ルナマリアの墓

ページ名:ルナマリアの墓

戦没者墓地。

オノロゴ島西部に位置するこの墓地には数多くの戦没者が今も眠り続けている。とは言え、近代戦における戦死はその遺体すら、残された人々に与えはしない。この地に眠るのは残された人々の思いそのものだった。

残されたものは夢を見続ける。

彼らの死に意味があったことを。

彼らの生に意味が与えられていたことを。

その夢は墓標にこめられ、残されたものによって形にされる。その夢は世界の続く限り紡ぎ続けられる。

―――そう、世界の続く限り。


「……お姉ちゃん……」


メイリン=ザラは姉、ルナマリア=ホークその人の墓の前に居た。

治安警察の魔女と恐れられる彼女と、そこにいる彼女は果たして同一人物と言えるのだろうか?墓前のメイリンのたたずまいは心静かに祈り続ける殉教者のそれに近かった。

その心に去来するものはいったいなんであろうか?

彼女の目の前に眠る姉を殺したのは他ならぬ彼女の夫、アスラン=ザラ。5年と言う歳月の中、彼女は彼女の姉を殺した夫と共にあり続けた。

いや、あり続けようとしたと言ったほうがいいだろう。

メイリンは思う。

姉を殺したのは、確かに自分の夫だったのか、と。

それは、自分ではなかったのか、と。

あの日、アスランをザフトから逃したあの日。その時から彼女の苦悩は始まった。

メイリンはあの日選んだものは何だったのだろうか?

アスランの命?

いや、メイリンがあの日選び取ったのは「アスランのいる明日」だった。その選択によって彼女は「ルナマリアのいる明日」を手放したことは皮肉以外の何者でもなかっただろう。

メイリンはその選択を後悔はしていない。たとえアスランの心が自分に向いていないとしても確実にアスランのいるこの世界は続いているのだ。

だからこそ彼女はルナマリアの墓前に立ち、祈り続けていた。

自らのエゴによって形作られた、この「アスランのいる世界」に自分が生き続けていることを贖罪するために。

そして、この愛すべき悲劇の舞台が永遠に続くようにメイリンは祈った


「お姉ちゃん……もう少しだけ生きさせてね。まだ、あの人は放っておくとすぐに戦場に行ってしまうの。だから、私……世界を平和にしなきゃならないんだ……」


姉の墓につぶやいても返事は無い。ふとメイリンは苦笑する。


「私……わがままだね。お姉ちゃんを殺した人に生きていてもらいたくて、今日も生きてる。お姉ちゃんの命を奪った憎むべき人なのにね」


メイリンの目の前の墓標は何も彼女に語りかけてくれはしなかった。

ただ、静かに自分を見つめてくれている。そうメイリンには感じられた。


「……メイリン……」

「……!……アスラン」


アスランは青いリンドウの花束を抱えて石畳の道を歩いてきていた。


「……来ていたのか……」

「……お帰りなさい。あなた」


アスランは手にしていたリンドウの花束を墓前に手向け、右手を胸に当て哀悼の意をルナマリアに捧げた。


「……オーブへはいつ?」

「ああ、昨日……な」


アスランは記念式典の騒動以来、各国の動揺を防ぐ意味もこめて、査察活動を展開していた。


「すまないな。まともに家にも帰れないで」

「気にしないで。私も式典以来てんてこ舞いで、家に帰れない日も多いから」

「……メイリン」

「何?アスラン」


まっすぐにアスランを見つめるメイリン。アスランは思わず視線をそらしてしまう。そんなアスランをメイリンは悲しい瞳で見つめるしかなかった。


「……すまない……」

「そんなに謝らないで。あなたも一生懸命にやってるんだから」


アスランはそらした視線を元には戻せなかった。自分がやっていることは、確かに今の世界には不可欠なことだ。それは理解しているし、そのことに誇りも持っている。

だが、現実に自分の目の前には自分が幸せにするべき女性が、今にも泣き出しそうな表情でたたずんでいた。

そして、その不幸の原因は間違いなく自分の過去と現在なのだ。

ルナマリアを殺し、今またメイリンを不幸に追い込む自分を他の誰が許そうとも、自分自身が許せない。そのこと自体がメイリンを不幸に追い込んでいることも理解しているが、アスランはそれを自分への免罪符に出来るほど器用な人間ではなかった。


「……アスラン……」

「…………」

「そういう時は、『ありがとう』って言うのよ」


アスランは思わず視線をメイリンに戻した。悲しげな表情の上にやさしい微笑をたたえた妻がそこにいる。


「……ありがとう……」

「……うん……」


アスランは思う。この優しき妻が生きる世界をまた戦いに満たしてはいけない。絶対にいけないのだ、と。

アスランはルナマリアの墓に向き直り、改めて祈りを捧げた。


(ルナマリア……改めて誓う。俺はメイリンの生きるこの世界を守る。この命に代えてでも)


メイリンはそんな夫を静かに見守るしかなかった。

その思いが痛いほど理解できたから。

自分の夫が自分のいる「世界」を愛していることを。



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