栄光と没落と

ページ名:栄光と没落と

東ユーラシア共和国、最大の人口を誇る首都モスクワ。その中心に、東西に長く貫かれた広大な広場がある。


――赤の広場。

中世の頃より重要な国家行事が数多く行なわれ、南にはスターリンや片山潜などが眠るクレムリンの城壁とその中の大統領官邸、城壁に接している。レーニンの遺体が保存展示されているレーニン廟、西には国立歴史博物館、東には葱坊主の屋根の聖ヴァシーリー寺院と処刑場・布告台だったロブノエ・メストといった歴史的建造物の多くが立地する文字通り歴史の目撃者である。

何より士気高揚と国力の誇示を目的とした閲兵式は世界中の注目を集め、それはCEの年代に入っても変わらない。それが今日、CE79年1月18日、5年ぶりに復活の日を見たのである。


かつて大西洋連邦と並ぶ一大強国と謳われたユーラシア連邦。

しかしCE72年を境に度重なる災害と戦争、ついには東西に分裂、国家消滅という地獄の底に落とされる。その残り香ともいうべき現在の国が、今の東ユーラシア共和国であった。

だが不幸は続く。

CE77年にはブレイク・ザ・ワールドを原因とする異常気象により歴史的な干ばつ、『北半球大飢饉』が襲いかかる。その結果東西ユーラシアでは500万人もの餓死者が発生。さらにはCE78年1月、『九十日革命』と呼ばれる地獄の内乱が発生した。




――『九十日革命』

CE78年1月に東西ユーラシで勃発した、統一地球圏連合の歴史上最大の悲劇ともといわれている一大内戦である。発端はプラント駐留の第二宇宙艦隊と手を組んだ東ユーラシア共和国軍の反乱であった。飢餓と貧困、オーブへの反発から起きたこの反乱は瞬く間に東西ユーラシア全域に広がっていく。

反統一連合・反オーブを掲げ、分断された東西ユーラシアの再合併を目指した彼ら反乱軍の勢いはすさまじく、当時東ユーラシア共和国大統領だったセルゲイも首都モスクワを反乱軍に占領され、命からがら統一連合支配下のパリに落ち延びた程だった。ついには反乱軍は『革命軍』を名乗り、革命政権の樹立までこぎつけたのである。

しかし一時は一大国家として統一連合とも渡り合う程の大勢力を誇った革命軍だったが、オーブ軍を中核とした統一連合軍との決戦に破れ、革命は崩壊に至る。その結果


――総死傷者数300万人。


これが革命の残した深い傷跡だった。

東西ユーラシアの大地は両国民の血の河と死体の山で埋め尽くされ、戦火で燃え尽きた街や村は途方も無い数に上った。反乱発生から革命終結まで、至った日数はわずか九十日。ゆえに後世『九十日革命』と呼ばれるようになる。そしてそれは統一連合史上最大の悲劇として、誰もが忘れえぬ忌まわしい記憶となった。




――度重なる災厄に見舞われ、国土が完全に荒れ果ててしまった東ユーラシア共和国。

ついには世界の中心から完全に脱落してしまい、かつての栄光も遠い過去と成り果てた。当然、国力を誇示するはずの閲兵式も自然と行なわれなくなった。九十日革命最後の戦場となったモスクワも、崩れかけた建物や無数の銃痕が穿たれたビルの外壁など、あちこちに生々しい戦火の跡を残している。

だが幾多の苦難を乗り越え、東ユーラシア共和国政府の決死の努力によって、街は再び雄々しく復興したのである。東西分裂から5年後の今日、閲兵式を復活させるまで至ったのであった。


(ついにここまで成し遂げたぞ)


広場に設けられたVIP用の閲覧用タワー。会場を全体を見渡せる高層建築の最上階にて、東ユーラシア共和国大統領セルゲイ=ノヴィッチ=ボラーゾフは、己の功績を示す瞬間が来るのを待ちわびていた。

久しぶりの国家行事とあって、モスクワの街は普段とは比較にならないほど活気付いていた。街中には数え切れないほどの露店が出店し、市街各地に設けられた様々なイベント会場には人が群がっている。雪がちらつくほどの寒さを吹き飛ばすかというほどの熱気は、暗いニュースに沈みこんでいた東ユーラシアの人々を久々に元気付けるには十分すぎる効果があった。その熱気に満ちた会場に、1つの例外も無く掲揚された旗がある。

『自給自足こそ国の礎』

英語と、地元の言語であるロシア語で描かれたその言葉こそ、ここまで国力を回復させたセルゲイ政権の代名詞といえる『自給自足政策』を連想させる代表的なスローガンだ。


今回の国家行事の主役は2つあった。

1つは久方ぶりの閲兵式。もう1つは、国内各地から招待された優秀な農業従事者達だ。

胸元に農業をあしらった勲章を頂く彼らは、セルゲイの自給自足政策の中心である農業活性化のための政策の1つである、『優秀農業者コンテスト』にて優秀な成績を収めた者達である。彼らはイベント期間中、浴びせられる賞賛の声が途切れることはない。彼らは自作の歌や熟練の技を披露して、自らの技を競い合うと共に会場を盛り上げる役目も負っていた。

それが午前中のメーンイベント。そして、午後のメーンイベントは午前中とは打って変わって1つの会場に人々が殺到する。そう、5年ぶりに復活の日を見た閲兵式と称された軍事パレードだ。

午前中のイベントをすっぽかしていい場所を確保しようと場所取りに出る者たちも多く、徹夜組まで現れるほどだった。セルゲイにとってはこの軍事パレードこそが、今回の目玉であった。無論、軍事力だけが国家の全てではないのは、彼も理解している。

だが度重なる苦難に見舞われパレードすら行なうことができなかった暗黒の時代に決別し、栄光が待つ新たなる時代への第一歩とすることを国民に示すには、この閲兵式はもってこいなのだ。

少なくともこの国の大統領として、セルゲイはそう考えていた。そして国民には祖国の復活を実感できる”とっておき”を用意した。それもすぐにお披露目となる。


(さて、統一連合の役人共はどのように思うかな?)


最上階に設けられた閲覧室には、市街全土が見渡せる巨大な窓だけではなく、広場の様子を映し出すモニターが幾つか設置されていた。その中の1つに目を見やる。そこにはセルゲイが自ら招待した統一地球圏連合の役人達が何名か座席に座り、関係者と談じているところが映し出されていた。その表情には少しばかりではあるが軽蔑の色が見える。どうせまた、「東ユーラシアなど大したことはない」と見下しているのだろう。今はそうやって軽蔑しておればいい。すぐにその間抜けな顔は開いた口が塞がらなくなるのだから。


(その間抜け面をさらに間抜けにしてやろう)


セルゲイは口には出さず、吐き捨てた。


軍事パレードは午後0時30分、軍楽隊の演奏と共に開始される。コサック騎兵に扮した者達が行進し、次いで各地の子供達が趣向を凝らした踊りを披露していく。沿道を埋める数十万にも達しようかという人々が興奮を高ぶらせる。ここからが本番だ。

本隊の隊列がモスクワ中心部のメインストリートにまで進んでくる。このまま赤い広場へと行進するのだ。隊列を組んでいるのは各地の軍より召集された精鋭達。その先鋒が赤の広場の先に姿を現し、市民達は歓声を次々に挙げた。現れたのは東ユーラシア陸軍の昔からのトレードマークと言える戦車隊。兵器のカテゴリとして旧式化したとはいえ、運用しだいではモビルスーツにも匹敵する戦闘力は放棄するには惜しい存在だ。150台の戦車の大行進が民衆を魅了する。

続いてこの日のパレードの主役であるモビルスーツの隊列が、整然と並んで行進してくる。30機を越える鋼鉄の巨人――世界中の主力となっている汎用モビルスーツ『ルタンド』。全高18mを超す巨体から湧き出る威圧感に誰もが息を呑み、よくもここまで動きが揃うものだという声があちこちから聞こえる。

そしてその隊列を飾るように上空で華麗なアクロバット飛行を披露する編隊は、可変モビルスーツGWE-MP001Aマサムネだ。どちらも統一連合軍の主力として採用されている機体である。VIP達に渡されたパンフレットでは、『第6戦闘航空軍所属』と明記されていた。


「フン、先にオーブで開かれた記念式典の猿真似というわけか」


パレードの様子を眺める統一連合の役人達は苦笑を隠さなかった。一連の軍事パレードは、彼らが先日関わった『統一地球圏連合樹立三周年記念式典』で行われたそれに、ひどく酷似するところがあったからである。


「我々に対するあてつけなのでしょう。さしずめ『テロリストに式典を潰されるほど弱くはない』といった所では」

「フン、それで強引に無い袖を振ったか。まあいい、招待された身だ。せめて東ユーラシアが何をできるか見せてもらおうか。張子の虎でなければいいがな」


同行する秘書の耳打ちに、役人達は一様に頷く。相変わらず見下した態度は変わらない。

そこに軍事パレードのメインを成す隊列は第2陣が姿を見せる。オリーブドラブに身を包んだ巨人が20機。ZGMF-1000ザク。5年前の戦争で旧ザフト軍の主力兵器として各地で暴れまわった機体だ。

大戦当時最新鋭の機体もここ数年の統一連合を基軸とした軍備再編と機種改変の煽りで、急速に旧式化していった。第1陣に配備されていたルタンドが主力機となった今、世界中で急速に配備数が減少している。前陣にシールドを左肩に1基備えたザクウォーリア、後陣に同じ物を両肩に一対備えたザクファントムという構えの隊列が前進していく。

行進に合わせて軍楽隊が軍歌を演奏する。それに興奮した少年達が、目を輝かせて吹奏に合わせて合唱し、大人達もそれに唱和し歌声はあっという間に市の中心部に広まっていった。

次に現れたのは、それまでの巨人達とは一風変わった4足歩行の機体――TMF-/A-803バクゥ。メタリックグレイの式典カラーを輝かせながら15機のバクゥが、獲物を狙うライオンの如き動作で行進する。

同時に、空に爆音が木霊した。見上げた市民達に移ったのは50機は超えるであろうモビルスーツの大群が綺麗に隊形を整え、優雅に現れる。ZGMF-2000グフである。

先のバクゥ、ザクもそうだが、5年前の戦争の後に急速に旧式化した旧ザフト軍の機体は、ザフトを吸収したオーブ軍の主力がルタンドに切り替わると同時に退役し、売り払われた。それを東西ユーラシア内戦と1年前の九十日革命で軍備の半数以上を失った東ユーラシアが安価で購入し今に至っていた。

グフの軍団は優雅に組んだ隊列を解き、次の瞬間にはまるで決闘のように剣を交えあいながら優雅かつ壮大に飛び回る。さながら空中で見せる剣舞のように。並みのアクロバットより遥かに高度な、そして華麗な舞踊の姿に、地上からは大きな歓声が上がった。

尽きぬ歓声の中をパレードは進んでいく。その様子をセルゲイは満足そうに見守っていた。


(さすがは我が軍の精鋭か)


今まさに眼前で剣を交えながら飛んでいくグフに眼を見やり、セルゲイは中に乗る者の姿を思い浮かべた。特に空中で剣舞を舞わせた50機のグフのパイロット達は、いずれも抜きん出た腕前を有する文字通りエリートばかりだった。彼らの技量に満足しながらも、ふとセルゲイの表情が重くなる。


(だがいくら精鋭といっても絶対数が足りぬ。これでは我が軍もまだまだだ……)


度重なる戦争や内乱で失われた熟練兵の数はあまりに膨大で、今でもその穴を埋めるに至っていない。それは東ユーラシア共和国軍がまだ発展途上である事を物語っていた。重いため息が出る。だが今、悩んでいても仕方が無い。セルゲイは気を取り直し、再び歓喜に沸くパレードに眼をやった。

いよいよフィナーレである。そして、それは彼が待ちわびた瞬間でもあった。彼は心臓の鼓動が高まるのを感じていた。

会場のボルテージが最高潮に達した瞬間、それは起こった。歓声がざわめきへと変わり、数十万の民衆が上空の一点に集まる。集中する視線を突き破るように、”ソレ”は現れた。


「何だ、あの機体は!?」


パレードを見物していた民衆だけでなく、招待されていたVIP達の視線も一斉に空に釘付けになる。会場上空が幾つもの巨大な影に、すっぽり薄暗く覆われたのだ。

空を覆うそれの影。

それは六つの花弁を持った真っ赤な大輪の花に見えた。

あるいは人によっては真紅のもみじを連想しただろう。

その数20。だがその一つ一つはあまりに巨大だった。大きさは通常のモビルスーツを遥かに凌駕し、小型戦闘艦にも匹敵する。それらが今、編隊を組んで会場上空をゆっくりと飛行していた。

下から見上げるとそれは、確かに六枚の花弁を持つ赤い花のようなシルエットをしている。それぞれ六方に向けられてた花弁は、まるで果物のビワか瓜(うり)のようにボリュームのある膨らんだ形状をし、根元から太く緩やかな曲線を描いてその先を尖らせている。後部には茎のように一本の長い尻尾が伸びていた。そして会場からは見えなかったが正面を向く花弁には、巨大なツインアイを持った昆虫のような”顔”があった。


「……」


会場全てを沈黙が包み込む。咳払いひとつ聞えない。


「モビルアーマー……」


誰かが小さく呟く。だが皆が空を悠々と進むその姿にあっけに取られ、その呟きに気づくものはいない。セルゲイはにやりと満足げな笑みを浮かべた。

ルタンドでも、空軍のグフでも、オーブが世界に誇るマサムネでもなければ、統一連合軍の時期主力機とされるストライクブレードでもない”それ”。大戦中、絶大な火力と陽電子リフレクターによって絶対的な防御力を誇った大型モビルアーマー『ザムザザー』。その後継機種である『ザムザザーⅡ』が、今この瞬間世界に初めてその姿を現したのである。

20機のザムザザーⅡ軍団はその影を大きく会場に落しながら、その威容を見せ付けるようにゆっくりと飛行していった。その圧倒的な迫力の前に、会場の誰もが口をポカンと開きながら、ただ呆然と見守っている。それはVIP達も同じで、特にこの日のためにセルゲイが招待した統一地球圏連合国防省、兵器開発局の役人達も同様だった。思ったとおり、彼らはその”間抜け”な顔はさらに間抜けさを晒し出している。


「ふっ、ざまあみろ」


その姿に思わず大統領らしからぬ悪態をつく。これこそセルゲイが用意した”とっておき”だった。そしてこの”とっておき”は、自国の軍需産業再興の宣言であり、また自国の力を見せつける彼の暗黙のメッセージなのである。

『自給自足こそ国の礎』

ザムザザーⅡの一大編隊はこのスローガンの具現化でもあったのだ。


「我が国は君達の肥やしではないのだよ、オーブの諸君」


思わず本音が出る。東ユーラシア共和国に巣食うオーブの呪縛を解き、国家を自立と栄光に導く。これこそが彼の就任以来からの目標だった。だがしかしそんな彼も大きな懸念を抱えている。一つは、オーブの内政干渉。そしてもう一つは今、主席カガリ=ユラ=アスハが議会に提出している『主権返上法案』だ。




――『主権返上法案』とは”完全なる平和”を目標に、各国がそれぞれ持っている外交・防衛・徴税といった国家大権を統一連合政府に手渡し、全世界が統一連合のもとに一つに纏めてしまおうという法案である。各国をただの行政府に成り下がり、当然、国家間の戦争は消滅して完全平和が構築されるという訳である。

セルゲイの脳裏に、あの日の議会の光景がありありと思い出される。主権返上法案を連合議会に提出した時の、主席カガリ=ユラ=アスハの演説を。


CE75年、9月下旬。秋もこれからという季節の中で開かれた統一地球圏連合議会。その日は統一地球圏連合主席カガリ=ユラ=アスハ自らが提出するという、新しい法案の主意説明とその演説が予定されていた。議事堂の傍聴席はオーブ市民で溢れかえっていて、東ユーラシア共和国代表として議員席にいたセルゲイは思わず圧倒される。

オーブの獅子と謡われたウズミ=ナラ=アスハの娘、カガリ=ユラ=アスハ。

彼女のオーブでの支持の高さは噂には聞いていたが、これ程とは思わなかったのだ。彼らは皆、オーブの首長という枠を飛び越え、世界を統べる立場に立ったカガリを一目見ようと集まった熱烈なカガリ支持者達だった。そんな聴衆と各国を代表する議員達が注目する中、主席カガリは議事堂中央の演壇に立ち、そのよく通る声で高らかに宣言する。


「今この議事堂に集う各国代表議員諸氏の皆さん、そして全世界の人々よ。ぜひ聞いて欲しい。『侵略せず。侵略を許さず。他国の争いに介入せず』これは我が祖国オーブの理念である。私はオーブ首長当時、この理念を守ることが国民を守る事につながると信じてきた。だが実際にはどうだったか?我が国は二度に渡り戦火に巻き込まれ、理念を守り通した私の父、オーブ前首長ウズミ=ナラ=アスハもまた命を落とした。一体これは何を意味しているのか?」


オーブに侵攻した過去を当て付けられたと思ったのか、大西洋連邦代表議員が苦虫を潰した様な顔をする。だがカガリはそれに意を介すことなく続ける。


「それはもはや一国平和主義では世界の平和や安定はおろか、自国のそれすらも守れないという現実である。その結果が先の二度に渡る世界大戦だったのだ。だが今、私達世界は統一地球圏連合という一つのテーブルを作り上げた。戦争に頼らず話し合いで問題解決を図るための場として。これは連合、ザフトと分かれていた大戦前には考えられなかった状況である。そのおかげで世界は今日の平和を手に入れられたのだ」


熱の入ったカガリの言葉が議事堂の隅々に響き渡る。傍聴席に集まった聴衆も居並ぶ議員達も咳払いひとつする事無く、カガリの一言一句に注目していた。


「だがしかし多くの犠牲を払って作り上げたこの枠組みも、一体いつまで続くかは分からない。領土、民族、格差、資源。国と国とが争う憎しみの種は未だ各地に蒔かれている。一国が私欲にまみれ他国と争えば、今ある平和も容易に壊れてしまうだろう。だからこそ私達は一致協力し、その憎しみの種を排除しなくてはならない。旧世界からの人類を分け隔て、互いに争わせてきたあらゆる壁を壊し、新たな世界を、真なる平和を作り出さねばならないのだ!!」


カガリは続ける。


「そのためには統一地球圏連合という枠組みをさらに発展させなくてはならないと私は確信する。今こそ世界は一つになるべきなのだと!そう、地球圏という一つの国にである!!全世界が一国にまとまれば、全ての国境や独占権益など争いの種は排され、あらゆる憎しみの連鎖が断ち切られるだろう。地球圏が一体になる事によって、初めて世界は戦争という呪縛から解放され、本当の意味での平和を手に入れることが出来るのだ!!今日、私は統一地球圏連合主席カガリ=ユラ=アスハの名を持って、『主権返上法案』を議会に提出する事をここに宣言する!!」


一際高らかな宣誓によって、演説の幕は閉じた。静寂が議事堂を支配する。しかし一瞬の後、傍聴席から一斉に盛大な拍手と歓声が送られた。そして少し遅れて議員達からも拍手が巻き起こる。議事堂は熱狂と歓呼の渦に包まれ、観衆に向かってカガりは手を振った。統一連合の主席として自信と威厳に満ちあふれた姿がそこにあった。




――だがオーブとの関係上表立っては言わないが、セルゲイはこの法案に反対だった。

大義名分は永続的な平和でも、もしこの法案が通れば、それは実質オーブへの永遠の隷属を意味する。果たしてそんな事が我慢できようか。国民も、自分も。答えは否、である。

だが議会でそれを口にする事は出来ない。オーブに首根っこをつかまれた東ユーラシア共和国の現状では、そんな自由は望むべくもないのだ。そのため現在、東ユーラシア共和国は統一連合議会内でも親オーブ国家の派閥、いわゆるオーブ派に属さざるを得ず、オーブの政策に追従せざるを得なかった。オーブと東ユーラシア共和国との歴然とした力関係。セルゲイはそれが何より腹立たしかった。


「地獄への道は善意で敷き詰められている……か」


ふと古の賢人の言葉を思い出す。

セルゲイはこれまで幾多の地獄を見てきた。あの未曾有の大災害ブレイク・ザ・ワールドを発端とした、二度目の世界大戦。東西ユーラシア内戦に続き、CE77年に起きた未曾有の大飢饉。大飢饉だけでも500万もの人間が死んだというのに、さらに追い討ちをかけるように翌年には九十日革命が発生し、東西ユーラシアは三度戦火にまみれる。それまでの死者の数を数えれば、ざっと一千万を超えるだろう。

革命の際にはパリに落ち延びオーブの庇護の下、亡命政権を立てるという屈辱にも甘んじた。

彼は怒った。愛すべきユーラシアの大地を死体と瓦礫で埋め尽くした亡者達の所業に。

ブレイクザワールドで地球環境は破壊され、異常気象が頻発していたのにも関わらず、事前に予想された大飢饉に満足な手を打たなかった統一地球圏連合に。

だがそれ以上に彼が怒りを募らせたのは、それらの混乱の隙をついて国土や資源、国家権益を横から掠め取ったオーブの存在だった。

大ユーラシア連邦復活をかけた勃発した東西ユーラシア内戦は、西ユーラシアがオーブの直轄領になるという最悪の事態で幕を閉じ、九十日革命ではコーカサスをはじめとした世界有数の地熱資源地帯の権益を、根こそぎオーブに持っていかれた。”戦争の終結、平和の復興”の名の下にオーブが行った統一連合軍の東西ユーラシアへの派兵と介入の結果がこれだった。おかげで国力が大きく減退した東ユーラシア共和国は、オーブの顔色を伺う二流国家へと転落した。国を束ねる者にとって、祖国を他国に食い荒らされるなどこれ以上の屈辱があろうか。

だからそこ『自給自足こそ国の礎』をスローガンに食料政策に特に力を入れ、経済と国防の充実を何より図ってきた。それでも国内の餓死者の数はそう収まらないが、一歩一歩着実に進んでいると自負している。いつか国家の自立と誇りを取り戻す。これこそがセルゲイの悲願だった。


「我々がいつまでも貴様らの元で傅いていると思うなよ」


国防省の役人――それもまたオーブ人なのだが――を見下ろしながら、セルゲイは内心呟いた。




「大統領。ダニエル=ハスキル少将が参りました」


ふと秘書官がセルゲイに来客を告げる。この部下との会合は予定に組まれていたものだ。彼は「通せ」と短く返す。すると少しして壮年の男性が儀礼用の士官服姿で閲覧室に入ってきた。今回の閲兵式に参列した東ユーラシア共和国軍上層部の一人、ダニエル=ハスキル少将その人であった。彼は大統領たるセルゲイに敬礼をすると、社交辞令も無く本題を切り出す。


「大統領、先にオーブから通達のあったコーカサス州方面軍の指揮権を治安警察に委ねるという件、いかがいたしましょうか?」

「リヴァイブとかいうレジスタンス討伐に、ドーベルマンとかいう保安部長が出向いてきたアレだな」

「はい」

「好きにさせておけ。権限は向こうにあるんだ」

「ですが外部の者に指揮権を渡せば、我が軍の士気にも影響が及びます」


現場を預かる者として当然の声。だがセルゲイの答えはそれを覆すに足るものだった。


「構わん、国益が優先だ。もしそいつがレジスタンスを倒したなら、それは我が国とオーブの共同の成果になる。逆に失敗すれば、そいつと押し付けてきたオーブと連合政府の責任だ。失った人材を償わせると同時に、悪しき前例として交渉のカードに存分に使ってやる。我が国への内政干渉がどういう顛末を迎えるか、とな」

「なるほど」


大統領の意図を知ったダニエルがニヤリと笑う。そしてセルゲイも。


「せいぜい高く売りつけてやるさ、我々の価値を。そして奴らが背負った責任というものをな」



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