［裏］室町第

裏]室町第

殿……ふふふ。
どうせまた来るって、そんな気はしていたわ。

私がどんなに忠告をしても、
貴方は自分の信念を曲げない。

本当に……つくづく、強い人ね、殿は。

私のせいで、どれほど悪いことが起こっても
殿はちっとも、平気なのね。

でも……それでもし、命を落とすことがあれば、
笑い話では済まなくなるのよ。

取り返しのつかなくなる前に、
私との縁は切るべきなのよ、本当に……。

殿は、私の言うことは思い過ごしだと……
大げさすぎる妄想だと、いつも一笑に付すけれど。

私は足利家の歴史を知ってる……。
かの将軍家が、瞬きする間に落ちぶれていくさまを
目の当たりにしてきたの。

隆盛を誇った足利家が、室町第を邸宅とした途端
力を失っていったのよ……。

だから……殿だって、そうなってもおかしくない。

いいえ。
私と一緒にいる限り、悪運から逃れられない。
それは分かっていることなの。

それとも……殿は、貴方だけは違うとでもいうの？
それこそ、根拠のない妄想よ。

私は不幸を招く貧乏神。
凶兆を喚ぶ城娘。

死神をもたらす、毒の花なの。

それでも殿は……まだ本当に信じているの？

私のことを、信じられるの？

私と共に生き、幸せになれるなんてことが、
本当に可能だと思っているの？

俺が実現させてみせる。……ど、どうなんだろう。また……そんな気休めを言っているのね。
本当は殿だって、そんな奇跡は信じていないくせに。
殿は馬鹿じゃないから、ちゃんと分かってるんでしょう。
そうよ。私は貴方と、一緒にいてはいけないのよ。ふふふ……よかった。やっと殿も目が覚めたのね。
いいの。土壇場で怖気づいたことは、むしろいいことよ。
私の望み、喜びは、殿が幸せになってくれること。
そのためなら、貴方と離れることぐらい……平気よ。強がり？　ふふふ……そうね。

私だって、できることなら、殿と一緒にいたい……。

貴方のそばで、花を愛で、詩歌に興じてみたい……。

でも、それは叶わぬ夢……。
決して望んではいけない過分な欲求……。

私はずっと、諦めず、上様たちに寄り添った。

結果、室町幕府を、滅ぼした……。

この私が、全ての元凶……。

だから、私は、貴方の元から立ち去るの。

殿……。
どうか、幸せに……。

私が貴方にできることは、
これ以上、貴方に関わらないこと。

貴方も私の幸せを願うなら……
私が貴方の視界から消えることを、
どうか……許して。