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統一連合に反抗するレジスタンスたちのリーダーが一同に会すことは稀有な事である。何故かというと密接な協力関係を築いてはいるものの、連絡や調整は通信ないし伝令を介しておこなうことがほとんどだからである。
活動そのものを秘密裏に行わなければならないことが第一にある。さらには組織が脆弱であるため、リーダーが集ったところを敵に狙われて一網打尽にされる危険性は取れない、という理由もある。それでもきわめて重要な決定を下すために、直接に話し合う機会はある。季節は決まって冬。政府軍の活動が沈静化する時期だ。
吹雪の只中。ローゼンクロイツのアジトの一つにてその会合は行われていた。
ローゼンクロイツのリーダー、ミハエル=ペッテンコーファーを始めとして、東ユーラシアを拠点として活動する主だったレジスタンス組織の長たちが顔を並べている。その中には当然ながら、ロマやラドル艦長の姿もあった。
そして彼ら――ロマとラドルを除いた――は、最大勢力である組織の長という事もあり、議長を務めるミハイルから挨拶もそこそこに放たれた言葉に己の耳を疑うことになる。
「今回集まってもらったのは他でもない。稼動まで秒読みに入ったコーカサス州の大規模地熱エネルギープラントをレジスタンス勢力を糾合の上、全面攻勢をかけて奪取。その成功を交渉材料として、東ユーラシア政府に対して各州の自治権拡大を迫る為、再び力を合わせる時が来たのだ!」
会議の終わった後、ふるまわれたコーヒーに口をつけると安堵したように天を仰ぐロマに、ラドルがそっと耳打ちする。
「上手くいきましたね」
ロマはうなずいた。実は今回の議案はロマの考えだったのだ。それをあえてミハイルに語らせたのには理由がある。提案したのがロマであったら、「新参の弱小組織のくせに、地上軍の精鋭部隊を運良く倒したからといって調子に乗るな」と鼻で笑われるのは目に見えていたからだ。それでなくともリスクの高い作戦に反対の声を上げる者も多いだろう。だからこそ、このアイデアはミハエルの口から語られなければならなかったのだ。
最盛期と比べ弱体化しているとはいえ、ユーラシアレジスタンスの最大勢力であるローゼンクロイツの看板は裏の世界では未だに大きな力を持つ。
ロマはあらかじめミハイルを口説く事でその看板を借りる事にしたのだ。
その証拠に会議の席上、反対意見に対してミハエルが冷静に説いた言葉は、ロマがミハエルを説得したときのそれと殆ど変わっていなかった。
「確かに彼我の戦力差は明白だ。東ユーラシア政府のみならず、統一連合の国防軍が投入されるとあっては我々レジスタンスの戦力を全てかき集めても、何倍もの戦力差が生じるのは確実だ。だが、エネルギープラントを攻略するならば今を置いて他はない。プラントが正式に活動すれば、そのエネルギー供給によって政府の力は増大する。敵が強くなるのを見過ごす理由は無い。それに統制の取れていない政府軍や治安警察の一部隊と違って、正式に投入された国防軍を撃退できれば我々レジスタンスの存在を東ユーラシア政府も無視できなくなる。」
そこまで言うと一旦、言葉を区切りロマを見るミハイル。それにつられて、自然とロマに注目が集まる。
「また、皆も知っての通りリヴァイブの諸君が悪名高き地上軍第三特務隊を撃破したことで、今後は政府軍も国防軍もレジスタンスに本格的に対応するようになるだろう。時間が経てば経つほど、相手方に周到に準備をする余裕を与えることになる。重ねて言う!エネルギープラントを攻略するならば今を置いて他はないのだ、春になる前に決着をつける必要があるのは言うまでも無いだろう」
ミハエルの説得をもってしてもなお不安感を払拭しきれない面々。だがそれも予想の範疇なのかミハイルに焦りは見られず、むしろふてぶてしい笑みを浮かべ周囲を一瞥すると続ける。
「リスクが高いと皆は思われるかもしれない。だが、勝算が無いわけではない。何故なら今の季節は冬だ。国防軍も訓練は積んでいるだろうが、厳冬期における戦いはレジスタンスの方に一日の長がある。しかも戦場は我らが普段活動している、いわば自分の庭のような場所だ。対する国防軍はここの地理には疎い。そして、ここが一番肝心なところだ。これはミッドガルド師団の同士が得た情報なのだが……」
ミハエルが手元のスイッチを入れると、背面のスクリーンに映像が浮かび上がった。統一地球連合軍の制服を着た、将校と思しき人物達がそこに映し出される。
「国防軍総司令官はイエール=R=マルセイユ中将。そして副司令官はカリム=ジアード……『中将』?」
映像が出てすぐ、出席者の一人が疑問を口にした。疑問に思うのも無理も無い。一つの作戦において、司令官と副司令官が同じ地位の者を据えるなど普通はしない。上意下達が基本の軍隊にあって、こんな人事を認めたら命令系統が無茶苦茶になってしまうからだ。
その言葉に、わが意を得たりとばかりにミハエルが答える。
「そう思うのも当然だ。しかし、これは嘘でも何でもない。現在の国防軍は二つの派閥に分かれているのだ。しかも、かなり深刻な権力抗争の真っ只中にあるらしい。これはその抗争が飛び火した結果なのだが、実はまだある」
続いて映された東ユーラシア政府の軍司令官の顔写真を見て、一堂はあきれ返った。
「ダニエル=ハスキル、だと? 何でまたあいつが……」
ダニエル=ハスキル少将とは、レジスタンスたちから『お得意様』という渾名を付けられている軍人だ。はっきり言って、東ユーラシア政府軍の中では極端に無能な部類に入る。
そんな彼だが唯一人より優れたものがある。政治的手腕だ。
ハスキル自身はほとんど軍功を上げた事はないし、上げられるだけの力も持ち合わせていない。そんな彼が将官まで登りつめたのは、部下の軍功を横取りし、競争相手に失敗の責任を押し付けて失墜させ、上司に擦り寄ってきたからだ。その点についてのみ彼は努力を惜しまず、その能力を如何なく発揮し、そして成果を上げてきた。
そんな彼が作戦に関われば放っておいても相手は足並みは乱れ、勝手に自滅してくれる。故に『お得意様』。
「どうやら我らがお得意様のハスキル殿は、死に体の東ユーラシア政府に見切りを付けて統一連合に尻尾を振るつもりらしい。色々と手を使って、今回の遠征軍にアドバイサーとして参加する手はずを整えたそうだ。あの疫病神が敵にいる。これが何を意味するかは、自明のことと思う」
『お得意様』であるダニエル=ハスキルが敵方にいる。しかも中枢に。そんな人事が堂々とまかり通るほど、今回の遠征軍の意思統一は図れていない。
「我々の力を知らしめる時がやって来たのだ!」
もしかしたら、勝てるのかもしれない。あの統一連合軍に。
そんな思いが出席者の表情からこぼれている。場の空気が変わり始めたのをミハエルとロマは感じていた。
「しかし、いいんですか。エネルギープラントの攻略の作戦を立案したのは貴方なのに。このままでは、ローゼンクロイツに手柄を殆ど持っていかれますよ?」
ラドルが指摘するも、ロマは笑って答える。
「いいんですよ。僕が音頭を取ったところで誰も付いてきはしません。ミハエルは有能で人望も厚い人物だ。神輿に担ぐなら彼のほうがはるかに適任ですよ」
ロマの言葉には全くよどみが無い。自分の功を誇ることなどまったく興味が無いとばかりの態度だった。ロマの過去を知る人間が見れば、あの頭は切れるが目立ちたがり屋で独占欲の強いセイラン家のボンボンがこうまで変わるものかと、感嘆を禁じえないだろう。
「参謀としての地位は確保しましたから、作戦がまったく僕達の手を離れたわけでもないですしね。それに今回のアイデア料代わりに、ローゼンクロイツから援助物資をかなりもらえることにもなりましたから。うちやラドル艦長のところのパイロットたちも、今回は充実した装備で戦いに臨めそうです。このまま良い春を迎えたいものですねぇ」
にっこりと笑うロマに、ラドルは感心することしきりだった。ここまで首尾よく計画を推し進められるロマの手腕には脱帽するばかりである。
もっとも、後日手料理を振舞われたことで、ラドルのロマに対する評価は四割ほど減る羽目になったのだが。
後世、この時点で指揮権をミハエルに譲ったロマの選択ミスを指摘する人間もいるが、それは後出しの理屈と言うものであろう。
大勝利に酔ったミハイルの暴走、急変する西ユーラシア情勢、それが東ユーラシアにもたらした深刻な難民問題……そして、ピースガーディアン。
すべてを見通す全知全能の神ならばまだしも、未来に待ち構える、悲劇的な春の光景を予測できるものなど、この時にはいるはずもない。その先に待つものが悲劇であろうと喜劇であろうと、時代は躊躇することなく、淡々と進むだけだった。
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