出現日時: 2058年12月25日 ホッカイエリアにて出現。
インタビュー対象: メーア・ハルトマン イラストレーター
インタビュー場所: 富山県富山市
インタビュー日時207█年7月██日
夏の始まりの時期。さんさんと太陽が、雲を切り裂いて日差しを差し込んでいる。段々とだが葉も花も、その陽を浴びようと首を伸ばしているのが見えた。そんな暖かな雰囲気の今日、富山県市内のある食堂にやって来ている。今日はそこである女性を待つ間、カウンター席で麺料理を啜って過ごしていた。
今回呼び出してきた女性はドイツ人イラストレーターのメーア・ハルトマン。過去日本に移住し、何時も両親と共にパークに来園していた女性だ。
20██年にパークが完全に閉園してからはドイツに帰国し、絵本の挿絵を中心とした絵の依頼を請け負う様になっている。新調された御伽噺の絵本などにイラストの作者として彼女の名が記載されているため、本国で活動を続けていることは把握していた。よく迷子になっていた女の子も、そんな仕事が出来るまでに成長しているのを感じて、ただのライターに終わっている自分が少しちっぽけに思えしまう。
アンニュイな気持ちに陥りながら塩辛いそのラーメンを味わっていると、肩を指で突かれた感覚を見に感じる。振り返ってみれば、飾り気の少ない長袖のワンピースを着た、ロングの淡いブロンド色の髪の女性が微笑みながらこちらを覗き込んでいた。
ふふ、お話は食べてからで大丈夫ですよ。
女性は柔らかな声でそう告げると、隣の席に座って荷物を膝に置いた。海色の瞳が、食べ終わるのをじっと見ている。
その目に海のアニマルガールの目を思い出しながら、そっと食事を終える。これからここで話すことを考えて追加にデザートと飲み物を注文してから、彼女の目を見やる。
お久しぶりですね。セントラルで会った時以来かしら?
くすくすと笑みを浮かべながら彼女もこちらを見て話を始める。その様子に以前の様な人見知りな少女の姿は無く、はんなりとした言動の女性の姿が代わりに座っていた。だが、彼女は間違いなくあの少女だ。迷子になっていたとき、彼女を親元に届けただけの僕のことを覚えていたのだ。
今日、絵も持って来たんの。…今度小さい子向けに紙芝居も開こうと思ってて、是非貴方にも聞いていただこうとここに呼びました。
そういうと、彼女は鞄からタブレットを丁寧に取り出し、自身の描いたイラストを見せていく。そのふんわりとしたタッチの絵柄を見るに、彼女は水彩画の様な絵が得意な様だ。その暖かい絵柄に、僕はこれから語られるであろう話に想像を膨らませた。
そうですか…どんなお話なんです?
お話といっても私が小さい頃に経験した不思議なお話を元にしたから、そんなに面白くは無いのかも。…でも、忘れられなくて、つい絵にしちゃったんです。
すらすらとめくられる絵、雪山を歩く少女の絵。雪山といえば昔話の笠地蔵(注1)を連想させる。だが数ある挿絵の中には奇妙なものも描かれている。大きなペンギンの様な存在と一緒に居る少女の絵が、僕の眼に焼きついたまま離れなくなった。
あの時、まだパークに人が居た頃のお話。私が経験した、不思議なお話。…もしかしたら、私が見た夢ってだけかも。だから、御伽噺としてお話しするつもりです。
でも、あの時私が見たものは確かに本物だったんじゃないかって思っているの。あの異様に暖かい手は、忘れられないわ。
その目を見てこの話はもしかしたらという想いを抱いた。自分の手を握り、懐かしげに語る彼女の口から、雪国に潜んでいたであろうなにかの存在を感じずには居られなかった。
そこまで前置きした上で、彼女はこの話を聞きたいのかを問うてきた。
答えは決まっている、"是非聞かせてください"。僕の言うべきことはそれのみだった。
それじゃあ、お話を始めましょう。
───昔々、ある所にジャパリパークという、それはそれは楽しい場所がありました───
ジャパリパークで一番寒いところのホッカイエリア。一人の女の子…つまり私の事なのだけど、お父さんとお母さんと一緒に、クリスマスの思い出を作る為に、その雪の積もったところまでやって来ていたわ。何時も雪が積もって寒いだけあって、明るい昼の時間だったけど、とっても雰囲気が出ていたの。
町中にきちんと飾られたイルミネーション、それがぴかぴか、ぴかぴかと光る夜の時間を待ち侘びて、今か今かと待っていて…今よりずっと小さなわたしは、幼心に興味を惹かれ、そればっかり見つめていたかしら。広場に植えられていた大きなモミの木にもいっぱい飾り付けがされていて…ただただ、それを見上げるだけでも楽しかった。フレンズや他の人たちもみんな楽しそうにしていて、とても寒かったけど、とっても暖かい気持ちでいっぱいだったのを覚えてる。
10歳のあの頃に見た、人もフレンズもみんなサンタさんの格好をして、プレゼントを配り歩いたりしている光景だってはっきりと思い出せるのよ。
…でも私が過ごしたクリスマスは、そんな普通のクリスマスとはちょっと違う物だったの。
聖夜へと近づきつつある町を歩いていると、少し不思議なものが私の目に映った。白い服。雪景色、銀世界に溶け込んでしまいそうな白い服。それを顔まで着込んだ人が、フレンズの子を抱きかかえながら路地裏に消えていくのが見えて、それを見た私はつい、人が消えた方へと歩いていっちゃったわ。
そうなの、私ってば興味を持ったものを追いかけちゃう癖があって。同じように白い人たちの後をついて行ったわ。それも両親から離れて。
…あの時は本当に考え足らずだったなって。
(彼女は少し息を吐き、カウンターに置かれたドリンクを飲むと、真面目な顔をして話を続ける)
暗い路地裏を通って…多分郊外の辺りまで出たわ、子供としてはかなりの大移動かもしれない。
さっきの白い人が、フレンズを抱えながら車に乗り込むのが影からばっちりと目撃した私は、どうして車にとか、なんで車があんな所にとか、色んな考えが頭をぐるぐる回って身体が止まったまま、逃げ出すのが遅れてしまった。
そんな時、後ろから声がして肩に手を置かれて、しっかりと握られたわ。
冷たい手で口も塞がれて、もう逃げようとしても既に遅いのだと直感的に感じながら、後ろにいる人を見上げているだけしか出来なかった。
さっきの白い人がもう1人居る。近くからみるとより明確に分かったけれど、その服は防寒着というよりかは、和服みたいなイメージの服。日本の神社でよく見かけた祈祷師さんみたいなもの。でも首に数珠を掛け、ハカマには黄色い模様、紫色の帯を巻いていて、顔は変な模様が入った黒い覆面が包んでいて、一目、はっきり見ても人だとは思えない様な格好の、不気味な服。その強烈なイメージに私の小さな身体が固まって居ると、白い人の後ろから、白い人の服を黒くした様な人まで現れたのよ。顔の模様が赤く、良く見れば「の」の字の様にも見える存在。雪の上だととても目立つって分かる様な姿の人が、私に近寄ってなにやら話しかけて来る。
その黒い人が話しかけて来た内容は覚えてないの。別の国の言葉だったのか、あるいはあまりにも恐ろしくて、私の頭が忘却の彼方へと放り込んだのか。何れにしても…このままじゃ連れ去られちゃうって、そう考えても身体が動かないまま、私も車に乗せられたわ。
Knecht Ruprecht(注2)
黒いサンタクロースとも呼ばれる存在。サンタクロースの原型となった聖ニコラウスとしばしば対比される存在。悪い子におしおきをしてくる人。
見た目こそ違いますが、人の気を感じさせない出で立ち、心を憶測ですら読み取れない。
もしかしたら人より上の存在かもしれない。……今でこそ、彼らは悪い人だったと知る事が出来ましたが…当時の私には、不可解な事を言って車まで連行したあの黒い人が、聖夜に現れる黒いサンタクロースと同じよう見えて仕方がなかったの。
そうとしか思えなかった私は、彼らがカルト教団の危険な分派である事など知らずに……ただただあの一年を洗いざらい振り返って、何かとんでもない悪事を働いてしまったのではないかと、車の中でそればかり考えていたわ(注3)。
思い当たる節が見つからずに、有りもしない罪からくる罪悪感が疑問、疑いからくる恐怖に変わり始めた時、キョロキョロと辺りを見回して車の中を見渡して中の様子を確認しようと思った。
右には静かに寝息を立てたままのフレンズ、その奥には白い人。左には先ほどの都市の光景から一転して、雪原の光景が広がって居る。
これからどうなるのか分からない不安が、ふつふつと心の中に湧き上がって泣きそうになりながら外の景色を見て、その気を紛らわそうとしたわ。…知らない車の中で、知らない景色を見て気が紛れるかは分からなかったけど。
その時雪の地平線に何かが見えたの。何かが走る様にして移動しているのがはっきりと、涙で霞みかけていた視界も、その黒い何かを視認しようと目を凝らし始めたんです。車が進むたび、何かの影はだんだんと大きくなって行くのがはっきりと分かった。
怖くなって身構えた時には、大きな衝撃、大きな音と一緒に、その何かが車に突き刺さりました。
予想していたより大きな揺れに煽られ、何も備えができないまま頭の後ろを強く打ってしまいました。
鈍く響く痛み、視界に映るツノを持った黒い獣のような影(注4)……それを認識したとき、私の意識は消えました。
(ここからが本題とも言うように、彼女は絵を見せながら証言を始める)
暫くすると…すごくぼんやりとした眺めだったけれど、確か岩のような天井が、寝ぼけ眼の私の目に現れ始めたのかしら。暫く唸っているとさっきのフレンズ…名前は確か、トウゾクカモメちゃん。その子が顔をのぞかせて、ゆさゆさと揺さぶってきたわ。揺さぶられる感覚にはっとして、頭が無理矢理叩き起こして…まだ少しクラクラするけど、身体を起こして軽くスカートの埃を払ってから、ここが何処なのかを考えることにしたの。
不思議だったのが、あんな事故があったのに、体にあんまり目立った怪我が無かったこと。雪原とは程遠い洞窟、それもとても暖かい洞窟に居たこと。そして、目の前にはその暖かい湯気を出して居た…そう、天然の温泉があったこと。
まるで昔話に良くあるような気持ち良さそうな場所。ああ、これは夢なのかなって考えました。ともすれば、私はまだ雪原の何処かで寝たままでいるって事にもなるでしょうね。
雪山とかで眠ったら良くないって良く聞いたもので、早く起きなきゃって思いました。頰をぱんぱんと叩いていると、温泉を縄張りにしているのか…近くに見上げるほど大きなペンギンさんが歩み寄って、私の背中をぽんぽんと、とても優しく叩いてきた。
とても大きくて、明らかに人じゃない。それでも優しさがその手から感じられて、さっきの白い人たちとは本当に真逆だったわ。
確かにペンギンがこんな内陸の、しかも暖かい場所に居るなんておかしいと思ったし、よくよく見てみるとお腹が半透明で、しかも今生きてるペンギンより大きい…普通のペンギンとは明らかに違う存在なのは薄々気づいてた。それでも、私は疑う理由なんて無かったの。このペンギンさんは絶対優しい。そう思って握った手は暖かかった。まるでお風呂を触ったかのような、そんな感覚が、小さな手を包んでくれたのよ。すっごく安心したんだから。
それからは警戒心も無くなって、私たちも暖かい温泉の中にざぶーんと入った。肩まで浸かれる深さで、入ってみると改めてすっごく暖かくて、気持ちよかった。まるでママに抱っこされてるみたいな気持ちだって覚えたの。
今まで不安と寒さに傷つけられていた身体は、極楽浄土とも言えるような温泉の中で刻一刻と癒されていく。数分する内に体の疲れとか、そういうのがごっそり消えて無くなっていたのを覚えてる。何度か眠たくなって、うつらうつらしていた私をペンギンさんが後ろから支えてくれたし、今でも本当に素敵な場所だって思うわ。
その内にペンギンさんも数匹くらい湯船に浸かり初めて、一緒にほかほかとした時間を過ごしてたのよ。
しっかりと身体を温めた後は、置いてあったバスタオルで体から水気を取り、トウゾクカモメちゃんと抱き合ったわ。 いくら洞窟が温泉のおかげで暖かいからって湯冷めしたら危ないから…。
多分、心の底から安心したのか…私が眠るのにさほど苦労は無かったの。全身の感覚がふわっとするのを感じてから、そのまま……。
次に見た光景は、ホテルの天井と、心配そうに、泣きそうな顔をしていたのが、わあっと喜びの顔に変わった、両親の顔。
パパとママも一緒に抱きついてきてちょっと苦しかったわ。
でも、帰ってこれたんだって、何ともないまま帰れたんだって。またまた嬉しくなっちゃったっけ……。
皆が落ち着いてから話を聞いたんだけど、トウゾクカモメちゃんがホッカイの町にまで運んでくれたみたいなの。それも凄く疲れた様子だったって。すっごく急いでくれたのか、時計の時間を見るとまだ次の日になっていないの、夜の8時くらいだったかしら。だから予定していたクリスマスパーティーにはぎりぎり間に合ったわ。
これが、私の経験した不思議な事。ペンギンさんに助けてもらった私は、今でも絵描きさんとして幸せに暮らしています。めでたし、めでたし…。
…なんて、ふふ。
(一通り話を終えると彼女はタブレットをスリープ状態にし、鞄にしまい込む。)
もちろんこれが現実にある話とは限りません。私自身も、ペンギンさんと出会った部分は全部信じてもらえる様なお話ではないと思っています。
ですが、あの時感じたことはまだ印象に残っているし、これからも覚えていたいの。あれはきっと、忘れ去るべきことではないと思うから。
…多分、この話はメッセージ性も無いし、このままじゃ絵本には出来ないから、もし本になる時は大分変わるかもしれない。…だから、色んな人からパークの話を聞いて回っている貴方には、私の見た事を全部伝えたかったわ。それが虚構だったとしても。
ペンギンさんに…トウゾクカモメちゃん…。
…あの島にも、そんな優しいけものが居たって事を、貴方にも覚えていて欲しかったんです。
追記1: ハルトマン氏が幼少期に遭遇したとされるセルリアンはペンギン型のセルリアンであるCEL-1-049/CS "ウォーマー"と推測される。大きなペンギンの様な姿、腹部が半透明、優しげなアプローチを行う、温泉を根城にしているなど、流出した記録に記載されている特徴とハルトマン氏の証言は合致する部分がある。しかしウォーマーのテリトリーまで誰が運んだのか、気絶した二人を捕食しなかった等、不明な点が見あたる為、この証言記録の中でも度々彼女が念押しをした様に、ハルトマン氏がウォーマーと実際に接触した裏付けとなるものは確認されていない。
注1: 日本に伝わる昔話で、度々書籍化されている。 貧しいが心の清い老夫婦の内、出稼ぎに出ていた夫が道端の地蔵に菅笠をかぶせた事で恩返しを受けるという話が一般的に伝わっている。
注2: 読みはクネヒト・ループレヒト。聖ニコラウスの同伴者であり、12月6日に聖ニコラウスと共に行動し、悪い子供にお仕置きをするとされる。しばしば黒いサンタクロースとも呼ばれる。クネヒトは「しもべ」などを意味する言葉で、ループレヒトは男性名。
注3: この時ハルトマン氏やトウゾクカモメのアニマルガールの誘拐を試みた集団は服装的特徴からアニマルガールに関する都市伝説を根底に置く一種のカルト教団である「いのちのみほし」と推測される。教義が曖昧で多数の分派が存在し、危険な派閥から無害な派閥まで存在した様だ。
注4: CEL-1-076/NB "スレイヤー"と推測される。スレイヤーは高い凶暴性を持ち、活発に活動している存在に限り、目に付いたものを手当たり次第に攻撃する習性がある。過去にホッカイエリアでも確認された例がある為、ハルトマン氏と接触した可能性は高い。
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