ラクスとソラ

ページ名:ラクスとソラ

パーティーの会場に足を踏み入れ、ソラの頭の中には一つの言葉しか思い浮かばなかった。


「……すごい……」


光り輝くシャンデリア。今まで見たことも無いような料理の数々。そして、きらびやかな衣装に身を包んだ人、人、人……。


「……わ、私……本当にここにいていいんでしょうか」

「かまうことは無いさ。こっちは招待客だ」


ソラには隣に立つジェスがこれまでに無いくらいに頼もしく見えた。改めて自分がただの子供に過ぎないことを痛切に感じる。

借り物のドレスに借り物のアクセサリー。そして、その借り物が無ければここにたっていることも出来なかったであろう自分。

それらの事実はソラをどんどん萎縮させていった。


(ああ……はやくお家に帰りたい……)


そんなソラをよそにジェスは持ち前の野次馬根性を隠そうともせずにその場に集まった人々に好奇の目を向けていた。


「……おい、見ろよ。あそこにいるのはモルゲンレーテの副社長のジョニー=マッケイだぜ。おお!あっちにはマス・インダストリーのカーランド=ブルームじゃねぇか!……それに大洋州のドリス=ラングリッジ首席補佐官まで来ていやがる……」


ソラには全く理解できない固有名詞が並びたてられる。ソラにわかったのは、ジェスの一言の感想だけだった。


「こりゃあ、統一連合政財界のそろい踏みだ」


確かに、その場には各界の著名人が一堂に会しているという雰囲気に満たされていた。ふと入り口を見ると、警備に当たる人々の装備が並大抵じゃないことが見て取れた。


「……なんか、ここ……怖い……」

「怖い? まあそうか。これだけの人材が一堂に会しているんだ。俺がレジスタンスなら間違いなくここを襲撃するね」


ソラは驚いてジェスに小声で怒鳴りつける。


「ジェスさん!!こんなところでそんなこと……」

「まあ、硬くなるなって。俺達はレジスタンスじゃないんだぜ?」


ジェスはそう言うとウェイターからシャンパンを受け取り、ちびちびとやり始める。未成年のソラにはこの感覚が飲み込めずに、もじもじと所在無さげに壁際に立ちすくんでいた。

その時、女性の声が会場に響いた。


「ラクス様よ!」


二階のテラスにいる女性とその後ろで控える男性にその場にいる全ての人々の視線が集まった。

ラクス=クラインとキラ=ヤマト。

平和と力の象徴たる二人がそこに居た。


「……平和の歌姫と騎士のお出ましだ」


ジェスが誰に言うとでもなくつぶやく。

ソラは先ほどまでの自分の惨めさなど忘れ去って、ただただその二人に目を奪われていた。


「皆さん……今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます」


歌姫はその良く通る声で呼びかける。


「ご存知の通り、今の世界は皆さんのお力添えなくして、平和への歩みを続けることもままなりません。粗宴ではありますが、今宵は多少なりともおくつろぎください」


ラクスはそういうと、キラにエスコートされながらゆっくりと階段を降りていく。そのしなやかな姿は同性のソラが見とれてしまうほどだった。


「フン。世界最強の力を横に置いておいて、これ以上のお力添えが必要かね?」

「そんな……」


ソラの言葉はそれ以上続かなかった。

ラクスとキラはまさに物語の中の人物であった。その二人が目の前にいる。それはひどく現実感がなく、自分がこの場に立っていることも心もとなかった。

そんなソラを見て、ジェスは肩をすくめる。後は持ち前の野次馬根性で会場中の会話を聞き取ろうとする勢いで会場を飛び回り始めた。

取り残されたソラは一人、壁際の花よろしくたたずむしかなかった。緊張のあまり、どれだけの時が流れたのかも分からなかった。

しかしそんな緊張による時の停滞は、不意に破られた。


「あらあら、とても可愛らしいお姫様でらっしゃるのね」

「ラ、ララ、ラクス様!」

「はい。こんばんは、ソラさん。今日は来てくださってうれしいですわ」

「はは、はい!こちらこそ」

「あらあら、こんなに人がいては緊張してしまいますよねぇ」


ソラは目の前の立った二人に飲まれているのだが、ラクスは気にも留めずにソラの手をとる。


「ソラさん。もう少し静かなところでお話しましょうか?」

「うん。そうしなよ。こっちは僕がお相手してるから」


最強の戦士がそう言った。それを受けて歌姫はソラをベランダへと連れ出す。

ベランダに出ると目の前に広がる庭園とそこを渡ってきた夜風が幾分ソラの緊張をほぐしていった。


「何か飲みますか?ソラさん」

「い、いえ。大丈夫です」

「まあ、ずっと立ちっぱなしでお疲れでしょう? こちらにかけませんか?」


そう言って簡単な椅子に腰掛けるラクス。促されるままにラクスの向かいに座るソラ。

見ようによっては少し年の離れた友達同士のように見えるかもしれない二人だが、一人がこうも緊張してしまっていては、家庭教師と生徒と言った方が適切かもしれない。

ラクスは手を上げると、二つの紅茶が運ばれてくる。紅茶の香りが辺りに漂う。


「紅茶でよかったかしら?」

「は、はい。あ、ありがとうございます」

「ごめんなさいね。こんなところにお呼びしてしまって」

「そ、そんなことありません。ほ、本日はお招きいただき……」


ソラの様子を見て、ラクスは軽く息をつき微笑んだ。そして紅茶を一口すする。


「ソラさんもどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


ソラは一口紅茶を飲んで、少し驚いた。少し柑橘系の甘さが口の中に広がったのだ。


「あら。お口に合わなかったかしら?ラズベリージャムのロシアンティですのよ」

「ロシア……」

「キルギス……ソラさんのいたところの近くの飲み方だそうですよ」

「ガルナハンの……」


ソラはもう一口、紅茶を口にした。口の中に淡い甘さが広がる。同時にガルナハンでの経験が頭の中に駆け巡った気がした。

自分の作った豆とジャガイモのスープをみんなが喜んで食べていたこと。

その後の硝煙の香り。

嘘に塗り固められた報道。

白銀の世界。

食べ物とも思えないものを口にしながら飢えをしのぐ人々。

……ターニャ……。

ソラのほほを一筋の涙が伝った。あまりに凄惨な世界。あまりに過酷な現実。あまりに悲しい別れ……。

ソラの涙はかれることなく流れ続け、いつしか口からは嗚咽が漏れ始めていた。


「……とてもつらかったんですのね……」


ソラは答えられなかった。ガルナハンでの別れは、ソラにとって人生ではじめての「別れ」であり、ターニャとの別れは二度と会うことの出来ない「死別」であった。

二度とは戻らない時。それは後悔などという生易しい感覚ではなかった。

あえて言うのなら、それは憎しみだった。

人が人を殺さなければ殺される現実への。

人が人をだまさなければ生きていけない現実への。

そして、それを知っても何一つ出来ない自分自身への憎しみだった。


「……私……何も知らなかった……。何も出来なかった……。みんな……みんな必死に生きていたのに……」

「ソラさん……あなたはとても優しい子ですのね……」


ラクスはソラをいつくしむように見つめ、そっと手を肩に置いた。


「世界中の人々があなたのようなら、世界はすぐに平和になるのでしょうに……」


ラクスの手のぬくもりが肩を通して体中に広がっていくような感覚にソラは満たされていった。あまりにもやさしいそのぬくもりは辛い現実から守ってくれているように感じられる。


(……ターニャ……)


その大いなる守りに守られながら、ソラは泣き続けた。一生のうち、これほど人に甘えてなくことが何度あるだろうか。

何も出来ない自分が人に甘えることに嫌悪感を覚えながらも、ソラの涙はとめどなくあふれ続けた。


「……あそこには……ガルナハンにはこんなにおいしい紅茶なんてありませんでした」


泣きじゃくりながらソラは自然と語り始めた。

まるで、それは母親に悲しいことを報告する子供のようだった。


「食べるものもほとんど無くて……寝てるとすぐに戦いになって……」

「………」

「それでも、みんな必死に生きていて……明日死ぬかもしれないのに、私の作ったスープをおいしいって言ってくれて……」


ソラはとまらなくなる自分の思いをそのまま言葉にした。


「ラクス様……なんで……なんで世界はこんなに血みどろなのに、わたしはこんなところにこんな綺麗な格好でいていいんですか?」


ラクスはたまらなくなりソラを抱き寄せる。


「ソラさん……。あなたは……今のままのあなたでいてください」


ソラははっとした。


(ソラ―――あんたはそのままで居てくれ。そのままで―――)


あの人の言葉が頭の中に響き渡った気がした。

いつしか涙は止まり暖かなラクスのぬくもりに包まれたソラがいた。


(今のままの自分……)


何度も……何度もソラは心の中で繰り返した。



特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。


最近更新されたページ

左メニュー

左メニューサンプル左メニューはヘッダーメニューの【編集】>【左メニューを編集する】をクリックすると編集できます。ご自由に編集してください。掲示板雑談・質問・相談掲示板更新履歴最近のコメントカウン...

魔獣咆哮

包囲された――そう思った瞬間、シンは動いていた。それは、戦士としての本能がそうさせたのか。(……抜けるっ!)包囲陣の突破は至難の業だ。正面、側面だけでは無い――背面にも注意を配らなければならない。 そ...

魔女と蝙蝠

オーブ内閣府直轄の治安警察省。名の通り治安警察の総本部である。単なる刑事犯罪は取り扱わない。思想犯、および政治犯を取り締まる部局だ。テロリスト対策も重要な任務の一つで、治安維持用のモビルスーツも多数配...

高速艇にて

窓の外はすっかり夜。見慣れた南十字星も今日はなんだかちょっと寂しげ。私……なんでこんなところにいるんだろう?なんだか爆発があって、モビルスーツが壊れちゃって、気がついたらこの船に乗ってる。さっきもらっ...

食料省

執筆の途中ですこの項目「食料省」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。食料省のデータ国旗等拠点オーブ連合首長国、首都オロ...

食の意味

ぼんやりと椅子に座って天井を眺めている。何をするわけでもなく。そして時折、小声で何かをつぶやく。言葉に意味はない。自分でも何を言っているか分かっていないのかもしれない。そうかと思えば、いつの間にかベッ...

飛行機でGo!

旅立ちの朝は晴天とは行かず、少し雲のある日だった。車で何時間も揺られて、着いた先は平原が広がる土地。一本の滑走路があることからかろうじて空港と分かるが、ほかには倉庫のような古い建物があるだけだ。管制塔...

隣り合わせの日常

――シン、シン……。遠くで、自分を呼ぶ声がする。か細く、消え入りそうな声。だけど、何処か懐かしい声。何時だったろう、その声を最後に聞いたのは。“あんた、馬鹿じゃない?”そう、その子は屈託無く笑って俺に...

開かれた函

暗闇の中、青白く周囲をディスプレイの明かりが照らしていた。何かの演算処理の途中経過がつぶさにモニタリングされている。PPARデルタによる運動能力の向上。テロメアの操作による延命処置。免疫細胞に対して意...

野次馬と道化

シンやシホが交戦している頃、スレイプニールはコニールの案内により一足先にリヴァイブ本部に到着していた。「ローエングリンゲート跡地に作るとは……灯台下暗しってやつだな」 《外は残骸がそのままになってる上...

邂逅

表面上は冷静に全速で階段を駆け下りるシンだったが、体の芯から立ち上る怒りは一向に収まらない。あとコンマ1秒、引き金を早く引けば。あとコンマ1秒、奴が気づくのが遅れればー……(遅れればなんだというのだろ...

道化と女神の二つの理想

古いびた部屋の中、男は待ちくたびれていた。それもひどく。持ってきた煙草は残りあと二本。灰皿には三箱分の吸殻がうず高く積もっている。換気扇は一応回っているが充満する灰色の霞をかき回すだけで、まるで用を足...

逃亡の果ての希望

夕暮れに霞むオロファトの街中を一台の車が走り抜ける。ジェスの車だ。車中から男が二人、周囲をキョロキョロ見回しながら、人を探していた。TV局から逃げ出した一人の少女、ソラを。しかし歩道には大勢の人々が前...

近衛監査局

執筆の途中ですこの項目「近衛監査局」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。近衛監査局のデータ国旗等拠点オーブ連合首長国、...

転変の序曲

この世の中で誰にでも平等なものを二つ挙げよ――そう問われれば、ソラ=ヒダカはこう答えるだろう。“時と自然”と。今、ソラの頬を風がそよいでいく。それは心地良いもので、そうしたものを感じる時、ソラは思う。...

赤道連合

執筆の途中ですこの項目「赤道連合」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。赤道連合のデータ地図ファイル:No map.jp...

赤道内戦

執筆の途中ですこの項目「赤道内戦」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。この項目「赤道内戦」は、現在査読依頼中です。この...

赤き妄執

「ストライクブレード、ねえ?」ディアッカ=エルスマンの視線の先には真新しいモビルスーツが搬入されている。「おうよ、量産機でありながらフリーダムブリンガーに匹敵する性能。フェイズシフト装甲をオミットした...

赤い三日月

査読依頼中ですこの項目「赤い三日月」は、現在査読依頼中です。この項目のノートで広く意見を募集しています。赤い三日月のデータ国旗等拠点イラン高原規模不明代表ユセフ=ムサフィ関連組織サハラ解放の虎目次1 ...