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『……───…─』
TVに写った年若い女性が、切々と何かを訴えている。
「ハッ」
それを、シンが笑い飛ばした。
「んー?どうしたんだい?シン」
たまたま一緒にTVを見ていたユウナが、唐突に笑ったシンを不審に思い声をかけた。
「いや、こんな演説で騙されるなんて、世の中のってのはつくづくバカだなってさ」
「あぁ、彼女の演説は確かに大きな影響を持ってるからねぇ…」
TVに写っているのはラクス・クライン。かつてのプラント最高評議会議長の娘にして、現統一連合の実質上のトップの一人。
「うん、だけど彼女は良く考えて喋っているよ。民衆が彼女の言葉について行くのも解る」
「ハァ?こんな綺麗事ばかりの演説に、考えなんて…」
『私達の目指す世界を、良く思われない方々…こんな言い方はしたくありませんが、いわゆる「反逆者」、と呼ばれる方々が…』
「な?なんだかんだ言って従わないヤツにはレッテル貼りしてやがる」
「そう、そこだよシン君!」
「おわ!なんだよ急にでかい声出しやがって!?」
急に立ち上がり、シンを指差して叫んだユウナに、シンは面食らう。そんなシンに構わず、ユウナは続ける。
「コレがいわゆる『ネーム・コーリング』さ」
「ネーム・コーリングぅ?」
聞きなれない単語に、首を傾げる。ユウナも座りなおして続ける。
「自分にとって都合の悪い相手にレッテル貼りをして自分の正しさを強調する、プロパガンダの方策の1つさ。」
「なんだ、アンタこういうことに詳しいのか?」
「まぁね。これでも一応一通りの勉強はしてきてるからね!」
「へぇ」
自慢げな組織のリーダーに、生返事をかえす。
『…今のこの世界は確実に完全なる平和に向かって歩みだしているのです。私達の創り出す自由に…』
「っと、コレもだね。『華麗な言葉による普遍化』」
「華麗な…なに?」
「『華麗な言葉による普遍化』。今の話で言うと「完全なる平和」、だとか「自由」とかっていう綺麗で、誰にでも解る普遍的な言葉で飾る事で、ただ事実でしかない事を綺麗で魅力的に見せる手法さ」
「やってるのは従わない連中を力でねじ伏せる事なのにな」
「そ。でもこうして、『完全平和に向かって歩いている』『自由を創り出している』と言えばさも綺麗な行為に見えるだろう?」
『…今や私達は、地球各国、プラント最高評議会その双方の支持を受け…』
「こいつもだ。『転移』ってやつさ。権威のある物を味方に付ける事で自分たちが正しいと思わせる」
「実際には地球、プラント両方で反対運動も起きてるのに、か?」
「そんなのは大半の人々にとってはモニターの中の出来事さ。実感の無い事実より真実味の在る言葉に人々は吸いつけられる」
『…かつてジョージ・グレンは仰られたそうです。「コーディネィターとは、未知と人との架け橋である」と。コレまで人類が成し得なかった完全平和は、正に未知の…』
「また来た。今度は『証言利用』。有名な人物の発言を利用して言葉を飾る」
「GGを知らないヤツなんかコーディネィターでもナチュラルでも居ないだろうしな」
『…戦火にご両親や恋人、大切な人を失った方も居られるでしょう。私も、戦火に父を失いました…』
「うーん、ココまで徹底するのか…。今のが『平凡化』だね」
「『平凡化』?」
「あぁ。”貴方達は大切な人を失いました。私もです”って言うことで、自分の立場を民衆に近づけるんだ。雲の上からかかる声より、隣から話しかけられたほうが説得力、あるでしょ」
『…今も尚、実際に各地の反抗運動者の手によって多くの人命が失われています…』
「ふざけやがって…。むしろ人を殺しまくってるのは統一連合の方だろ。昨日の戦闘でだって…!」
「まあまあシン、気持ちは解るけど落ち着きなよ。今のもまた『カードスタッキング』って方策さ。『統一連合による犠牲』っていう都合の悪い事実を隠して、代わりに『レジスタンスによる犠牲』って言う都合のいい事実を強調する」
「チッ」
『…しかし先日も、反抗運動の拠点の一つを壊滅することに成功しました。この様に、やはり世界は正しい方へと…』
「あー、コレも使う?『バンドワゴン』」
「今度は何だ?」
「ごく限られた事柄を挙げて、それが全体で起こっている様に見せかけて宣伝するのさ。実際は…」
「ああ。俺達含めてまだまだレジスタンスは残ってる。各レジスタンス組織が連携を取った大反攻作戦の話だって挙がってるんだ、そう簡単には負けない」
「だろ?ちなみにこの他にも…」
【警報!各員戦闘体勢に…】
ユウナの声を放送が断つ。
「あぁ、講義はもういい。俺の戦場はMSのコクピットだからな。そーいうのはアンタ達に任せたよ」
「…あぁ、任されるよ。戦闘は君達に任せて、僕等は安全な仕事をこなさせて貰おう」
話の腰を折られて少しだけ不満げなユウナも皮肉気な笑顔で答えた。無論情報戦とはいっても常に危険は付いて回る。それでも笑顔で、ユウナは答えたのだ。
「ハッ、言ってろ」
それを解っていて、シンも自分の戦場に駆けて行った──。
注:各用語の解説
◇川上和久・明治学院大学法学部長は、『イラク戦争と情報操作』(宝島社新書)という本で、プロパガンダ「7つの方策」を述べている。もともとはコロンビア大学のミラー教授が 設立した「宣伝分析研究所」が発表したものであるが、それは次のようなものだ。
(1)ネーム・コーリング(悪いイメージのレッテル張り)
(2)華麗な言葉による普遍化(「自由」「正義」「愛」「平和」といった普遍的な価値との結びつけ)
(3)転移(権威ある存在を味方につけ、自らを正当化)
(4)証言利用(有名人の発言を利用)
(5)平凡化(立場を似せて、親近感を得る)
(6)カードスタッキング(都合がいいことの強調と、都合が悪いことの隠蔽)
(7)バンドワゴン(ある事柄を、世の趨勢であるかのように宣伝)
アメリカでは戦後からずっと研究が発達しており、ナチス演説の一つ一つの言動を研究して統計化、科学として類型化してる。
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