うちのメイドが「かわつよ」すぎてつらい。
おっと、いけない。これでは私が何を残すべきか伝わらないな。
私は霧ヶ峰家の後継者候補第1位の霧ヶ峰誠だ。
霧ヶ峰家では代々、家への献金額が一番多い者が後継者となるという仕来りがある。
なんともまぁ前時代的な仕来りだが、それだけコネや財力ってものがある家なのだ。
そんな家で後継者候補第1位を張っているのだから私は常に命を狙われるような立場にあるわけだ。
敵対企業だったり、下手をすると他の後継者候補なんかが下手人を差し向けてくると言うわけで割りと危ない人生を送っている。
そんな私の元に身の回りの世話役兼護衛として1人の女性が送られてきた。
名前は胡間シバリ女史と彼女は名乗った。
正直な話、彼女のことを可愛らしいと思うことはあれど、有能と思ったことはなかった。掃除をすればメイド長にやり方が甘いとどやされ、食事を作ればお茶漬けが出てくる始末で、なぜ彼女が私の元に送られてきたのか理解できなかった。
…あの時までは。
あの日、私は珍しく一日予定がなく、屋敷でのんびりと過ごしていた。…思えばその時すでに、あいつらの思惑通りだったのだろう。
あの時、屋敷に運送業者に扮して接近してきた侵入者はメイド達や護衛と一階ホールで激しい銃撃戦を繰り広げていた。侵入者達相手に善戦したものの殺傷力の高い武器を持つ侵入者3人がすり抜けて私の部屋まで到達してきた。
その時部屋には私と胡間シバリ女史しか居らず、もはやここまでと覚悟を決めた。
だが、侵入者が部屋に乱入した瞬間、シバリ女史が手に握っていた拳銃が火を吹いた。
寡聞にして私はあまり銃器に詳しくはないが、一発づつで侵入者を止めてみせた拳銃の威力は相当のものなのだろう。
後に彼女に聞くと「実はこれ、ご主人様を守るために、胡間だけが持っていたものなんですよ」とのことで、彼女はあの屋敷の中で相当の評価を得ていたのかと、認識を改める必要に迫られてしまった。
屋敷の裏の林から脱出した私とシバリ女史は敵の網をかいくぐり支援者の元に身を寄せている。
ここもそう長くは居られない。しばらくは逃避行が続きそうだ。
だが、不思議とこの可愛らしく、強く、頼もしいメイドとなら乗り越えられる気がしてくる。
一先ずは、ここまでのことを書き残しておくとしよう。
支援者の家を出て早1週間になる。身を寄せるところもないのでほぼ野宿なんだが……
このメイド、かなり有能だと実感している。
山に入れば、斜面と木の根に空いている穴を見つけて風除けになると教えてくれたり、川に降りれば、流れのゆるいところを見つけて私が水浴びできるようにしてくれたりと…
このメイド、実は屋敷の外の方が優秀なようである。今は父とも連絡が取れないが、こうなる事を予想して私の元に送ったに違いない。
本人に聞いても「え?そんな事ないですよ?お父様のお屋敷も私がドジで放り出されちゃっただけですし…」と落ち込んでしまうので詳しくは聞けないが、私はそう思っている。
しかし、私は既に霧ヶ峰家の後継者としては死んだも同然の身だ。彼女の今後のためにも早く私の元から離れて他の者の元に行くべきだろう。
…だが、私の中にはその判断を下す心もあれば、私の元から離れて欲しくないという心もある。
これを書いている廃屋の前で見張りをしてくれている彼女のことを考えると、私のするべき事が見えてくるようだ。
ある日、私は彼女が仮眠を取っている隙を見て廃屋を抜け出し、町に降りていった。
支援者の治める町でもなく危険行為そのものだから彼女は置いてきた。後でいくらでも小言は聞くとしよう。
あの時はともかく情報を集めて、これからの計画を立てなくてはと焦っていたのだろう。
気がついた時には既に囲まれていた。
ああ、彼女は確か「ご主人様、もしも敵に囲まれたら下手に抵抗しちゃダメですよ?もし殺すつもりならそんなことしないで狙撃されますし、何か目的があるはずです。とにかく従うようにして下さい」と言っていたな。
彼らの目的は私の誘拐だったようだ。目隠しをされて連れ込まれた先は何処かの牢屋のようだ。
彼らが誰に雇われているのか、それとなく聞き出そうとしても要領を得ない。だが、彼らの目的は身代金のようだ。父がそんなものを払うわけない事を知らないところを見ると、後継者候補ではなさそうだが。
幸い拷問の類は受けていないが、果たして私はいつまでこうして繋がれていなければならないのだろうか。
もう何日経ったか分からなくなった頃、牢に近づく人影を見た。
逆光でよく見えなかった。だが、そのシルエットを見た途端、私の心臓は跳ね上がった。
その姿が近づくにつれ、私の目にもその顔がよく見えた……やはり、彼女だった。シバリは私を探しているうちに、私が誘拐されたことを知り、単身赴いてきたのだと言う。
私が怪我の有無について聞くと「胡間は大丈夫です、ご心配をおかけしました。…すみません、ご主人様。お待たせしちゃいました」なんて言っているが、激しく戦闘をしたのか彼女の体のあちこちに痛々しい傷ができていた。
胡間は失敗しちゃいました。
ご主人様は、油断してた胡間を襲ってきた犯人のナイフで………
体を張ってご主人様を守るのが胡間の役目なのに、守るはずのご主人様から守られて…
犯人達はご主人様が倒れるとすぐにどっかに行きました。まるで胡間にはなんの価値もないと言わんばかりに……
ご主人様は「シバリ、私が死んだら屋敷の南にある離れに埋めてくれ。あそこの丘の見晴らしが好きなんだ」とよく冗談で言っていました。私はその通りにご主人様を埋葬しました。
でも、これからどうすればいいのかわかりません。ご主人様はもう居ない。その事だけしか考えられないんです。ご主人様に相談しようとしてご主人様がもう居ない事を突きつけられて……
ご主人様、胡間は…胡間はどうすればいいんでしょう……
ご主人様、見ていらっしゃいますか?
胡間はご主人様の離れをいただいて、子供達のために開放してるんですよ。子供達はご主人様の事を知りません。でも、私がとても大切にしている人がいる事は理解してくれてたみたいです。
ご主人様、胡間ももうすぐそちらへ行きます。お迎えが来たら真っ先にご主人様の元に行きますね。
どうやら私は死んだらしい。あの時彼女に向けられたナイフからシバリを守ろうと前に出た所と、その後の妙に寒い感覚だけは覚えている。
最初のうちはここは天国だろうと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
ここには私のような人間や動物がいるが、おそらく皆死んだ者たちだろう。
このだだっ広い大地の真ん中には天に向かって真っ直ぐ伸びる虹が見えている。不思議と近づこうと思わせない雰囲気のある虹だ。
だが、ある者たちはゆっくりとその虹に向かっていくのを見かけた。不思議に思い、よくよく見ていると誰かと再会した者たちのようだ。それは飼い主であったり、夫婦であったり、恋人同士であるようだった。
きっと、生きていた内で最も深い縁で結ばれた者たちが再会し、あの虹を伝って天国なり地獄なりへ向かうのだろう。
そう考えた時、私の脳裏には1人のメイドの顔が浮かんだ。…しかし、私はそれを望んではいない。彼女には私のような者など忘れて、幸せに天寿を全うして欲しかった。
私は多分死んだのでしょう。施設を出て行った子供達に囲まれて、穏やかに逝けたのでしょう。でも、死の直前にご主人様のお顔が頭をよぎりました。
そして、目が覚めて知らない場所に立っていました。混乱する頭の中で1つだけはっきりと感じていたことがあるんです。
"ここにご主人様がいる"という事です。
私は必死で駆け回ってご主人様を探しました。気がつけば体もご主人様と別れた時の若さになっていましたが、そんなことにも気がつかない程、必死で駆け回っていました。
…ああ、目の前が涙で見えません。せっかくご主人様と会えたのに。
ご主人様はそんな私を何も言わずに抱きしめてくれました。ご主人様も泣いていたみたいです。
あの後、私とご主人様は虹に向かって歩き出しました。ご主人様は不安がっていましたが、私は全く平気でした。だってご主人様と一緒に居られるのなら地獄だって天国みたいなものです。
ご主人様がお散歩に行こうっておっしゃってるので、思い出話はここまでにしましょう。
こうして改めて文章にすると恥ずかしいものですね…
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