惨劇の始まり

ページ名:惨劇の始まり

CE78 2月13日。

その悪夢のような出来事は起きてしまった。

東ユーラシアにおける革命政権に対応するためパリに向かっていた自治大臣が爆撃に巻き込まれ死亡したというのである。

後に九十日革命と呼ばれる惨劇の幕開けである。


「……本当……なのか?」


カガリは情報の信憑性についてアスランにたずねた。


「詳細はまだ分からない。だが、同行しているはずのガードとの連絡がこの1時間ほど途絶えている。同時期にパリで大規模なモビルスーツ戦が行われたという情報もある。総合して考えると……」


「分かった。もういい」


カガリははき捨てるように言い放った。近しい者達の死。それが政治の名の下に消費されていく。それこそが世界であり、それこそが人だ。

だが、カガリはそのことを受け止めることに慣れきってしまえるほどは感情を磨耗させてはいなかった。

それがその後の悲劇を生むことになろうとも、それこそが良くも悪くもカガリ=ユラ=アスハという人物そのものだったのだ。

その人物が次にするであろう決断。

その内容はアスランには手に取るように予想できた。

2日後に予定されている東ユーラシア革命政府との休戦協定調印の中止である。


「休戦協定は予定通り進めるんだ」


アスランはカガリに言った。おそらくは悲しみのふちにいるカガリにとって、その言葉は何よりも心をえぐることになる。それを分かった上でアスランは言った。


「……彼らを……許せというのか?」


カガリは勤めて冷静を装った。だが、その言葉の端々には感情が漏れ出してしまう。そう、憎しみと言う名の感情が。


「爆撃が事実だとして、その爆撃と革命政権との因果関係もまだはっきりしていないんだ。そもそもアルベルト=ウルド=メルダースは調印式の2日前にこんな愚考を犯すような男か?」


アルベルト=ウルド=メルダースは東ユーラシア革命政権の代表を務める男だ。一連の戦争状態を作り出した張本人であり、名実共に現在の東ユーラシアを掌握する人物である。

革命軍を秘密裏に纏め上げた実績から考えれば、相当な策略家だ。それがアスランの認識だった。

その策略家が統一地球圏連合からの「独立」を勝ち取るに等しい休戦協定。その協定の無効化を自ら望むようなことがありえるだろうか?

その答えは「否」だ。

つまりはこの爆撃による悲劇が事実であったとしても、それは事故に過ぎない。

その事故に対して感情で判断を行った結果がもたらす結果はいかなるものか。

多くの戦場で多くの悲劇を目の当たりにしてきたアスランではなくとも、その結果は火を見るよりも明らかなことだろう。

だが、今のカガリはそうであったとしても自分を抑えられない。それもまたアスランの確信だった。


「メルダースのような男ならもっと巧妙に事を運ぶはずだ。爆撃が事実だとしてもこれは事故に過ぎない。冷静になるんだ、カガリ」


アスランは意図してファーストネームでカガリを呼んだ。おそらく今この少女に必要なのは「優秀な部下」ではない。「相談できる仲間」だ。

そうすることで、少しでも事態の打開を画策する。


「冷静にだと!パリに派遣したのは統一地球圏連合の大臣だぞ!これからの東ユーラシアとの関係を築く礎となる男だ。その思いを踏みにじろうと言うんだぞ!あいつらは!」


声を荒げるカガリ。東ユーラシアで醸成された一連の戦争状況。その元凶は間違いなくあの革命政権だ。所詮は戦争を望む者たち。

それが事実なのだという思いが心のうちを駆け巡る。


「そうして、彼らの平和への思いをお前が踏みにじろうと言うのか!」


アスランはカガリを正面に立ってまっすぐに見つめる。


「考えても見ろ、彼は何のためにパリに行ったんだ? 戦争をするためか? 違うだろう?」


必死にカガリを説得する。説得できなければ「戦争」。それが現実だ。


「……私は……」


突然内線のコールが鳴る。オンフックで通話を開始する。


『主席、クライン代表とヤマト隊長がお見えです』

「キラとラクスが?」

『はい、お通ししてよろしいでしょうか?』

「分かった通してくれ」


しばらくして、執務室へと通される歌姫と軍神。その表情は二人とも沈鬱なものだった。


「カガリ、大変なことになったね」


最初に口を開いたのはキラだった。どうやら一連の情報はピースガーディアンでも認識しているようだ。


「ああ、状況は最悪だ。これで現東ユーラシアとの外交ルートは消滅したも同じだ」


カガリは誰と目を合わせることも無く言った。幾分落ち着いてきてはいるが、それでも自分の中の怒りや憎しみという感情を外に出さないようにすることで手一杯になってしまっている。


「確かに、爆撃による『犠牲』の情報が正しいとすれば、これは革命政権の統一地球圏連合に対する徹底抗戦の宣誓のようなものだしね」


キラは窓の外の風景に目をやりながら答えた。その長閑な風景とこの現実のギャップは誰が見ても皮肉にしか感じられないだろう。


「結局、僕たちがやっている『統一』は無駄なことなんだろうか?」

「いや、『統一』の方向性は正しい。と言うかそれしか方法がない。この世界から戦いをなくすためには」


カガリは力強く言った。まるで自分に言い聞かせるように。

その言葉の中にある動揺をその場にいる三人は敏感に感じ取る。

そして、感じているがゆえに誰も言葉を続けることが出来なかった。

その沈黙を電話のベルが打ち破る。


「アスハだ」

『主席、治安警察省長官から最優先コールです』

「分かった。つないでくれ」


回線が秘匿回線に切り替わる。まもなくモニターに「Sound Only」の文字が浮かび上がりライヒの声が受話器から響いた。


『主席、東ユーラシアにて状況が知らされてきております』

「良い知らせ……を願うが、そうも行かないな。報告を頼む、長官」


冷静を装おうとするが、どうしても声がうまく出てこない。カガリは自らの弱さに憎しみすらも覚えた。

秘匿回線で画像がカットされていることをありがたいと感じてしまう。

そんなカガリの動揺をよそに、ライヒは淡々と報告を続けた。


『は、先ごろの東ユーラシアの爆撃で、ラムゼイ=コーネリアス自治大臣、同ヒデキ=ワダ次官、テレプシコア=ハーティ東ユーラシア全権大使、および彼らに同行していた国防省所属リュウ=ワタナベ少佐の死亡が確認されました」


最悪だ。もしかしたらというわずかな希望すらも断ち切られる。


「……四名とも確認が取れたのか?」

『現地の治安警察省で確認を取りました。ワタナベ少佐以外は遺体の損傷がそれほどでもありませんでしたので、目視にて確認したと言う報告が上がってきています」


つまりワタナベ少佐は目視では確認が取れないほどの損傷を受けていたということになる。


『死因は爆撃による負傷です。ワタナベ少佐は爆心地に近い場所に立っていたため、損壊が酷い状態でしたが、認識章により本人確認を行いました。他の三人は何とか本人確認が取れる程度でしたが、いずれにせよ即死であったとの報告です』

「爆撃が原因であることは間違いないのか?」


その言葉を聞いたアスランは表情をこわばらせる。それと同時にその場にいた三人は耳をそばだててカガリの言葉を聞いた。


『周囲の状況と目撃情報を総合して間違いないと判断します。なお、目撃証言および周囲の防犯映像の解析から爆撃はアルシオーネによるものであると断定できます』

「アルシオーネだと!?」


カガリは思わず激高する。そしてラクスはキラに小声で質問をした。


「……キラ……アルシオーネというのは?」

「アルシオーネは滞空対地戦闘をこなせる汎用モビルスーツだよ。東ユーラシアの革命政府が主に使っている……ね」


アスランは絶望した。

アルシオーネの爆撃による統一地球圏連合高官の死亡確認。

この事実は休戦協定を中止し、軍による武力制圧を進めるタカ派の議員達を抑えるカードが消失したことを意味していた。

今回の休戦協定締結の準備のため東ユーラシアに向かっていたコーネリアス大臣の死。そしてその死の原因が休戦協定の締結相手によるものであった。

この状況で休戦協定を進めることは不可能であることは子供でも分かる。


「……馬鹿な……なぜメルダースがそんなことを……」


アスランにはどうしてもメルダース代表が休戦協定を反故にする判断をしたことが信じられなかった。

休戦協定を綿密に計画し、実現しようとしていたのは他ならぬメルダースだったはずだ。

それでも爆撃は実行されてしまった。


「内乱ってこと……かな?」


キラがアスランの言葉を受けて状況の判断を始めようとしていた。


「分からない。だが、そうだとしてもアルシオーネが爆撃を行ったのは紛れもない現実だ」


アスランの脳裏にユニウス7の残骸に取り付くジンが浮かぶ。ブレイク・ザ・ワールドを引き起こした彼ら。

彼らはザフトではなかったが、結果として世界の目はプラントを敵視し始めた。


「くそ!ブレイク・ザ・ワールドの二の舞じゃないか!」


アスランは拳を爪が白くなるほど握り締めた。自分の無力さが体の中心を犯していくような嫌な感覚に包まれる。

状況は既に最悪の方向に動き出し始めてしまった。もはや東ユーラシアでの戦争をとめるすべは存在していない。

多くの命が失われ、ようやく回復の兆しを見せ始めているユーラシアはまた混乱の時代を迎えることになる。


「……分かった。状況に変化があったらまた知らせてくれ。ライヒ長官」


カガリは力なく受話器を置くと、椅子に身を投げ出すように腰掛けた。全身から虚脱感にも似た空気を漂わせている。


「東ユーラシアでのコーネリアス大臣死亡は確定だ。しかもアルシオーネ……革命政府の爆撃によってな」


虚空に視線を漂わせながらカガリは誰に言うとでもなく言った。


「革命政府からの声明はまだ出ていないんだよね?」

「ああ、おそらくはこれは革命政府の意思決定による爆撃ではないだろう。末端の組織が暴走したか、あるいはそう見せかける第三の意思が存在するか……だ」


キラの質問にカガリは表情を変えずに答える。アスランにはその表情は答えながら状況の整理と決断を同時進行でこなそうと必死になっているように映った。


「第三者による介入の可能性もある……と?」

「いや、もしそうだとしてもこの局面は既に政治的意味合いを強めてしまっている。もしこれが第三者の画策によるものだとしたら……たいした戦略家だ。たった一回の爆撃で統一地球圏連合は革命政府と全面戦争をする羽目になるんだからな」


言い終わると、カガリは意を決したように受話器をとる。


「……私だ。キサカ司令に出頭するように伝えてくれ」


短くそう言うと、受話器を置く。

地上軍総司令レドニル=キサカ大将。

彼に対する出頭命令が意味することはその場にいる全員が理解できた。つまり東ユーラシアへの軍事侵攻の実施命令である。


「……もう、どうにもならないのですか?」


ラクスはカガリに短く問う。どうにもならないという答えしかないのを知ってはいた。しかしあえてラクスはカガリに問う。


「ああ」


カガリも短くそれだけ答えた。それ以上言葉を発すれば泣き言にしかならないことを知っていた。


「分かりました。キラ、ピースガーディアンもユーラシアに小隊を派遣してください」

「一個小隊だけでいいのかい?」

「ええ、まずは今回の爆撃の真相を確認する必要があります。そのために小回りの利く規模である必要があるのです」

「分かった。ウノ隊を派遣しよう」

「カガリさん、ピースガーディアンは統一議会の統一連合軍ユーラシア派兵承認前に現地に飛びます。情報は逐一お渡ししますが……」

「分かっている。おそらくはこの状況を打開できる情報などこの短期間につかめる物ではない」

「それでも、ギリギリまで私たちは和平の道を探ります。よろしいですね?」


ピースガーディアンの行動に対してカガリは権限を持ってはいない。ピースガーディアンはラクス=クラインの意思によって行使され、維持される特殊な軍だ。

それでもラクスはカガリに問うた。「よろしいですね?」と。

カガリは無言で立ち上がり深々と頭をたれる。


「よろしく頼む。クライン代表」


ラクスは静かにうなずくと、キラと共に執務室を後にした。

二人の去った後にアスランはカガリ言った。


「おそらくこの戦いは東ユーラシアに統一地球圏連合に対する禍根を植えつけることになるだろう。そしてその恨みはお前が背負うことになる。それでも……」


アスランは言いかけて言葉を飲み込んだ。それは統一地球圏連合発足した当時からカガリが背負い続けてきたものだと思ったからだった。


「……監査部としても独自に調査に入る。カガリは議会での軍の派遣決定を少しでも引き延ばしてくれ。出来る限りの調査をしたい」

「分かった。手間をかけさせる、アスラン」


この期に及んでねぎらいの言葉をかけられるのはカガリの強さだとアスランは思った。この優しき統治者による世界の運営こそが世界を平和にする唯一の道だ。そうアスランは確信する。


その思いを背負いながらアスランは執務室を後にした。


だが、彼らの思いとは裏腹に統一議会では即日派兵が可決され、メサイア攻防戦以降最も苛烈な戦いの火蓋は切って落とされることになる


CE78 2月13日。

この日付は血のバレンタインと同じく人々の心に刻み付けられる日付となった。

悲劇の幕開けとなるこの日付を。



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