仮想第25話:ガルナハンの春(中編):第五幕B

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☆第五幕:魔女蘇り(後編)



そうしてその日も暮れ始めた頃、嘆願書城春の陣5日目は本丸落城によってようやくその終結を見たわけである。グレゴリーやコサカ派遣の将校達も疲れてはいたが、何より一番疲れていたのはアスハとアスラン、特にアスハの方であった。

非常事態時の火消し役に近い立場にいるアスランはいくら手間を取られようともこちらの仕事に没頭できるが、統一連合主席兼オーブ連合首長国代表という人の丈(たけ)ほどの長さの二束の草鞋(わらじ)を履いているアスハはこの仕事以外にも様々なトップとしての仕事をこなさなくてはならなかったのである。

それが続く事5日間、目が充血して髪も枝毛となったアスハはそれでもトップとしての最低限の威厳を守った。仕事を終えて派遣組の将校達に礼を言いつつ官邸から解放してやると、歌姫の館への送迎を担当する専用車に辿り着くまでの間は普段に比べてやつれてはいても『アスハ主席』として公務員達の模範たるに相応(ふさわ)しい在り方を貫いたのである。


 そして、ようやく代表専用車に乗り込むと、ようやく彼女は『アスハ主席』から『カガリ=ユラ=アスハ』へと戻ったのである。


「うはぁーっ!!疲れたー!!」


 代表専用車の手前までは形だけでも整えていた主席兼代表としての権威は最早どこかへと吹き飛んで犬の餌にでもなってしまったのであろう。外部からは内部が何も見えない黒ガラスの専用車である事を良い事に、長く履いていた若干窮屈な革靴を脱ぐなり広々と中部座席を占有してごろりと寝転んでしまったのである。百年の恋も、否百年の忠義も一時に冷める光景である。


「………まあ、さすがに今は権威だどうのこうの言うべき時ではないな。」


 とは、その光景を後部座席から眺めていたアスランの一言である。ここ数年、カガリの奔放な言動をキサカやバルトフェルドと共に諌めてきたアスランではあるが、さすがに今日は事情が事情である。それに、外部から隔離された専用車の中であればこれぐらいの放胆ぶりも許容範囲内であろう。


「とりあえず、歌姫の館に向かってくれ。今日だけは絶対に官邸なんかに詰める気は無いからな。」


 運転手に指示を出すと、黒の車両は丁寧な運転で郊外の歌姫の館へと向かう。その行程の大体中頃に差し掛かったあたり、ふとカガリはアスランに呟(つぶや)いた。


「なあアスラン。」


「何だ、カガリ。」


 公の場でも正規の場合と比較すれば相当砕けた関係の2人であるが、こうして2人だけになるとその砕け方は更に顕著となる。


「私は、キサカに頼り過ぎていたみたいだな。」


 ごろんとシートに寝ながらの発言であったが、その心は十分真摯なものであった。


「今まで色々と学んできて、少なからず物事を知っていたつもりになっていたが、キサカがいなくなった途端この様(ざま)だ。軍部の連中にいいように担ぎ上げられて、アスランがいなければ無用な大量の予算を特例で承認しかけてしまったり、おまけにたった5日、たった5日だけでもあいつの仕事を肩代わりしただけで、こんなに疲れている。」


「………」


「アスラン、やっぱり私には父上の道を正しく継いで行く事ができないのかもしれない。どうすればいいと思う?」


 それはカガリの本音。今まで全力で物事にぶつかり、表向き最高の指導者としての役割を果たそうとして、それでも尚不安を抱えているカガリ。

カガリの眼前にいるのはオノゴロで散ったはずの父、ウズミ=ユラ=アスハ。理想に対して寸分の疑いも狂いも無く、行動の指針はパルサーの如く定まり、その実績は名君と呼ばれるに値するオーブの獅子。カガリの追い求める最高の指導者の幻影であり、後継者として避けようとも避けて通れない有能すぎる先代。

自分はどれだけ頑張っても父ほどには至らないのではないか、自分の進んでいる道は父の進む道とは違うのではないか。それらの不安が生来前向きであるはずのカガリにこのような弱気の発言をさせているのであった。


「そんな事は無い。カガリはきちんと主席として、代表としてその責務をこなしている。俺の知る限りでは、カガリはこの重責を最もきちんとこなせる人間だ。心配しなくても大丈夫だ。」


 アスランの励ましが、カガリの内心のしこりに効果があるかといわれれば否である。アスランはカガリの行動自体を肯定していたが、カガリは自分の目指すべきものを求めていたからである。しかし、そんな事を言う事も無くカガリはアスランの励ましで納得できたと自分を騙しつつ呟くのであった。


「そうか。………ありがとう。」



 一方、仕事を終えたグレゴリーは官邸を出ようとしてある人物と鉢合わせする事となった。


「あら、グレゴリー。」


 それは治安警察省の魔女として有名なアスラン=ザラの妻メイリン=ザラであった。


「おや、これは参事官。総監をお探しですかな?」


「ええ。知っているの?」


「確かザラ総監なら、『主席が疲れているようだから一緒に付いて行く。』と言われたはずですが。」


 そう聞くが早いかメイリンはグレゴリーをおいて官邸から飛び出ていった。一人残されたグレゴリーは。


「いやはや、愛とは良いものじゃのう。」


 などとこれからすぐ後に起きる結末を知っていたらまず口に出来ないであろう気楽な言葉を呟いていたのであった。



 官邸から主席専用車が歌姫の館に向かって走り出してから大体30分後の事、主席専用車が通った道を主席専用車以上の速度で走る一台の車があった。メイリンの乗る車である。


「………馬鹿馬鹿しい。アスランが歌姫の館に寄るのなんていつもの事なのに。」


 そうやって自分の過剰神経ぶりを嘲笑(あざわら)うかのような台詞を言ってはいるが、メイリンの足はアクセルを過剰に踏みつけないように感情と理性が今も激闘を繰り広げている。


「………でも………」


 理性は自制を要求している。この行動は無駄だ。否、無駄なだけならまだ良い。もし、そこに何かあったら、今まで積み上げてきた全てが瓦解する。別に事実がどうであろうとどうという事もあるまい。なぜなら、アスランは良心の人だから。

しかし、一方では感情は前進を要求する。その場所には何かがある。否、何かがあるだけならまだ良い。もし、その事を知らずに過ごすなら、許す事のできない裏切りが生まれる。別に良心がどうであろうとどうという事もあるまい。なぜなら、アスランは流転の人だから。


「………くっ!」


 車は制限速度すれすれで高速道路を走る。時は近付いている。



 一方、場所は変わってラクス=クラインの私邸『歌姫の館』。オーブ、否現在では統一連合の最高権力者ともいえる4人が集う統一連合の真の中心。カガリはアスランに付き添われて、ようやく安息の地に辿り着いたのである。


「カガリお姉ちゃん、お帰りなさい!」


「あっ、アスランお兄ちゃんもいる!一緒だ一緒!」


「ねえねえ、お姉ちゃん遊ぼう!ラクス様もキラ様も今日はお仕事なんだって。」


 玄関を通るなり、束になってやってくる子供達。普段なら仕事帰りの父親よろしくかまってやるところなのだが、不本意ながら現在のカガリにはそれを捌(さば)くだけの気力も無い。


「すまないが、今日は少し休ませてやってくれ。申し訳ないが、保育士の人達と今日は遊んでくれないか。」


 子供達から上手くカガリを守りながら、アスランはカガリを誘導していく。


「悪い、アスラン。こんなところにまで手間を掛けさせて。」


「何、大した事じゃないさ。大体、カガリの性格だとどれだけ疲れていても、子供達に飛びつかれたらついつい遊んであげてしまう事は見えていたからな。わざわざ、専用車で一緒に帰ったのもその為さ。」


「全く、アスランには敵(かな)わないな。お前にはこれからも本当に迷惑ばかりかけそうだ。」


「どうという事はないさ。いつもの事だし、これも仕事だからな。」


 カガリの表情が曇る。


「仕事?」


「い、いや、そういうわけじゃない。仕事だっていうのも確かにあるが、俺はカガリを助ける事に十分な意味を感じている。父を裏切り、プラントを捨て、右往左往したが、今の俺はこのカガリの治める世界を守護浄化しカガリ自身を補佐輔弼するという確固たる立場がある。

迷いが吹っ切れたわけじゃない。カガリに歯向かう反体制派の連中の心も分からないわけじゃない。だが、それでも俺は、長い争いの末に打ち立てられたこの未来への希望を、自分達の怒りと憎しみの為だけに断とうとする連中から、守る為の剣(つるぎ)である事に何の疑いも持ち得ない。それは、俺自身にとっての望むべきものなのだから。」


 それはアスランの本心。彷徨(さまよ)い続け、自分の立ち位置すら流転させた男が得た一つの確固たるもの。現在のカガリと統一連合の体制に例えどれだけ矛盾があろうとも、少しずつ是正し修繕してゆけば、やがては歴史に誇れる立派な平和な時代を生み出すであろうという信念であった。


「アスラン………」


 カガリはアスランの思いを知っているつもりだった。今までの行動から、アスランが自分を助ける事を自分の立場として納得しているであろうという事は分かっているつもりであった。だが、ここまでしっかりと明言されたのは、これが始めてであった。それだけに感動も一入(ひとしお)であり、思わず。


「ありがとう。」


 アスランの胸に飛び込んだ。


「どういたしまして。」


 アスランもまた、そのカガリを両腕で抱え込むのであった。



 この時、2人の持つ特性を良く知る者であればこの状況がいかに恐ろしいものであるか、容易に想像できたであろう。カガリの保有特性『浅慮』、そしてアスランの保有特性『女難』。現状という可換群の上における『浅慮』+『女難』=の式。この式の等号の先に果たして何があるのか。それは急いで駆け込んできた女性の到来によって明らかになるのであった。


「………アスっ………」


 余りの動揺の為にその焦点の合わない視線に最初に気付いたのはアスランであった。


「なっ!?………メイっ………」


 彼女の視点から見た2人の関係を把握したアスランも、この不幸過ぎる現状に動顚(どうてん)してしまった。


「??アスラン、どうしたんだ?」


 唯一、未だ状況を理解できないカガリがガタガタと震えるアスランの胸に不信感を抱いてアスランの顔がある上を見上げる。アスランの顔はまるで亡霊でも見たかのような呆然とした表情を呈していた。


「どうしたんだ、急に。何か驚く事でも―――――」


 そう言いながらカガリもその方向を振り返ると、最初はメイリンの表情に不思議な感覚を覚え、次にアスランの表情も異様だった事を思い出し、最後のこの2つが意味するところを察して慌てだした。


「メ、メメメメメ、メイリン!?いや、その、これは、この、だから、あの、そのだな、つまりお前が思っているような事じゃなくてだな、何ていうのか、その、説明し辛いんだが、つまりは―――――」


「分かっています!」


 強烈な口調の前に意味を成さない単語の羅列を並べていたカガリも沈黙する。メイリンの視線は既に動揺を脱し、どす黒い意思が瞳には渦巻いていた。


「信じていたのに………不安だったけど、それでも、あなた達の良心を………信じていたのに!」


「メイリン………」


「誰が悪いわけじゃない。ただ、私が間違っていた。ソラさんの一件で久しぶりに一緒の時間が増えて、浮き足立っていた私が悪かった!ええ、そうです!知っていた!そうだと分かっていた!私はただ単に哀れんでもらっているだけだって!お姉ちゃんを裏切って、心が崩れ去ってしまった私を、憐憫の情だけで!!!」


 それは事実とは違う。だが、アスランとカガリに、激情のままに自分達への不信感を吐露し続けるメイリンに対して、何か言う事ができるだろうか。何か言ったところで、それはメイリンにとって下手な言い訳にしか聞こえまい。人は許容できる範囲の物事しか聞こえないし見えないのだ。


「もう2人で好きにすればいい!愛の語らいも、交わりも、この神しか住まわぬ宮殿で神同士勝手にやればいい!私は何も要(い)らない!要らないんだから!」


 そう言い残してメイリンは走り去って行く。2人はただ苦痛と共に、それを見送る以外に無かった。


(ええ、そうよ。所詮そうだって分かっていたわよ。姉を裏切った私には、所詮この魔女の役目しか残っていないのよ!ええ、やってやるわよ!アスランが心配するかなんて、もう知った事じゃ無い!私は、私が唯一認められる役目を確実にこなすまでよ!!手始めに待っていなさい、シン!あんたと、あんたのいるリヴァイブを、私の心以上にズタズタにしてやるんだから!)

この時、ただの二つ名などではなく、正真正銘の魔女が蘇った。そして、その毒に染まった箒(ほうき)の先には、何も知るはずも無いリヴァイブとシンがいた。






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