仮想第25話:ガルナハンの春(中編):第三幕B

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☆第三幕:外交者達の古傷(後編)



事務的な雑談から派生したセンセイのセンセイらしからぬ発言。その余りの普段のセンセイからは考えられない物々しい発言にギリアムは驚愕を隠すどころか仮面で半分を隠した顔面一杯に驚愕を塗りたくった顔でセンセイの顔を深々と見つめる。


「………センセイ………」


 センセイの顔はどこか遠くを見ていた。それに悲しみ、そして諦め、後何かがしみじみと溢れ出ている事にギリアムは気付いた。


「ユリウス条約ですか………」


「………家族が終わったんです。」


 センセイの過去を知る者はリヴァイブ内はおろか、このコーカサス州全土に一人たりともいない。センセイと同じようにアメノミハシラからコーカサス州にやって来たギリアムとサイ=アーガイルだけはプラント出身で第一次汎地球圏大戦の終戦後にオーブへの帰還のせいで人口流出の方が流入に比べて圧倒的に多かったアメノミハシラに移住したという事を軽く聞いたばかりである。

無論、何故アメノミハシラに移住したのかは知らずじまいである。センセイと接しているリヴァイブの人間に至っては、その緑茶色の髪の毛と人間離れした医療技術から容易にコーディネイターである事が分かる程度である。


「第一次汎地球圏大戦が始まるまで、私達家族は独立機運が高まってタカ派な意見が強くなってきたプラントの中では比較的少数派の反戦派でした。今のクライン派、もっともこの場合のクライン派はラクス=クラインの父親のシーゲル=クライン議長のクライン派ですけれども、その支持者だったんです。」


「クライン議長は第2世代、第3世代コーディネイターの出生率低下に頭を悩ませておられた。そして、コーディネイターという人種が人類全体の中での先細りした進化の枝ではないかと考え、これからのコーディネイターが人間としての幸福を得る為にはナチュラルと結婚して混血の子供達を産んでいくべきだと考えていらっしゃった。

その為にクライン議長はナチュラル、コーディネイター間の対立が高まっていたあの時代において積極的に両者の和解を推し進められていた。」


「ええ。でも、ユリウス・セブンへの核攻撃で全てが変わった。」


「血のバレンタイン。ユリウス・セブンへ放たれたたった一発の核弾頭。砂時計の軸を砕いたその一発はユリウス・セブンに住んでいた20万人以上の人々の命を瞬時にして奪った。これによってプラント世論は穏健派と独立派が拮抗していた状況から一気に強硬派が大勢を握るまでになった。

加えて、強硬派の代表だった当時のプラント最高評議会パトリック=ザラ議員はこの事件で妻のレノア=ザラ氏を失った事が同胞を失ったプラント市民の共感を得た事も手伝って発言力が増大、クライン議長も開戦止む無しとここに地球圏、正式にはプラント理事国(大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国の3カ国。砂時計の出資元。)とプラント、正式にはL4とL5の宇宙コロニー間でわずか2年未満ながら現在にまで爪痕を残す壮絶な戦争が繰り広げられる事となる。」


「従兄弟(いとこ)がいたんです。その子の両親は仕事で忙しくて、よく私の家で預かってあげていたんです。その子はとても優しい子で、戦争なんかするべきじゃないって普段から言っていたんですけれども、ユリウス・セブンの事件をきっかけにZAFT軍へ入隊しました。そして、南太平洋で戦死しました。」


「南太平洋はZAFT軍のカーペンタリア基地の勢力圏。多くの地球連合側の船舶を破壊していたが、逆に地球連合側に撃破される者も少なくはなかった。特に第一次汎地球圏大戦末期には大規模なカーペンタリア基地の攻略戦が展開され、壮絶な戦いが展開されたと聞いています。そこで多くのZAFTの兵達も―――――」


「話の腰を折るようですけれど、従兄弟はカーペンタリア基地所属じゃありませんでしたよ。」


「えっ………」


 『道化師』ロマ=ギリアムここに極まり。ついでにいうなら生半可な知識での知ったかぶりは今のギリアムのような事態になる為、現に慎むべきというのが今回の喜劇の教訓であろう。


「とにかく、そのせいで家族同然に仲良くしていた従兄弟の家と私の家との間で意見が食い違うようになったんです。従兄弟の家はあの子が亡くなってからザラ議長の強硬派に転向、逆に私の家族は強権気味になりかけていたザラ議長の態度からより一層穏健派の方に向かっていました。

なまじよく親しくしていたせいで、こういうところで意見が割れると辛かったですね。どっちも本気で相手の事を慮(おもんばか)るが為に相手を詰(なじ)り罵倒するんですから。結局、ユリウス条約が締結された頃には両家ともほとんど絶縁状態になってしまいましたね。そして………」


 その後の状況はギリアムにも予想が付くものであった。この辛い家庭環境はセンセイにとって恐ろしいまでの負荷となり、そして遂にはプラントを捨てさせてしまったのであろう。地上への行き場が無かったセンセイはL3のアメノミハシラにふらりと彷徨い、そして。


「そして、私は祖国を捨てて、今ここにいる。偶々持っていた医療技術とカウンセリング能力だけでこんなところに居座らさせてもらっている。その間、私はずっと対話が暴力に負ける姿ばかりを見続けてきました。第二次汎地球圏大戦、プラント併合、九十日革命、そして今のコーカサス州。」


「………!………―――――」



 ギリアム、否ユウナの心に深々と突き刺さる一言。『自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと慎ましくあれば、彼女をあのような暴挙に突き動かさなかった。』そんな後悔にもならない慙愧の念がセンセイの本意とは関係無しにユウナの内心を抉り裂く。自制心という感情のダムを突き破って悔しさが顔一面に広がり仮面すら悔しさに染められる。

過去の自分へのぶつけようにもぶつけきれない、そもそも一片たりともぶつける事さえ能(あた)わない怒り。時空が捻じれ曲がって、今現在のロマ=ギリアムの眼前にまだ仮面無しにも視野が開けていた自分ユウナ=ロマ=セイランが突っ立っていられるような事があれば、それこそ顔面の腫れのせいで数週間はろくに視野が開けないまでに殴り倒してやるほどの切実なまでの目覚めを強要する怒り。

そのユウナの表情を見て、自分の自省録が思わぬところでユウナの傷跡に触れた事をセンセイは理解した。


「い、いえ。別に私はアスハ主席を責めているわけではありません。彼女だって若いし、何より人です。そうではなく、人の業として悲劇が起きてきたと―――――」


 慌てて自分の発言のフォローに回るセンセイ。が、既にユウナはその血を噴き出した古傷の痛みが為にセンセイのフォローなど聞こえていなかった。


「無様だよね………あれだけカッコ付けた言葉ばっか言って、あれだけさもリーダーらしい格好ばっかして、あれだけ全知全能の神でもやらなさそうな生意気ばっか、あれだけ………あれだけ………あれだけ!、何で僕は!!………何で僕は、あの時………」


 今、ユウナの中では統一連合が引き起こした全ての災悪がユウナの心を押し潰していた。万民を踏み潰してそして尚平和を歌い太平を謳歌する統一連合という目を開かない巨体の化け物、そしてその巨体の化け物の巨体過ぎるが為に一人ではコントロールする事さえ至難の業となる巨大な操縦桿を抱えるようにして掴んでいる金髪で短髪の健康的な魅力が眩しい、まるで古典に登場する太陽を神格化したあまなく万物を照らす大いなる神の長のような女性。

その巨神兵ともいうべき化け物を作り、そしてその人一人で制御できる代物ではあり得ない巨神兵の操縦桿にユウナが守るはずだった美しい女性を操縦者の大義の下で巨神兵への生贄のように荒縄で括りつけた事、全てがユウナの罪業としてそのか細い双肩に骨に軋みを上げさせながらめり込んでいるのである。

このままではロマ=ギリアムは崩れ去る。そう思いセンセイは急遽ユウナとギリアムの世界に介入した。もはや、諭すなどという生ぬるいやり方では過去の裁判所からユウナを奪い返す事はできない。言葉の槌でユウナを裁判所から打ち抜いて現在に送り返すぐらいの荒療治が必要であった。


「落ち着いて、落ち着いて!落ち付きなさい、リーダー!いいえ、ロマ=ギリアム!あなたはもう既に過去のユウナ=ロマ=セイランではないんです!

過去は確かにあなたにとって辛く、悔恨すべき事でしょうが、その為に今のあなたが責められる道理は無いんです。あなたは名を変えた、ならば今の名に相応しい行いをすべきです。そして、その過程であなたの過去が今のあなたの邪魔をするようなら過去のあなたの記憶など無視しなさい。

あなたの過去の記憶はあなたが無視しようと、然るべき時に清算されるはずです。自分が崩れないだけの自信が付くまでは正面からぶつかるのはコーカサスやリヴァイブの人たちの為に控えてください。」


 それがどれだけの救いとなったのか、それはセンセイには分からなかった。所詮、人は他人の心を解する事はできないのである。しかし、次の瞬間にユウナ=ロマ=セイラン、否ロマ=ギリアムらしい軽薄で皮相的な返答が返ってきた時、センセイはこの人が何とか過去の裁判所から現在へ帰還できたのだと安堵できたのだった。


「『然るべき時』?それは何時(いつ)か?カガリと会った時か?それとも裁判でオーブ国民全員に顔が放映された時か?それとも僕が死んで僕が殺した人達の眼前に跪(ひざまず)く時かな?いずれにせよ、当面は会わなくても良さそうだ。仮に会うとしたら、僕は錯綜してこの好機を台無しにしてまた土下座しなくちゃならない連中が増えるだけだからね。」


 小さな市長室で起きたセンセイの発言から始まったギリアムとセンセイの独白のような対話ともいえる何とも形容しがたい会話。センセイは吐露できるかもしれない機会を逃し、ギリアムは思わぬ自分の古傷に自嘲を重ねただけで、結局話の本題は一歩も前進してはいなかった。しかし、両者の少なからぬ内心を吐露したこの一幕はきっと、これからの未来を大きく変えるはずである。



「センセイ、ちょっとこの要求文書をコピーしてもらってもいいかな。センセイと僕、後は2部もあれば十分だろう。多すぎると露呈する危険も大きい。その間、僕は新しい文書を考えているよ。」


「そうですね。では、少し借りますね。」


 そう言ってセンセイは資料一式を抱え込むと、執務室から出て行った。一人残ったギリアム、否ユウナは呟くのであった。


「カガリ、君は世界の玉座に座って今、何をやっているんだい………」


 ガルナハンの春、この一幕でまた一歩近付いたのであった。が、それを理解する者は一人しかいなかった。






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