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「十倍の兵士と、七倍の武器、五倍のモビルスーツで勝つはずだった戦い。
しかし三倍の指揮官と、半分のおつむで見事な完敗」
これはCE79年2月の東ユーラシア局地戦、すなわち「コーカサス州地熱プラント防衛戦(以下地熱プラント防衛戦)」を題材にした、とある歴史小説の冒頭の一文である。
数字には多少の誇張や歪曲があるものの、この言葉は、地熱プラント攻略戦の勝敗を決した要素を端的にあらわしている。
前年の12月に地上軍第三特務隊、当時の国防軍における最強部隊といわれたドムクルセイダー隊が敗北したことにより、国防省の怒りは頂点に達した。
東ユーラシアで活動するレジスタンスに対して、断固たる処置をとるよう議会に積極的に働きかけ、その了承を取り付けたところで、誰もが東ユーラシアのレジスタンスたちの悲惨な末路を予想していただろう。
しかし、事はそう単純には行かない。
始めのほころびは投入する部隊の総司令官の人選で生じた。
当時の国防省は、二人の有力者による派閥に分かれて、熾烈な勢力争いのさ中にあった。そのため、地熱プラント防衛戦においても、総司令官の下に副司令官の名目で、敵対派閥のお目付け役が配属されることになった。
この二人の反目たるや、作戦会議のたびに、怒号と罵声と皮肉と中傷が飛び交うといった、ほとんど子供の喧嘩に等しいほどの有様だったらしい。
しかも、双方の派閥の顔を立てて、総司令官と副司令官にほぼ同一の権限を持たせるなどと言う、およそ信じられないような馬鹿馬鹿しい処置をしたものだから、命令系統が混乱することは必然だったのだ。
加えて、東ユーラシア政府の軍司令官も、副司令官待遇でそれに加わったため、ほころびはさらに広がることになったのである。
彼は特にどちらの勢力に肩入れしていたわけではない。ただ、自分の保身と出世を目的に、より利益の大きいほうに自分を売り込もうとし、活発に動いただけである。
その蝙蝠のごとき日和見主義は、総司令官と副司令官の対立にさらに拍車をかけた。
加えて彼は、本来なら国防軍に積極的に提供するべきである地理データやレジスタンスの戦力情報すら、自分の取引材料として使ったため、結果として重要な情報がほとんど前線の指揮官たちには行き渡らなかった。
兵士たちは見知らぬ土地で、目隠しをされ耳栓をつめられたに等しい状況で敵と相対することになったのである。
結局地熱プラントの防衛と言う目的はどこへやら、現場の指揮官であるイザーク=ジュール准将は、まともに部隊を展開してレジスタンスを迎え撃つこともできず、ただいたずらに自軍がレジスタンスに各個撃破されるのを、指をくわえて見ているしかなかった。
最終的には、ピースガーディアンの投入により一気に戦況は逆転し、統一連合の大勝利という体裁だけは取り繕ったものの、代償はあまりに大きかった。
ピースガーディアンによる無辜の市民虐殺(いわゆる「ガルナハンの春」)。地熱プラント正式稼動の大幅な遅延。そういった道義的・経済的な不満は当然ながら、自国の軍をまともに掌握できない統一連合首席カガリ=ユラ=アスハに対して向けられていった。さらには、それまでは絶対であったラクス=クラインの語る平和というものに対しても、疑念が徐々に生じることとなった。
地熱プラント防衛戦における国防軍の敗北は、まさしく歴史上の転換点であったのだ。
「十倍の兵士と、七倍の武器、五倍のモビルスーツで勝つはずだった戦い。
しかし三倍の指揮官と、半分のおつむで見事な完敗」
一見すると単なる揶揄にしか見えないこの言葉も、そういった事実をふまえると、なかなか含蓄があるように思えるのである。
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