仮想第26話:ガルナハンの春(後編):第十八幕A

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☆第十八幕:300秒



『いいか!よく聞いてくれ!メディクスの敵軍がこっちに来る!俺達が合流を妨害するがいずれ突破されるだろう!だから、メディクスの敵軍が合流する前に今戦っている連中を沈めてくれ!時間は無い!頼むぞ!』


 大尉からの連絡は唐突であった。シホが聞く。


「分かりました大尉!ですが、何分もたせられますか。」


 短い沈黙。大尉は返す。


『………5分だ。300秒は俺達の沽券に懸けて耐える。だからお前達も、自らの誇りに懸けて眼前の敵を沈めてくれ。』


「分かりました!御武運を!」


『馬鹿野郎!他人に譲る余裕があったらとっとと今使い切ろ!』


 通信は切れ大尉達3機はフリーダムブリンガー3機との死闘へと向かう。大尉との通信を終えたシホは改めて眼前の”ハリネズミ”を注視する。


「マシンガンでは致命傷は与えられず、近付こうにも相手は一世を風靡した重火力機。それを300秒………」


 シホの中で砂時計がひっくり返される。僅か5分の命の砂時計。5分の後には、シホ達か相手か、そのどちらかがこの世界から退場する事となる。


〈あら、もう終わり?竜頭蛇尾どころか虫頭蚊尾ね。孕むしか能の無い雌ゴキブリは雌ゴキブリらしく、踏み躙られて卵巣と子宮をばら撒いて死になさい。〉


 ゲイル機が動いた。圧倒的火力を生かした面の攻めでシホを後退させてゆく。右肩のガードを生かしながらもシホは回避に徹するが攻めの手掛かりを得る事ができない。


「くっ!この間にも時間は………!ユーコ!シェリー!援護して!あのハリネズミに隙を!」


『無理だよー!こっちもライフルで追われているんだからさー!』


 シホを火力で圧倒しつつも残り2人への牽制にさえ火力を割くゲイル機。本来援護をするはずのユーコとシェリーすら回避に集中せざるを得ない。しかし、その間にも冷酷に時間は過ぎてゆく。


『(隊長は敵の火力の回避に精一杯。そして、既にこの回避戦が始まってから1分経って残り時間は240秒。増援に合流されたら敗北は必至、なら今の内に!)隊長!突入しますからその間に接近を!』


「シェリー!」


 動いたのはシェリーだ。推進方向を変えるとゲイル機に向かって突入してゆく。


〈存在感が無さ過ぎて、居た堪(たま)れなくなって突入?蝿だったらもう少し長生きできたのにね。蚊はゴキブリより先に死になさい。〉


 と、ゲイル機の腰に張り付いていたバラエーナがくるりと180度回転して照準をシホ機からシェリー機に合わせる。


『敵の思惑通り!?狙われている!』


「シェリー!」


 シホもゲイル機がシェリーを狙った事に気付いてすぐさま突入すると共にマシンガンで牽制を張る。


〈無駄よ。〉


 ゲイル機は急上昇してマシンガンの一斉射をかわすとライフルとバラエーナでシェリー機を襲う。


『回避します!ぐっ!』


 シェリーも回避をするがバラエーナが左に掠(かす)る。よろめくシェリー機、それを逃さないゲイル機ではなかった。


〈無駄と言ったはずよ。ま、蚊に言ったところで意味無いわね。〉


 シェリーのエゼキエルに振り返るゲイル機。フリーダムブリンガーの全砲門がエゼキエルを狙う。見るだけで理解できる、一撃必倒の必殺奥義。


〈ハイマット、フルバースト。〉


 残り193秒、七色の光の槍が一直線にシェリー機を襲う。




『くそっ!向こうの連中と違って良い連携しやがるぜ!こん畜生!!』


 高速機動でフリーダムブリンガー3機の射撃攻撃をかわし続けている少尉が罵詈を吐く。


〈ティクリー小隊をなめちゃあいかんよ。俺達こう見えて意外と強いんだぜ?〉


『強いのは百も承知です!落ちなさい!!』


 と、その言葉と共にティクリー小隊に襲い掛かる高出力のビーム。初速も速くフリーダムブリンガーだろうと一撃で仕留める強射撃の急所と行動予測地点への連射であったが、ティクリー小隊は全機共に人間離れした回避運動を行い全弾回避する。


〈おぉっと、影撃ちとは容赦無いねえ。しかも固定タイプの高出力版それも連射で。俺達じゃなかったら全機爆散してたぞ、おい。〉


『反動でケルベロスの砲身が溶け切る連射攻撃ですからね。蒸発してもらわなきゃ割が合いませんよ全く!大尉!』


「おいよ!いい加減に1機ぐらいは落ちやがれ!」


 少尉、中尉と来て次は大尉。中尉に向かうティクリー小隊に横から攻め込んでくる。


〈横を取れば勝ちなんてわけないだろうが!むしろ馬鹿の一つ覚えに突進なんかして、どうすんのさ!〉


 右脇を守るフリーダムブリンガーが大尉の方に向き直って大尉を迎撃する。が、それも大尉は織り込み済み。急上昇して回避すると共にティクリー小隊の場所に何かを落とす。


〈チッ、手榴弾!それが目的かよ!〉


「ここまでが俺達の作戦だ!あばよ!」


 マシンガンで引火させる必要も無い。地面に接触したら即座に爆発する接触爆破式にセットした手榴弾の嵐。例えフリーダムブリンガーであろうともこの中に入れば先のナツメ機と同じように大破の運命を辿る刹那の煉獄絵図。

その煉獄絵図にティクリー小隊を巻き込んでから大尉達3機はようやく合流する。


「被害報告。」


『シールド大破。まさか盾が使い物にならなくなるぐらいに被弾するなんてよ。』


『ケルベロスは使い物になりません。後は狙撃用ライフルと護身用のビームライフルだけです。』


「時間は………くそっ、たったの124秒か!」


 今までの大尉達の連携、それは全て時間稼ぎの為である。ひとえにシン達に約束した合流阻止時間、300秒を守る為だけの。


「1機でも潰れていてくれればいいんだが………」


〈さすがにその御希望は無理でしょうが。手榴弾だけで俺達を死なせるなんてどういう都合の良い話よ?〉


 そう言いながらも閃光と爆煙の中から現れたのは全く無傷のティクリー小隊3機。


「畜生、回避しやがったか。」


〈ま、当然でしょ?それより早く合流しないといけないんだわ俺達。道空けてくれないかな?〉


「馬鹿野郎!それを阻止する為に俺達がいるんだよ!」


〈じゃ交渉決裂だ。仕掛けは終わりだろ?次はこっちから行くぜぇっ!!〉


 果敢に突入してくるティクリー小隊を見ながら大尉は時間を確認する。残り165秒、仕掛け無しで後半分を耐えなければならなかった。




 シンの方でも焦っていた。300秒のタイムリミット。しかし、フリーダムブリンガーを前にして先ほどの増加装甲爆発のせいで武器はほとんど無い。あるのは内蔵兵器のスレイヤーウィップと手持ちナイフのアーマーシュナイダーのみ。いずれも射程が短い上にフリーダムブリンガーへの致命打にはなり得ない。


「エクスカリバーも無しか。くそっ。」


『両腕でビームシールドを展開されてはビームライフルも致命傷にはなり得ない。ユーコやシェリーのエゼキエルからエクスカリバーを貰うしか手は無いな。』


「ああ。けど、向こうの方も火力を利かせられてこっちへ来る余裕なんて無い。おまけにこっちは………」


〈いい加減に死にやがれ!この糞虫めがぁっ!!!〉


『この狂牛に手を合わせなければならないというわけか。』


「そういう事さ、畜生!こっちに攻め手が無いからって馬鹿みたいに攻め込んできやがって!!」


 眼前にいる敵は正しく狂牛、超高速で2本の角が如き2振りのサーベルを振り回してくる。加えて両腕には光り輝く絶対防御の壁。最鋭の矛に最硬の盾、加えて最速の馬でさえあるフリーダムブリンガー。いくらシンといえども防御に回らざるを得ない。


〈死ねい!死ねい!この俺を侮辱した罪で死ね!この俺をコケにした罪で死ね!この俺に無駄骨を折らせた罪で死ね!〉


『シン。1分経過した。残り4分だ。』


「分かってる!けどこいつをどうすりゃいいんだよ!」


 守りに徹すればシンほどの技量であれば傷一つ付けずに戦い続ける事も不可能ではない。だが、今回の戦いにはタイムリミットがある。この狂牛フリーダムブリンガー3機の増援という、死と敗北以外の何物をも暗示しないその時が。


「くっそー!シホ達はどうなってる!」


『今回線を繋ぐ。向こうは奴の火力に完璧に押されている。………いや、待て。動くようだ。』


 そう言ってAIレイはシホ達の通信を開く。


『隊長!突入しますからその間に接近を!』


『シェリー!』


「突っ込むのか!」


『そのようだ。戦況打開の一手になれば良いが。』


 狂牛を捌きながらシンはシホ達の戦線を垣間見る。突入するエゼキエル、そしてフリーダムブリンガーはバラエーナを回転し。


「まずい!避けろ!」


 シンの言葉が効果あったのかエゼキエルは紙一重で攻撃をかわす。だが、紙一重であり左の一部分は被弾し、その為に隙が生まれる。その隙を見てから敵フリーダムブリンガーはシェリー機に向き直り構える。その構えの意味はシンにも分かる。


「ハイマットフルバースト!?」


『今の状況ではシェリー機に逃げ場は無い。やられる。』


 その瞬間、ある事柄が頭をよぎる。昔も同じ事があった。何度もあった。ショーン、ハイネ、ステラ、そしてルナマリア。


『俺達は兵隊だ。敵を倒し殺す事が仕事だ。敵を殺して味方を守る事、それができない兵隊なんて無意味を通り越して無駄ですらなく害毒でしかない。』


 かつてシェリーとの問答でシンはそう言った事がある。口から出た言葉だが、その言葉はシンにとっての本心であった。味方を守れない兵隊など無意味、否害毒。今までの痛み、そして苦しみから生まれたシンにとって数少ない真理ではないのか。


「させるもんかぁーっ!」


 ダストが動く。狂牛をかわしながらビームライフルを取り出す。


〈そんな豆鉄砲が効くものか!無駄だ、この腐れ糞虫めがぁっ!!〉


「いいや違う!!無駄なんかじゃ!!」


 ダストのビームライフルが一条の緑色の矢を放った。




『シェリー!!!』


 シホは駆っている、シグナスをゲイル機に向けて、シェリーを助ける為。同じようにユーコも駆る。だが、その一方で無駄だという事も直感的に理解した。遅いのだ。シホとユーコの行動はゲイル機に一歩遅れている。ゲイル機がシェリーを殺した後、ようやくユーコ達とゲイルは五分の土俵に立てる。それほどまでにユーコ達とゲイルとの間の距離感はある。そして、シェリーには逃げ道は無い。


〈ハイマット、フルバースト。〉


 ゲイル機の全砲門が輝きだす。そして、その光は七色の光の槍となってシェリーを貫く。


『させるもんかぁーっ!』


 はずであった。


〈何!?〉


 ドカン。ゲイル機の脇腹に突き刺さるビームの光。バラエーナを突き破り、誘爆させて本体にさえダメージを与えよろめかせる。さすがにPS装甲持ちな為に致命傷にはならなかったがシェリーがゲイル機から逃れるには十分な余裕ができた。そして、そのビームの光を放ったのは。


『無駄なんかじゃ、ないんだ。』


 狂牛の如きフリーダムブリンガーの猛攻をかわしながらもシェリーを助ける為にビームライフルを撃ち放ったシンのダストがいた。


「シン?」


『不甲斐無い思いは、もう沢山だ。』


 その一言にユーコは全てを理解した。少し前にシホに対してシンが突っかかってきた事がある。あの時はまだ完全には理解していなかったが今なら分かる。どれだけきつい事を言おうとも、シンは仲間を最も大切にし、そしてその仲間の中にユーコ達も含まれていたという事である。

が、ビームライフルを撃ち放った隙は敵にとっては大きかったらしく五分に逃げ回っていたはずのシンは見るからに劣勢となって狂牛の如き敵機に追われている。が、しかし。


〈死ね!死ね!死ね!この俺に対する万事の罪で腐れ糞虫めが!死ね!死―――――ぬおっ!?!〉


 カリスト機はマシンガンの弾幕を受けてよろめいた。軽量なマシンガンの弾幕ではPS装甲持ちのフリーダムブリンガーを刈れるはずも無いがとりあえずシンは窮地を脱した。


『い………今のは?………』


『私の部隊を、そして仲間を侮辱する事は許さない。こいつに対して不満も含めた色々な感情はあるけれども、だからといって私は何も知らないあんたなんかにこいつを糞虫だなどと侮辱させる事は許さない。』


 左手のマシンガンの照準をカリスト機に合わせたシホの台詞であった。


「隊長!」


『シン、聞こえる?』


『あ、ああ………ありがとう。』


『礼はお互い様よ。それより協力しましょ。こいつらを倒すにはそれしかない。』


 そんなやり取りを聞きながらユーコは時間を見る。残り135秒。切迫感は相変わらずだが、絶望感はかなり消えた気がしていた。






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