少し肌寒くなった季節、俺は街を歩いていた。 今までなら一人でこの整然とした岩場を当てもなく彷徨っていたが、今日は少し事情が違った。
「…今日は何処まで行きますか?旦那様♪」
そう、今は…愛すべき存在がいる。柔らかな白い毛皮を人の地から得た装具で隠してはいるものの…昔と変わらない、変わらずにいてくれた、大切な存在がこちらの後ろを懸命に追従している。
彼女が居るから、とても、とても晴れやかな気分で、この鉄の森林を歩くことが出来た。
「そうだな…また甘いデザートを食べに行くか?」
「わぁ…♪食べたいですっ♪」
無邪気に尻尾を振るい、こちらに笑みを向ける、白き我が伴侶。天真爛漫な彼女の振る舞いを見ているだけで、多量の多幸感が精神に溢れ、循環していった。
このままずっと続けば、どれだけ良かったことか。
あゝ、無情にも、2人きりの時間など続くはずもなかった。
「あー!!居た!!」
「え?」
どこかで聞いたような高く、元気のこもった声。そうだ、ついこの間の夏に聞いた声と同じ声が響いた。
「あっ、もしかして…!」
ブランカが俺と声の主を交互に見て、頭から豆電球をだしそうな顔と仕草で納得いったような雰囲気を出して居た。そうだ、彼女には話を聞かせていた存在が急ぎ足でこちらに駆けていく。
「はぁっ…はあっ…久しぶりに会ったわね、ロボ!」
膝に手をつき、肩で息をしている少女は紛れもなくユートリアム・斎条だった。その様子から何かしらのアクシデントも無く、伸びやかにすくすくと生活していたことがわかる。片手を上げ会釈する横でブランカが柔らかな笑顔を彼女に向けている様を見て、同じように笑いたくなってしまった。
そうだ、その元気な様を見て鬱陶しさも感じる反面、健在で何よりだと言う感情も浮かび上がっていたからだ。
「あなたが…旦那様が言っていた子ですか…?」
「んっ、その言い方だと……ロボ、もう私のこと喋ったわね?」
事前に喋っていなければどんな面倒な事になっていたか。一先ずは安堵して、首を縦に振って話を進める。
一方で目の前の少女はふわっと驚いた顔を浮かべながら話を振った。
「そう。…じゃああなたが…!」
「はい…♪」
にこやかに笑う彼女を見てなんとなくだが彼女の正体を察したのか、それ以上は何も聞いて来なかった。意外な配慮に少し驚かされたが、それも束の間。物珍しいのか彼女はブランカの身体を前から後ろからと眺めていた。
「本当に真っ白なのね…!」
「はい…♪少し目立っちゃいますけど……旦那様は褒めてくれます…♪」
自身の色を自慢するかの様に彼女は尻尾を揺らし、とても可愛らしく自信に満ちた顔をしていた。ぱちぱちと目を丸くして見つめる少女をそっと抱き寄せると、すぐに縄の巻きついた尻尾で包むように当て始めた。
「わっ、もふもふしてる…」
「ふふ…♪いっぱい撫でちゃっていいんですよ…?」
もう少し力を入れ、更に小さな存在と密着していく。
秋となり、白い雲のかけらが落ちてくるときが近づいて来たこの時期にあっては、貴重なぬくもりとなっているはずだろう。
「旦那様のお友達ですもの……心配はしてませんよ…♪」
「お、お話し相手よ!お話し相手!」
口では素っ気なく振舞っているが、少女の手はブランカの髪から離れない。天邪鬼な性格が伺えるような振る舞いが嫌に目につく。
なぜだろうか、心の奥がチクチクする。
まさか、子供相手に嫉妬?そんなバカな、王ともあろうけものが、ヒト相手に嫉妬?
「?なーに見てんのよ、ロボ」
「…え」
…そんな考えは、素っ頓狂な彼女の声に遮られ、果てた。
ダメだダメだ、心を冷静に保て、狼王。
飽くまで彼女の番は「わたし」なのだ。それをこんな小さな子供が奪うはずがあるまい。
その考えて頭を埋め尽くして、雑念を追い払おうとした。 だが、運命は冷静に立とうとする「おれ」を許してはくれなかった。
「…ふふ♪」
ブランカが何やらこちらに向かって笑顔を向けている。どうしたというのだ、おれの顔に何かついているのか?
時は質問する時間、尋ねる時間すらも与えてはくれなかった。そう実感したのは、次の瞬間に彼女がおれの腰にも腕を回して来た時だった。
「おぅぉ…ぶ、ブランカ…?」
「…かわいい…♪旦那様もいっしょにぎゅってしたかったんですよね…?」
3人固まって、互いに暖め合おうとするかのようにおれと、小さい当主が白いもこもこの毛皮を持つ番と、更にくっつけられていく。当主はともかくおれを抱きしめるには、ちょっと小さい体格であるにもかかわらずだ。
「んぅぅぅぅ…!ちょ、ブランカ…っ?!」
「……ユートリアムがぎゅうぎゅう詰めになっているが…」
「んふふ…こうするとあったかいですから…♪」
そう言うと、柔らかでもふもふとした毛並みの尻尾を揺らして何かを促してくる。弾みで結果的に背中を撫でられているユートリアムを見て、ブランカ蓋碗としていることがわかった。「おれもユートリアムを温めろと」。
仕方があるまい、ここまできたのだ、狼2匹からの尻尾に包まれるが良い。
もふ、もふ、もふっ
「うわぁっ…!」
大きな尻尾に包まれた少女は驚いたような声を出すが、意外にもそれっきり目立った抗議の声をあげなかった。まるでそのまま、そのままの現状を受け入れるかのように、じっと天然の布団の触り心地包まれ心地を体感し始めていた。揺れる小さくも暖かな息遣いが、こちらがわの毛を、尻尾をくすぐっていく。
「んっ……ふかふか…」
ついには心が陥落しかけたのか、彼女の方からおれとブランカに手を回し始めた…。
回し始めたまでは良かったのだが。
「…っはっ!ち、ちがうっ、違うのよ!別にすっごい気持ちいいとかっ…!」
そう言いながら彼女は慌てて尻尾の中から離れてしまった。ブランカの方に顔を見やると、少し残念そうな顔をしていたが…ユートリアムが身振り手振りで必死に否定していく様、その中に顔を赤らめている様を見つけると、何かを察したような、微笑ましそうな絵顔に戻った。
「ふふ♪旦那様もユートリアムちゃんも可愛いですね…♪」
「んっっっ…~~~~~~~~~~ッ////」
そう言われるともう何も言えなくなったのか、赤くなった顔を引きつらせながら何かを言おうとして、言葉の消えた声をあげていた。…ちょっとだけ気持ちは分からなくもない。
俺もブランカからの「可愛い」は言われ慣れておらず、耳に受け取るたびにくすぐったいような気持ちになってしまうのだから。彼女の場合は恐らくそれが強い。否、あるいはまた別の理由があるのかもしれないが。
どちらにせよ彼女の拒絶を、頭ごなしに咎められるような理由などは無かった。
「っっっそんなのは良いの!良いったら…っ///それよりっ!」
「折角また会えたんだからこの私と遊んで行きなさい!」
ぺちぺちっと頬を叩いて誤魔化すように顔を振るい、こちらに向かって指を指してきた。そうだ、要はこのまま彼女と一緒に行動をともにしなければならないのだ。
「あら、じゃあ…いっしょにデザート食べに行きましょう♪」
「旦那様も、あの子と一緒でどうですか…?」
断る理由などはない。
彼女はきっと孤独がいやでここに来ているのだ、だから、再び俺を見つけたとき飛び込んで来たのだ。それを突っぱねるのは…もう今の俺は出来ない。それ程までに甘くなってしまったのだ。
幸いにも彼女の孤独を埋めるには、今俺とブランカで行おうとしていた旅行に、いささかうるさい少女を同伴させるだけで事足りる。
「…ああ、構わん」
…折角の夫婦旅行が、子供一人加えて家族旅行のようなものにグレードアップしてしまうのだった。
「と言う訳だ、お前も店に来い」
「…んま、まずは食事ってわけね。いいわ、付き合ってあげる」
当の本人は偉そうな口調で承諾したが、どこか、本当に嬉しそうな気分が感じられた。
鼻に付くような振る舞いは相変わらずだが、「まあ良いか」。
そんな、笑って済ませられるような心が、俺のなかを包んでいた。
少し肌寒くなった季節。俺は愛すべき存在と、小さな当主と共に外の、街という鉄の森林を満喫していった。
一昔前なら孤独が、もう少し前なら腐れ縁と過ごしていたであろうこの時間。
それが今や、彩を取り戻している。心がとても、解れていく。
今日はとても良い日だった。ブランカと二人きりで歩いた時間も、家族旅行に変貌してからの時間も。
ああそうだ、俺にとってはブランカと過ごすのと同じくらいに、ユートリアムと過ごす時間も、楽しく思えていたのだろう。
ああいう時間も、悪くはない。
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