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――人の願いが、叶う時があるのなら。
その為に何が犠牲になったのか考える必要がある。
オラクル事件集結――その報がラクス=クラインの元に届けられるのにそれ程の時間は掛からなかった。
「……そうですか。ご苦労様です」
言葉少なに、ラクス。手にしたティーカップから紅茶を一口含むが、それだけで直ぐにソーサーに戻す。……味がしない程、ラクスにも衝撃はあったからだ。
「犯人であるセシル=マリディアは我らが“正義の剣”によって退治されました。やはり、素晴らしい方です、あの方は。世界の危機に颯爽と現れ、そして――」
報告していたウノ=ホトは普段冷静な士官だが、この時ばかりは上気していた。それはそうだろう、“ピースガーディアン”に志願し、参加した者は多かれ少なかれキラ=ヤマトやアスラン=ザラの英雄的な逸話に憧れている。そんな彼等にとって今回の事件は、目の前で新たな英雄伝説が生まれた瞬間に等しい。まるで映画を見終えた子供の様にウノがはしゃいでしまうのは仕方のないことだろう。
だが、そんなウノをラクスは――表情こそ何一つ変えなかったが――疎ましく思っていた。
(アスランの悲しみを知りもしないで……)
ラクスにとって、ウノの様な存在は好ましいと言える。だが……今は、側に居て欲しいとは思えなかった。
「ウノさん、良く解りました。キラを呼びに言ってくれませんか?」
だから、適当な理由を付けてウノを追い払う。そんなラクスの真意に気づきもせず、ウノは「はっ! 了解であります!」と言って身を翻すと“歌姫の館”の何処かに居るはずのキラ=ヤマトを探しに行った。
オラクル事件が始まってから、ラクス=クラインは一睡も出来ないで居た。元来気丈な彼女だが、身内の危機にはそれなりに思う所がある。……だが、それすらも人前で明かす事が出来ない気丈さが、ラクスの不幸だった。
メイド達が入れてくれたハーブティは、何の味もしなかった。
「……少し、宜しいですか?」
そんなラクスの元に、奇妙な客が訪れた。客と言っても、ここ“歌姫の館”に常駐していると言って良い盲目の男“マルキオ導師”である。そもそもキラとラクスが孤児達の面倒を見始めたのは、紛れも無くマルキオの影響があってのことだ。普段は一応仮にも“新婚家庭”のキラとラクスに遠慮して、離れで静かに過ごしているのがマルキオの日常なので、この様にラクスの元に現れるのは珍しいことなのである。
「導師。お珍しいこと。……今、お茶を用意させますわ」
直ぐにラクスの思索の邪魔にならない程度に控えていたメイドが盲目のマルキオを椅子に導き、ラクスと同じハーブティを入れてくれる。紅茶を「ありがとう」と言って、早速愉しむマルキオ。……それなりに長年一緒に暮らしているが、限りなくマイペースな男である。ひとしきり紅茶を愉しむと、マルキオはその見えない目をラクスに向ける。
「……歌姫殿は、大分心労の様子。私で宜しければ、伺いましょうか?」
ラクスはどうにも、この男が苦手だった。何もかも見透かす様な、この男が。……しかし、ラクスはこの男の心遣いに乗ることにした。この後キラが来た時に、更に連鎖させたくはなかったのだ。今、キラが来る前にこの心のわだかまりを何とかしておきたい――それは、ラクスなりにキラを愛するが故の行為である。
「……ソラさんの事ですわ」
もう一度、マルキオは紅茶を口に運ぶ。それは唇を湿らす程度のもので、無言でラクスに次の言葉を促すものだ。かちゃりという陶器の音が心地よく聞こえる――そんな音に押されて、ラクスは激流の様な感情を少しづつ言葉にまとめていく。決して激してはならないという信念だけが、今のラクスを支えていた。
「オラクルの進撃の際に、トゥルージャスティスを借りて言葉を紡いだ“奇蹟の少女”ですか……。確かにイレギュラーですが、貴女が気にする様な事では無いと思いますが?」
マルキオにとっても、今のラクスの言葉は意外だったらしい。てっきり、被災者の現状について心を痛めているのかと思っていたのだ。無論、それもあるのだろうが。
「そうかもしれません。いいえ、その筈なんです。でも……私は、あの子が言った言葉が忘れられないのです」
それは、確かにラクス=クラインだった。表情一つ変えず、見るものに安らぎを与え続ける女神――その中で渦巻く激情の発露。ラクスにもっとも近い者しか知らない負の感情。それを敢えて言葉で紡ぐのなら、何というだろうか。
「“命の証”――私には、その言葉が鋭い槍の様に感じられるのです」
「ふむ……」
もう一度、紅茶を口に含むマルキオ。その開かぬ双眸は、今や鋭く絞られている。おそらく当代一の分析力を持つマルキオの脳細胞が活発に蠢いている。
「確かに、我々にとって痛い言葉です。――しかし、それは只の“言葉”です。お心に留め置くのも宜しいでしょうが、余りお考えにならない方が宜しいかと存じます」
それは、マルキオなりの優しさなのだろう。目の前の女性は、英雄と呼ばれてこそ居るが、実際は二十歳そこそこの非力な女性に他ならない。誰もがその事実を忘れているだけで。
――しかし、ラクスは首を振った。そして、こう言った。
「忘れることは出来ません。私はずっと、全てを背負ってここまで来たのです。喜びも、苦しみも、悲しみも――全てを。その先に、きっと私の望むものがある筈なのですから……」
そんなラクスは、正しく“女神”だとマルキオは思う。同時に、哀れな人だとも思う。全てを背負い続けることは、出来ることではない。――出来ることではないのだ。
そういう人間は、いつか、きっと――。
ただ、風が吹き抜けていく。髪がなびく様をラクスは感じながら、少しも進むことの出来ない胸の内を煩わしく――そして、ソラ=ヒダカという無力な筈の少女を思い起こしていた。
「……ああ、終わらせよう」
通信機から聞こえた最後の言葉はそれだけだった。
「待って! アスランさん!!」
既に切られてしまった通信機に向かってソラが思わず叫ぶ。そして、次の瞬間、低い爆音と共に地鳴りのような振動が響いた。
「……そんな……」
言葉を失い、呆然とするソラを見つめるジェス。さしものハチも黙り込む。思わずソラはその場にへたり込んでしまった。そして、虚ろに言葉を紡ぐ。
「セシルさん………」
つい半日前まで、こんな事態になるとソラに夢想できただろうか? シノもカシムも、そしてセシルも。ほんの数時間前まで、ともに言葉を交わした人々が、ソラの目の前で生命を散らしていく。
シノの、セシルへの淡い想いは、罰せられるほど罪深かったのか?
カシムの、病んだ身体でも『もっと生きたい』という想いは、罰せられるほど罪深かったのか?
其処には悪意は存在せず、ただただ純粋な想いが有っただけだ。
(何処かで何かが、致命的にズレたんだ)
ジェスは歯噛みする。
それをジェスの無力さから来たと責めるのはお門違いというものだろう。だが、それでもジェスは思うのだ。『きっと他の道を見落としていたのだ』と。
虚ろな瞳で虚空の一点を見つめるソラ。
多くの、無辜の命が自分達の眼前をすり抜けて行ったのだ。
それは、戦場ジャーナリストとして数多の戦場で無数の死を目撃してきたジェスにすら、やりきれない想いが有る。
(16歳の少女に耐えられるようなシロモノじゃない……)
だが、これが今の『世界の真の姿』であり、この結果が『16歳の少女達が「精一杯の想い」で出来た事』なのだ。この『絶望と暴力に満ちた煉獄』こそが。
「……なんで………なんで、アスランさんは………なんで……」
見かねたジェスがソラの肩に手を置くと、ビクリと体を震わせて、ソラはジェスに向き直った。ソラの虚ろな瞳をジェスは見つめ返す。
まるで魂が抜け落ちたかのような、無気力なソラに何か声を掛けようとした瞬間。
ジェスがたじろぐほどの勢いでソラが思いの丈をぶちまけた。
「なんで、アスランさんはセシルさんを助けてくれなかったの!?」
ジェスに当たっても何の意味も無いことは当人が良くわかっている事は、ジェスも理解していた。同時に、それでも誰かに吐き出さなければソラの心が砕けてしまう事も。せめて、一番近くにいる自分がソラの言葉を全て受け止める事しかジェスには出来なかった。
「なんで、セシルさんは戦いをやめなかったの!? シノやカシム君がどんな思いでいたのか分かっていたのに!」
殆ど絶叫に近いソラの言葉を黙って受け止めるジェスに対し、ソラはかまわず言葉をジェスにぶつけ続ける。
「なんで! なんでよ!! なんでセシルさんが殺されなきゃいけないの!!」
――『殺される』その言葉に黙っていたジェスが重い口を開いて答えた。
「それが、セシルの望みだったからだ」
「望みって……! じゃあ、シノとカシム君の思いは何処へ行くのよ!?」
ソラは半狂乱だった。自分が間違ってしまったから、セシルも死なせてしまった――言葉にはならずとも、そうした疑念がソラの体を蝕んでいるのがジェスには手に取る様に解る。
ジェスは、ソラを諭す。一つ一つ、言葉を選びながら。ゆっくりとソラに染み渡るように。
「あの場で、セシルを“説得する”事は、今までのセシルを全て否定することになる。……それだけは、アスランは出来なかったんだ。懸命に生き、懸命に思いを紡いで、結果として間違ったとしても。まだ救いがあったのなら、何としても助けたろう。……しかし、結果として彼にとっての“救い”は無くなってしまった。アレが、アスランに出来た最後の“救い”だったんだ……」
「そんな……、そんなの詭弁です!」
ヒステリックに叫ぶソラの瞳を見つめながら、ジェスは言葉を紡ぐ。
「それでもだ。それでも……男が命懸けで決めたことを頭から否定してやる程、アスランは非礼じゃない。俺がアスランだったとしても、そうしたかも知れない。」
ジェスは勤めて静かにソラに語りかけた。それはソラに対する最低限の礼儀のようにジェスには感じられたからだ。この、暴力でしか判りあうことの出来ない世界にい続けなければならない、この当たり前の少女に対する。
「ソラ、解ってくれとは言わない。俺だって、納得なんか出来ない。……けどな、自由に生きることが出来なかった人間が懸命に命を紡ぎ、そしてその一生に後悔が無いのなら――死に場所を選んだ男を止めるのは無粋だ。あの場で、セシルを救う唯一の手段は、アレだけだったんだ……」
ソラは、ただジェスの胸で泣き続けた。それしか、出来そうもなかった。
そんなソラにジェスは言う。それが、今この子に出来る事だから。今までの人生の中で、正解だと思えることだから。
「俺はジャーナリストだ。“野次馬”なんて揶揄される、一介の戦場カメラマンだ。……人が死ぬ光景は、何度と無く見てきた。理不尽なことだって、何度だって見てきた。そんな俺から、唯一言える事がある」
「…………?」
ソラは、流れる涙もそのままに、ジェスの瞳を見た。それは、怒っているではない、優しく微笑んでも居ない――けれど、強い意志を秘めた瞳。
「覚えて居るんだ、この事を。『忘れろ』なんて言わない、覚えていろ。懸命に生きた人達の生き様を、心に刻んでいくんだ。……せめて、俺達だけでも彼等が正しかったことを、彼等が誇りをもって生きていたことを覚えていてやるんだ。誰の為でもない、自分の為に、覚えていてやるんだ。……忘れるな、ソラ=ヒダカ。人は、言葉を紡ぐ生き物――人の“思い”を受け継いでいく生き物なんだ――」
それが、ソラにとっての“答え”であるのかは解らない。それからソラは力尽きるまで泣いた。ただ、泣き続けた。
事後処理は、煩雑を極めた。特にそれは期せずして当事者となったメイリン=ザラには圧倒的な責務となって押し寄せてきていた。
「……なんだって一々こんな小さな事まで文書化して私が監査しなきゃならないのよーっ!」
西ユーラシアにおける治安警察本部の一室で、一日数度のヒステリーをメイリンはぶちまけていた。
「文化ですから仕方がありません」
毎度の様に落ち着いた様子でエルスティン=ライヒ。もっとも彼女の場合、慌てること自体が無いのだが。
「文化、文化って……こんな役に立たない文化ってどうなのよ!?」
「こういうのをカルチャーショックというのでしょうか? 字面的には適合しますが」
「あああっ、もう!」
メイリンとエルスティンの会話は、治安警察名物になりつつある。当人達の意志に反して。だから書類が増えるという隠し要素もあって、メイリンの事後処理はなかなか終わる様子が無かった。
取り敢えずひとしきり叫んだ後、メイリンは諦めたようにデスクに座り、案件を一つずつ片付けていく。……そして、何件かの案件を片付けた後に出てきた書類にメイリンは怪訝な顔をした。
「……何よ、これ」
それはオラクルが出現してからのルートを図式化したものだった。それは軍事にはそれ程明るくない彼女でも不自然に感じられるものだったのだ。メイリンの疑問の声に引き寄せられたのか、エルスティンもその書類を覗き込む。
「滅茶苦茶ですね。一つの要因としては市町村に配備された統一軍を避けていた、という見方は出来ますが?」
「それにしたって、ねぇ……」
そんな避け方をする必要が無いのがオラクルだ。西ユーラシア統一軍を一機で壊滅出来そうだったのが、オラクルなのだ。……そんな必要など、無かったのだ。
不意に、メイリンの脳裏に“ある考え”が浮かぶ。もっとも、直ぐに「そんな事、有り得ないわね」とその思惟を振り払った。……そんな事、ある筈無いのだから。
(少しでも被害を抑える為に、オラクルのパイロットが市街地を避けた、なんてね……)
要衝ハノーバーだけは避け得ぬ道筋だった。だがそれ以外を避けようと思えば、こういうルートになる。意外な程、説得力がある考え方だ。
けれど、メイリンは馬鹿馬鹿しいと思えた。他に考えることが山程あるからだ。
……しかし、こうも思えた。そう思うことは、この陰惨な事件の一つの救いになると。誰の為でもない、自分の為の救いに。
結局、その思惟は最後まで振り払うことは出来なかった。
アスラン=ザラは気鬱だった。
何とか、オラクルを止めることは出来た――それは良い。
何とか、統一軍の被害を(まだ)最小限に出来た――それも良い。
しかし、セシルを救うことは出来ても、助けることは出来なかった。それが、アスランの結論だった。
(俺だって、神様じゃない。あそこまで歩んでしまった若者を止める術は、あれしか無いんだ……)
そう、何度思っても。そう、何度結論付けても。
やはり思い悩んでしまうのがアスランという人間だった。
「ふう……」
何度目かの溜息を付く。今アスランは軍から拝借した車を駆り、一人ジェスとソラの元へ向かっていた。後始末は追っかけてきたライス少尉に押しつけて、である。勿論愚痴を言われたが、「頼むよ」と言って押し切った。
ソラに、会わなきゃならない――それがアスランの出した結論だった。
この事件で、もっとも心を痛めた少女。その子にきちんと会わなきゃならない……それは、アスランなりのけじめである。
罵られても良い。罵倒されても良い。……けれど、それしか考えつかなかった。それしか、結論を出せなかった。だから。知って貰いたいのだ。せめて当事者である少女に。
ジェスに連絡を取ると、直ぐに返事は帰ってきた。カシムが死んだことも、その時知った。もはや、何の救いもないのだという事が解ったのは、アスランにも良く解った。
ジェスから集合地点を聞いて、アスランはのろのろと電話を切って、もう一度深く嘆息した。
――それ以来、気が重い。
どんな顔をしてソラに会えば良いのか、さっぱり解らないのだ。
ただ、彼女の思いを受け止めなければならない――それは痛切に思う。ここで逃げたら、アスラン自身一生後悔するだろうから。
せめても、自分に誇りを持たなければ、死んだ人も浮かばれない。それがアスランの美学だ。
そんな考えに耽っていたから、ジェスが望んだ合流先に不自然さを感じなかったのかも知れない。今、車を運転しながらようやくその事に考えが及んだアスランは「何で、あの場所なんだ?」と困惑しながらその場所へ向かっていた。
――ベルリン。かつて、デストロイというモビルアーマーが完膚無きまで破壊した都市の場所である。
ベルリンは、デストロイによって破壊された都市である。
しかしそれは五年も前のことで、五年もあればかなりの部分が復旧出来る。五年間の歳月は流通ルートとしてのベルリンの役目を大きく減退させはしたが、都市の姿を立ち直らせるには十分な期間だった。
ベルリンの再興――それはある意味で西ユーラシアの悲願であったから。
アスランはベルリンに車を乗り入れると、それが直ぐに解った。
「……これが、今のベルリンか……」
正直、美しいと思った。大破壊は都市開発計画を更地からスタートさせ、無駄や無意味な建造物を軒並み撤去させた。都市を大きく十字に分断する幹線道路、そして景観を損ねない様に注意を払われた建造物の数々――そして都市を取り巻く様に作られた穀倉地帯。
それらは、全て“人の意地”だった。全てを破壊され、全てを失って。それでも、立ち上がることの出来た人々の姿だった。
アスランは目的の場所、ベルリンの中央にあるアーチ状の建造物の所に車を止めるとそこから歩き始めた。そこに、ソラとジェスが居るはずなのだ。
ソラとジェスは、直ぐに見つかった。
夕日の中、ソラもジェスもそこに見入っていた。輝く様に復興されたベルリンの街に。先にアスランに気が付いたジェスが、大きく手を振り上げてアスランに合図する。それでソラにもアスランが来たのだと直ぐに解った。
アスランとソラが何かを言うよりも早く、ジェスが口を開いた。
「どうだい、良い場所だろう? 西ユーラシアに来たなら、必ずここに寄りたかったんだ」
アスランは曖昧に「ああ、そうだな」と答えた。……とはいえ、満更でもない。
夕日に染まったベルリンの街――それはあの血に染まったベルリンをも想像させる。だが、その二つの都市を結びつけて考えることは、今はかなり難しい。作った人々の意地が、そうさせているのだろうか。
「ここに来るとさ、なんつーか……ちっぽけに感じるんだよな。俺は、ただ一人の人間だって。たった一人の人間だって。けれど、ソイツ等が何人も集まれば、こんな事も出来ちまう。……この都市計画を発案した奴は、かつてのベルリンの住人だったそうだ。たまたま戦火にかち合わなかった奴は、一報を聞いて慌ててベルリンに舞い戻って、絶望したそうだ。『こんな事があるはずがない』ってな……」
「……それで、どうしたんですか? その人は」
ソラが静かに口を開いた。その声音には怒りはない――それがアスランには安堵を与える。
「あちこちに掛け合って、救助物資を集めてベルリンの住民を集めた。そして、悲嘆に暮れる住民達に檄を飛ばしたそうだ――『もう一度、ベルリンを立て直そう』ってね。最初こそ悲嘆に暮れていた住民達はしかし、まるで怒りの矛先をそこに向けたかの様に都市開発に精を出す様になった。……まあ色々あったそうだが、今に至る」
「……大した男だな」
アスランも感想を漏らす。その心には、楔が刺さったままだとしても。その思いには絶望が溢れていたとしても。
――それでも立ち上がることが出来た人が居る。それでも、立ち上がった人達が居る。それは、何と素晴らしいことだろうか。
「私達も、いつか立ち上がれるんでしょうか?」
ソラが、ぽつりと言った。それに対する答えは、アスランもジェスも知っている。だからこそ二人は声を揃えて言った。――たとえそれが自分には出来ないかも知れない事だとしても。
「「ああ、必ずな。いつか、きっと――」」
ふと、ソラの後ろを若い夫婦と小さな子供が走り去っていった。それが何故かセシル達に見えて、ソラは涙を押し殺す様に空を見上げた。
紅く染まる空が、ただ何処までも広がっていた。
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