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東ユーラシア共和国コーカサス州のとある街、サムクァイエット。
州都ガルナハンからそう遠くない場所に位置する州有数の都市だが、今この街の人々の心は荒みきっていた。街には浮浪者があふれ出すばかりで、ストリートチルドレン達は今日も一人、また一人と死んでいく。道行く人々の目は、誰もが死んだ魚の様に濁っている。今や東ユーラシア共和国のどの街でもそうなのだが、サムクァイエットとてその例外ではなかった。
「今はまだいい。また冬が来れば多くの人が死ぬ」
立て付けの悪い窓が風を受けてがたがたと音を立てている。東ユーラシア共和国軍サムクァイエット基地庁舎の窓越しから、街を眺めるチャーリー=ガドルは、半ば絶望にも似た思いで、そうつぶやいていた。そんなガドルに、向かいに座る部下の青年は言う。
「そうならないために、我々はがんばっているんじゃないですか。隊長」
2年前に入隊したばかりの若年兵だ。名をシュタインベルというらしい。その瞳にはまだ生きているものの光が宿っている。そうガドルは感じる。
こういう青年がいるのだから、この国はまだ捨てたものではない。
だが、同時にガドルは感じる。
今回の作戦にこの青年を連れて行くことは赦されることなのだろうか?
そもそも今回の任務は本来、ガドルの部隊が行う類の作戦ではなかった。ガドル隊は補給部隊だ。前線の部隊に対する補給を行い、命のつなぐこと。それが彼らの本来の任務だ。しかし今回は違った。今回の作戦における彼らの役割は「囮」なのだ。
――補給部隊を囮にして敵をおびき出し、秘匿していた部隊で叩く。
一見すれば正気の沙汰とは思えない任務だ。通常、戦争において失ってはいけないものが二つある。教育担当仕官と補給線だ。教育担当が死んでしまっては新たな兵士を作ることが出来なくなるし、補給線が絶たれては戦線の維持が不可能になる。いずれに場合も、その先にあるのは死という名の敗北だ。
つまりガドル隊は「死んではならない部隊」そのものであった。そのことにガドルは誇りと責任を常日頃から感じていた。それは戦争という命の奪い合いのなかで出来る数少ない命を紡ぐ作業だと感じていたからだった。しかし命を紡ぐ作業に対する代償は何だったのだろうか?
命を紡ぐものは、やはり命。
それがこの世界が望む代償だった。ガドルの部下達も数え切れないほど死んでいる。火薬を満載した補給トラックは簡単な銃撃によって火だるまになる。炎に包まれながらもだえ苦しむ部下の姿をガドルは一日たりとも忘れたことは無かった。いや、忘れることは出来なかったというべきだろう。昨日まで故郷に待つ妻と子供のことをうれしそうに語っていた青年が、自分よりも先に死んでいく。それがガドルにとっての戦争そのものだった。
(……そろそろ、俺の命が捧げられてもいい頃だろう)
ガドルは、そう思って頭をふる。それは軍人にとって良い考えではなかったが、ガドルは前線で死に逝く兵士達を見送るだけの人生にも飽き飽きしていた。そんな折、基地司令ガリウスは彼に願ってもない作戦を提示してくれた。それが今回の囮作戦だった。
――特攻。
忌まわしい言葉が脳裏を過ぎる。しかし今回の任務はまさにそれに近い。もちろん敵を迎え撃つために主力としてモビルスーツ、ルタンドが用意されている。しかしそれはあくまで敵を倒すためであって、自分達を守るものではい。
「……シュタインベル、君はなぜ今回の作戦に参加するのだ?」
ガドルは目の前の青年に語りかけた。
「……自分は、この戦いを早く終わらせたいのです。レジスタンスたちによる戦いは、この東ユーラシアを少なからず疲弊させています。この国には今、そんな余裕はどこにも無いんです」
「しかし、そのために危険にさらされることをなぜ選択した?」
「隊長はどうなんですか?」
「自分はロートルだ。代わりはいくらでもきくからな」
シュタインベルの瞳が少し曇りを帯びる。本当に良い青年だ。ガドルは素直にそう思った。
「……君はベルリンの出身だったな……」
「はい」
ベルリン。あの巨大モビルスーツによって焼き払われた都市。ここ数年のベルリンの荒廃ぶりは目を覆わんばかりのものだ。最近は西ユーラシアが統一地球圏連合直轄領になったことにより、少しは好転したのかもしれないが、あの惨劇はこの青年に大きな傷を背負わせたことは想像に難くなかった。
「分かった。早くゲリラを掃討して平和を取り戻そう」
ガドルは自分の言葉の欺瞞に、何とも言えない居心地の悪さを感じた。しかし彼に出来ることはそれしかなかった。例え目の前のこの青年の命を捧げてでも、レジスタンスを叩くことしか。
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