救いようの無い現実

ページ名:救いようの無い現実

ローゼンクロイツ幹部達は、今回の結果にまずまず満足していた。

オラクルの暴走を誘発し、それに付随して破壊工作をおこなうことで、西ユーラシア政府や統一連合軍にそれなりのダメージを与えられた。

さらには、ローゼンクロイツ健在をアピールすることができた。落ちる一方だった組織の影響力も、これで少しは回復することだろう。

くわえて組織の本部を真っ先に攻撃させることで、自分達も被害者だというアリバイを手に入れた。

もっとも本部が攻撃されただけでは、自作自演といった指摘を受ける可能性もある。だから、一部の下部構成員にはあえて事情を知らせず、そのまま本部に残しておいたのだ。

事前に申し合わせのできていた幹部達は、攻撃の前に避難を済ませていたのだが。

同胞をみすみす死なせることにはさすがに心が痛んだが、大儀の前の尊い犠牲ということで幹部達は皆納得していた。

これだけやれば、近々予定されている、コーカサス地方の地熱プラント攻略作戦への十分な援護射撃にもなったはずである。

カガリ=ユラ=アスハを謀殺するまでにはいたらなかったし、トゥルー・ジャスティスに予期せぬ戦果を献上することにもなったが、あまりに多くを望むのは強欲というものだ。

彼らはみな、このアイデアをもたらした同志シーグリスに賞賛を惜しまなかった。彼女はいくつか残っている用件を済ませてからあらためて組織に合流するということなので、その時にあらためてねぎらいの言葉をかけるつもりだった。



ここは西ユーラシアの外れ。山間の静かな草原。冬晴れのまぶしい光の中、周囲の緑の中に浮き上がっているような白の壁に囲まれて、その研究施設は建っている。

モルゲンレーテ社の国外研究所である。主にバイオ関係、およびMSの運用ソフト関係を取り扱っている施設である。

その応接室で、一組の男女が、高価な年代物のワインを片手に歓談している。

「で、そちら様の期待には応えられたかねえ?」

「十分に。オラクルの運用データは期待通りものが得られました。エクステンデッドの能力限界も把握できましたし。莫大な経費をつぎ込んだ分には見合いましたよ」

初老の男性は微笑みながら言った。しかしその微笑にはまったく温かみがない。むしろ冷たい印象さえ抱かせた。

(あたしも冷血なのは自覚しているけど、こいつもなかなかのタマだね。腑抜けた薔薇の連中なんかを相手にするより、よっぽど緊張するよ)

唇に残るワインを舌で拭いながら、シーグリスは思う。

男性はモルゲンレーテの人間である。フェダーラインと名乗っているが本名か怪しいものだ。その役職は一切明かそうとしない。しかし、研究所に自由に出入りし、応接室を自分の部屋のように自然に使っていることからしても、かなりの地位と権力を持った人間であることは想像に難くない。

かつて、フェダーラインはとあるコネクションを使って、シーグリスに接触してきた。そして、実際に会うとこう切り出したのである。

「貴女を見込んで、表立ってではできない仕事を頼みたいのですが」

はじめは統一連合の罠か?といぶかしんだシーグリスだったが、それならそれで、相手の策に乗った振りをするのもいいだろうと、彼からの依頼を引き受けることにした。

その内容たるや、なるほど、とても表立ってはできない代物だった。

エクステンデッドの運用実験に利用できる人材の選定とその管理。

デストロイタイプの巨大MSの開発に必要な諸々のデータ収集。

人体クローン生成用機材の運搬および護衛。

もし白日の下にさらされれば、モルゲンレーテのみならずオーブや統一連合にすら激震が走るであろう数々の行為を、シーグリスは手伝わされることになった。

一切の詮索は無用との条件は付いていたものの、十分すぎるほどの報酬が支払われた。シーグリスが、ローゼンクロイツの中で影響力を増すだけの資金はこうして得られたものだった。

それでも、シーグリスはフェダーラインに一度だけ訊ねたことがある。自他共に認める世界最大の重化学企業、モルゲンレーテがなぜこのような危ない橋を渡るのか、と。

フェダーラインはそれに対して一言だけ、こう答えた。

「研究のための先行投資を惜しんでいては、後発の企業にすぐに追いつかれますよ」と。

今回の一連の計画も、フェダーラインとの共同作業のようなものだ。

オラクルを実際に稼動させてデータ収集をするため、ひそかにオーブから運び出した。

心臓部であるNJC搭載型核融合炉は輸出規制が厳しい。密輸の形を取り、さらには保険のために運搬船を襲わせ、ローゼンクロイツに奪われた形にしたのはシーグリスのアイデアだ。

パイロットには、かねてよりフェダーラインたちが手の内にしていたセシルが選ばれた。

フェダーラインたちは、戦災で貧困に陥ったコーディネイターたちを、開発中の薬物の実験対象としたり、安全性の確立されていない技術を使ったMSのテストパイロットとするために確保していた。セシルはその一人だ。

カシムをいわば人質に取られたセシルは、彼らの思い通りに動いてくれた。彼に積極的に協力してもらうために、高い医療費をつぎ込んでカシムを細々と生き永らえさせただけの甲斐はあったというものだ。

エクステンデッドとしての人体実験にもセシルは良く耐えてくれた。しかも、シーグリスが弟のことを少しつつけば、薬品を過剰投与せずとも感情を微妙にコントロールできるのだから、実験体としては最適だった。

彼らがやっていたのは、まさしく、人を人とも思わない悪魔の所業だった。

事の真相を知ったら、薔薇の連中は私をどう思うだろうか?シーグリスは一瞬考えたが、すぐに自嘲気味に笑う。

何を今更恥じることがあるだろうか。

この世の誰もが、他人の犠牲の上に生きているのだ。ならば私は、他人に踏み台にされずに自分が生き抜く方法を選んでゆくだけだ。それを誰にも批判させはしない。

シーグリスはワインを一気に飲み干した。高級で澄んだ味のワインだったが、喉に何かがこびりついているような、嫌な感覚が消えず、シーグリスはさらに酒盃を重ねた。

そんな彼女の様子を、無表情にフェダーラインが見ていた。



シーグリスが辞した後、すでに日は傾き、応接室の中は朱に染まっている。

斜めに差し込む陽光に照らされて、部屋の隅においてあった光学ディスクが光っていた。

その表面には、流暢な文字でこう書かれていた。

「Topsecretabout”EP” byFEDERLINE」



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