証言記録7

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名称無し

 

出現日時: 20██年██月██日   ゴコクエリアにて出現。

 

インタビュー対象: █████  「██」

インタビュー場所: ███████  ███████

インタビュー日時207█年██月██日

 

 

 

"やつ"の始まりは意外に早かった。そう、目の前にいる存在が対峙したというモノが現れたのは、実の所、彼女が見た日より前から存在していたのかもしれない。

パークが完全に閉鎖された混乱の最中に出回った謎の映像の存在。パークの近海に居たと思しき人間が捉えた「声」。 彼らが何者で、何のためにパーク近くをボートで進んでいたのかは、彼らの服に付いていたロゴのような断片的な情報からしか窺い知れない。

だが、"やつ"は間違いなく存在を高らかに主張していた。  島に上陸する前から。

彼女たちの目の前に現れる前から。

 

 

あれは破壊者。海の中からやってきた"ハカイシャ"だと、目の前の少女は語った。

 

 

 

 

そうですね、私がアレを見たのは…ゴコクエリアのあたりでしょうか。あの日の夜は、もう街を歩く者はフレンズが数えるほどしか居ないと言うのが、あの時では当たり前のことでした。

黒いセルリアンによってヒトが手にかけられてから、パークの人気は一気に落ちたそうですね?…そう、あの日から、街で見かける人影なんて数えるほどしか居なくなってしまいました。

以前の私ならばこの状況に喜び、パークに居ないヒトのことを考え、この島の彼方へ向かって勝ち誇った視線を投げかけていたでしょう。

しかし、あの時の私にはそれが出来なかった。…なぜならヒトに救われたから。 ヒトに対する考え方が変わった私には、ヒトが居なくなったあの街が無性に、寂しく見えたのです。

またいつか、ヒトが沢山来ないか。

またいつか、ここに来て心から笑っているヒトが見れないものか。

活気を失った街を見て、何時もそんな思いばかりを抱いて居ました。

…いつしかそれは叶わず、島は、フレンズだけが歩く場所となってしまいましたが。

キョウシュウの方からこだまして居た爆音、轟音も最早静まり返り、静寂の日々を過ごすばかりでした。

 

 

あの爆撃を機にヒトが居なくなってから数年、静かな街にも慣れてきた頃。私はナリモン水族館と呼ばれていた場所で、ホホジロの面倒を見ていたフレンズ…ダンクルオステウスの元で食事をご馳走になって居ました。あの時は誰か居ないものかと足を運んだのですが、どうもホホジロはまだ帰ってきて居なかったのです。

遠くへ出かけていたそうなのですが、あの賑やかで、元気なホホジロが居ない食事は…どうも静かで、空虚な思いも抱きました。 私は久方ぶりに、静かな食事を味わい、少しの孤独感を覚えた。 …ダンクルが居たから、幾分かはマシだったのですが。なぜなら彼女の作った料理は…とても暖かかったから。  久しく感じていなかった温もりを感じて、枯れかけていた私の心が、とても潤された。

彼女が真心込めて作った出来立ての料理を食べきり、その余韻に浸っていた時に異変は始まりました。

 

何処からともなく、不気味な怪音が響いたのです。楽器が声を上げて叫んでいるかのような、聞いたこともないような恐ろしさを感じさせる音。

その直後に水族館の中を揺れが襲いはじめたのです。

じりじりとした揺れに大きな揺れが混じったような、異常な揺れ。館内の水槽も、レストランも、同じように揺れに見舞われたことでしょう。

最初は、これが図書館の本に書かれていた「地震」なのかと考えるに至っていたのですが、縦に大きく揺れた動きが自然の引き起こした災害だとはまだ確信が行っていませんでした。同じ本で大陸プレートの作用によって縦に揺れが襲いかかる事が有る点は熟知していましたが、その時の地震はずりずりと這うような揺れが襲っていました。まるで巨大な戦車が地面を揺らしているような揺れ…地震について知恵が無くとも、何かが可笑しいと気づくのは当然です。

私はすぐにダンクルオステウスを連れ、危険を象徴で水族館の外に飛び出しました。

…地震の元凶は、私達の視界にすぐに現れた。

 

 

「あれは、何」

 

 

それは、寂れたナリモンマリンホテルの陰から顔を、体の半分を見せました。  大きな、とても大きな…なにかが立っていた。 今まで見た事がない様な、普通の動物じゃ考えられないような異形……そう、"セルリアン"。

白い…いや、青白い体。周囲の光に対する高い反射性と、体内からの光への高い透過性を持った半透明にも思えるような体。長い翼かヒレと思える部位を振り袖のように有した細長い腕、地面を這う蛇を思わせる様な長い下半身、ヒレを有した長い尻尾。背中には大量の透き通った触手。下半身のヒレはシーラカンスのものと似たヒレ。ギザギザとした口を持つ丸みを帯びた頭、四つの青く光る丸い目、その頭から生えるリュウグウノツカイの腹ビレに似た触覚、後頭部から覗いていた呼吸する度に膨らみ縮みを繰り返す、宝石か鉱石に似た虹色に淡く光る部位。そして、胸部に辺りにある虹色の丸い光のようなもの。

何から何までが、見たことのない特徴で溢れて居ました。一言で表せない、強いて言えば「魚」の印象を持つ透明がかった生物で片付くものですが、問題は色とサイズです。

私達が見たものは、少なくとも全長が75mあまり……一つの生物としては、サイズが現実味を帯びていませんでした。  …ですがあのサイズならば、あの特徴的な揺れを引き起こす事が出来るでしょう。

そして色…ヒレもほのかに虹色に輝いていたのです。

闇夜に灯された影。私達がそれをじっと見つめているうちに、巨影は私達からみて右側の方向へと消えました。巨影が何をしようとしていたのかは今でも分かりません。ですがあのまま放置しては、取り返しが付かなくなるなんて事は簡単に想像が出来ますよね?

気付いた時には、あの巨影を追って、異世界と化した街に向かって走り出していました。勝てる算段はいざ挑む時に見出せば良い。 私にはそう考えられるだけの自信があり、それだけが私の足を動かしていたのです。

無謀だと思いですか。ですが、あの場では誰かが動かねばならなかったのです。あの巨大なものに対しても臆さず、皆を率いるほどの勢いをもって動かねば、状況は変わりません。

街に出ると、そこは既に"やつ"が暴れている最中でした。 建物を、移動する動きで軽々と誰もいない無人の住居、まだ形を残していた建物…それを躊躇なく破壊し、押しつぶし……気づけば、阿鼻叫喚と言って差し支えない状況が目の前に広がっていました。何せ下半身で這うだけで、やつ自身からは何もしていない。 にも関わらず小さい建物はほとんど、ひとたまりもなく潰された。 そう。やつは歩くだけでも周囲に、とくに人間が作り上げた縄張りには、非常に痛い損害を齎らす程の存在だったのです。 これは放っておけるわけがありません。

逃げていくフレンズたちの間と、畝る肉の列車を駆け抜け、私はそびえたつ巨大な腕に全力をもって攻撃を仕掛けました。

…結果は、浅く傷がついた程度で、完璧に腕を破壊するには至らないもの。 私は目の前の、甲殻も持ち合わせていない存在の外皮の硬さを、身を以て味わった。 幾ら傷がついた所で、このままでは埒があかない。直ぐに奴の足元から離れ、フレンズたちが逃げた方向に撤退するしかあの場では手段が残って居ません。  …あの大きさのセルリアンは、幾らなんでも一人じゃ倒せない。 本能が、警告する様に告げていたのです。作戦を立てて討たねば。

走るときに、後ろから聞こえてきた酷く甲高い咆哮が…その本能を助長させるのに苦労はありませんでした。

 

 

奴から離れ公園まで逃げ込むと、同じように避難していたフレンズたちが息を切らして集まっていました。周りを見やると、酷く怯え、泣いているものも、現実が受け止められずに笑いかけてしまっているものも居ました。

ですが、大半は、言葉を失って居ました。

…微かな沈黙は、赤い馬の漏らした言葉を皮切りに切り裂かれていきました。

 

 

「…どうする、あのまま暴れさせたら、ゴコクが蹂躙されてしまう」

 

 

もっともな意見です。きっと誰もが、あの名前の無い巨影を野放しにはして行けないと考えていたことでしょう。倒せばしなくても、せめて都市部から引き離さないと。

…その為の作戦が必要でしたが、余りにも時間がありませんでした。どうすれば奴を都市部から引き離せる?そもそも奴は一体何を目的にゴコクに上陸したのか?いくら考えを募らせても、解決策ではなく無駄に疑問を増やしていたのです。とても、とても歯痒かった。そんな時に、赤い馬…赤兎馬は、私の肩に手を置いてきた。

 

 

「…奴が何なのかで悩むよりは、どう降すかで悩め。答えが見つかるまでな」

 

 

私が深く考えにはまり込んで居るのを悟ったのか、そう叱咤してきた。

 

 

「…そうですね。…では、何か良い案があるのですか?」

 

「あの規模の妖だ、数人程度が束になったところで勝てる保証は低い」

 

「今ここにいる全てを戦いに駆り出す程の覚悟を持たねば、アレの首は落とせんよ」

 

その言葉を聞いてすこし嫌な気持ちになってしまいました。私のように戦えるフレンズが揃って居るなら兎も角、戦いとは無縁に近いようなフレンズがたくさん公園まで逃げ込んでいたのです。そんな者たちまで戦いに出さねばならないのかと、赤兎馬に対して詰め寄りました。

それでも赤兎馬は、その赤い目を逸らさずに首を縦に振りました。何度彼女の目を見ても、「取り敢えず数で潰せば良い」などと言った生半可な考えは伺えない。 戦に慣れた者として客観的にあのセルリアンを見ても、現状で用意出来るような案はそれしかないと……。声がなくとも、その真剣な感情がひしひしと伝わった。同時に十分な備えもないままに現れた脅威に対して、言いようのない、黒く濁った思いが沸いてきたのです。

 

 

「…ですが、ざっと見るだけでもここに居るフレンズは30人ほどです。…とてもではありませんが、人数が少な過ぎます」

 

「うんむ。であるからこそ策を練らねばならん」

 

「早急に対策を積み上げる他ない。残された時間も、恐らくは少ないだろう」

 

どうすればよいのか。どうすればあの巨大なセルリアンを屠れるのか。

そもそも奴が何をするのか、どんな性質を持って居るのかすらもわからない。その考えに行き着いたところで私は一つの考えに至りました。

 

「…私が奴を探って見ます」

 

「探る、とな」

 

一先ずは敵の行動や性質を知れば、何かしらの作戦を立てる為の参考になるやも知れない。現時点で最良と言えるような判断はこれしかないと思いました。仮にしくじろうが、損害はおそらく私ひとりで済む…いつからか甘くなっていた考えを示していました。彼女にもその考えは何となく伝わっていたのかおもむろに立ち上がっては私の肩を掴んで、一言だけ告げた。

 

「それじゃあ行くかのう。グズグズはしてられんぞ」

 

「…はい」

 

私はただただ、彼女からの好意を受け入れるしか出来ませんでした。多くを語らず自分も助け船を出そうという意志を無駄に出来るものでもありませんし。…それに、この状況への不安が幾分かでも潰えるのは…やはり心強かった。

再び湧き上がってくる余裕を手に私は赤兎馬を連れ出し、魚の様な幽鬼を追って市街地へと繰り出しました。

 

 

 

公園から歩き出して…恐らくは40分は経過するほどに周囲を散策しました。どこかに隠れてしまっていたら、といった懸念はすぐに丸い小さな谷の様な移動痕で払拭されていますが。

その道しるべを辿るうちに寂れた住宅街で、私たちはやつを発見しました。恐らくは職員のために用意されたはずの家屋が並ぶ場所。その奥にやつが、夜空を見上げながら這いずっていた。小さい建物を押しつぶして作られた長い道を作りながら、この地を我が物顔で移動していたのです。

 

 

「余裕綽々…やつも良い身分なものよ」

 

 

蠢く巨大な塊を見て、眉間にシワを寄せた赤兎馬は長い溜息の後に苦言を漏らしているのを見て、私も同じような気持ちにさせられました。 移動痕や振る舞いからひしひしと感じる敵無しと言った様な出で立ちは、傲岸不遜と言った雰囲気すら感じさせました。

ですが…奴がただただ、月だけを見ているのは気掛かりでした。

まんまるな大きな月からもたらされる明かりを頼りにしているかの様に、奴の目が月をじっと直視していたのです。

 

 

「して、どうする」

 

 

ひとまず奴が月を見ている理由の考察はさて置いて、月のみを見ているならば不意打ちも容易だ。…そういう考え方に切り替えました。私はすぐに突撃すべしと赤兎馬に伝えました。片方が回り込んで挟み撃ちも考えたのですが、セルリアンのサイズを鑑みるに2人だけでは挟撃に成り得ないと確信しました。ならば2人で攻撃していくしかないでしょう?

 

 

「解った。ヘマはするでないぞ?」

 

「分かっています」

 

 

そうと決まれば急ぐしかない。奴が呑気に移動している今が好機。巨大な肉体に向かって私たちは走り出し、突っ込んでいきました。

 

 

「合わせますよ!」

 

「応!」

 

十分にやつの身体に近づいた。見上げればやはり、山の様に聳え立つ青白い壁が続いていました。この様なありさまでは攻撃は通るはずもない。…ですが、そんなことで歩みを止めるわけには行かなかった。力強く叫んだ、私たちの存在を示す様に。2人で一斉に。声ににのせて、私は爪を、赤兎馬は刃をやつの身体に叩き込みました。硬い外皮が一撃をはじいてしまいましたが、ここまでは予想の範囲内。次にやつが何をするのかに気を配りました。ゆっくりと頭を下げて、こちらを見るのを見逃さずに。

 

 

「…来ますよ!」

 

腕を持ち上げて、私たちを擦り潰そうとするのを躱し、赤兎馬がやつの前に。私が後方に回って攻撃を浴びせました。

例え小さいものであろうと挟撃を加えられればやつはなにをするのか、見極める必要があった。

私たちに気づいたセルリアンは、海が形を成したような風貌の尾を持ち上げ、まず鞭のように振り下ろしてきました。…口で言えば軽いものですが、実際は私たちの何倍もあるような太さの尾が、倒壊するビルのように襲いかかってきたのと同じことですよ。畝りの隙間を縫って回避するだけでも本当に気を張らせていました。

横から硬いものや、地面が薙ぎ倒されたことを示す轟音を耳にしながら、再びやつの図体に向かっては攻撃を仕掛けていくのを繰り返している状況でした。

 

「んなっ!」

 

私たちに食欲も抱いていたのかは知り得ませんが、あろう事か凄まじい瞬発力で接近し、建物も巻き込んでまで私を食らおうとまでしていました。間一髪のところでやつの餌となることは避けられたのですが、後ろにあった家屋はいとも容易く奴の顎に砕かれました。

何という咬合力でしょう。私たちがあんなものに潰されては到底一溜まりもないのは火を見るよりも明らかです。やはり生かしては置けないものです。

 

「くっ…!」

 

硬いレンガを咀嚼するそれを私は見上げ、青く光る瞳が視界に飛び込んできた。あの灯火の様な目は、今でも中々忘れられません。

動物に似たセルリアンと同じ模様のとても大きくて丸い、二つの目。斜めに瞼が閉じられ、瞬きをする様はそれだけでも異様な空気を醸し出していました。

すぐにやつが再び捕食しに開いた口から離れたので、暫く見つめ合うことは無かったのですが。

 

やつはその場から動かずに、まるで私たちと戦うことに集中していて事態は一向に変わらない。得られた成果といえば尻尾や腕を振るうなど、"やつは主に巨体を活かした肉弾戦を好む"という事が分かっただけ。

 

 

「っ…どうですか…!?」

 

「うんむ…動きは単純だが、やはりサイズが壁となる。2人では倒せぬぞ」

 

 

これ以上は得られるものがない…早急にこの場から離れる事にしました。弱点を探そうとも考えたのですが、2人だけでは余りにも余裕が無かった。

やつの動きは一通り理解が出来たので、情報は少ないもののこの動きをもって作戦を組むことを念頭に置いていました。

 

…しかし、簡単に帰してくれるほど、やつは甘くはなかった。

 

 

「…!?おいッ、見ろ!」

 

一転して変わった声色に導かれるままに、私は後ろを向いてやつを直視した。

姿は見えなかった。

いや、眩い光がやつの後頭部から放たれていたのです。まるで、アニマルガールが生まれる時の様な虹色の輝きが、私たちの目に止まった。

目にした瞬間美しい、と、恐ろしいという感情が同時に湧き起こりました。その光となにやら湯気のようなものを伴って、私たちに頭部が向けられていたから。

 

 

「退避をっ!!」

 

気付けば、赤兎馬に向かってそう叫んだ瞬間に後ろへと飛びのいていました。急いで、全速力でやつの正面から距離を取って、頭に組みついてくる最悪な事態を回避しようと。ただただ身体が動いたのです。

 

そして住宅の庭に差し掛かった時。

世界が、一瞬だけ昼になったのです。 

 

視覚が焼かれてしまうのではないかと思えるような、あんな光は初めてでした。

黒のみが広がっていた世界が色彩を取り戻し、一筋の光が駆け抜けて、私のすぐそばを貫いた。

次の瞬間には、弾けるような音。世界が響いたような音が耳を揺さぶり、巨大な風が私の体を吹き飛ばしました。

五感が全て麻痺し、世界の全てが再び暗闇に閉ざされて…早い話が意識を失ってしまっていたのです。

 

 

 

 

その後はどうやら赤兎馬が私を連れながらやつの追跡から逃れる為に走り回っていたようです。やはり相応の気力を削ったのでしょう、息を荒くしている様が見えたものですから。

私が目を覚ましているのに気づいた赤兎馬は無事を喜びたいがそんな場合ではないといった顔を主張するように近づけてきて、私にコトバをかけてきました。

 

「見たか、見えたか、今のが!」

 

 

見えていないはずがない。巨大な光の弾丸が横切ったのだから。

散々"銃"と対面したから分かるのですよ。威力は遥かに差がありますが、性質自体は同じものだと分かります。

 

 

「やつは山に向かった…今の内に潰さねば大惨事となるぞ」

 

指が示す方角には、すでに青白い光がなにやら湯気のようなものを吹き出しながら山の辺りで動き回っていた…しかしそれが、思わぬ攻略の鍵となりました。

何か対処出来る方法は無いのかとせわしなく回っていた頭がその様を見て、目敏く一つの推測を立ち上げたのです。

 

「……もしかして、アレを撃った後は身体が柔らかくなっていたり、とかは」

 

「…?何故そう考える」

 

私は思いつく限りの理屈を並べて、なるだけ彼女が正しく理解するように説明しました。

あの攻撃を行うには、相応に膨大なエネルギーが必要であること。そのエネルギーを精製するにあたって熱が生じること。その過程でやつの身体が幾分か柔らかくなって居るはずであることを伝えました。

 

 

「…つまり奴が、光の弩を撃ったときこそが好機であるか」

 

「うんむ…確かに撃ち込んだ後は暫く動いてはいなかった。…うぬの予測は使えるやもしれん」

 

 

やはり先行して奴の性質を探って正解でしたよ。まだ不確定要素ながらも対抗策が得られたのですから。

すぐに私たちは公園に戻り、作戦を立てる事にしました。

 

 

 

 

公園にはまだ多数のフレンズが逃げることも出来ないまま残っているものたちが何名か居ました。

もともとゴコクに居たもの、別の場所からゴコクにやってきたもの…それが今、あのセルリアンによって隠れることを余儀なくされている。

しかし帰ってきた私たちを見るや否や、暗がりに晒されて居た皆の顔が明るくなった。まだ、まだ誰1人として希望は捨てて居ないのでしょう。

次々に投げかけられた安堵の言葉を他所に、私たちは一つ話を切り出しました。

 

 

「みなさん、どうか聞いてください」

 

「あのセルリアンの"やっつけ方"が分かったんです」

 

 

私は先ほど赤兎馬に話したのと同じ内容の説明を行い、実行するにはこの場にいる全員の助けが必要だと宣言しました。

"みんなの力が必要だ、どうか手助けをしてほしい"と。

 

 

「ええっ…!」

 

「あんなでっかいのを倒せるの!?」

 

 

静けさに包まれていた公園は一気に騒然とした空気に変容しました。あんな軍艦のように大きなセルリアンを倒すと豪語してしまったのだから当然のことです。

…不思議だったのが、怯えるものは居ても、案や、参加に反対するものは居なかったことです。

口々に不安が返されても、荒唐無稽な話だと突っぱねるものは、誰1人いませんでした。

そうしなければ、生き延びて、安心して暮らす事はできない。と誰もが分かっていたのでしょう。だから、僅かでも希望が見つかったら皆それに縋ってしまうのです。自業自得なことながら、私は皆の希望と成ったのです。心に重たい責任感がのしかかりました。私は本当に大きな希望となれるのか、ただの其の場凌ぎの希望に終わらないのか。無責任に希望を持たせてしまっていないだろうか。

柄にもなく積もりに積もった不安は、一つの言葉によって増殖が止まりました。

 

 

「ここまで来たらやりきるしかないだろう。 …心配ごとなど知らぬと開き直る度量も無しにやつは倒せるわけは無かろうに」

 

「傲岸に不遜に皆を引っ張れ。それこそが天下を勝ち取る武将の器よ!」

 

「迷いは要らぬ、信じる道に皆を連れて行けッ」

 

 

私の気持ちを感づいたのか、それとも顔に出てしまっていたのか。

何も言わず対価も求めずに助け船を出してくれた赤兎馬が、最後まで付き合うとばかりに激励をかけて来たのです。

千里を駆けた馬の声は確かにとても力強く、硬い意志を感じさせるものでした。

 

 

「わ…わたしも一緒にいく!」

 

「それでやっつけられるかもしれないんでしょ?だったら手伝うよ!」

 

 

彼女の言葉に何かしかの感銘を受けたのか、わたしの目の前はすぐに志願する声で溢れました。

どの声にも濁りけの無い"勇気"が篭っていて、暖かかった。

生きているうちには感じることが無かったはずの"仲間"を一身に感じられて、まるで勇気を貰ったような気持ちにさせられました。思えばあの時に孤独というものは消え去って、私の後ろに仲間が沢山着いてきてくれたからこそ、やつを乗り越えられたのかもしれません。

こうなっては彼女たちが示してくれた勇気に報いる必要があります。

 

「…ありがとうございます、皆さん」

 

 

皆の意志が今一つになった所で、奴を倒すための話し合いが始まりました。

詳しい事は省略しますが、大まかな流れでは私と赤兎馬の2人でやつを刺激、飛ぶことのできるフレンズが照明を持ちながらやつの注意を逸らし、エネルギー弾を発射させ、軟質化した所に後頭部の、恐らくはエネルギーを溜めている場所である部位を破壊する。エネルギー弾を封じた所を一斉に叩くという手筈です。

その作戦を円滑にする為に主戦力以外のフレンズたちには隠れたまま時を待ってもらうことで決定しました。

いよいよ、決着をつける時。

相変わらず残された這いずるような跡を頼りに奴が逃げ込んだ山へ進むたびに、じわじわと威圧感がのしかかる…それが私たちの歩みを止める決定的な理由とはなりません。

 

 

 

 

 

そして、再びやつの下へと戻ってきた。

さっきのように月を見上げるままのそれは、落ち着いて見れば見るほどにクラゲのような色味を放っていた。

魚のような風貌も相まって、深海魚のような美しさすら感じさせるセルリアンでした。

やつはきっと海からやってきたものかもしれない。ならば再び海に戻ろうとしていたのか?

考えるつもりなどはありませんでしたが、今でも気にかかっているのです。

やつは、海からやってきたあの破壊者は、何が目的なのか。

 

もしかしたら、やつもただ生きているだけなのかもしれない。と。

 

 

 

「…見ろ、向こうはやる気に溢れているようだぞ」

 

「…ですね」

 

 

そんな事を考えてしまううちに、奴はすでに私たちの方を睨んでいました。

上方からは唸り声と息遣いが耳を揺らし、青い目が心から恐怖を引き摺り出そうと圧をかけている。

 

 

「……長い戦いになってはマズいです。ここは一気に決めてしまいましょう」

 

「短期決戦か…望むところよ」

 

 

先に静寂を破ったのはやつの方でした。

やつが私に向けて口を開き、大音量の雄叫びを浴びせ掛けてきた。楽器や慟哭を混ぜたような、身の毛のよだつ様な声を。普通の獣ならばこの一声ひとつで危険だと"理解"し、逃げる選択をとるでしょう。

 

 

 

「うがああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

でも、私も負けじと叫んだ。

胸が、喉が張り裂けんばかりに。奴に向かって叫び声をぶつけた。

たとえ私の声が奴の咆哮に掻き消されようとも、叫ぶ事で戦う意思を掲げる事に意味があると思ったから。身を奮い立たせる必要があったから。

 

 

今ここに、私たちと、"やつ"との未来をかけた生存競争が始まった。

 

 

叫びが終わらないうちから駆け出し、上から腕が迫っているのをギリギリで手のひらの落下地点から通り過ぎてはやつの五体に向かっていく…事実上の特攻に他ならない行為です。

私たちがすべきことは出来る限りやつの脅威となって、エネルギー弾を発射してでも倒すべき存在だと認知させること。恐ろしさを認識させる関係上、本気にさせることは避けられませんが、他に発射を誘発させる方法がわからない以上、この手段しかないのです。

やつも生きる意志があるのでしょう、挑みかかった私たちを押し潰そうと身体を跳ねさせました。そんなものに易々と潰されるほど私たちの覚悟は半端なものではないのです。

直ぐに浮いた体に飛びついて、駆け上がりました。

ええ、崖登りは得意な方では無いので爪を奴の体に引っかけつつの移動でした。

腕や触手が私を追い払おうとして居る合間に下方では赤兎馬の刃が何度も叩きつけられているのを見て最初の掴みはバッチリだと認識しました。

先ほどとは違う、倒すつもりで挑んだ2人の一撃はやつを完全にその気にさせたのです。

 

「今です!皆を!」

 

私の合図に応え、眼下の赤兎馬が大きい声で号令をかけました。闇夜の中にあって光を持つものを呼ぶための声を。

唸り声一つとっても大きく響くやつの声にも負けない迫力を込めて。

その声は確かに響いたようで、森の中から一個の光が飛び出してきたのです。

 

「ふわあぁぁ…っ!!」

 

オオコウモリが公園に残されていたペンライトを携え光を伴いながら、やつの顔すれすれを飛んでいきました。無論、それを認識してかやつは振り向こうとしましたが、すぐに次々に同じような物を持ったフレンズたちが蛍の様に光を手に持って幻惑させるべく行動を開始しました。

やつからすれば光り、自身の存在をアピールする部外者が現れた様なものです。やがて次第に鬱陶しくなったのか、奴の声にも苛立ちが篭った様にも思えました。

 

「…!この光…!」

 

次第に上から眩い光が辺りを照らしていくのが見え、周りの小さな光が散開していく。来たのです、やつが光の矢を撃ち放つ時が。

私は奴の身体に捕まり、動向を見張っていました。ここまでは順調に事が進んでいますが、やつの放った一撃が何をもたらすのか。息を呑んで注視していた口元が、唐突に光を放ちました。

確かに眩い一撃。それが光を狙って放たれたのです。

 

「キャァ!」

 

 

雷、大砲の音を凝縮し、鈍くした様な音と一緒に小さな悲鳴が耳を通る。

打ち出された方角に目を向ければ、一直線に残る虹色の残光の下に、ぱたぱたとペンライトを振り回して地面に降りていくフレンズの姿が見えた。

ギリギリ回避できたのかと安堵しましたが、まだ終わりでは無いと感じました。

一向に奴の身体が、それほど熱を持たないのです。

 

「こ、これでいいの!?」

 

「まだです!まだエネルギーが少ない様です!」

 

エネルギーの量を調整したのか、その時に放たれたのは小規模の矢だったのです。

これではまだ攻撃を通すには不十分…再び陽動を行なって貰う必要がありました。

再びフレンズたちが奴の周りを飛ぶ。今度はより離れた所から、やつの注目を集める。

難しかったのが、第1の陽動が失敗した際には距離を取っての陽動を再び行うもの。これでやつが威力の大きな物を吐き出してくれなければ、長期戦へと持ち込まれるでしょう。そうでなくとも二度にわたってエネルギー弾の脅威に晒され、彼女たちに小さく無いストレスを掛けてしまうので、ここで吐いてもらわねば作戦が破綻する可能性がありました。

 

二度目の発光、光はだんだんと、先ほどより大きくなっていく。

 

 

「回避をっ!!」

 

私がそう叫んで間もない時、再びそれは放たれました。

先ほどよりも大きな光の徹甲弾がやつの口元から彼女たちにむかって打ち出される。

小さい光が一気に分かたれ、逃げ出していく。

その中にはぶんぶんと光が振られながら地面に落ちていくものも有りました。

 

「く…!」

 

発生してしまったかもしれない被害に歯を食い締めましたが、そんな暇は無いとばかりに掴んでいた手が熱くなるのを感じました。

直ぐに見上げれば、奴の後頭部の袋の様な器官から高温を示す湯気が吹き出ていたのです。次第に力を入れていた指が肉体に刺さっていく感覚を感じた所で、ふつふつと成功したと言う実感が湧き上がっていました。

 

 

「上手くやった様だな、手土産を持っていけ!」

 

そんな丁度いいタイミングで、赤兎馬が行動を起こしてくれました。あそこでチャンスを見逃すようなものではないと信じていたので、あの時は本当に心強かったものです。

しかし彼女はセルリアンから離れ、一定の距離を取った所で踵を返し、武器を掲げました。

恐らくは、彼女が攻撃したかった場所には届かないと判断したのでしょう。そのまま投げ槍の要領で武器を投げ飛ばしては、やつの胸部にある丸い部位…コアと呼称する部位に見事直撃させました。

やつが痛みに悶えてさけび声を轟かせる中、強力な支援に続くべく柔らかくなった身体を迷いなく駆け上がりました。

赤兎馬の投げた薙刀の様な武器、青龍偃月刀の突き刺さったコア付近まで登り、目的のものに手をかけ、しっかりと握って…そのまま引き裂く様にして彼女の武器を抜き取りました。

直後に金属をすり合わせた様な甲高い悲鳴が響き、みるみるうちに奴の身体が波打ち始めたのです。

 

「っコレは…!?」

 

一変した巨影の様子を見た私は、思わず目が丸くなっていくのを感じました。

青白く美しいとも思えたやつの身体は鳴りを潜め、不透明なスライムが沢山集まった様な色へと変じて居たのです。

その様子を見て、直ぐに確信が持てました。

 

この巨大なセルリアンは一つの個体ではないのです。カツオノエボシが多くの小さなヒドロ虫で形成されて居る様に、普通のセルリアンが集まって、あのクラゲの様な魚といった異様な風貌の巨大セルリアンを構築していたに過ぎなかったのです。

 

「っ…そういうことでしたか!」

 

その化けの皮も最早剥がれつつありました。私はやつが劣勢に傾いた所に乗じて、胸部から身体…セルリアンたちが混乱し、刃が通る様になった奴の体を駆け上っていくしかなかった。

下からも、赤兎馬が色めき立ったフレンズたちを率いて巨大なセルリアンに突撃しているのが見えました。

しかしいくら張りぼてに近いものとはいえ、どんな建物よりも大きな怪物をごり押しで長いこと戦ってしまうのは得策ではありません。弱点を探し出し一気に叩く必要があったのです。

そう、私は上り詰めた。恐らく弱点であるはずの、奴が持つ袋の上に。

息が荒くなって居るのか伸び縮みの間隔が短くなっている。胸部のコアに損害を与え、巨影を作り出すものたちの結束が乱れている今しか、一撃は通らない。

私はすぐにも爪を作り出し、袋に突き刺した。少し硬い土のような感触の後に突き破られ柔らかい肉の感触が爪を通り手応えを与えてくれた。

まだだ、まだ足りない。

続けざまにひっかき、大きな袋に何度も何度も傷をつけた。爪が袋を切り裂く度に悲鳴が絞り出され、辺りに響く。

奴はそれでも振り落とそうと地面に頭を擦り付けて押し潰そうとしてきました。そうしたら向かいにある袋に飛びつき、そこにも連撃を加えるのみ。十分な傷を負わせて撃退する事が出来れば…そんな一心で袋を引き裂いて行きました。

 

「まだだ!私を…          ッ!?」

 

刹那、重い衝撃が身体を、私の身体を弾き落とした。触手が、触手が私を弾き落とした。

全身を強く打ってしまい消えかける意識を無理矢理に保たせ、迫り来る地面に爪を食い込ませ何とか無造作に叩きつけられるのは回避できました。しかし上を見やれば、セルリアンがそびえ立ち、私を見下ろしていた。

明らかに激昂している。私を睨んでいたあの青い目玉は、じっと視線を私から逸らさずに鳴嚢を膨らませている。コアに損害を受けてもまだ動いている事にも驚いたものですが、奴の鳴嚢を見て私は目を疑った。先ほどより大きく膨らんでいて、輝きも増している。まさかもう傷が塞がってしまったのか?私はすぐに、自身の終わりを悟って歯をくいしばるのみしか出来ませんでした。

 

…実のところは、やつにとっての大きな爆弾だったのですが。

 

 

そうです。奴がヒレを広げ鳴嚢を限界まで膨らませて、サンドスターで生み出したエネルギーを打ち出そうとした。

その瞬間に奴の頭部が大きな音を立てて吹き飛んだ。いや、正確には鳴嚢の部分が破裂したのです。

思わず呆気にとられていました。しかしまだ戦いは終わっていない、痛む身体を走らせ、破壊者の命に終止符を打つべく、揺れ動く巨影に向かって駆け出した。

取っ掛かりを引きずり出して露出させた勝利への道が大きく、私を包み奮い立たせる。それでも奴とはまだ距離がありました。このままでは再生されてしまうかもしれない。そう懸念した矢先に私の体が何かに掴まれ、空に浮き上がった。

冷や汗が首を伝いながら、すぐに上を見上げた。

 

 

「わたしだって、わたしだって!役に立ってみせるっ!」

 

私を空に連れ出したのはオオコウモリのフレンズでした。目を輝きでいっぱいにした彼女は翼をはばたかせ、私をやつの上まで連れて行ってくれたのです。

翼に傷を負ってしまっていたのか、ふらふらと覚束ない飛びかたになっていた有様にも関わらず、高い高い頭の上に向かってくれました。落とさないように抱きしめてくる腕からは、確かに強い決意が感じられ、胸の内が熱くなりました。

その時に実感しましたね、もう私は孤独ではないと。あなたが来るまではそう感じました。

 

やつの首にぽっかりと穴が空き、クオリティの高い張りぼてを構築していた大量のセルリアンが蠢き身体に色を灯している最中に一筋の光が見えて、その気持ちが強まったのは今でも覚えています。

 

「…!降ろしてくださいッ!」

 

「わ、わかった!」

 

もしや、もしや。

何故そんなものがとは、恐らく考えはしたものでしょう。

しかし私は考えに至る前にオオコウモリから降下し穴の中に突入した。爪を差し向け、落下の勢いでセルリアンで出来た肉壁を次々に貫通していく。その最中に、唐突に勢いが止まったのです。硬いものに刺さったような感触と供に。

私には自然と合点が行った、潰せば全てが終わると。

 

負けるわけには行かなかった、勝利の目前まで来て、それを取り逃がすような真似はできなかった。

無我夢中で力を乗せ右手の爪を、"石"に振るい、叩き潰した。

 

その時に漸く私は考えることが出来たのです、とどめを刺したのだと。

 

「取ッた」

 

思わずそう呟いた時、周りがぐらぐらと崩れ始め肉壁が次々に虹色に光りだし、崩れていきました。もうここに用はない、巻き込まれないうちに抉じ開けた穴を駆け上がり巨影の中から飛び出しました。

奴の鳴き声が再び大きく絞り出され、少しずつ小さくなり、終わっていく。

楽器と慟哭を混ぜたような、聴覚に執拗にこびりついていた独特の鳴き声も、もう発せられる事は無かった。

漸く歩みなれた地面にたどり着いたところで、私は奴に目を向け…思わず息を飲んだ。

 

 

「…綺麗」

 

森の中に崩れ落ちる巨影を見て、私はその一言しか出せなかった。

次々に白い体が虹色のカケラとなって空に帰る様は、あまりにも美しかったのです。

これまでの人生でも見た事がないくらいに。

気づけば、満天の星空に輝きを抱いた星々が昇っていく様を、暫し立ち止まり、見送っていました。

 

 

 

巨影が崩れ、虹色の星となった後に私は奴の通っていた街に戻りました。街はもはや静寂が支配している有様だった。私を支えてくれた"仲間"以外には。

私を労い、私と勝利を分かち合おうとしてくる仲間たちの声だけが、私を祝福してくれた。

でも昔に見たヒーロー物の漫画作品の様に、私たちを出迎えるヒトなど居ない。    もう、居ないはずだった。

 

だから目を疑いました。

ナリモン水族館の入り口近くで、私に向かって走ってくる青年が目に入ったときは。

 

私も、すぐさま青年に向かって駆け出しました。 思わず抱きついてしまって恥ずかしい思いをしましたが、青年は変わらない笑顔で私を受け止めてくれましたね。

そのとても優しい笑顔が、疲弊した心に救いを齎したことを、私は忘れません。 …命尽きるまで、覚えるつもりです。

…今度は私が質問する側に回っても良いでしょうか。

 

 

 

どうして、また戻ってきたんですか?

どうしてこんな、あのようなセルリアンが、まだ生きているような場所に戻って来たのですか。

 

 


 

目の前に居る少女…ジャワトラのフレンズは、そう聞いて来た。

それに対して僕は、答えを返した。

 

 

 

「後悔は無い。ただただ、帰りたかったからここへ来ただけだ」

 

 

 

…確かに、この島は危険だろう。

セルリアンだけじゃない、地方によって変わる気候、自然が支配し、人の道は掻き消されて居る。趣旨よく施設に入り込めたとしても、そこで安全に暮らせる保証なども何処にも無い。

食料も水も限られた、人に近い場所にあって、人から離れた、文明もなにも無い場所の課す過酷な生活。

 

ぴったりじゃないか。

たった1人の仲間のために、家族も、沢山の同胞も捨ててジャパリパークに逃げ込んだ卑怯者には、これ以上ないくらいには似合う末路だろう。

 

だからこそ、こうなることに全く後悔なんてものはなかった。

 

 

 

心強い1人の仲間が、側にいるのだから。

 

 

 


tale クライシス・オブ・ジャパリパーク

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