LAS支部__
「マモル、来たわよ。」
そうイザベラが言って、支部の玄関の監視カメラの映像を見せてきた。そこには細身の若い男性が入ってきていて、既に近くにいた警備員、菅原に呼び止められている。情報通りならステファーノだろう。
「…正面から堂々と入ってくるとは、ご苦労なこった。」
「ここの防衛は貴方達、警備員にかかってるわ。任せたわよ。」
「わかってる。」
「おいおい、エトランゼはここにいるんだろう?」
「エトランゼさんは現在ここにはおりません。お引き取りください。」
「へっ、なら力づくで探し出すぜ。」
「おいおい、そんな物騒なことするんなら、俺だって黙ってないぜ。」
「ま、衛さん!」
…まったく、はぁ、その期待で満ちた視線をこっちに寄越さないでくれ。と、それよりも相手の目的はエトランゼか。あいつは今、本当にここにいない。彼女には俺たちから『とある依頼』をしているから、セントラルの総合病院にいるはずだ。
「お前は、モノトーンイデアの一員だったか?」
「あぁ、だとしたらなんだ。」
「なるほど、貴様の身柄を拘束させてもらう。」
「やってみろよ!警備員!!」
ホートクエリア、某所__
「はぁ…はぁ…」
私とラビの戦闘は続く。戦闘とは言えないくらいに一方的だ。先程、左腕を折られてしまった。結構痛いが、そうも言ってられない。私が捕まったらすべてが終わりなのだ。これくらい我慢しなくては。ラビの攻撃を躱しつつ、事前に連絡を取っていた『集合地点』に誘導する。そこにはパーク側の警備員が数チーム到着する予定だ。つまり、そこまで耐えきらなければこちらの負けである。
「あらあら、随分と辛そうね?トドメを刺してあげるからこっちにいらっしゃい?」
「…ハッ!私は殺すなって命令じゃなかったっけ!リーダーの命令すら覚えてないなんて、とんだ間抜けね!」
「ハァ?あんなやつ、リーダーなわけないじゃない。」
「…え?」
「いいかしら?私は私の意志でここにいる。それはあいつも同じ。それと__」
(なんだ…?何を言っている?イソロフィアがリーダーじゃないのか!?)
「姉より優れた妹なんていない。」
「…ッ!」
某国某所
一人の女性が暗い部屋の中で黙々とパソコンに向かって、1時間が経過した。
彼女はパーク内の監視カメラやその他デバイスのハッキングを任されていたのだが…
(…くそっ!くそっ!まただ、何度ハッキングしてもほんの数秒で全て元通りにされる!)
(あのエトランゼとかいうヤツ…ただものじゃないわね…!)
(私のスマホがハッキングされてないのが幸いね…おかげでイソロフィア達との連絡は途絶えることがない。もしかして、私が独自で作り出したファイアウォールには手も足も出ないのかしら…なら!)
一方、パークセントラルでは___
「あれ、また上書きしてきたよ。懲りないねぇ。」とリーナがつぶやく。
彼女とヤマドリ、そしてアオイは、パークセントラルにいるエトランゼの護衛をしていた。当のエトランゼはというと、セントラルにある病院に来ていた。彼女はLASの依頼で、ここにいるQ博士を連れてくるという目的があった。が、それは既に済んでおり、30分前にホートクに向かっている。彼の護衛にはヤマドリとアオイを付けたので大抵の事案なら無事だろう。
「ほんじゃま、いっちょいきますかぁ。」
とエトランゼがつぶやくと、ものすごいスピードでキーボードをタイピングし始める。
リーナには何が起きてるのかさっぱりだが、あっという間にパーク内の監視カメラを見事に復旧させた。
「そろそろダルくなってきたなぁ、あの国はもうすぐ夜明けだろうし、モーニングコールでもしてあげるかな。」
そういってエトランゼは専用のタブレットを取り出して何か操作している。すると、向こうにいるモノトーンイデアのハッカーに繋がった。
「あ、繋がった!おーい、ミシェルさぁん?」
「!?な、なんで私のスマホに…!?」
「あぁ、いやぁ、そろそろそっちの国って朝になるでしょう?だからモーニングコールしてあげようかなって!」
「ふざけてんじゃないわよ!このスマホには私が作ったファイアウォールが…」
「あ、あれ自作だったの?ごめ~ん、十年前のものかと思っちゃった!」
電話の向こうの彼女はしばらく沈黙したのちプツ…と通話が切れてしまった。
「ありゃ、切れちゃった。まぁいいや、これでもうハッキングする気は失せたでしょ!」
エトランゼはリーナに向かってえっへん!と言わんばかりに胸を張っていた。
LAS支部___
…ふぅ、あれから十五分くらいか、未だにステファーノというやつは隙を見せない。もう一人の警備員、菅原と二人がかりで攻撃しているが、彼はすべての攻撃を避けるか、躱すかしている。腰につけているスタンガンも、使う素振りを見せない。エトランゼを力ずくで探すと言ってたものの、向こうから攻めてくるようには思えない。まさか、こいつ……
「はぁ、まったく。時間稼ぎのつもりか?」
「どうしたんですか衛さん?」
菅原は急にステファーノとの距離を取った俺に疑問を抱いたようだ。
「もしかしたらここに来たのはこいつだけじゃないかもしれない。」
「なんですって?」
「さぁ、どうだろうね?」
割って入るように奴も会話に参加する。俺はイザベラのように勘が鋭いわけではない。だが、可能性は十分にある。
よくよく考えれば、人を探すならわざわざこんな正面から来たりしないだろう。
そうこうしていると、ブザーが鳴った。これは非常事態が起きた時に中央管理室から鳴らすものだ。あそこではイザベラが監視カメラを見続けてるはずだが…らしくないな。彼女がミスを犯すなんて。
「…とすると、こいつは囮ですか!」
「そういうことだな。今のブザーで確信が持てた。」
「へへ!ついに合図が来たぜ!ワルターの奴は上手くやったようだな!」
ワルターか…情報によれば元は建築関係の仕事についてたらしいが…
「さてどうするよ!このまま俺を相手しててもいいのか!?ワルターとイソロフィアは待ってくれないぜ!」
どうする…奴の言うとおり、このまま相手をしていても時間の無駄だ。かといって、こいつを野放しにするのも危険だ…
悩んでいると菅原が、こちらを向いた。
「衛さん。俺が管理室に行ってきます。」
「…一人で大丈夫か?」
「はい!向こうのことはこちらに任せてください。」
「ふっ、頼もしいな。」
そういって菅原は階段にに向かっていき、俺はそれを見送っていた。
その隙に、ステファーノは死角から蹴りを入れていた。
「笑止!余所見をし過ぎだ!警備員!」
ステファーノの蹴りが俺に命中して軽く吹っ飛ばされる。間髪入れず俺にトドメをさそうと腰のスタンガンで攻撃____でもしたかったのだろうがそうは問屋が卸さなかった。
「なっ!なぜ…!死角から攻撃したのに…!」
「…不意打ちってのは、静かにやるもんだ。」
そう、俺はこいつの最初の蹴りを片手で受け止めている。それにこいつは、俺と距離を詰めるために少し走った。その足音を聞き逃すほど、俺は甘くない。
俺はそのまま奴の足を引っ張った。体勢を崩されたステファーノは抵抗して立とうとするが、その前に奴の顎を強く殴った。人間の顎を強打すると、てこの原理で脳が強く揺れて脳震盪の状態になると聞いたことがある。
ステファーノは力がうまく出せないのか、立とうとしてもすぐに倒れてしまっている。俺は奴の腰についているスタンガンを抜き、彼にとどめを刺した。
「姉より優れた妹はいない…か!随分ご立派な身分じゃないか!」
Athenaには一つだけ解せないラビの特徴があった。
普通、優位に立ってる者、あるいは強者というのは常に弱者を見下してるものだ。どこか、勝ち誇っている感じがする。Athenaは普段の生活でいつもそう感じていた。LASに依頼してくる大抵の依頼主はどいつもこいつも椅子にふんぞり返ってばかりで自分では何もしない奴だ。そのくせ、人を見下す。自分が一番偉いと言わんばかりに。うちの社長だってそんな態度はとらない。…LAS内には上下関係がないと言っても過言ではないくらいに社員同士の仲がいい。一種の家族みたいなものだろうか。
兎に角、自分が強いと思っているものは人を見下すのだ。Athenaはラビも例外ではないと思っていた。
しかしラビは、私に対して常に上目遣い、いうなれば、見上げているのだ。あの目は、動物界でも何度か見たことがある。常に何かを恐れている眼だ。彼女の言動からしてその対象は私ではないことは確実。だとしたら、何におびえている…?それが分かれば、この状況を打破できるカギになる。
「ふふ、その身分であなたをディナーに招待してあげましょうか?」
「いや、遠慮しておくよ。私が食われそうだからね。」
「あら残念。ところで、いい加減捕まってくれないかしら?」」
__例の集合場所まであと数百メートル。この森を抜けた先の道路だ。まだ捕まるわけにはいかない。そう考えていると、ラビは素早く私に接近し、私の腹部に飛び蹴りを喰らわせる。
「ぐっ…がはっ……!」
しまった。呼吸がうまくできない。これじゃあ逃げることもままならない。
「ま、片腕折られてこれだけ逃げられたのは褒めてあげるわ。」
そういってラビは腰に付いてるスタンガンを取り出す。
___白かった。
何が?と問われても、白かった。としか形容できない。ほんの一瞬、私とラビの間を、白い何かが通り過ぎた。あまりにも速すぎる。一瞬の出来事だった。白い何かが右から左へ通り過ぎたかと思えば、左手の方角の木々が四、五本吹っ飛んでいる。
そこでようやく私は理解した。
「…は………はは!本当に!!遅すぎるんだよ!!」
「何?なんだっていうの?」
ラビは気づいていない。白い何かに。そしてその白い何か__もとい、”月兎のフレンズ”は語り始める。
「あら、ごめんなさい。これでも全力で走ってきたのよ?礼の一つぐらいほしいものだわ。」
「あぁ、悪いね!それにしても君はとっくに死んだかと思ってたよ!」
「あの程度で死ぬ私じゃないわ。月面の獣を何だと思ってるのかしら?」
「月面の…獣!」
ここでラビが目の前のフレンズが対象のルナだと気づく。が、もう遅い。木々を破壊した音に引き連れられ、先に到着していた増援部隊がこちらに到着した。
その数、ざっと20人。
「なんだ、何事だ!?」
「木々が粉々に…!」
「これは…どういう状況だ!?」
ほかの部隊の人が口々に言う中、二人のフレンズを連れた人物が、私のところに駆け寄る。
「きみがAthenaかね?」
「あぁ、うん、そうだよ。このザマだけどね。」
ハハ、と苦し紛れの返事をする。
彼は何も言わず部隊に戻り、困惑している彼らに状況を説明している。恐らく彼がQ博士とやらだろう。
「ねぇ、あなた…大丈夫?」
「あぁ、君はニホントカゲのアオイ…だっけ?ありがとう。大丈夫だよ。」
ニコッと笑って対応する。が、後から来たヤマドリに諭される。
「大丈夫なわけないでしょ…こんなにボロボロになってまで嘘ついて…あとは休んでて、私たちがなんとかするから。」
「あぁぁ…そう、そうだね。あとは任せたよ。君たち…」
そう言い残して私は気を失った。
LAS支部
「…結局ものの数分で倒しちゃうんですから…もしかして、先ほどの戦闘、私がいない方がスムーズに終わってたのでは?」
「………なわけないだろ。」
菅原と会話をしつつも、大急ぎで管理室に向かう。
管理室に待ち受けていたのは…予想と反していつも通りの光景だった。
「あら、お帰りなさい。マモル。」
「あの、ワルターとイソロフィアが来ているって聞いたんですが…」
「は?来てないわよ?そもそも、そんな奴来てたら監視カメラに映るでしょ?」
「…まさか、さっきの敵の発言を鵜呑みにしたわけじゃないわよね?」
「…ふっ、だそうだ。」
「ちょっと!?まさか敵をあそこにおいてきたりとかは…」
「それなら俺がもうとどめを刺したぞ。玄関で伸びてるはずだ」
「でも……」
何をイザベラは困惑しているんだ?
「監視カメラには、ステファーノの気絶した状態のものなんて…どこにもないわよ?」
「……なんだと?」
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