処刑台に登るまで_2

ページ名:処刑台に登るまで_2

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処刑台に登るまで - ここから物語が始まった

神託世界【ハイネスフィア】。
女神ハイネの加護によって成り立つ世界である。

瘴気を遮断する結界の生成、魔物の鎮静化、作物の促進や人々に与えられる活力……
それらすべては女神の加護によってもたらされるもの。

そしてこの世界には聖女と呼ばれる、女神に選ばれ、女神の代行者としてこれらの奇跡を起こす少女の存在があった。

この世界を守る女神の代行者。
唯一女神の声を聞くことが出来、その力を行使できる無二の存在。

故に、この世界において【聖女】は人々の希望として君臨していた。

 

…………


(――まぁ、そんなの。下々の者にゃー、お空の上での話なんだけどさぁ〜……)

 

どんより曇った空の下。

薄汚れたワンピースを着た少女「エリゼ」は、これまた薄汚れた瓶の中の泥水を啜っていた。

もちろん飲み水ではない。雨が降った後の水たまりから汲んだ、由緒正しき泥水である。

 

「……エリゼ!あなたっ、またそんな……
やめなさい!お腹を下してしまうわ!!」

 

エリゼを見つけた院長(シスター)が慌てて泥水の瓶を取り上げる。

エリゼは至極嫌そうな顔で院長を見上げた。

 

「だって喉渇いたんだもの。水が飲めないんだから仕方ないでしょー。

沸かす為の薪だって、無くなっちゃったんだから」

 

池や川の水は穢れているから、一度沸かさないと飲むことは出来ない。

でも水溜りの水は天から直接降ってきたものだから、そのまま飲んでも大丈夫。

これがエリゼの理屈なのだが、当然院長にはまったく理解されず、これまでに何十回と叱られている。

 

「エリゼ……私が不甲斐ないせいで、貴方に不憫な思いをさせてしまっているのはわかっているわ。

でもだからって自分をどんどん貶めるようなことはしないでちょうだい。お願いよ」


エリゼが暮らしている修道院は、"修道院"とは名ばかりで。

結局のところ場末のド貧乏孤児院である。

ギリギリ屋根があるだけのボロ屋の中で、修道女という名の孤児達が肩を寄せ合って生きている。

生きているだけだ。人の暮らしをちゃんと出来てるとは、ちょっと言いがたい。

 

「エリゼ。中に入っていなさい。
しばらくの間、なるべく外には出ないように」

「なんで?」

「近頃怪しい男がこの辺りをうろついてるって聞いたの。多分よそ者だと思うのだけれど」

「人買い?」

エリゼの質問に院長の肩が跳ねた。それからエリゼを睨みつける。

「……私は、貴方達の誰も手放そうと思わないわ」

「もし買いに来たら真っ先にあたしを推薦してよ。多分高く売れるよ。
お風呂入ったあとのがもっと売れると思うけど」

「エリゼっ!!」

 

強く叱責する院長を見てエリゼは、"……生きづらそうな人だなあ"と思った。

子供一人減るだけできっと、ここの生活はかなり楽になるはずだ。

そこにお金も入ってくるなら、とりあえずみんなのへこみきった腹も一旦は膨れるだろう。

この修道院に人買いがやって来て、この子供を売ってくれと頼まれ、

ここで暮らしていくよりもきっと良い生活が出来るはずだからと信じて、なくなく金貨と引き換えに手放す。


……そんなシナリオに乗っかったって誰も責めないのに。

少なくともエリゼはそう思っていた。

 

「なーんであたしは、聖女サマになれなかったんだろうねえ」

 

水溜りに映る自分の顔を見て、エリゼはそう呟いた。


エリゼは生まれつき不思議な色の瞳を持っていた。

神秘的で、人を惹きつける不思議な色。わずかながら魔法の才能も持っていた。

きっとエリゼを産んだ親も、初めは何処か期待していたんじゃないだろうか。

この子は人とは違う。聖女様の器となるべく生まれてきたのだと。

 

でもエリゼが聖女になることはなかった。

数年前に前聖女が不慮の事故で崩御してすぐ、何処かの貴族のお嬢様が神託を受け、新しい聖女になったと聞いた。

神様って血統も見てんのかねえ、と。その時ほど女神に呆れた感情を抱いたことはなかった。

 

新しい聖女様は継承の儀式とやらが済むと、すぐにこの世界に結界を施されたそうだ。

さる大貴族のご子息の怪我を奇跡の力で治されたと聞いた。

かの聖女様がおわすところは空気が澄み、魔物も寄せ付けず、作物もすくすくと育つと聞いた。

前聖女が事故で命を落としたということもあってか、世界の宝である聖女様はそれはそれは大切にされていて、

常にたくさんの騎士やメイドが傍に居て、今は王室に招かれ王太子殿下とご婚約し、

大層煌びやかな生活を……

 

(……いやー。ほんとに世界って不平等)

 

たしかに世界が平和になるのはいいことなんだけど。
それよりもエリゼは、今お腹が空いて死にそうな自分の腹をなんとかしてほしかった。

 

(まぁ、別にいいけどさ)
 


 

エリゼは今日も修道院の外壁に背を預け、ごくごくと泥水の瓶を飲んでいた。

院長の言いつけなんて知ったこっちゃない。お腹下したことなんて一回もないし。

とにかく今はこの喉の渇きをなんとかしたかった。

そりゃエリゼだって、飲めるものならこんな泥水じゃなく、綺麗でおいしい水が飲みたかった。

薪で沸かした水が飲みたい。でもここにコップ一杯の綺麗な水があったとして、それをいったい何人で分ける?

(あーあー……。もー、こんな生活やーだわー……)

べっ、と口の中に溜まった砂利を地面に吐き出した。

 


そして顔を上に上げたエリゼは、その男と目があった。

このあたりでは見ない容姿だった。

真っ黒いカラスみたいな髪。地味だが質は良い黒のスーツ。

それに……

 

(――きっもちわるい目してんなぁ、この兄ちゃん)

 

まあ自分(エリゼ)が言えたことじゃないんだけど。

男の目は白く、膜が張ったみたいに濁った色をしていた。

盲目だろうか?と疑ったが、足取りはしっかりとしている。見えてはいるようだ。

どうにも怪しいその男に、エリゼは率直に尋ねる。

 

「兄ちゃん、何?子供買いに来たの?」

 

エリゼに尋ねられた男は、その白い目を丸くして、きょとんとした顔をする。

それから、

 

「あっはっはっは……」

 

と、心底楽しそうな笑い声を出した。


「うん、……うん」

品定めするように、じろじろ見て。何度か頷く。そうして男はエリゼに微笑みかけた。

 

「君さあ。僕と世界をひっくり返してみない?」

 

「――エリゼ!!」

「あ、院長」

 

院長は混乱していた。

その男は誰か?何故外に出ているのか?

何もされていないか?やめろって言ったのにまた泥水を飲んでいるのか?

どれから聞いたらいいのか迷う院長を見て、エリゼは口を開く。

 

「院長。この人、人買い。あたしを買うってさ」

「はい、買います」

 

院長の目が点みたいになった。

 

「ねえねえ兄ちゃん、あたしいくらになる?」

「んー 銀貨[ドロップ] 三枚」

「ハァッ!?こんな美少女買うのに銀貨[ドロップ]三枚とかナメてんのか!
あたしはやっすいパン十本程度の価値か!」

「でもあんまりお金無いんだよねえ」

「そんなんで子供買おうとか思うなよバカ!
バーッカ!金稼いで出直せ!」

「ウソウソ冗談。金貨一枚つけるから」

「まだ足りねーわバカ!相場くらい調べてこいよ!
五体満足健康でカワイくて魔法まで使えちゃう女の子がいくらになると思ってんだ!
金貨もうニ枚だッ!それでも底値だかんね!」

 

軽快に自分の値段を釣り上げていくエリゼを呆然と眺める院長。

ようやく気を取り戻したところで顔を真っ赤にし、二人の会話に大声で怒鳴り込んだ。

 

「えりっ、えっ、エリゼッ!!!!」

「はい院長」

「あなたは一体何をやってるんですか!!
外には出ないでと言ったでしょう!
それにこの方は何!?人買い!?どこのどなたですかっ!?」

(いや、知らんなあ)

「兄ちゃん、名前は?」

「ジャスパー」

「ジャスパーだって」

 

ちがうそうじゃない。院長はだんだん眩暈がしてきた。
それでもすぐに二人の間に割り込み、キッ!とジャスパーを睨みつけた。

 

「うちの子供は誰一人として売りません!……どうか、お引き取りを!」

「どうしても来て欲しいんだけど、ダメかなぁ」

「ダメです!人を呼びますよ!今すぐお引き取りを――」

 

怒鳴る院長を片手で容易く避け、その後ろのエリゼに微笑みかける。

 

「君に聞いているんだ」

 

エリゼはまばたきひとつすることなく、ジャスパーの目を見ていた。

なんだかこれはやばい目だ。

こいつの目は、何かとんでもないことをしでかす人間の目だ。

 

だからエリゼは、この男に決めた。

 

「――いいよ。交渉成立ってことで」
 

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