双子の涙

ページ名:双子の涙

その日、ベルリンの空は赤く燃えていた。

C.E.74。ユーラシア各地に巻き起こった数々の戦闘。連合のモビルスーツGFAS-X1デストロイによる破壊活動は凄惨を極めていた。

ついこの間まで遊んでいた子供達の笑顔は消え、恐怖と怒り、そして絶望と死が世界を満たしていた。

その感情の坩堝の中心にあるもの。その黒いモビルスーツを見た人々は恐怖し、怒号を上げ、逃げ惑い、そして死んでいく。


その世界を地獄以外になんと呼べばよかったのだろう。


少年は周りを見渡した。

見渡す限りの瓦礫の山。

そこかしこから響いてくる断末魔のうめき声。

そして―――


「何……あれ……」


まるで空を貫くほどの巨体。黒いモビルスーツ。そしてその周りを飛び回る二体の白いモビルスーツ。

唐突に響き渡る爆音と共に、それらはまるで絡みつくように戦っている。ビームライフルの流れ弾が着弾し、街が、世界が崩れ去っていく。


やがて轟音と共に一体のモビルスーツが黒い巨大なモビルスーツに剣を突き立て、ゆっくりとその巨体が街の中に沈んでいく。

いや、ゆっくりと倒れこんでいくように見えたのは、その巨体のせいか。

実際、その付近の建築物は軒並みなぎ倒されていったのだが。


「うわあ!!」


少年は瓦礫の中で気がついた。

何かが光ったかと思った瞬間に爆風が世界をなぎ払っていった。少年が覚えていることはそれだけだった。


「カシム……父さん……母さん……」


少年は家族の姿を探した。

しかし、崩れ落ちた建物の瓦礫と粉塵は少年の視界を奪い、騒然とした街の状況は彼の声をたやすく飲み込んでしまう。


「父さん!!!母さん!!!どこだよ!!」


少年は涙声になりながら地獄と化した街並みをさまよい続けた。


「兄ちゃん!!」


突然、背中のほうから聞きなれた声が聞こえた気がした。

反射的に振り返る。


「カシム!!」

「兄ちゃん!!」


少年は双子の弟の下に駆け寄った。弟はススだらけになってはいたが、特に大きな怪我もせず無事のようだった。


「カシム……父さんと母さんは?」


カシムと呼ばれた少年は兄の言葉を聞いて、涙ぐんだ。


「兄ちゃん、母さんが……母さんが!!」


カシムは兄の手を突然引っ張った。弟のただならぬ様子は少年に瞬時に状況判断を促した。


「カシム、母さんはどこだ!?」

「こっち!!早く、母さんが……母さんが死んじゃう!!」


少年達は喧騒の中を走った。

走ったとは言っても、あたりはパニックを起こした大人たちと戦闘により墜落したモビルスーツの残骸、そしてそれに伴う火災が起きており、まともに走ることもままならない状況ではあった。

それでも少年達は走り続けた。

1分が1時間にも思える中、ようやく少年達は公園だった場所にたどり着く。

そこにいたのは、血まみれになった母親だった。


「か、母さん」


少年は恐る恐る声をかけた。

その恐怖は何によるものだったのか。

昨日までの優しい母が永遠に失われることを直感したゆえか。

さもなくば、間近に感じたことのない死の恐怖そのものだったのか。


いずれにせよ少年は母親に声をかけ、その血だらけの頬に手を触れた。

頬の感覚に母親が目覚める。

おぼろげな視野の中に浮かぶ息子達の姿を確認し、今にも崩れ落ちそうな体を支え、何とか笑顔を作ろうとしたが、表情は思うようには変わってくれはしなかったようだ。


「セシル………」


かすれたような声を何とか絞り出して息子の名前を呼ぶ。


「母さん!!」


弟のカシムは泣きじゃくりながら母親にすがりついた。


「カシム……どこに行ってたの……心配した……じゃない」

「母さん、兄ちゃんが見つかったよ。もう大丈夫だよ」


カシムは必死に母親を元気付けようとしていた。

しかし、母親の右肩から先は完全に吹き飛ばされ、おびただしい量の血があふれ出し続けていた。

もう、しゃべっていることそのものが奇跡と言えるような状態。

それでも母親は最後の力を振り絞りながら言葉を紡いだ。


「セシル……」

「何……母さん」


セシルは泣かなかった。自分の分はカシムが泣いてくれている。

だから自分は泣いてはいけない。

日ごろから兄として育てられていたセシルは、その責任感をいつも以上に感じていた。

それは両親の死を確信したからなのかもしれない。

セシル自身はその責任感に押しつぶされないように必死になっていただけに過ぎなかったが、その姿に母親は安堵の吐息をつく。


「カシムを……守って……」


それが母親の最期の言葉になった。


「母さん……」

「母さん!!」


弟は母の骸にすがりつき泣きじゃくった。母の血にまみれて弟が赤く染まっていく様を兄は静かに見ていることしか出来なかった。


「畜生………」


この地獄のような世界に二人で放り出されてしまった現実。

その全ての元凶である「戦争」。

そして、あまりに無力な自分。


それら全てがセシルを押しつぶしそうになっていた。


「畜生………」


辺りに広がる死。

生きていることが、その死の中で際立つ。

セシルにはそのことが地獄に降り立つ悪魔のささやきに思えた。


(生きろ)


それはまさに悪魔のささやきだったのかもしれない。

カシムの命という足かせはセシルから死ぬ自由を奪ったのだから。



特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。


最近更新されたページ

左メニュー

左メニューサンプル左メニューはヘッダーメニューの【編集】>【左メニューを編集する】をクリックすると編集できます。ご自由に編集してください。掲示板雑談・質問・相談掲示板更新履歴最近のコメントカウン...

魔獣咆哮

包囲された――そう思った瞬間、シンは動いていた。それは、戦士としての本能がそうさせたのか。(……抜けるっ!)包囲陣の突破は至難の業だ。正面、側面だけでは無い――背面にも注意を配らなければならない。 そ...

魔女と蝙蝠

オーブ内閣府直轄の治安警察省。名の通り治安警察の総本部である。単なる刑事犯罪は取り扱わない。思想犯、および政治犯を取り締まる部局だ。テロリスト対策も重要な任務の一つで、治安維持用のモビルスーツも多数配...

高速艇にて

窓の外はすっかり夜。見慣れた南十字星も今日はなんだかちょっと寂しげ。私……なんでこんなところにいるんだろう?なんだか爆発があって、モビルスーツが壊れちゃって、気がついたらこの船に乗ってる。さっきもらっ...

食料省

執筆の途中ですこの項目「食料省」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。食料省のデータ国旗等拠点オーブ連合首長国、首都オロ...

食の意味

ぼんやりと椅子に座って天井を眺めている。何をするわけでもなく。そして時折、小声で何かをつぶやく。言葉に意味はない。自分でも何を言っているか分かっていないのかもしれない。そうかと思えば、いつの間にかベッ...

飛行機でGo!

旅立ちの朝は晴天とは行かず、少し雲のある日だった。車で何時間も揺られて、着いた先は平原が広がる土地。一本の滑走路があることからかろうじて空港と分かるが、ほかには倉庫のような古い建物があるだけだ。管制塔...

隣り合わせの日常

――シン、シン……。遠くで、自分を呼ぶ声がする。か細く、消え入りそうな声。だけど、何処か懐かしい声。何時だったろう、その声を最後に聞いたのは。“あんた、馬鹿じゃない?”そう、その子は屈託無く笑って俺に...

開かれた函

暗闇の中、青白く周囲をディスプレイの明かりが照らしていた。何かの演算処理の途中経過がつぶさにモニタリングされている。PPARデルタによる運動能力の向上。テロメアの操作による延命処置。免疫細胞に対して意...

野次馬と道化

シンやシホが交戦している頃、スレイプニールはコニールの案内により一足先にリヴァイブ本部に到着していた。「ローエングリンゲート跡地に作るとは……灯台下暗しってやつだな」 《外は残骸がそのままになってる上...

邂逅

表面上は冷静に全速で階段を駆け下りるシンだったが、体の芯から立ち上る怒りは一向に収まらない。あとコンマ1秒、引き金を早く引けば。あとコンマ1秒、奴が気づくのが遅れればー……(遅れればなんだというのだろ...

道化と女神の二つの理想

古いびた部屋の中、男は待ちくたびれていた。それもひどく。持ってきた煙草は残りあと二本。灰皿には三箱分の吸殻がうず高く積もっている。換気扇は一応回っているが充満する灰色の霞をかき回すだけで、まるで用を足...

逃亡の果ての希望

夕暮れに霞むオロファトの街中を一台の車が走り抜ける。ジェスの車だ。車中から男が二人、周囲をキョロキョロ見回しながら、人を探していた。TV局から逃げ出した一人の少女、ソラを。しかし歩道には大勢の人々が前...

近衛監査局

執筆の途中ですこの項目「近衛監査局」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。近衛監査局のデータ国旗等拠点オーブ連合首長国、...

転変の序曲

この世の中で誰にでも平等なものを二つ挙げよ――そう問われれば、ソラ=ヒダカはこう答えるだろう。“時と自然”と。今、ソラの頬を風がそよいでいく。それは心地良いもので、そうしたものを感じる時、ソラは思う。...

赤道連合

執筆の途中ですこの項目「赤道連合」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。赤道連合のデータ地図ファイル:No map.jp...

赤道内戦

執筆の途中ですこの項目「赤道内戦」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。この項目「赤道内戦」は、現在査読依頼中です。この...

赤き妄執

「ストライクブレード、ねえ?」ディアッカ=エルスマンの視線の先には真新しいモビルスーツが搬入されている。「おうよ、量産機でありながらフリーダムブリンガーに匹敵する性能。フェイズシフト装甲をオミットした...

赤い三日月

査読依頼中ですこの項目「赤い三日月」は、現在査読依頼中です。この項目のノートで広く意見を募集しています。赤い三日月のデータ国旗等拠点イラン高原規模不明代表ユセフ=ムサフィ関連組織サハラ解放の虎目次1 ...