戦士の誇り

ページ名:戦士の誇り

――明日に道を聞かば夕べに死すとも可なり――

人としての道を悟ることができれば、すぐに死んでも悔いはない。<論語(里仁)>






マーズとヘルベルトのシグナルロストは通信機を通しゼクゥドゥヴァーにも伝えられた。 その報を前にしてもドーベルマンに動揺は無く、「来るべきものが来たか……」という表情を浮かべただけだった。


正直な話ドーベルマンも心の片隅ではエース部隊とはいえたった3機で勝てる相手では無いかもしれないと思っていた。あのゲルハルト=ライヒが恐れ、特別視していた『カテゴリーS』。ライヒがどれ程脅威に感じていたかを側で辣腕を振るっていたドーベルマンが一番知っていたからだ。


だが、その度、こうも思っていた。「戦場ではどれほど優れた人間であっても数には勝てない」と。ドーベルマンとて、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けた歴戦の兵士。己の腕前のみでのし上がり、周囲に実力を認めさせた人間だ。……だからこそ、有能である事は認めるが所詮ライヒの戦場は机と社交場、命のやり取りをする本物の戦場においてエースなど作られた幻想だという事を理解していないのだ。


――意地。それがライヒから離反してまでドーベルマンが示したかったもの。その為に周囲の制止を振り切り、旧知のヒルダ、マーズ、ヘルベルトを犠牲にし、罪の無い村を焼き払った。だが、それでもドーベルマンに後悔は無い。もしもヒルダ達が償いに命を差し出せと言えば、喜んでそうするだろう。今更、己の命や財産に頓着などする気は無いのだから。


「……俺も人間、奴も人間。一人の人間が世界を変える?そんな道理がまかり通るはずがない事を証明してやる……!」


ドーベルマンはブルーコスモスコーディネイター廃絶主義者では無い。そもそも彼がそのような人間であれば、ヒルダ達と交流を持つ事すら出来なかっただろう。ドーベルマンは常に相手の実力を知る努力を怠らず、そして理解する事に最大限尽力する。彼が司令官として傑出しているのはそのような所なのである。では、一見ブルーコスモス思想にも見える思考にドーベルマンが行き着いたのか。


それはライヒの考える『カテゴリーS』の定義が『一個人で世界を動かしうる戦士』だからである。


一人の人間が戦局を変えうるなどありえない。ラクス=クラインならば可能かもしれないが、それは彼女が“戦士”ではなく“指導者”だからだ。世界というスケールで考えた場合、“戦士”はいくら優秀であっても影響を与えられるのは戦術レベルでしかない。決して戦略を覆すものではないのだ。


ドーベルマンはライヒの言葉を思い出し奥歯を噛み締める。「カテゴリーSが活躍したから撤退して利用する」?冗談ではない。そのようなモノに怯えていてどうして世界統一など謳えるだろうか。個人に屈する軍隊などに存在価値などありはしないのに。我々が我々であるために『カテゴリーS』などという幻想は排除しなければならないのだ。


積もり積もった鬱屈が暴走した、とも言える。


しかし考え方の正しさはともかく、覚悟を決めたドーベルマンに“引く”という言葉は無い。“諦める”という言葉も。 それは、ドーベルマンという人間の存在理由を賭けたものだから。


変形の連続で生み出される急旋回、急機動に振り回され、体がバラバラになりそうな衝撃を受け続けても、敵影がもう一つ増え、敗色が濃厚になったとしてもドーベルマンは進み続ける。






――エゼキエル二号機、ユーコ=ゲーベル到着。


「……遅いっ!予定より12秒遅れてる!」


エゼキエル一号機とゼクゥドゥヴァーの戦いを横目で見るしか出来なかったシホが、その苛立ちをユーコにぶつける。ビーム突撃銃をゼクゥドゥヴァーに投げつけたのは仕方が無かったとはいえ、唯一の射撃武装を失ったシホにできる事は指示を出す事だけ。苛立つのは仕方のない事だろう。


『た、隊長。一生懸命追いかけて来た部下にソレは無いでしょ!?……ていうか投げるなら盾にすれば良かったじゃん。二つもあるんだから』


普段は空気を読まないユーコが珍しく(?)正論を吐く。


「良いから早くビーム突撃銃!早くリュシーの支援に回らないと!!」


アンノウン――ゼクゥドゥヴァーの戦闘能力は大したものだ。リュシーも良く頑張っているが、押されているのは否めない。なればこそ、隊長であるシホは気が気で無かったのである。


『り、了解!放りますから拾って下さい。あたしは先に支援に向かいます!』


あまりの剣幕に思わず使い慣れない敬語で返事をするユーコ。クローアームに装備した二丁のビーム突撃銃のうち一丁をシホ機の方に“放り投げ”、機首を返すとリュシー機の方に向かう。


「えっ……?」


彼女なりにシホの命令を忠実に実行してくれたのだろう。モビルスーツというのは器用なもので、その気になればキャッチボールだってできるほど柔軟性に富んでいる。だからこういう乱雑な受け渡しでも問題は無い。


……ここが足場のしっかりした陸上であればの話であるが。


「……馬鹿ああぁぁぁっ!!」


そんなシホの絶叫は、エゼキエルのバックファイアの爆音でかき消される。シホはビーム突撃銃を壊さず手に入れる為にチキンレースをする羽目になった……。






そんな漫才(?)をやっていてもシホ達は元ザフトレッド。慣れない機体と地形であってもチームが揃えば連携はお手の物である。基本に忠実で無駄が無く、決して統率が乱れない所にシホ達の強さはある。如何にドーベルマンがゼクゥドゥヴァーの機体性能を引き出して戦ったとしても、数の不利は覆すには至らない。奇策縦横で何とかできるのは限られたの“化け物”だけなのだ。――皮肉にも彼が述べたとおりドーベルマンは“達人”であっても“カテゴリーS”ではないのだから。


「くっ、歳は取りたくないな……!」


如何に鍛え上げているとはいえ、第一線を退きデスクワークの多くなった体。しかも、強引な変形による軌道変更は機体にも肉体にも負担が大きい。息は荒れ、視界は霞み、汗は止まらない。強がってはいるもののドーベルマンはもはや満身創痍であった。


未だ、ヒルダ機のシグナルは確認されている。生き続ける限り、ヒルダは戦う事を放棄しない。アレはそういう女だ。自分が巻き込んだ以上、先に倒れるわけにはいかない。 そんな意地だけがドーベルマンを支えていた。






《――ダスト、稼働臨界まで後三分。残存エネルギーを極限まで保持する為、機体モードをセーフ・モードに移行》


何処からか、そんな声が響く。それと共に視界が少し暗くなる。……節約のために照明が落とされたのだろう。だが、そんな事は“俺”には関係が無い。モニタなど見なくとも敵がどこにいるかなど把握しているし、ステータスなど見なくとも――体の状態は良く解る。“まだ動き、敵は倒せる”とダストは言っているからだ。目の前には、一機のモビルスーツ。……取るに足らない相手。


“俺”の姿に怯え、逃げたいと思いつつも、まだ下らない『奇跡』を信じて立ち塞がろうとする道端の小石。もはや勝てないと理解しながらも、“引く”事を選択出来ない――生物界の掟を知らない無能な生命体。


口の端を歪めて。にやりと笑う。何故そういう表情になったのか、“俺”には理解できなかった。だがどうでも良い事だ。立ち向かおうが逃げようが好きにすれば良い。今の“俺”は破壊するだけの存在。“俺”がやる事は変わらないのだから。


強者こそ尊く、弱者は塵芥も同然――それが、貴様らの言う命の価値とやらなんだろう? ――なら、“俺”が貴様等に“理解”させてやる!貴様らの価値を!!






奴が、歩んでくる――ゆっくりと、しかし確実に。もはや、武器は殆ど残っていないはずだ。対鑑刀シュベルトゲベールはマーズとヘルベルトの墓標と化し、増加装甲やシールドは弾け飛んだ。残るはせいぜい頭部バルカンとビームサーベル位のもの。対して、こちらはギガランチャーこそ取り落としたとしてもその他の武装は未だ万全、加えてこちらは核融合炉機体であるのに対してあちらはバッテリー駆動機体、パワーの差もある。負ける要素など無いはずだ。


そんな事を必死でヒルダは思い巡らすが冷や汗が止まらない。


(……恐怖を感じている?この“死の第三特務部隊”のヒルダが!?)


違和感、そんな言葉では言い表せない。静かに、ゆっくりと歩んでくるダストの威圧感はどうやっても払拭出来ない。それは幽鬼のようであり、魔物のようであり――いずれにせよ、同じ人間とは思えない。


(これが……これが『カテゴリーS』だというのか!?)


ゲルハルト=ライヒが恐れる世界を変える程の力を持つ者。子供向けの漫画やB級映画でおなじみの存在。『ヒーロー』、『怪人』、『魔法使い』etc。ある者は皆に希望を与える存在、またあるものは退屈な日常にスリルを与えてくれる素敵な存在。


だが実際に存在していると知れば、ライヒの様になるはずだ――理解不能な強さを持つ者がのうのうと隣人として住んでいるとなれば。そして、その者がちょっとした“気紛れ”を起こしたら、世界が一変してしまうという事実――これで恐れないはずがない。


補足すれば、ヒルダ=ハーケンは決して弱い人間ではない。だが悲しいかな、ヒルダはコーディネイターであっても超人ではない。ヒルダの強さは、マーズとヘルベルトに支えられている部分が大きい。結束力こそがヒルダの強さなのだ。故にその結束が打ち砕かれた今、ヒルダの心は折れかけていた。


(マーズ、ヘルベルト……力を。アンタ達の仇を討つ、力を!)


そんな自分を叱咤し。怒りと復讐というなけなしの燃料でもう一度己を奮い立たせる。 目の前の“化け物”は、そんなヒルダを見て“ほくそ笑んだ”。鋼鉄のコクピット越しではあったがそうヒルダは感じ再び恐怖に囚われそうになる。


それでもドムクルセイダーにビームハチェットを装備させ、スクリーミングニンバスが最大発振でまだ十数秒は持つ事を確認し終えるほんの一瞬で、ヒルダは落ち着きを取り戻していた。彼女とて歴戦の戦士、恐怖に打ち勝つ術はいくつも持っているのだ。――とはいえ未だダストを見る瞳の奥には恐怖の影が見え隠れしているが。


(奴には、もう武装なんか無い……こちらの防御網を越える手段など!)


敵など居ないかのように悠然と奴は近寄ってくる。ヒルダは、引かない。少しでも引いてしまったら、今度こそ挫けた心は歯止めを無くしてしまうからだ。まして、背を向けた瞬間に奴は一切の容赦無く襲いかかってくる獣。少しでも隙を見せたら喉笛を咬み千切られるだろう。


せめてもの救いはマーズとヘルベルトとの交戦でドムクルセイダーの装甲を突破出来そうな武器を失っているという事だ。機動性についていけないとしても、ダストの持つ火力では、スクリーミングニンバスを突破は出来ない。だから気をつけるべきは接近戦。それでも、ソリドゥスフルゴールで確実にその刃を止める事が出来るだろう。万が一突破されても、コクピットに直撃でもしない限りビームサーベルの一撃ぐらいドムクルセイダーの重装甲は受けて止めてくれる。肉を切らせて骨を断つ、というには分の良い賭けである。


だが、どうしても今のヒルダはその戦術に躊躇してしまう。眼前の敵は、様々な意味で規格外の敵――それが思い知らされたばかりだ。生半可な覚悟で挑んだら、食らい尽くされる――さりとて、己から斬り掛かる事にも不安に駆られてしまう。……戦場での長い生活が、指揮官としての経験が、彼女に危険な突撃を躊躇わせていた。或いは、ここで逃げだしていれば勝ち目は有ったのかも知れない。しかし結局、ヒルダはどちらも選択出来なかった。この事が彼女の運命を分かつとも知らず。






《後一分で稼働臨界――58、57、56――》


――それは、またもヒルダの予想を遙かに超えた驚異の光景だった。両腕のアーマーシュナイダーを展開させ、右は手で保持。左腕を後ろに回し、今度はこちらを指さすように前に一杯に伸ばす――次の瞬間、ダストは己の左腕をアーマーシュナイダーで切り落としたのだ。


(自分の機体の腕を切り落とした!?)


――訳が解らない。どこの世界に自分の機体をわざわざ傷付ける様な真似をするパイロットがいるというのか。分離機構をもつモビルスーツが分離するのとは訳が違うのだ。これは本当に理解不能な事だった。火花を散らし左腕が落ちる。


《40……39……》



そして、光景に見入ったその一瞬の隙を付いて、ダストが動く。今度は前屈みになると、背中のスラスターを全開。フライトユニットだけをドムクルセイダーに向けて打ち出したのだ。


「隙を突いたつもりかい!さっきから姑息な真似ばかり、うっとおしいんだよ!」


この動きは予想していたヒルダはスクリーミングニンバスを展開させる。


《30……29……》


スクリーミングニンバスの障壁がフライトユニットを弾き飛ばし、ドムクルセイダーの後方に飛んでいく。弾かれたのを確認しスクリーミングニンバスを解除するヒルダ――それは、癖。スクリーミングニンバスを長時間使いこなす為の、ドムシリーズを使いこなしているが故の。


障壁を解除した瞬間、ヒルダはダストの狙いを悟った。


「しまっ……」


理解した頃にはもう対応が間に合わない。


《19……18……》



ダストから射出されたフライトユニット。それにあるものが括り付けられていたのだ。


アーマーシュナイダーを展開させたままのダストの左腕が。


――そして、ほんの一瞬遅れて左腕は目標に到達する。スクリーミングニンバスを解除してしまったヒルダ機に目掛けて。



「~~~ッ!!」


悲鳴を上げる間も無い。機体をほんの少し動かすのが精一杯だった。アーマーシュナイダーが左腕ごとドムクルセイダーの左脇に突き刺さり、更に未だスラスターを吹かし続けるフライトユニットの勢いがスレイヤーウィップを通じて左腕をねじ上げ、衝撃で近接機関砲が砕ける。軽量機用とはいえ、モビルスーツを一機飛ばすフライトユニットの出力にさしものドムクルセイダーも身動きが取れない。


《9……》


『――ご自慢の盾も、これでは使えないな』


声が、ヒルダに聞こえる。獣の声が。いつの間にかダストが踏み込んでいた。コクピットを狙える位置まで。


《8……》


「――う、うわァァァァッ!」


絶叫――己の命が絶対の危機に晒された生物の本能的な行為。しかし絶対的な死の恐怖に囚われながらもヒルダの心はまだ折れてはいなかった。


お前だけは。――お前だけは!


ヒルダはもはや、防御など考えていなかった。全てを賭けて右腕のビームハチェットをダストのコクピットに向けて突き出す。ビームハチェットは斧状の白兵戦兵器だが、刺突が出来ない訳では無いのだ。


《7……》


『起死回生、か?貴様らにはそんな奇跡は起こらない。地獄で皆に詫び続けろ』


ダストから伝わる声は抑揚の無いものだった。しかし、初めて感情のようなものが込められている。 闇よりも深く、地獄の業火の如く熱い怨嗟の声。


アーマーシュナイダーが、ビームハチェットが互いにコクピットに狙い定めて突き進む。






逃げたかった。俺は逃げたかった。報われないからだ。何故俺は、報われない? 俺は、誰よりも懸命に守ろうとしたのに!願い、焦がれ、強くあろうとして――全てが無駄になった後も戦った!


……何故、俺は……。ミネルバのみんな。ルナ、レイ、マユ……ステラ。俺の命に価値があったと言うのなら――何故、俺は守りたいと思った人を誰も守れない!?


結局俺は今でもただの人殺しだ。相も変わらず、誰も守れない人殺しだ。ターニャだって、俺が殺したようなものだ。俺はあの時解っていた。ソラを守る事がターニャを殺す事になると。だから――俺はもう……。


アーマーシュナイダーが、ビームハチェットが。 お互いのコクピットに吸い込まれていく。


――その時、光が見えた。

ビームハチェットがコクピットの装甲を貫く光だとシンは思った。だが、その黄金色の光はビームの光ではなく――何時か見た、あの日の光――シンを包み込む優しい光。


『ステラは、貴方に“明日”を貰った。だから……』


その声を聞いた瞬間シンはとっさに操縦桿を力任せに引いて、ダストの上半身を捻らせる。

ビームハチェットはダストの装甲をほんの少しだけ削り、通り抜けていった。


そしてアーマーシュナイダーはドムクルセイダーのコクピットに正確に突き刺さる。ヒルダは痛みを感じる暇も無かっただろう。それはせめてもの救いだろうか。


半ば放心状態のシンにダストのエネルギーが尽きた事を意味するAIレイのカウントダウン終了の声は届かなかった。






――ヒルダ機のシグナルロスト。それを確認した時、ドーベルマンは今度こそ溜息を付いた。


「……結局、アンタの言った通りになったな。ライヒ長官」


背後からは、三機の敵が迫ってきている。気を抜けば、避けられない攻撃が来る事もドーベルマンには解っていた。


――けれど、もう限界だった。


(所詮、人の身では無理だという事か)


可能性が少しでも有るのなら立ち向かえる。それは信念だとか信条ではなく無意識下に刻まれたドーベルマンの根幹に根ざすプログラム。だから体は勝手に動いていた。体に染み込んだ技術が、驚くべき反応をみせ回避を続ける。


しかしそれでもユーコ機のビーム突撃銃が死角から撃ち込まれた時、ゼクゥドゥヴァーは致命的なダメージを受けた。


エゼキエルは、クローアームを操作する事により、背後の相手にも射撃が出来る。3機を同時に相手にしていたドーベルマンには反応しきれるものではなかったのだ。


それでもドーベルマンは最後まで機体を支えるべく尽力したが、続くリュシーとシホの追撃を避ける事は叶わず、ゼクゥドゥヴァーは炎上しながら、コーカサスの大地に墜ちていった。


「……フン、これが“常識”という奴だな」


ドーベルマンは最後まで、自嘲気味に笑っていた。






「キラ、貴方は『この世界の何処かに、もう一人貴方が居る』と思いますか?」


ラクスは突然こんな事を言ってきた。


「……?そんなの、居る訳が無いよ」


呆れたように答えるキラ。それに構わずラクスは続ける。


「では、私が『この世界の何処かに、もう一人居る』と思いますか?」


真っ直ぐにこちらを見据えて来る……こういう時のラクスはとても大きな決断をしようとしている事が多い。その強い意思を秘めた瞳がキラはとても好きだった。


「居る訳無いじゃない。……どうして?」


ラクスは、くすっと笑って言う。


「私達は……いいえ、世界に居る誰もが世界中に一人しか居ませんわ。だからこそ人は己を磨き、己を知ろうとし、そして――己を忌み嫌います」


キラは、どきりとした。ラクスはそれを知ってか知らずか続ける。


「それ故に、私達は歩き続けるのですわ。“貴方に出来る事”は“貴方にしか出来ない事”なのだから……」


テラスに心地よい風が吹きぬける。





『……随分、激しい戦闘だったようですわね』


ようやくダストとドムクルセイダーの決戦の地へ辿り着いたシホ達は、その光景に唖然としながらも、ダストが健在である事に安堵した。


「動けないようだけど、パイロットは無事なようね。……シン=アスカだっけ?」


『隊長、知ってるの?』


「知ってるも何も『フェイス』じゃない。広報番組で見ただけだからどんな子かはしらないけどね」


『私達の後輩ですわ。――確か、オリエンテーション位はご一緒した記憶が有りますわね』


『ふーん、そーだっけ?……覚えてない』


「随分、経ってるもの。向こうだって貴女達の事覚えてないんじゃないかしら」


そう言ったものの、シホはシンの事を良く覚えていた。インパクトのある少年だったからだ。何時かその身を己の業火で焼き尽くしてしまうのではないか――そういう危惧を覚えてしまう位、燃えるような紅い瞳の少年。ザフトが消滅し出会う事も無いだろうと思っていた“後輩”との再会に奇妙な縁を感じつつ、コクピット席から出てきたシンの姿を確認すると、シホは全機に降下を命じた。






世界が朱に染まっていく。夕日が、世界を席巻していく。エゼキエルの上に固定されたダストのコクピットから紅く染まる大地を眺めながら、シンは何処か遠くを見ていた。


「……俺に“明日”なんか有るのか?有る訳無いだろ、なぁステラ」


シンはただ、虚空を見つめる。もう、涙を流す術すら忘れてしまったから。

傷だらけのダストはもう動かないはずだが、シンと同じものを見ている様だった。……そう、シンには思えた。



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