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「……本当に、お一人で行かれるのですか?」
出立前に、部下の一人が投げかけてきた言葉だ。それに対するシーグリスの答えに迷いは無かった。
「私はお前達に『死ね』と命じた。ならば、何故私が己の命を大事にせねばならん? やるべき事、すべき事は全てお前達に伝えた。ならば、私が居なくともお前達に何ら問題は無い。骨は拾わんが、安心して死んでいけ」
あくまでも冷徹な物言いだ。突き放した様な、放り出した様な。
「ですが……」
尚も食い下がろうとする部下を尻目に、ヘルメットを被る。バイザーを締める前に、もう一度振り返るとシーグリスは言った。
「仕上げは自分でやる主義だ。邪魔はしないで欲しいな」
「……了解しました」
部下は、シーグリスの瞳を見た。情欲で、潤んだ瞳を。……はっきりとした喜悦の色を。なるほど、この人は司令官としては優秀かも知れない。だが、人としては明らかな欠陥品だった。己の命も、人の命も楽しんで奪う、それがこの女の性――。
「お気を付けて……」
その言葉に、ただシーグリスは手を挙げて答えただけだった。
シーグリスは愛用のバイクを駆り、狂った様に走り始めた。ここからはそれ程離れていないズールの街へ――。
「……様々な情報を総合すると、デストロイクラスのモビルアーマーが建造出来る場所はこの地域に限定されるようです」
疲れた様子を微塵も見せず、エルスティンが報告する。
「随分と内陸部ね」
メイリンもきびきびと返答するが、デスクの上に散乱する栄養ドリンクが疲労の量を現していた。親指と人差し指で目頭を抑えながら、メイリンは呻く。
「オスカーの読みは正しそうね。タンカーは偽装よ。他の輸送手段を使う腹ね。……ドイツ警察に通達、『直ちに検問を引き、該当地域より動こうとする大型輸送トラックを臨検する事』。礼状は何でも良いわ。任せます」
「あの地域なら、武器輸送臨検で良いでしょう。直ちに手配します」
エルスティンは頷くと、直ぐに自分のデスクに戻ろうとした。しかし、そんなエルスティンをメイリンは呼び止める。
「ところで、オスカーは何処に行ったの? そろそろ教えてくれても良いでしょう?」
「……何故私に?私が知っていて隠していると?」
そんなエルスティンの様子に、メイリンはほくそ笑んだ。我が意を得たり、という風に。
「そういう時は、『知りません』と言えば良いのよ、エルスティン」
「…………」
しばし、メイリンとエルスティンは見つめ合う。ややあってエルスティンの方が目を剃らした。
「元『ファントムペイン部隊』の統一地球圏連合ヨーロッパ方面軍第二三五部隊の元へです。今回の件ではおそらく手勢が必要になる、と……」
「ありがとう、エルスティン」
にっこりと笑って、メイリン。その微笑みには余裕があった。
メイリンの立場からすれば、その問いはもっと早くに行われる類のものだ。それを、このタイミングまで引っ張ったのは――ひとえに『部下の独断専行を許す事で効率良く働いて貰う』為だ。この事態の驚異を治安警察の面々、引いては幹部連中は重々承知していた。そして、ようやくメイリンはこの特徴的な三幹部の扱いに慣れ始めていた。――『好きにやらせる』。この我が強く、独創的な三人はおおよそ組織人としては異端の存在である。命令しても聞かず、満足に動かない、しかし才能はある――なら、勝手に動いて貰った方が都合が良い。今の段階でなら裏切る事も、的を外す事も無い。それ故にメイリンはオスカーの独断専行を許したのである。
「絞り込みは出来たわ。なら、後は私達お得意の武力行使よ。エルスティン、オスカーに伝えて。『直ちにズール地方へ進撃せよ』とね」
「拝命します」
ちろりとメイリンの瞳に、篝火が燃える。いよいよ情報戦も最終幕へと突入しつつあった。
シノ=タカヤがオーブに帰還するのは明日の朝を待ってから、という事になった。……夜間に動くのは危険だし、今更急ぐ事でもないだろうというのが一致した意見だった。
「…………」
そのシノは、ぼんやりとベッドに横たわると天井を見据え、思索に耽っていた。その瞳には天井の模様など映っては居ないだろう――ただ、一人の面影だけが脳裏に浮かんでいた。
(馬鹿……。もう帰っちゃうよ? 言ってよ、ただ一言だけで良いから……)
どんな言葉を待っているのか、朴念仁以外なら即答出来るだろう。そして、セシルのあの好意の裏に隠れた想いも、シノには良く理解出来ていた。理解出来るからこそ、彼の元に止まりたいという想いが渦巻く。だが、それは――その想いだけではもう走れないとも思える。ただ、その一押しだけが欲しい。それだけでシノは命を賭けて行動に移れるのだから。
そこまで悶々と考えて、不意にシノはベッドから身を起こした。
「……よし」
大人しくしていた甲斐があった。今ソラは、夕食を下の食堂に取りに行っている。暫くしたら、料理を持って部屋に帰ってくるだろう。……シノにとって、これが最後のチャンスだった。
辺りを見渡すと、木製の窓が視界に入る。ここは確か二階だった筈だと、シノは思った。
食堂では、げんなりとしたアスランとやたら陽気なジェスの二人が歓談をしていた。
「……まあ雰囲気はいいさ、こういう方がな。食事は楽しむべきもので、それは追求するべきものだ。しかしだ。しかしだな……」
「なーに言ってるんだ、楽しまなきゃ損だろ?こういうのは、さ」
「それは判っている。道理だ。真理だ。間違いの無い答えだ。だがな……、この分量は一体どういう事だ!?」
でんと目の前に山と積まれた料理の分量に、今度こそアスランは降参した。
「残せば良いじゃんか」
「そんな失礼な真似が出来るか!シェフに対して非礼だろう!」
「アンタ、本当に育ちが良いんだな……」
周囲では「ぎゃはははは」という下世話な笑い声。アスラン達がジェスに案内されてチェックインした宿は、なるほど“ドイツらしい”場所だった。
視界を巡らすと、おばさん連中に囲まれて逃げ出せなくなっているソラが居る。ただ料理を取りに行っただけなのだが、あっという間に話題の渦に巻き込まれていた。おばさんの一人が、テレビでソラを見かけた事があり、それが致命傷となってしまっていた。
「へえー、別嬪さんだねぇ。さすが“奇跡の少女”って呼ばれる事はあるよ」
「それだけじゃないよ。この子は、戦禍の中を一人で駆け抜けて来たんだって」
「というと、空から落ちてきたモビルスーツをいきなり動かせたとか?」
「いやいや、敵の動きが事前に理解出来たとか……」
……尾ひれが付いているどころの騒ぎではなさそうだが。
「あの、連れが居ますので……」
絞り出す様に、ソラ。無論そんな事で怯む様なおばさんは居なかったが。
「話はわかったよ、お嬢ちゃん。元気の出る料理を、今からあたし達が作ってやろうじゃないか! ズール特産の郷土料理のすばらしさ、とっくりと味わって貰おうよ!」
「折角だよ、お嬢ちゃん。あんたも手伝いな!」
「え?えと、あの。そのっ!」
……ソラは、はっきりとモノを言う事が苦手だった。それは、今までの旅路でもそうであったし、それは自分自身美徳であると思ってもいた。テレビ局で切れた時、それは確信にも代わっていた程だ。……しかし、今ソラは“ケースバイケース”という正解を脳裏に導き出していた。
それは、運命の分かれ道で会ったのかも知れない。シノとソラの、もう触れ合う事の無い運命への。
「新型モビルスーツ“ハガクレ”の試験運用許可出ましたよ。スウェンさん」
相変わらずにやにやと笑いながら、オスカー=サザーランドは言う。しかし、オスカーをして目の前の人物は“いつものペース”が取り辛い相手だった。冷気を常に帯びているかの様な、まるで暖かみの無い視線、冷徹極まりない物言い――なるほど、彼のそれと比べればエルスティンはまだしも暖かみがあったとオスカーは思う。
スウェン=カル=バヤン。元ファントムペイン隊のパイロットにして、その腕前は隊長ネオ=ロアノーク(ムゥ=ラ=フラガ)と張ると言われた人物。
「……任務の成功率が向上するのは喜ばしい事だ」
にこりともせず、その視線をオスカーに向ける事もせず。オスカーにとってはやりづらい事である。しかし、だからこそ面白いのだが。
スウェンの視線の先には、話題のモビルスーツ“ハガクレ”の姿があった。全身漆黒の、ユニウス条約以降禁止と言われたミラージュコロイド機構を搭載した機体。姿を消し、秘密裏に任務を遂行する穏行機。
オスカーを一顧だにせず、スウェンはハガクレに歩んでいく。
「十五分後に出撃する。準備急げ」
淡々とそう伝え、スウェン。もはや彼の脳裏には任務の事しか無い様だった。一人取り残されたオスカーはぽりぽりと頭を掻きつつも、「苦手科目が増えたかなぁ」と一人ごちた。
「ごめんね、ソラ」
走りながら、宿の方を振り向いてシノは言った。
(――でもね、駄目なんだ。もう今を逃したら、もう……)
きちんと、結末を付けておきたい。どんな事になっても。
まだ、言っていない事がある。まだ、言わなきゃ行けない事がある。そして、言って欲しい言葉がある。
それは、全てを賭けても良い事なのだと、シノに思えていた。
その日、セシルは一睡もしていなかった。ただベッドに腰掛け、ずっと物思いに耽っていた。これまでの事、これからの事――そして、シノの事。
(任務、か。それだけで人殺しの免罪符にする事が出来る様になる――そう出来る奴は、既に人では無いんだろうな……)
それは、十数年生きてきて唯一の正解だと思える。人を助ける為に人を殺す……それがセシルの選んできた道だ。その肯定理由に、出来るだけカシムの事は使いたくなかった。カシムが汚れる様で、嫌だった。
綺麗な長髪が、窓から差し込む月明かりに映える。だが、当人はそれを誉れと思った事は無い。セシルはかなりの美形であったが、それを当人が嬉しく思った事など無い。寧ろ、煩わしく、嫌に思う――そういう人生しか経験出来なかったのがセシルという人間の不幸だった。
不意に、セシルの聴覚が音を捉えていた。大型バイクの駆動音――それがセシルの家の前で止まる。
その事に、言い知れない不安をセシルは感じていた。
一方その頃、シノの脱走にようやく気が付いたソラ達は大慌てでセシルの家に向かっていた。
「シーちゃんはもうっ! なんでこう諦めが悪いのよ!」
「……似たもの同士だとは思うんだが」
「駄目だ、酔ってて走れねぇ……」
先程まで宴会状態だったアスランとジェスは、如何にも動きが遅かった。何故か働きづめだったソラが先行するのも自明と云えよう。
「先に行きます! 後から来て下さいね!」
そう言うや――ソラは別の事に気が付いた。ついでアスランもジェスも気が付く。
「ヘリ……? なんでこんな時間に?」
夜にヘリが飛ぶ――それは軍事的な意味合いが強い。アスランは飛んでくるヘリの一団を見て、一気に酔いが覚めた。
「爆装している!?」
それらの一群は、アスラン達の目の前でロケット弾を街中に発射し始めた。それはアスラン達とは離れた所に打ち込また。
アスランの出来た事は、ソラとジェスを庇う事だけだった。
ズゥン……!
地響きと共に爆音がセシルにも届く。その顔は、蒼白だった。向かいに立つシーグリスの顔には喜悦があったが。
「言ったろう? これが、統一地球圏連合のやり口だ。疑いがあれば、この様な小都市ごと焼き払う事も珍しくない。……対抗出来るのは今や、君のみだ」
爆音は、徐々に近づいてくる。セシルは、シーグリスを睨む様に見た。
「弟はどうする!」
「……何の為に私がわざわざ来たと思う?君の気掛かりを解決する為さ。弟は私が預かろう」
しばし、二人は睨み合った。しかし、爆音がセシルの後押しをしてしまった。
「くそっ!」
セシルには、それしか無かった。それしか出来なかった。出来る事がある事が、セシルの行動を決めてしまった。
「……兄ちゃん!?」
カシムが、部屋から出てくる。これだけの騒ぎだ、当たり前だ。
「カシムを頼む!」
セシルは後も見ずに、自分のバイクに跨ると走り去っていた。
「兄ちゃん!」
カシムが後を追おうとするが――それを、止める者が居た。シーグリスだ。
彼女は酷薄な笑みを浮かべ、こう言った。
「何、寂しがる事はないさ。……直ぐに、セシルもお前の元へ行くからな」
シーグリスがカシムに向けたモノ――その正体に気付き、反応できるほどカシムは大人ではなかった。
――シノが、セシルの家に着いたのはその時だった。
ソラ達は、直ぐに活動を開始した。鉄火場での経験は、三人とも一般人の比では無い。ジェスが「足を回す!」と言い置き、自分達の車の元へ向かう。ソラとアスランはシノを確保する為に、セシルの家に全速力で向かった。
――だから、間に合った。まだ生きているシノに会う事が。
「シーちゃん!」
シノを視認したソラが、そう大声で叫ぶ。彼女はセシルの家のドアをの前に居た。後ずさりしながら、何とかその場から逃げようとしていた。
瞬間、シノは確かにソラを見た。「助けて」と目で訴えていた。
直後、シノの体がくの字に折れた。シノの腹部に銃弾が撃ち込まれたのだと、ソラの脳裏に正解が浮かぶ。
シノは、悲鳴すら上げれなかった。続けざまにもう一発、今度はシノの胸元に銃弾が撃ち込まれる。
ソラは、何か叫んだ、と思った。全てがスローモーな視界の中で、シノの体がくるりと回転し、吹き飛ばされ、崩れ落ちる。何かが、体から噴き出していた。
ソラは真っ直ぐにシノに向かう。心の何処かでその行為に警鐘が浮かぶが、構っていられなかった。体が、ひたすらシノの元へ向かいたがった。
それよりも先に、疾風の如く動いた者が居た。ソラよりも修羅場に慣れ、親しんだ者――アスラン。彼は状況を見、その瞬間にすべき事を理解し、判断出来た。素早く横っ飛びに動き、ホルスターから銃を抜くとセシルの家の中に銃弾を撃ち込む。命中するしないではない、要人を警護する為の動き――相手に“敵が居る”と思わせる為の動きだ。
だから、無防備にソラがシノの元へ向かっても銃撃はこなかった。
続けざまにアスランはトリガーを引く。撃ちながら、アスランは状況を観察出来た。室内に居る敵は一人。そいつは銃撃を理解したら直ぐに物陰に隠れた――と。そして、こうも理解出来た。相手は手練れでは無い、と。
アスランの次の銃撃――それは全く的外れな射撃だった。だがそれは壁に反射し、敵に襲いかかる類のものだった。射撃の高等技術、“跳弾”だ。
「ぐっ!?」
低い呻き声。地面に落ちる鉄――銃の音。次の弾が、その銃を更に弾き、破壊する。
それは、全てアスランが一度の横っ飛びの間にしたことだった。恐ろしいまでの反射速度だった。アスランはくるりと反転し、隙を見せずに着地する。
「動くな。次は当てる」
そう低くアスランは言い放った。それが、終局の合図だった。
――血が、流れていく。命が、抜け落ちていく。
それは、何時か見た光景。そして、その時失われた者も友達の――親友のもの。
「なんで……!?」
血塗れの友人。有り得るはずの無い光景。だが、既にもう、ソラはこの光景を一度見ていた。なのに――。
「なんでよっ……!」
口から出てくる言葉は、心から湧き出す言葉はそんなもの。そんなもの何の役にも立たないと知っていながら。
許せないのだ。理不尽だと思ってしまうのだ。――何度目であろうと。
「ソラ、治療をしろ! 止血をするんだ!」
未だ銃を構えながら、指示を出来たのはやはりアスランだった。その言葉を受けて、ようやくソラは動き出す。自分の下着を切り裂き、懸命にシノの傷口に巻き付ける。――だが、命が抜け落ちるのを止められないのが、ソラにも判った。判ってしまった。
ごぼりと、シノが口を開く。
「ソラ……」
「喋っちゃ駄目!シーちゃん、頑張って!」
けれど、ソラは止血を止めなかった。手を動かさなければ、動かさなければ――それだけがソラを突き動かしていた。それが無意味だと知りながらも。
「私……セシルと幸せになりたかった……だけなのに……」
……なんでだろう?
最後の方は、ただ、口が動いただけだった。シノの瞳から、涙が流れていた。おそらくは、ソラの瞳からも。
それが、命の抜け出ていく最後だった。
瞳から光が消えた時――今度こそソラは絶叫した。
それを後ろに聞きながら、アスランは努めて冷静であれと念じつつ歩を進める。とはいえ、心の奥ではマグマの様に怒りが渦巻いていた。
(……何故だ! 何故、こんな真似をした!)
ぎりりと奥歯を噛み締め、その言葉を発しない様にする。激して、塵程も油断する訳にはいかない――その想いだけで点火寸前の導火線に火を灯さない様にする。
視界の端に、血を流して踞っている“敵”が居る。銃弾は腹部を掠めた様だ。ライダースーツの女。特に見覚えは無い。が、はっきりしている事は“敵”だという事だ。
「少しでも動けば撃つ。今更威嚇はしない」
言葉の端々に、怒りがある。……少しでも触れれば、爆発しそうな。正直に言えば、今すぐに撃ち殺してしまいたいとも思う。だが、冷徹なプロの思考がそれを遮った。
(背後関係が判らない。すこし喋らせなければ……)
そんなものは無いのかも知れない。だが、突発的な事態でこういう結果になるのか?という疑念がアスランを思い留めていた。
「誰の命令だ? 答えろ!」
女は、アスランを見た。アスランは、嫌な視線だと思った。蛇が獲物を見つけた様な、“狩る者”の視線だった。
「“正義の剣”アスラン=ザラか。……随分と有名人がこんな辺境に居るものだ」
「質問に答えろ!」
もう一度、アスランは恫喝する。自分でも、意識がぶっ飛びそうだと思える。
「誰の命令でもないさ。私の名は……」
ここで、女は随分と間を置いた。相手の聞きたい事を自分から言って、間を稼いだのだ。そして、アスランの怒りが爆発しそうな所でようやく名乗った。
「……シーグリス=マルカ。この名を聞いた事は?」
暫く、アスランは考えた。考えさせられた――この女の思う通りに。
「“ローゼンクロイツの蛇姫”か!」
アスランの脳裏に、その言葉はあった。九十日革命で弱体化したローゼンクロイツヨーロッパ支部。そこに最近参加して、数ヶ月で組織の動きを立て直しつつある者――相当な切れ者で、遣り手。それが……この女だというのか。
(だが、シーグリス=マルカの名を一般人が知る訳がない。ならば……)
――本物、という事になる。
「そのシーグリス=マルカがここで何をしている!?」
再度、アスランは恫喝した。それにあっさりと女は答えた。
「セシル=マリディアが必要だったからだ」
セシル、と聞いてソラもびくりとした。アスランも。この場では意外な――冷静に考えれば装でもないかも知れないが――名前が出てきたからだ。
「セシルは、優秀なパイロットだからな。我らが誇る“デストロイ”のな」
「……“デストロイ”だと!?」
アスランは、食い付いてしまった。シーグリスの放った餌に。銃を向けられて、腹部から血を流しながらも、会話を支配しているのはシーグリスになってしまった。
「気が付かないのか? 何故この場所は爆撃されない? 何故、この時期にこのような地方都市が爆撃を受ける必要がある? しかも、統一地球圏連合の軍隊が?」
畳み掛けるシーグリス。もはや、アスランの優位は制裁与奪権だけだ。
「……知っている事を洗いざらい履いて貰おう!」
にやりと、シーグリスが笑う。それは、アスランには気に入らない事だった。
だが――
「な……アレは何っ!?」
外から、ソラの悲鳴。慌ててアスランはそちらの方を向こうとして――シーグリスが崩れ落ちた。痛みのせいだろうか。そうアスランには思えた。それがシーグリスの“欺し”だと気が付けなかった。与えられた情報の整理に、アスランが気を取られてしまったから。
アスランは、ソラの元へ向かった。シーグリスは無力化させた――そう思って。それ自体は間違いでは無いと判断出来ていた。
そして、見た。巨大なモビルアーマーを。
地響きを上げ、黄金の肢体を闇夜に浮かび上がらせ、神々しく立ち上がる巨大な“オラクル”を。
オラクルは、手を横に一閃させた。――それだけで、爆発的な光が夜空に飛ぶヘリの一群に襲いかかり、全てを吹き飛ばしていた。手に装備された巨大なビーム砲が薙ぎ払ったのだと、アスランには理解出来た。
それは、紛れも無くあの“悪魔”と同じだった。色違いの“デストロイ”――かつて、ドイツの三都市を焼き払った“悪魔”の光だった。
オラクルのコクピット――そこに座るセシルは、嗤っていた。
「ククク……アハハ……アハハハハ……ハーッハッハッハ! ざまあみやがれ! 俺の家を、俺の街を焼こうとなんてするからだ! 覚悟しろ統一軍の連中め! 今度は、俺がお前達の家を焼き尽くしてやる!」
それは、セシルであってセシルでは無かった。オラクルのコクピットに座ると、セシルはエクステンデッド特有の高揚感に襲われてしまう――かつ、セシルのトラウマに結びつく光景が今、眼前にあった。
かつて、セシルは家をデストロイによって焼かれた。その時、家族も失っている。『家を焼かれる』事がセシルのトラウマであり、キーワードであった。
そして、それをシーグリスは熟知していた。
……誰が考えるだろう?パイロットの“やる気”を出させる為だけに、街に爆撃を行わせるなど。
そして、シーグリスの望み通り、セシルは猛っていた。エクステンデッドの高揚感も相まって、破壊衝動を滾らせていた。
ふと、彼の眼前に地図が映し出された。それは、今回の作戦の概略と言うべきものだった。
「いいだろう。破壊して、破壊して、破壊してやる! 殺して壊して潰してやる! お前達が、俺にした様に、俺達にした様に!! 震え上がり、待っていろ統一軍め!」
セシルのその瞳に、正気は無かった。
――アスランがその事に気が付いたのは、暫く経ってからだった。
既にその時には、シーグリス=マルカは何処へともなく逃げ去っていた。
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