……」


頭を振り、何とか意識を取り戻そうとするマーズ。


『……グ、ア…くそっ……たれェ!』


ヘルベルトが呻いているのが聞こえる。相棒の安否を確かめる前に索敵のため


「く、奴は……」


素早く機体を立ち上がらせようとして――


マーズ=シメオンはこの世から消滅した。


ダストが折り重なる様に倒れていたドムクルセイダーニ機を一瞬で貫いたのだ。


『クソ……クッソオオオ!』


ヘルベルトはコクピット部を外れていたためまだ生きていたが、マーズ機とヘルベルト機は折り重なる様に、対鑑刀で串刺しにされたのだ。動ける訳が無い。


ちろちろと、炎が生まれる。推進剤や爆発物に引火したのだろう。核エンジンは自動的に緊急閉鎖されるから大丈夫だが、それだけだった。ヘルベルトは救われる事も無く炎はあっという間に広がり、コクピットは灼熱地獄になる。あまりの熱さにヘルベルトは絶叫した。それが苦痛を和らげる唯一の方法だとでも言わんばかりに。






――通信機越しにヘルベルトの絶叫が聞こえる。


(……一体、何なのさ……)


余りの事に、余りの惨状にヒルダの震えは止まらなかった。手にしたギガランチャーは最後まで目的を達することなく、空しくドムクルセイダーの手から滑り落ちた。一部始終を離れた場所から見ていたヒルダは、ダストが何をしたのか解った――それでも、その事実を信じる事が到底出来なかった。


(奴は……スモークを使って……)


あの時、ダストは腰からスモークディスチャージャーを外し、放った。そしてスモークが展開された所に、頭部バルカンで破裂させ、さらに装甲剥離を行ったのだ。ほんの少し残っていたダストの増加装甲。それを外した時に発生する爆風を使って、一気にスモークディスチャージャーを展開させる。その勢いで、マーズ達の視界を奪い、注意を逸らしたのだ。


ダストは間髪入れずスレイヤーウィップを展開。目標は、ほんの少し跳躍していたマーズ機の脚部。それによりマーズ機の位置を把握し、背面飛行でマーズ機の足下を駆け抜ける。そこからスレイヤーウィップを巻き取り、マーズ機の背後に回り込んだのだ。


後は、前述通りマーズ機とヘルベルト機を激突させ、二機を同時に屠って見せたのだ。それらの事は、一応ヒルダは理解していた。理解はしても――到底納得出来るものでは無いが。


(こんな事、可能だっていうのかい!?……こんな技が、人に出来るっていうのかい!?)


出来る訳が無い、そう思いたかった。奴は、トライシフト・デッドエンドの事など知らなかった筈だ。決まれば一瞬で終わる――そういう戦陣であったから、ダスト側に対策が立てられる筈も無い。


……だが、実際はどうだ。対策どころでは無い、それを利用され、あまつさえ逆に迎撃されてしまった。それは、ダスト側が戦陣の対策を知っていなければ成り立たない事である。……常識で考えれば。


(……違う。奴は、あの一瞬で見切ったんだ、この戦陣の突破口を。マーズとヘルベルトが打ち掛かった瞬間、奴はアタシ達を倒す手段を……その一瞬で考えた。それが出来る人間……。それが……アタシ達の相手……)


ヒルダの背中に、冷たいものが奔る。もはやそれは戦慄などという生易しいものでは無かった。同じ人間を相手にしている気がしない。絶対の恐怖というものに形あるのなら『これ』を言うのだろう。皮膚が泡立ち、鼓動が早鐘の様に警鐘を鳴らす。奴から逃げろと、本能が叫ぶ。


『ウアア……ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!』


ヘルベルトの断末魔と共に、対鑑刀に貫かれたドムクルセイダーが爆発、炎上する。その篝火を背に、ダストがこちらを見据えるのが解る。揺らめく炎を背に、地獄からの使いの様に。


それはコーディネイターでもナチュラルでもない――“化け物”の姿だった。



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