仮想第２５話：ガルナハンの春（中編）：序幕

☆序幕

―――――ある一室にて：運命の戯言―――――

ここ数十年に生きた者達の中で最も秀でたる者を挙げよ、か。さて、お前なら誰を挙げる。

キラ＝ヤマト？お前は高々”いかなる敵すら討ち滅ぼす”人間が最も優秀だと思うのか？玄武を貫く牙を得たサーベルタイガー（ネコの一種、牙が長すぎて絶滅）、巨象を倒す毒を得たデスストーカー（サソリの一種、最高級の猛毒を有する）を誰が百獣の長と呼ぶ？武を以てのみで世界に名を馳せた事こそ賞賛すべきだろうが、あいにく世界一などとは到底呼ぶべくもない。

ラクス＝クライン？お前は高々”いかなる国すら恐れ慄（おのの）く”人間が最も優秀だと思うのか？百獣を伏す鬣（たてがみ）を持つバーバリライオン（ネコの一種、鬣がカッコ良すぎて絶滅）、万物を呑む体を持つシロナガスクジラを誰が百獣の長と呼ぶ？徳を以てのみで世界に名を刻みつけた事こそ讃美すべきだろうが、あいにく世界一とは呼ぶに至らないだろう。

カガリ＝ユラ＝アスハ？クッハッハッハ！！これは傑作だ。なるほど、”いかなる人すら笑い転げる”道化とは全く確かに見事だよ。しかし、パンダやコアラを百獣の長と呼ぶか？あれらは百獣のマスコットであろう。惜しいところだが、やはり間違いだな。

これだけ言ってまだ分からないのか？ここ数十年で最も秀でたる者、それはジョージ＝グレンに他あるまい。何せあれは”神殺し”を成し遂げた男だからな。

　ジョージ＝グレン。あれがどのような出生を辿りどのように成長したかは知らないが、あれが神の最後の権利を奪った事だけは確かだ。

歴史の下に良心を否定され、科学の下に神秘を否定され、あまつさえ統合の下に人格さえ否定された哀れな神に残された最後の権利。人は人の愛と神の祝福でのみ生まれ得るという、儚くも強かな主張。全てを失った神がまるでパンドラの箱の最後の欠片のように大切にした人間の尊厳という名の希望。が、あれはそれを打ち破った。

　一応断（ことわ）っておけば、あれが生まれた事が神の死なのではない。あれを生んだ科学者達は確かに神殺しの武具、そうまるでグングニール（北欧神話でオーディンの持つ名槍。ヴァン神族を幾人も刺し殺した。）や天之尾羽張（あめのおはばり。日本神話で伊邪那岐が火之迦具土神を殺すのに使った名剣。）の如き人の手に余る宝具こそ創り上げたがそれを使う事は無かった。だが、あれはあれ自身という最凶の宝具の鞘からあの禍々しいコーディネイターの設計図という凶剣を引き抜き、全人類にばら撒いたのだ。

　その結果はこれだ。人々はジョージ＝グレンより与えられた凶剣で自らの心中にいた神を斬り捨ててしまい、民族意識に続いて宗教意識さえ失ってしまったのだ。

どうだ？つまりあれは“全ての人から心の支えを奪った”のだ。全ての敵を滅ぼす事より、全ての国を治める事より、全ての人に奉られるよりも、あれが秀でている事は自明の理だろう。

　あれが神殺しを成し遂げたせいで、既存の宗教指導者達はただの狂言家に成り下がってしまった。『法王』など最たるものだろう。世界の万物を見据えた最高の宗教指導者のはずが、豚さえ目を背ける醜悪な様を呈した救世主の代理人達の代表格となってしまったのだからな。

最も広い視野を持つ者、そして人々を導く者。ところが、ある新しい出来事の為に既存の視野が用を為さなくなり、新たに手に入れた借り物の視野はまるでゴーグルをかけたように薄暗く狭苦しい。かくして人々を導けるほどだった寛大な心は狭量となり、世界の奔流にさえ不動を保った在り方は大雨で生まれた小川にさえ翻弄される。それが今の『法王』、いわば変動という名の大雨の前にひたすら荒波を生み出し湖畔を破壊する湖のようなものだ。

　さて、ここで質問だ。混乱した『法王』は何とか『節制』を重ねて仮初の、それこそ雨粒の一滴、枯葉の一枚にさえ動揺するような、平静を得る事に成功した。暖かな『太陽』の元で『法王』は何とか生来の役目を為す事ができるようになる。

だが、破綻が訪れる。『太陽』の温もりと『節制』で得た平静が何と両立しなかったのだ。当然の事ではあったのだがな。さて、再び混沌に落とされた『法王』は如何なる選択肢を取るか？俺は知らない。俺は『法王』ではなかったからな。

　………だが、少しばかり興味はあるな。この『太陽』と『節制』の板挟みに追い詰められた『法王』がいかなる行動を示すのか。

• 第一幕へ続く

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