こちらはアマミノクロウサギのアニマルガールが生まれてからクリスマスを楽しむまでの体験を文章化し、読みやすいよう、章ごとに分けて掲載しております。
一部の章において、専門的な知識や当職員にしかわからない場面が存在することから、アニマルガール本人の了承のもと、添削を行っています。ご理解・ご協力をお願いいたします。
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生まれた日と、その時のたくさんの初めてを、これに綴ろう。
怖くなったとき、寂しくなったとき、勇気がほしいときに、思い出せるように。
私は、フレンズさんとガイドさんのおかげで……。
サンタさんに出会えて、いっぱいプレゼントをもらったんだ。
暗い。
何も見えない。
……ううん、違う。
目を、閉じているだけ。
開けば、光が見える……そんな暗闇。
それが、今見える景色と、わかること。
「……??」
目を開くと、左に青色、右に茶色。
空と、土だ。横たわっている、と理解した。
どうしようか。
「……んっ……と。」
とりあえず、このままだと死んじゃうから、起き上がることにした。
体に変な……異常とかは感じない、動く元気はありそうだ。
しいて言えば、どれくらい横たわっていたのか分からない、ちょっぴり重い……そんな感じがする。
(……。)
あたりは、静かだ。
誰もいない、私しかいない、孤独……そういった思いが湧いてくる。
緑……木々に囲まれている。
あと、ちょっぴり寒い。
どうして、私はここにいるんだろう。
"ここに居てはいけない"
そう、感じた。
なぜ?
"それは、ここだと何が出てきて、私を"
"私に、ひどいことをするかもしれないから"
逃げなきゃ。
安全なところへ。
襲われない、どこかへ。
前に足を踏み出す。
「どこか……どこ、かな……。」
しかし、一歩、二歩と踏み出して、自分の状況を思い知った。
"ここは、どこですか?"
"私は、なんですか?"
"どうして、ここにいるんですか?"
どうしようもない疑問が浮かぶ。
"なんで" "どうして" "こわい" "私は"
そんな思いが、駆け巡って──
──しばらくして、水辺にたどり着いた。
思えば起き上がってから、何一つ口にしていない。
気づけば、水を口に含んでいた。
(水……良かった、美味しい……。
……私……何も考えてなかった。
そのまま歩き続けてたら……。)
ある程度のどを潤し、ようやく冷静になったところで、そう思った。
ひたすら歩き回った上でカラカラになってしまったら、逃げるも何もないのだ。
ほっと一息つく。
(……ここは……。)
水辺だ、誰かが水を飲みに来るかもしれない。
そしたら、ここがどこなのか聞ける。
安全な場所を知っているかもしれない、私のことを知っているかもしれない、わたしのことを……。
"食べようとするかも、しれない"
そう思った瞬間、いや、そう思ったときには、あたりが恐ろしく感じていた。
私を救ったこの水辺でさえ、怖いと感じてしまうほど、恐怖を感じていた。
"苦しい" "怖い" "助けて"
身体が震える。
頭が痛む。
寒くて、痛くて、こわい。
"助けて"
……けれど、震えと痛みは意外とすぐに収まった。
水辺は、私を襲わない。
木々も、地面も、空も……私を襲うことはない。
そんなの、当然だ。
そんな当然のことにすらおびえて、何に助けを求めているのだろう。
なんて考えるとおかしく思えた。
乾いた笑いが、自然とこぼれてくる。
「ふ、ふふっ……ふ……ひ、ぐ……っう……。」
涙とともに。
力とともに。
弱音とともに。
「なんで……?なんで、私……こんな、目に、遭うの……?」
目の前が暗い。
立ち上がる前の、目を開く前のときのように……そのときよりも暗い。
そんな暗闇が広がったと認識するより早く、何も考えられなくなった。
体が揺れる。
音が聴こえる。
なのに暗い。
(……?揺れ、てる?)
揺らされている……そう感じる。
なぜかはわからない。
あと声。
声が、聞こえる、聞かされている。
(だ、れ……?)
さっきより暗いのは、誰かがいるからだろうか。
……誰かが、いる?
誰が、どうして?
「……き、なぁ……、……したら……」
(……あ。)
まさか。
「……に、た、うが……て、わた、ちか、じゃあ……」
鼓動が、頭に鳴り響く。
息が、苦しい。
「っあ、あ……!」
「あ!きこえま、か?えっ、大丈夫で、か?」
怖い、目を開きたくない、でも何か、どうにか……。
「……苦しそう?ええと……うーん……。
んー……あ、そうだ。」
体が動かない。
逃げようにも、怖くて何も浮かばない。
(……?)
頭に何か、動くものが乗った。
ゆら、ゆら……と、ほんのり揺らされる。
なんだろう。
なぜか、呼吸が落ち着いて──
「よし、よし……。どこか、痛いのですか?よしよし……。」
何がなんだか分からなくて、目を開ける。
「……ん……?」
思っていたよりすんなりと見えた景色には、しかし何も……木々くらいしかない。
森の中だ、としか分からなかった。
(上のほう……頭、なに……?)
気がついた?そんな声が聞こえる中、私は上を向く。
垂直に見える地面、水平に伸びる木々、そして……。
「……手?」
おそらく頭から離れたのだろう、そんな手が浮いていた。
「ええと、気分は?私の声、聞こえてます?」
声の方を見ると、そこには──
なぜか怖く感じない"人"がいた。
彼女に促され、水辺にあった切り株に腰かけた。
彼女は、私が落ち着くまで静かに待っていた。
落ち着いた頃、私から声をかけてみた。
「あ、あの。ご心配、おかけしました。えと……。」
「いいんですよ、元気そうで何より。」
この人、は。私を食べたりしないだろうか。
(多分、小さいから大丈夫。ううんでも、見かけによらず危ない人かも……。)
「……ううん、別の意味で元気なさそうですね……?」
「あっ、えと、だい、大丈夫……です……。」
でも、なんだか安心する。初めて出会った人……のはずなのに。
「わた、私……その、何がなんだか、わからない……というか。」
「わからない……?あっ。
名前、言って無かったですね。」
──名前。
(そうだ、私は誰なんだろう。)
「私は、ウグイスっていいます。
あなたは……。」
「……その……私、ええと、ウグイスさん。
私、自分が何かも、わからないんです。」
ウグイス。
聞いたことがある、知っている……気がする。
「もしかして、生まれたばかり……なのかもしれませんね。」
「生まれた……?」
「はい、ん……ええと、私もあまり詳しくないのだけど。
私たちは、いつの間にかこの姿で生まれるんです。
ガイドさん……私たちフレンズに詳しい人が、教えてくれました。」
「ガイド……さん、フレンズさん?」
「困りました~……近くにガイドさんとか、いないかな……?」
(よくわからないけど、私やウグイスさんのような人と、それとはまた違う人がいる……のかな。
怖い……私みたいな人だって、まだウグイスさんにしか、会えてないのに。)
「その、ガイドさん?って、怖いですか……?」
「怖い?」
「う……その、私、いっぱいいっぱいだから、ウグイスさんも、怖くて……ええっと、ごめんなさい……。」
「……。
まさか、私なんかを怖がるなんて……。
ふふ、よっぽど怖がりなんですね……驚きです。」
こんなに小さいのに。
彼女はそう言って笑った。
怖い、と言ったけれど、姿を見るまでに比べたらそんなことはなく。
むしろ見知った人が居て安心した、そんな気持ちなのだ。
(初対面……だと思うけどなぁ……。)
「見た印象だと……ウサギ、のフレンズさんかしら。
縦長の耳で、ちょっとふわふわした格好ですし。
あれ?でもしっぽが見当たらない……?」
「しっぽ……ん、と……あ、これかも。」
私の後ろにある、小さなふわふわ。
多分、これがしっぽなのだと、なんとなく思った。
「あら……ほんと。
でも、すごく小さいんですねぇ。」
「ウサギ……ウサギ……はい、多分、ウサギかも……。」
「……自分を知るにしても、とりあえず一度、ガイドさんに会ったほうが良さそうですね。
動けますか?」
動くことはできるだろうが、正直、あまり動きたくはない。
「色々、疲れちゃってます……。
ど、どれくらいかかりそうです?」
「そうですね……私が高いところから誘導して……んー?」
彼女は、考え込むように唸って。
「けっこう……かな……。」
そんな結論を出した。
けっこうって、どれくらいなのだろうか。
(どれくらいかはわからないけれど、あまり、動きたくない……かも。)
動いてしまったがために、見知らぬ人に出会ってしまったとしたら……その人が食べようとしてきたとしたら……。
そんなことを考えてしまう。
(見知らぬ人に会いに行くために、見知らぬ人を怖がるなんて、変だよね……。)
"見知らぬ人が、怖い"
こんなこと思うのは、私だけなのだろうか。
「本当は、近くにガイドさんが居ないか探して、ここまで来てもらうのが早そうですけど……ここに居てもらうのも、危なそう……。」
「……あの。」
「あ、はいはい?」
「ウグイスさんは、私が怖くありませんか?」
少しの間、彼女は考えて、そして答えた。
「……うーん……あまり考えないで、声をかけちゃいましたから。
多分、怖くなかったですね。」
「……私、きっとガイドさんに会う前に、逃げちゃいます。」
「……。」
「怖いんです。
襲われたり、食べられたりするんじゃ、ないかって。
さっきも、そうして、倒れちゃって。」
弱音が溢れてくる。
こんなこと、ウグイスさんに言っても仕方ないのに。
「急に、何も知らないまま、わかんないところに、一人で、静かで……。
突然、何かが来るかもしれなくて、それが良いものなのか、悪いものなのかも、わからなくて、それで……。
……どうして……?
すごく、怖い……ん、です。
……うっ……周りっ全部……うぅ……!」
涙まで、内から溢れてきた。
止まらない。
「……フレンズも、ガイドさんも、フレンズに悪いことなんてしませんよ。
だから、大丈夫……なんて、言うことは簡単ですけどね。」
困りながらも、ウグイスさんは答えてくれる。
「ウグイス、さんは……どうでした?
生まれた、とき……とか。」
「んー……と。
私が生まれたのは……だいぶ前です。
そのときは、他のフレンズに連れられて、ガイドさんにすぐ会えました。
怖かったかどうかは、うーん……怖かったですね。」
「……。」
「でも、その人たちは優しかったですよ。
ここについて教えてくれましたし、私に合った暮らしも見つけられて……今は好きなことをしています。
あぁ、そうですね。
初めての人には、それなりにおびえる……というか、どんな子なんだろうって緊張とかはします。
私はウグイスですからね、警戒心が強いのだとか。
ガイドさんや他のフレンズに会うの、今は抵抗があるかもしれませんけれど……きっと慣れますよ。」
「……はい。」
(どのみち、生きている以上は、誰かと会うんだから……ウグイスさんが大丈夫だと言う人なら、偶然出会う人よりも大丈夫、かな。)
「な、なるべく……逃げないように、します。」
「ふふ、じゃあ……どうしましょうか。
移動します?私が呼んできます?」
「えと……じゃ、じゃあ、一緒に行きます。
道中、誰かに会ったら逃げちゃうかも……ですけど。」
「わかりました、それでは……。」
そう言うと、ウグイスさんは飛んだ。
辺りに気を付けながら進んでくれるのだろう。
「ついてきてくださいね~!」
「は、はい~!」
ウグイスさんは、ウグイスさんなりに知っていることを教えながら移動してくれた。
遠くを眺めて、少し低めのところに戻っては、私にお話ししてくれた。
ここは、ジャパリパーク。
フレンズさんとガイドさんと、他に色々な人がいる島。
今日はクリスマス・イブ、サンタさんがプレゼントをくれる日。
美味しいものの話、綺麗な所の話……。
そんな話をして、10分程歩いただろうか、ウグイスさんが急に進行を止めた。
「ど、どうかしました~?」
「あ、ええと~……み、見つけちゃいました~。」
「見つけ……なにをです~?」
「ガイドさんですよ~!」
ガイド。
フレンズじゃない人。
「あ……。」
ウグイスさんが下りてきた。
「ど、どうします?」
「ど、どうするって……その……。
……会わなきゃ、ですから。」
「……じゃあ、案内しますね?」
私は頷いた。
怖いけど、ウグイスさんに会った時のように、怖くないかもしれないし……。
(……ガイド、さん……。)
「……うぅ……。」
「だ、大丈夫ですよー……この辺です。
あ、いました。」
そこには、目立たない色をした格好なのと、しっぽが見当たらない以外、ウグイスさんとあまり違わない人がいた。
向こうの方をじっと見つめている。
「すいません、ガイドさーん!」
「ひっ……!」
「って、ウサギさん!?」
ああ、やっぱり隠れてしまった。
「?」
「あっ、ええと……ガイドさん、ですよね?」
「えー……はい、そうですよっ。
どうしました?」
ウグイスさんは、ガイドさんにお話ししてくれている。
私は、木の後ろで震えていた。
「……なるほど。
そのウサギさんはどちらに?」
「た、たぶん隠れちゃいました……。」
「とてもシャイなのか、警戒心が強いのか……そうですねー。」
もともと、そういう性格なのだとしたら……誰かに会うたびに、おびえなきゃいけないのだろうか。
ウグイスさんも、ずっと一緒にいるわけではないだろう。
私はどうしたらいいのだろう。
どうしたいのだろう。
「あのー。」
「っひゃあああーっ!?」
「ひゃうううぅっ!?」
(いっいいいつの間にか、う、後ろにににに……!?
どっどど、どうしよう怖い怖い!!)
「あっ、ごごごめんなさい!怖がらせちゃいましたね!
あああ泣かないでください!ごめんなさい!」
「ごめんなさいごめんなさいぃ襲わないで食べないでぇ!!」
「襲いません食べません!!大丈夫ですからあああ!!」
「あ、あの~……お二人とも、落ち着いて……ね?」
私が少し落ち着いたのは、ガイドさんがとりあえず離れてくれてから。
(ふ……うぅ……!!)
震えと涙は収まらなかった。
「うーん……。
ごめんなさい、私が知ってる限りではわかりませんでした。」
「そうですか……残念ですね。」
ウサギであること。
フレンズで知られているウサギの中でも、耳や手足、特にしっぽが小さいこと。
おんたい?あねったい?辺りにいるどうぶつということ。
あと、色々。
「私は、この後向かわなければいけないところがあります。
だから、近くの施設に行ってもらうのが良いですね。
お力になれなくて、ごめんなさい。」
「い……いえ……。」
「だから、あの~……そろそろ慣れて、近づいてくれませんか?」
「ごご、ごめんなさい……。じ、自分でもどうにかしたいのですが……。」
「そこはほら、勇気です!さあ!」
「ゆ、勇気……。」
「それで治るものですかね……?」
近づくのはともかく、お話はできるのが救いだった。
今にも逃げ出したいのは変わりないけど。
「あ、もう夕方……。」
「あら、ウグイスさんは寝る時間でしたか?」
「まだですけど、ええと、本当は帰りの途中で……。」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
「い、いえいえ~私が勝手に付き添っただけですので……。」
さっきまで青かった空は、もう赤くなってきていた。
私も眠くなるだろうか。
「どうしましょう、一緒にケーキとか食べるんだって、とりのこたちに呼ばれちゃってて。
たまには騒ぐのも、いいな……とか。」
「ふふ、楽しそうですね。
まあ私は、こんな日でもこうして……パークの見回りとかしなきゃ、ですけどね。
そういうことなら、彼女は私が施設近くまでお連れしますよ。」
それは困る。
「あっあの、私……ひっひとりで大丈夫です!」
「うう、つれないですね……というか、それで施設についたとしても、中に入れますか?
きっと見知らぬ人だらけですよ。」
「あぅ……。」
「この辺りで、フレンズが集う場所とかあると良いのですけどね……。」
「フレンズさんなら平気……なのかな?」
「そうでも……ないかも。」
「むむ、ウグイスさんは平気……元の動物が面識あったとか、ですかね。
そうであれば、十中八九日本のけもの。
……あなた、アマミノクロウサギさんですね。」
「アマミノクロウサギ……。
それが……。」
私の名前。
アマミノクロウサギ。
「とすると、たしか夜行性で……そう、だからおびえてたりするのかも。」
「……?」
「アマミノクロウサギは、元々外敵の少ないところに住んでいたんです。
ですが、マングースをはじめ、人間が連れ込んだどうぶつによって個体数が減少し……あっ。」
あまりこういう話はしちゃいけなかったんです。
そうガイドさんは告げた。
多分、私の元のどうぶつが、襲われたりした経験とかがあったのかも。
「えーっと、こほん。
アマミノクロウサギとなれば、適したエリアはここでよさそうですね。
たしか、堅果性……堅い木の実とかを食べられるのが特徴の一次消費者、草食です。
どうでしょう?」
そう聞かされて、なんとなく自分の身体がなんとなくわかった。
「はい、アマミノクロウサギ……。
私については、なんとなくわかりました。」
「ガイドさん、ありがとうございます。」
「いえいえ~たまたまわかっただけですし、もっと詳しい人に聞くことも必要かと。
とはいえ、とりあえずは安心ですね。」
「さてと、あとは、住処と定着……くらい、ですね。」
「やっぱり、どなたかと助け合えるのが良さそう……かと。」
「助け合いはできるとしても……確かに怖がりすぎですね。
安全に暮らせるまで、時間かかりそうかな……。」
(ウグイスさんとは、怖がるまもなく会えて。
このガイドさんとは、ウグイスさんが居てくれたからお話しできた。
これからは、一人……出会う前に逃げちゃうんじゃ、ないかな……。)
「ど、どうしたらいい、のかな……。」
「勇気です、さあ!」
「あ、あはは……。」
「うう、勇気……が、頑張ります……。
そういえば、えと、ウグイスさん、時間……。」
「あっ。」
やっぱりというか、ウグイスさんは少し危なっかしい気がする。
私に言えたことじゃ、ないけれど。
「私は、とりあえず大丈夫ですから。
また会えたら、うれしいです。」
「……良かったです。
次会った時は、きっとゆっくりお話ししましょうね。」
「はい!」
「私はまだ避けられちゃってますし、離れた方がよさそうですね?」
「……大丈夫、なんですかねぇ。」
笑いながら、ウグイスさんが飛び上がる。
「そうだ、ウサギさん。」
「はいっ?」
「私の場合は、警戒心が強い……なのかもしれませんけれど。
実際、本当に勇気が大切なんだと思うのですよ。
『いざ行かん 雪見にころぶ 所まで』。
ちょっと都合よく解釈すると、転ぶかもと思いつつも、雪を見に行くために気持ちを引き出して、歩き出している俳句です。
歩き出さなかったら転ぶことはないでしょう。
けれど、何かをするってことは、何かしら危ないことはつきもので……それと同時に、良いことが待っているんです。
だから、勇気を出してみてください。」
それっぽいことが言いたくなっちゃいました、と照れるウグイスさんが、飛んでいく。
さようならと、手を振りながら。
「……。」
いつの間にか、ガイドさんもいない。
そういえば、名前を聞いていなかった。
また会えるだろうか。
(勇気、かぁ……。)
自分でも、なんとかしなければと思う。
けれどガイドさんのことを思い出すと、やっぱり震える。
ウグイスさんとはお話ができても、いつも会えるってことはないだろう。
静けさに包まれる。
空も、辺りも暗い。
また、不安になってきた。
(せめて、ほかにどんなフレンズさんがいるのか、聞きたかったな……。)
今更になって後悔しながら、とりあえず目立たなそうな場所を探す。
10分程歩いただろうか。
さっきの場所よりは奥深い、静かな所に行きついた。
(……?)
少し遠くから、何かが地面に落ちた音がした。
何かあったのかもしれない、そう気になり、向かってみることにした。
(この辺だと、思うけど……。)
目の前には、それなりに高い山がある。
ここから何か落ちたのだろう。
(石とか、かなぁ……。)
そう思い、隠れられそうな場所を探しに戻ろうとした時だ。
「だ……か、ない……?」
(……ひっ……こ、声?)
誰か、いる。しかし、辺りを見回しても人影はない。耳を澄ましてみる。
「……れか、い……の?
……けて……。」
人を探している、のだろうか。
遠くからで聞こえにくいけど、『助けて……』そう言っているみたいだ。
もし私以外に誰もいないなら、私しか助けられないのではないか。
私は声の主に、何があったのかを聞くことにした。
「……ど、どうしたん、ですか……?」
だけど、知らない誰かがいると思うと、声が出せない。
それどころか、逃げ出したいくらいだ。
誰かが危ない状況なのに。
(だって、もし、その人が私を食べたり襲ったりする人だったら……。
……でも……。)
ふと、先ほどの話を思い出した。
私には勇気が必要だと、二人は教えてくれていた。
今が、勇気を出す時じゃないだろうか。
今、助けを求めてる誰かを見捨ててしまったら、勇気を出す機会は二度とない、そんな気がする。
(怖いけど、やらなくちゃ……!)
「ど、どこに居ますかー……?」
返事はない。
前に進みながら、さっきより大きな声をあげる。
「……すいませーん!どこに居ますか~!」
「っ、だれ……?誰かいるの!?」
「ひぅっ!?」
上の方から、返事が来た。
のは良いが、やはり怖い。
ひとまず、辺りに気を付けつつ声の方に向かう。
「え……えと、どちらに、いますか……?ど、何方ですかー!」
「わたし、ここの、上の方を通っていたら……滑り落ちちゃって!い、今……木の枝に、ひっかかってる。
わたしは、ガイド!」
「が、ガイドさん?崖に……。」
(ガイドさんなら……だ、大丈夫……大丈夫だから……。)
そう言い聞かせ、私は上の方を向きながら探した。
(いた……!)
「が、ガイドさーん……。」
落ちたらどうなるか考えたくないほどの、高い所にガイドさんはひっかかっていた。
(そういえば、どうやって助ければいいんだろう。)
ウグイスさんみたいに飛べるわけでもないし、高さがあって手が届かない。
「わた、私、どうしたらいいですか……?」
「こ、この近くに、一緒だったガイドさんが、いるはず……だから。
その人を……。」
ミシ……
ガイドさんの方から、枝の軋むような、嫌な音がした。
もし、この高さから落ちてしまったら……それを想像してしまう。
「……やだ、落ちたくない……助けて……。」
(あ……。)
「いや……あ、ぅ……うぅ……!」
目が覚めて、一人で歩き回ったとき、助けてほしくて、怖くて、泣いていた。
ガイドさんも、同じだ。
私は、もうあんな思いはしたくない。
誰かにも、させたくない。
「がっ、ガイドさん!待っててください!わた、私がいるから!大丈夫!」
上に向かって、自然と大声が出ていた。
(そうだ、私が……助けるんだ。助けてもらったように。)
私に出来ることを考える。
ガイドさんを探そうにも、何処にいるかわからない。
探してるうちに落ちてしまうかもしれない。
(ウグイスさんなら、近くのガイドさんを見つけられるのに……。
残念だけど、私に羽はない。)
そもそも、ついさっきまで自分について知らなかったのに、何が出来るかなんてわからないはずだった。
(……あ……そういえば、さっき……。)
"アマミノクロウサギは、高低差の大きい斜面をよく登っていましたから"
"フレンズ化で強化されているでしょうし、崖くらいでも登れたりしそうですね"
アマミノクロウサギについて、ガイドさんにそう教えられたことを思い出す。
(もしかして、登れる?)
そう思い、崖に手を掛けてみる。
ひょいっと登ることができた。
(これなら、行ける……!)
「ガイドさん!今そっちに行きます!」
踏み留まれそうな場所を渡りつつ、ガイドさんに近づいていく。
手が届きそうな所まで来た。
枝はまだ折れてないが、ガイドさんは静かに震えていた。
(間に合った、良かった……。)
「あのっ!えと、私に掴 ま っ ……?」
ここでホッとしたからか、気付いてしまった。
私の目の前にいるのは、見知らぬ人。
何をするかわからない人に、自分を掴ませようとしているんだと。
(……!あぁあああっ!怖い!今になって……!)
登ることが出来ると気付いたときは、『おぶったりして助けられる』、そう舞い上がっていた。
でも結局、怖いのは変わらなかった。
「っ……ぁ……そ、の……。」
「……?あ……ウサギの、フレンズさん……?」
私が戸惑っていると、こっちに気付いたようだ。
「だ、だめ……落ちちゃう……。」
私の事を言っているのだろう。
確かに、普通の人……フレンズなら、ここに留まることも困難だと思うと、私が心配になるのかもしれない。
「がが、ガイドさん!つ、つっ……」
"掴まって"
その一言で、多分なんとかなるのに。
ギッ……ギギギ……
「あ……。」
枝が割れ、目の前にあった姿が遠退いていく。
(だめっ……!)
手を伸ばす。
目の前の少女も、手を伸ばす──
互いに落ちることはなく、崖に留まった。
けれど、一人を掴んだまま上に上がることも、下に降りるのもままならないのが現実だった。
「あ、う、ウサギさん……ありがとう……。」
いや、それ以上に……。
「ああぁ!どっどどどうしよぅ!!」
「ひぃっ!?」
色々限界だった。
(ひぎゃあああ!だめ!いやぁ!こわいこわい!)
崖よりも人が怖いというのも、ある意味で図太いと思う。
でも、怖いものは怖いのだ。
「ててってっ手をははは離さささ!!あぁぁ!」
「ううっウサギさん、泣かないで!どっどうしたの?!」
(ゆゆゆゆゆ!ゆっ勇気!そう!勇気出て!お願い!)
ぼろぼろと涙が出るなか、一周回ってなんとかしようと思った。
手を離したい思いもあったが、そこはぐっと堪えた。
ただ、やはり二人分の重さを片手で耐えるのは無理だ、すぐに限界が来た。
「おおお願いがっ、ガイドさん!せなっ背中ににに!」
「えっ待って?どう……せ、背中に?掴まるの?」
(手っ手を離す前にしてくれるととっでもそれもっと近くににに!?)
ガイドさんはひとまず、私の腰辺りにしがみついた。
私は両手で崖に掴まる。
(あっ、す、すごい。こんな状況だけど、だだ大丈夫!怖いけど!怖いけれど!)
怖いけど怖くない、不思議な感覚。
自分の手が光っている。
(……え!?ひっ光ってる?)
理由はわからないけど、身体が軽く感じる……というより、掴む力が強くなった気がする。
「のっ登れそうなので、登ります!つつっ掴んでてって!」
「あ、う、うん。よろしく……?」
一手二手と軽々登り、すぐに道に出た。
そこから数歩進み、そこでへたりこむ。
「はぁっ……はぁっ……ふぅ~……。」
「すごい……ウサギさん、力持ちなのかしら……?」
「えっえへへ……っ!あぁっ!せなっ背中……!!」
「背中っ?……あっ!ごめんね!」
後ろの少女は、慌てて私から離れる。
(そっ、そうだ。ガイドさん。)
「だだ……大丈夫ですか?えと、怪我とか……。」
「わたしは、大丈夫。服は破けちゃったけど……ウサギさんは?」
「あっはい……!」
「ありがとうね、ウサギさん。その……本当に。
死んじゃうかと思った……。」
「良かった、です……。なんか、手が光ったら登れるようになって……。」
「あーっ!いた!新人さん、大丈夫ですか?」
「いやっ!……あ、ガイドさん……?」
「……私、そんなに嫌われることしました……?」
さっきお話ししたガイドさんが、また何処からか現れた。
やっぱり、怖い。
「むー……そっちの新人さんにはそんなに近づいて……ってほどでもないですね。
いえ、これでも近い方だったり……?」
「あ、あの。ガイドさん……。」
「あっ、そうでしたね。あなたの端末から反応が途絶えたので、この辺りを探していたのですが……。」
「さっき、落としちゃって。」
よく分からない話が続いた……私はこっそり離れたところに座っていた。
そういえば、どっちもガイドさんだけど、名前はあるのだろうか。
(私は、アマミノクロウサギで……二人は、ガイドさん……?)
「では、せっかくなのでウサギさんに決めてもらいますか!」
「ぁうぇ!?」
「ええっと、わ、わたしがお話ししたほうがいいんじゃ?」
「……はい、先輩はいじけて見てまーす……。」
「えーと、わたし、実は記憶がないところがあって……自分の名前がわからないの。
なんて、急にウサギさんに伝えても困ると思うけど……。
ええと、それで、名前を付けてもらいたくて。」
「な、なんで私が……?」
「あー……なんか、事情があるみたいなんだけど、わたしにもわからなくて。」
先輩の方のガイドさんを見ると、頭の横に斜めのピースサインをして、ウインクをしながら『てへぺろ』と言っている。
「い、嫌……かな?」
「私、今日生まれたみたいなんで、名前とかあまり……。」
「あーあー、名前は、好きなものとか、生まれた日とか、特徴とかで決めちゃっていいと思いまーす。
あ、発見者の名前を付けるのもいいですね!」
「……。」
名前……何か。
(崖とか?)
いや、それはないだろうと自身につっこむ。
「あ、あまりしっかりした名前じゃなくても……自分の名前、思い出すまでのあだ名とか、そんな感じで……。」
「……好きなもの……生まれた、日……。」
「あ、今日はクリスマスイブですね、サンタさんとかどうでしょう?」
「……じゃあ、えーと……イブさんで……。」
「じゃあって言いながらスルーするんですね、わかります。
ぐすん。」
「イブ……わたしの名前。
ありがとう、ウサギさん。」
「えぇ、本当にそれでいいんですか?」
「ウサギさんが決めてくれたのなら、それでいいの。
命の恩人だし……。」
「恩人だなんて、そんな……。」
『あ、そうだ』と先輩のガイドさんがつぶやく。
「この子、今のところ担当区域とか決まってないんですよ。
そして、ウサギさんはだいぶ怖がりで、他のアニマルガールとなじむのには時間がかかる……と思われますね。
どうでしょう、しばらく行動を共にしてみては?」
「ん……と。
確かに、なんというか、さっきは背中に掴まってもらいましたけど、吹っ切れて大丈夫でした。」
「なんですと……背中ですと……?いつの間にそんな仲に……じゃなくてですね、イブさんは記憶を失ったのは最近で、彼女について知ってる人は少ないんです。
私も忙しくて、行く当てがなかったんですよ。
それなりに他の案もありますが、これが一番だとガイドさんとしては思います。」
「なんか、強引って感じね。」
「ええ、ウサギさんに話しかけたとき、普通に近づいたら逃げられると思って、ドッキリで動けなくしよう
とか、考えるくらいには強引だと自負してますっ!」
むちゃくちゃだけど……。
(……一人で、色々知ったりするなんて、私にはできなかった。
私みたいに、誰かに一人でさまよってほしくない。
おんなじように困っているフレンズ、ガイドさんには……。)
「あのね、ウサギさん。」
「ひゃ……あぅ、はい!」
「ぼんやりと覚えていることが、あってね。
わたしは、自由に生きたいって思っていたみたいなの。
それも、一人じゃなくて、優しい人たちと……。」
「……。」
「だから……その、ウサギさん。
あなたさえ良ければ……。」
──わたしの、おともだちになってくれないかしら──?
それから、ガイドさんから連絡用の端末、というものをイブはもらった。
その子?は声を発しながら、何をするものでどう触ったらいいのかを教えてくれた。
近くには施設があったので、今日はそこで眠ることにした。
(思えば、私……色んなことがあったなぁ。)
「ねぇ、ウサギさん。」
「あっえっと……はい……!」
「あなたが色々な人に警戒しちゃう体質なのは聞いてるの。
でも、少しずつ仲良くなっていけば、いいと思うのよ。
だからね、わたしもあなたに名前をつけたいの。
イブみたいな、素敵な名前を!」
よく考えると、出会って間もない、まだ何も知らない人と、お話しできているのも不思議だ。
といっても、あのガイドさんより気持ちが少し楽なだけで、ウグイスさんほども近くにはいれない。
「名前……でも、私はアマミノクロウサギって名前が……。」
「ふふ、それじゃあわたしは、ヒトって名前になるのかしら?
そうじゃなくて、あだ名……愛称ってやつね。」
「あい、しょう……。」
「ウサギさんは、やっぱり、わたしと仲良くしたくなかったかしら?」
それは違う、と首を振る。
"ともだちになってほしい"
そう言われて、嬉しかったのだ。
ただ、ともだちが私を食べたりしないかが気になったりするけど。
「じゃあ、じゃあね……うん。
ミウ。
奄美のミと、ウサギのウよ。」
"ミウ"
聞いてて、心地のいい名前だった。
「……ぁ……ぇと、あ、ありがとう……ございます……。」
「うん!こっちこそありがとう、ミウ!」
それから、お互いのことを話し合ったり、「近づける練習!」と称して、さっきの機械を触って、のーとってものに自己紹介をしたり。
私は、気が付いたら、眠っていた。
「……きょ……!」
「ウ……ーん!」
「こんにちは、ウサギさん!」
「んひゃぁうっ!?」
ウグイスさんのお顔が、目の前いっぱいに広がっていた。
すごくびっくりした、けど、初めて会った時もこれくらい近かった気がした。
「はじめまして、わたしはトキっていうの。」
「ひっ……!」
「あぁ、やっぱりだめですか……。」
「ガイドさんの言う通りだったわね、なんとかって島の、元のフレンズあたり以外にはすごく抵抗するの。
でも、お歌で仲良くなれば大丈夫かしら?」
「あ、ちょっとそれは~」
「~~♪゛♪♪゛」
そして気づいたら、とりのフレンズさんのパーティーに混ざっていた。
もちろん、隅っこで震えながら。
「ご、ごめんなさいね……あなたのことをお話したら、「ウサギは寂しがり屋で、一人だと死んじゃうのです。」とかなんとかで救出するぞとか盛り上がって、イブは中断に……。」
「そそっそ、そ、それでで、き……今日にに??」
話に聞いていた美味しいものをいくつか食べて、少し……臆病が治った、せめてそうあってほしいと思いつつ、トキさんに連れて帰してもらった。
歌で気絶してるうちに。
そして……。
「おかえり。
クリスマスのケーキ、いただいちゃったんだけど……一緒にどうかな?」
「二次会ってやつですね。
あ、私もご一緒していいですか?」
「ここでもクリスマスソングを」
「そっそれは止めてぇ~!!!」
生まれてから一日で、私はサンタさんにたくさんプレゼントをもらった。
いい子にしたからだよ、って、周りのサンタが、プレゼントが笑ってくれる。
いい子になる……勇気を出すのは難しいけど、こんなに素敵なひとときが訪れるなら……。
私がこれを覚えている限り、これからはきっと──
閲覧を希望する職員は下記のチェックを行ってください。
こちらが実際の記録となります。
なお、検閲により添削した箇所は下記にある8の一部と9から11の内容でございます。
生まれた日と、その時のたくさんの初めてを、これに綴ろう。
怖くなったとき、寂しくなったとき、勇気がほしいときに、思い出せるように。
私は、フレンズさんとガイドさんのおかげで……。
サンタさんに出会えて、いっぱいプレゼントをもらったんだ。
暗い。
何も見えない。
……ううん、違う。
目を、閉じているだけ。
開けば、光が見える……そんな暗闇。
それが、今見える景色と、わかること。
「……??」
目を開くと、左に青色、右に茶色。
空と、土だ。横たわっている、と理解した。
どうしようか。
「……んっ……と。」
とりあえず、このままだと死んじゃうから、起き上がることにした。
体に変な……異常とかは感じない、動く元気はありそうだ。
しいて言えば、どれくらい横たわっていたのか分からない、ちょっぴり重い……そんな感じがする。
(……。)
あたりは、静かだ。
誰もいない、私しかいない、孤独……そういった思いが湧いてくる。
緑……木々に囲まれている。
あと、ちょっぴり寒い。
どうして、私はここにいるんだろう。
"ここに居てはいけない"
そう、感じた。
なぜ?
"それは、ここだと何が出てきて、私を"
"私に、ひどいことをするかもしれないから"
逃げなきゃ。
安全なところへ。
襲われない、どこかへ。
前に足を踏み出す。
「どこか……どこ、かな……。」
しかし、一歩、二歩と踏み出して、自分の状況を思い知った。
"ここは、どこですか?"
"私は、なんですか?"
"どうして、ここにいるんですか?"
どうしようもない疑問が浮かぶ。
"なんで" "どうして" "こわい" "私は"
そんな思いが、駆け巡って──
──しばらくして、水辺にたどり着いた。
思えば起き上がってから、何一つ口にしていない。
気づけば、水を口に含んでいた。
(水……良かった、美味しい……。
……私……何も考えてなかった。
そのまま歩き続けてたら……。)
ある程度のどを潤し、ようやく冷静になったところで、そう思った。
ひたすら歩き回った上でカラカラになってしまったら、逃げるも何もないのだ。
ほっと一息つく。
(……ここは……。)
水辺だ、誰かが水を飲みに来るかもしれない。
そしたら、ここがどこなのか聞ける。
安全な場所を知っているかもしれない、私のことを知っているかもしれない、わたしのことを……。
"食べようとするかも、しれない"
そう思った瞬間、いや、そう思ったときには、あたりが恐ろしく感じていた。
私を救ったこの水辺でさえ、怖いと感じてしまうほど、恐怖を感じていた。
"苦しい" "怖い" "助けて"
身体が震える。
頭が痛む。
寒くて、痛くて、こわい。
"助けて"
……けれど、震えと痛みは意外とすぐに収まった。
水辺は、私を襲わない。
木々も、地面も、空も……私を襲うことはない。
そんなの、当然だ。
そんな当然のことにすらおびえて、何に助けを求めているのだろう。
なんて考えるとおかしく思えた。
乾いた笑いが、自然とこぼれてくる。
「ふ、ふふっ……ふ……ひ、ぐ……っう……。」
涙とともに。
力とともに。
弱音とともに。
「なんで……?なんで、私……こんな、目に、遭うの……?」
目の前が暗い。
立ち上がる前の、目を開く前のときのように……そのときよりも暗い。
そんな暗闇が広がったと認識するより早く、何も考えられなくなった。
体が揺れる。
音が聴こえる。
なのに暗い。
(……?揺れ、てる?)
揺らされている……そう感じる。
なぜかはわからない。
あと声。
声が、聞こえる、聞かされている。
(だ、れ……?)
さっきより暗いのは、誰かがいるからだろうか。
……誰かが、いる?
誰が、どうして?
「……き、なぁ……、……したら……」
(……あ。)
まさか。
「……に、た、うが……て、わた、ちか、じゃあ……」
鼓動が、頭に鳴り響く。
息が、苦しい。
「っあ、あ……!」
「あ!きこえま、か?えっ、大丈夫で、か?」
怖い、目を開きたくない、でも何か、どうにか……。
「……苦しそう?ええと……うーん……。
んー……あ、そうだ。」
体が動かない。
逃げようにも、怖くて何も浮かばない。
(……?)
頭に何か、動くものが乗った。
ゆら、ゆら……と、ほんのり揺らされる。
なんだろう。
なぜか、呼吸が落ち着いて──
「よし、よし……。どこか、痛いのですか?よしよし……。」
何がなんだか分からなくて、目を開ける。
「……ん……?」
思っていたよりすんなりと見えた景色には、しかし何も……木々くらいしかない。
森の中だ、としか分からなかった。
(上のほう……頭、なに……?)
気がついた?そんな声が聞こえる中、私は上を向く。
垂直に見える地面、水平に伸びる木々、そして……。
「……手?」
おそらく頭から離れたのだろう、そんな手が浮いていた。
「ええと、気分は?私の声、聞こえてます?」
声の方を見ると、そこには──
なぜか怖く感じない"人"がいた。
彼女に促され、水辺にあった切り株に腰かけた。
彼女は、私が落ち着くまで静かに待っていた。
落ち着いた頃、私から声をかけてみた。
「あ、あの。ご心配、おかけしました。えと……。」
「いいんですよ、元気そうで何より。」
この人、は。私を食べたりしないだろうか。
(多分、小さいから大丈夫。ううんでも、見かけによらず危ない人かも……。)
「……ううん、別の意味で元気なさそうですね……?」
「あっ、えと、だい、大丈夫……です……。」
でも、なんだか安心する。初めて出会った人……のはずなのに。
「わた、私……その、何がなんだか、わからない……というか。」
「わからない……?あっ。
名前、言って無かったですね。」
──名前。
(そうだ、私は誰なんだろう。)
「私は、ウグイスっていいます。
あなたは……。」
「……その……私、ええと、ウグイスさん。
私、自分が何かも、わからないんです。」
ウグイス。
聞いたことがある、知っている……気がする。
「もしかして、生まれたばかり……なのかもしれませんね。」
「生まれた……?」
「はい、ん……ええと、私もあまり詳しくないのだけど。
私たちは、いつの間にかこの姿で生まれるんです。
ガイドさん……私たちフレンズに詳しい人が、教えてくれました。」
「ガイド……さん、フレンズさん?」
「困りました~……近くにガイドさんとか、いないかな……?」
(よくわからないけど、私やウグイスさんのような人と、それとはまた違う人がいる……のかな。
怖い……私みたいな人だって、まだウグイスさんにしか、会えてないのに。)
「その、ガイドさん?って、怖いですか……?」
「怖い?」
「う……その、私、いっぱいいっぱいだから、ウグイスさんも、怖くて……ええっと、ごめんなさい……。」
「……。
まさか、私なんかを怖がるなんて……。
ふふ、よっぽど怖がりなんですね……驚きです。」
こんなに小さいのに。
彼女はそう言って笑った。
怖い、と言ったけれど、姿を見るまでに比べたらそんなことはなく。
むしろ見知った人が居て安心した、そんな気持ちなのだ。
(初対面……だと思うけどなぁ……。)
「見た印象だと……ウサギ、のフレンズさんかしら。
縦長の耳で、ちょっとふわふわした格好ですし。
あれ?でもしっぽが見当たらない……?」
「しっぽ……ん、と……あ、これかも。」
私の後ろにある、小さなふわふわ。
多分、これがしっぽなのだと、なんとなく思った。
「あら……ほんと。
でも、すごく小さいんですねぇ。」
「ウサギ……ウサギ……はい、多分、ウサギかも……。」
「……自分を知るにしても、とりあえず一度、ガイドさんに会ったほうが良さそうですね。
動けますか?」
動くことはできるだろうが、正直、あまり動きたくはない。
「色々、疲れちゃってます……。
ど、どれくらいかかりそうです?」
「そうですね……私が高いところから誘導して……んー?」
彼女は、考え込むように唸って。
「けっこう……かな……。」
そんな結論を出した。
けっこうって、どれくらいなのだろうか。
(どれくらいかはわからないけれど、あまり、動きたくない……かも。)
動いてしまったがために、見知らぬ人に出会ってしまったとしたら……その人が食べようとしてきたとしたら……。
そんなことを考えてしまう。
(見知らぬ人に会いに行くために、見知らぬ人を怖がるなんて、変だよね……。)
"見知らぬ人が、怖い"
こんなこと思うのは、私だけなのだろうか。
「本当は、近くにガイドさんが居ないか探して、ここまで来てもらうのが早そうですけど……ここに居てもらうのも、危なそう……。」
「……あの。」
「あ、はいはい?」
「ウグイスさんは、私が怖くありませんか?」
少しの間、彼女は考えて、そして答えた。
「……うーん……あまり考えないで、声をかけちゃいましたから。
多分、怖くなかったですね。」
「……私、きっとガイドさんに会う前に、逃げちゃいます。」
「……。」
「怖いんです。
襲われたり、食べられたりするんじゃ、ないかって。
さっきも、そうして、倒れちゃって。」
弱音が溢れてくる。
こんなこと、ウグイスさんに言っても仕方ないのに。
「急に、何も知らないまま、わかんないところに、一人で、静かで……。
突然、何かが来るかもしれなくて、それが良いものなのか、悪いものなのかも、わからなくて、それで……。
……どうして……?
すごく、怖い……ん、です。
……うっ……周りっ全部……うぅ……!」
涙まで、内から溢れてきた。
止まらない。
「……フレンズも、ガイドさんも、フレンズに悪いことなんてしませんよ。
だから、大丈夫……なんて、言うことは簡単ですけどね。」
困りながらも、ウグイスさんは答えてくれる。
「ウグイス、さんは……どうでした?
生まれた、とき……とか。」
「んー……と。
私が生まれたのは……だいぶ前です。
そのときは、他のフレンズに連れられて、ガイドさんにすぐ会えました。
怖かったかどうかは、うーん……怖かったですね。」
「……。」
「でも、その人たちは優しかったですよ。
ここについて教えてくれましたし、私に合った暮らしも見つけられて……今は好きなことをしています。
あぁ、そうですね。
初めての人には、それなりにおびえる……というか、どんな子なんだろうって緊張とかはします。
私はウグイスですからね、警戒心が強いのだとか。
ガイドさんや他のフレンズに会うの、今は抵抗があるかもしれませんけれど……きっと慣れますよ。」
「……はい。」
(どのみち、生きている以上は、誰かと会うんだから……ウグイスさんが大丈夫だと言う人なら、偶然出会う人よりも大丈夫、かな。)
「な、なるべく……逃げないように、します。」
「ふふ、じゃあ……どうしましょうか。
移動します?私が呼んできます?」
「えと……じゃ、じゃあ、一緒に行きます。
道中、誰かに会ったら逃げちゃうかも……ですけど。」
「わかりました、それでは……。」
そう言うと、ウグイスさんは飛んだ。
辺りに気を付けながら進んでくれるのだろう。
「ついてきてくださいね~!」
「は、はい~!」
ウグイスさんは、ウグイスさんなりに知っていることを教えながら移動してくれた。
遠くを眺めて、少し低めのところに戻っては、私にお話ししてくれた。
ここは、ジャパリパーク。
フレンズさんとガイドさんと、他に色々な人がいる島。
今日はクリスマス・イブ、サンタさんがプレゼントをくれる日。
美味しいものの話、綺麗な所の話……。
そんな話をして、10分程歩いただろうか、ウグイスさんが急に進行を止めた。
「ど、どうかしました~?」
「あ、ええと~……み、見つけちゃいました~。」
「見つけ……なにをです~?」
「ガイドさんですよ~!」
ガイド。
フレンズじゃない人。
「あ……。」
ウグイスさんが下りてきた。
「ど、どうします?」
「ど、どうするって……その……。
……会わなきゃ、ですから。」
「……じゃあ、案内しますね?」
私は頷いた。
怖いけど、ウグイスさんに会った時のように、怖くないかもしれないし……。
(……ガイド、さん……。)
「……うぅ……。」
「だ、大丈夫ですよー……この辺です。
あ、いました。」
そこには、目立たない色をした格好なのと、しっぽが見当たらない以外、ウグイスさんとあまり違わない人がいた。
向こうの方をじっと見つめている。
「すいません、ガイドさーん!」
「ひっ……!」
「って、ウサギさん!?」
ああ、やっぱり隠れてしまった。
「?」
「あっ、ええと……ガイドさん、ですよね?」
「えー……はい、そうですよっ。
どうしました?」
ウグイスさんは、ガイドさんにお話ししてくれている。
私は、木の後ろで震えていた。
「……なるほど。
そのウサギさんはどちらに?」
「た、たぶん隠れちゃいました……。」
「とてもシャイなのか、警戒心が強いのか……そうですねー。」
もともと、そういう性格なのだとしたら……誰かに会うたびに、おびえなきゃいけないのだろうか。
ウグイスさんも、ずっと一緒にいるわけではないだろう。
私はどうしたらいいのだろう。
どうしたいのだろう。
「あのー。」
「っひゃあああーっ!?」
「ひゃうううぅっ!?」
(いっいいいつの間にか、う、後ろにににに……!?
どっどど、どうしよう怖い怖い!!)
「あっ、ごごごめんなさい!怖がらせちゃいましたね!
あああ泣かないでください!ごめんなさい!」
「ごめんなさいごめんなさいぃ襲わないで食べないでぇ!!」
「襲いません食べません!!大丈夫ですからあああ!!」
「あ、あの~……お二人とも、落ち着いて……ね?」
私が少し落ち着いたのは、ガイドさんがとりあえず離れてくれてから。
(ふ……うぅ……!!)
震えと涙は収まらなかった。
「うーん……。
ごめんなさい、私が知ってる限りではわかりませんでした。」
「そうですか……残念ですね。」
ウサギであること。
フレンズで知られているウサギの中でも、耳や手足、特にしっぽが小さいこと。
おんたい?あねったい?辺りにいるどうぶつということ。
あと、色々。
「私は、この後向かわなければいけないところがあります。
だから、近くの施設に行ってもらうのが良いですね。
お力になれなくて、ごめんなさい。」
「い……いえ……。」
「だから、あの~……そろそろ慣れて、近づいてくれませんか?」
「ごご、ごめんなさい……。じ、自分でもどうにかしたいのですが……。」
「そこはほら、勇気です!さあ!」
「ゆ、勇気……。」
「それで治るものですかね……?」
近づくのはともかく、お話はできるのが救いだった。
今にも逃げ出したいのは変わりないけど。
「あ、もう夕方……。」
「あら、ウグイスさんは寝る時間でしたか?」
「まだですけど、ええと、本当は帰りの途中で……。」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
「い、いえいえ~私が勝手に付き添っただけですので……。」
さっきまで青かった空は、もう赤くなってきていた。
私も眠くなるだろうか。
「どうしましょう、一緒にケーキとか食べるんだって、とりのこたちに呼ばれちゃってて。
たまには騒ぐのも、いいな……とか。」
「ふふ、楽しそうですね。
まあ私は、こんな日でもこうして……パークの見回りとかしなきゃ、ですけどね。
そういうことなら、彼女は私が施設近くまでお連れしますよ。」
それは困る。
「あっあの、私……ひっひとりで大丈夫です!」
「うう、つれないですね……というか、それで施設についたとしても、中に入れますか?
きっと見知らぬ人だらけですよ。」
「あぅ……。」
「この辺りで、フレンズが集う場所とかあると良いのですけどね……。」
「フレンズさんなら平気……なのかな?」
「そうでも……ないかも。」
「むむ、ウグイスさんは平気……元の動物が面識あったとか、ですかね。
そうであれば、十中八九日本のけもの。
……あなた、アマミノクロウサギさんですね。」
「アマミノクロウサギ……。
それが……。」
私の名前。
アマミノクロウサギ。
「とすると、たしか夜行性で……そう、だからおびえてたりするのかも。」
「……?」
「アマミノクロウサギは、元々外敵の少ないところに住んでいたんです。
ですが、マングースをはじめ、人間が連れ込んだどうぶつによって個体数が減少し……あっ。」
あまりこういう話はしちゃいけなかったんです。
そうガイドさんは告げた。
多分、私の元のどうぶつが、襲われたりした経験とかがあったのかも。
「えーっと、こほん。
アマミノクロウサギとなれば、適したエリアはここでよさそうですね。
たしか、堅果性……堅い木の実とかを食べられるのが特徴の一次消費者、草食です。
どうでしょう?」
そう聞かされて、なんとなく自分の身体がなんとなくわかった。
「はい、アマミノクロウサギ……。
私については、なんとなくわかりました。」
「ガイドさん、ありがとうございます。」
「いえいえ~たまたまわかっただけですし、もっと詳しい人に聞くことも必要かと。
とはいえ、とりあえずは安心ですね。」
「さてと、あとは、住処と定着……くらい、ですね。」
「やっぱり、どなたかと助け合えるのが良さそう……かと。」
「助け合いはできるとしても……確かに怖がりすぎですね。
安全に暮らせるまで、時間かかりそうかな……。」
(ウグイスさんとは、怖がるまもなく会えて。
このガイドさんとは、ウグイスさんが居てくれたからお話しできた。
これからは、一人……出会う前に逃げちゃうんじゃ、ないかな……。)
「ど、どうしたらいい、のかな……。」
「勇気です、さあ!」
「あ、あはは……。」
「うう、勇気……が、頑張ります……。
そういえば、えと、ウグイスさん、時間……。」
「あっ。」
「私は、とりあえず大丈夫ですから。
また会えたら、うれしいです。」
「……良かったです。
次会った時は、きっとゆっくりお話ししましょうね。」
「はい!」
「私はまだ避けられちゃってますし、離れた方がよさそうですね?」
「……大丈夫、なんですかねぇ。」
笑いながら、ウグイスさんが飛び上がる。
「そうだ、ウサギさん。」
「はいっ?」
「私の場合は、警戒心が強い……なのかもしれませんけれど。
実際、本当に勇気が大切なんだと思うのですよ。
『いざ行かん 雪見にころぶ 所まで』。
ちょっと都合よく解釈すると、転ぶかもと思いつつも、雪を見に行くために気持ちを引き出して、歩き出している俳句です。
歩き出さなかったら転ぶことはないでしょう。
けれど、何かをするってことは、何かしら危ないことはつきもので……それと同時に、良いことが待っているんです。
だから、勇気を出してみてください。」
それっぽいことが言いたくなっちゃいました、と照れるウグイスさんが、飛んでいく。
さようならと、手を振りながら。
「……。」
いつの間にか、ガイドさんもいない。
そういえば、名前を聞いていなかった。
また会えるだろうか。
(勇気、かぁ……。)
自分でも、なんとかしなければと思う。
けれどガイドさんのことを思い出すと、やっぱり震える。
ウグイスさんとはお話ができても、いつも会えるってことはないだろう。
静けさに包まれる。
空も、辺りも暗い。
また、不安になってきた。
(せめて、ほかにどんなフレンズさんがいるのか、聞きたかったな……。)
今更になって後悔しながら、とりあえず目立たなそうな場所を探す。
10分程歩いただろうか。
さっきの場所よりは奥深い、静かな所に行きついた。
(……?)
少し遠くに、何かを感じた。
地鳴りというか、何かが地面を鳴らした……そんな感じだ。
怖いけど、だからこそ気になったから、向かってみることにした。
(ひっ……ガイド、さ……ん?と……?)
そこには、ガイドさんみたいな人と、黄色い何かがいた。
何か、すごく危ない……そんな気がして、でも。
(あ、足……震え、て……動け……ない。)
"怖い"
身体が、逃げるように警告する。
それ以上に、恐怖が私を縛る。
目の前に見えるそれは、黄色い何かがガイドさんを襲っているところだった。
さっきのガイドさんとは、恰好が違うガイドさん。
それが、液体のようなアレに、飲み込まれているように見える。
「た、け……!ぁ……!!」
そんな中、何かを叫んでいるガイドさん。
きっと、助けを求めているのだ。
"逃げなきゃ、私も──"
”──アレに、食べられる”
(そうだ、逃げなきゃ。)
「て!いやっ……!」
(あ……あ……。)
「だ、か、助けて!!」
"逃げよう"
あんなのに、何かできるとは思えない。
(私には、何も……。)
「こ……わい……ぁ……。
……、……!」
(……!)
私は、走っていた。
「あ、あ、えと!そ……の……。」
(……どうしよう。)
勢いで、出てきてしまった。
あの人の声が、思いが、一人だった時の私に似ている。
そう思ったら、一歩踏み出していた。
その先は、考えていなかった。
ぐるり。
アレがこっちを向いた。
目のようなものが、私を見つめて──
「……ぁ……ど、どうし……っ!?」
アレは、急にこっちへ向かってきた。
地面を這って、大きな体がまっすぐ来る。
「こ、来ないで!その人離してぇ!」
あとずさりながら、それでも叫ぶ。
まったく反応がないあたり、言葉が伝わらないみたいだ。
怖くて涙が出る。
でも、不思議と足は逃げようとしなかった。
あの人は……誰かを呼んでいた。
私とは違って、自分から探していた。
私と同じような思いを、叫びながら。
「私が、私がいるから!だっ大丈夫、だから!」
目の前にまで、アレが迫る。
泣きながら、私は逃げずになんとかできないか探していた。
アレを叩いてみても、とてもじゃないが離してくれそうにない。
私の方が少し早いとはいえ、相手が大きくて脇には回れない。
だんだん、何もできないのではと思えてきてしまう。
「あ、あ……。」
気持ちだけがはやる、やっぱり誰か呼ぶべきだっただろうか。
「ど、どうしたらいいの……うぅ……。」
気が付けば、周りが山に囲まれていた。
「ガイドさん、もうちょっと……もうちょっと待ってて……。」
追い詰められているのは明らかだ。
なのに、今はガイドさんの心配しかしていない。
(……私、少しでも、勇気……出せたのかな……。)
さっきまでの自分を思い出す。
襲わない相手に怯えていたのに、いざ襲う相手の前では怯えていないなんて変な私だ。
アレが目の前に迫る。
体の一部みたいなのが、私の方を向いて開く。
(……ああ、私も食べられちゃうのかな。
せっかく、勇気出せたのに。)
声が聞こえる。
「うらああああ!!!」
──ギィン!
鈍い音が響いた。
あの変なアレが、少しよろけている。
「そこの!大丈夫か!?」
声の先には、フレンズさんが立っていた。
どすん!
アレは同じ角度に戻った。
「なんでお前、こんなところにいるんだ?そこの人間はなんだ?」
「に……人、間?」
「あぁ、巻き込まれたって感じなのか。
そんなこと言ってる場合じゃないな!おい!こっちだ!」
アレに呼びかけているのだろう、けれどアレは反応しない。
「あ、あの!中のガイド……さん?助けてください!」
「とーぜん!それがオレの役割だ!」
ギィン!
またアレが傾く。
でも少しずつ、私に近づいている。
「おい!まだ来ねーのか!?」
「なな、なにが……じゃなくて、来てるっ……!」
「そこまでだよー、セルリアン!」
──ピシィン!
甲高い音が鳴り、"セルリアン"と呼ばれたアレがまた傾く。
「おそらく、機械や重機の類ね。」
「ね、ナメクジみたいでしょ?」
「ナメクジとか機械とかわかんねーけど、どーすんだ!?
どうやってアレを壊す?」
「何度も言っているでしょう、こいつらには石があるの。
それを叩くのよ。」
「ぱこーん、ってね~。」
「どこにあるんだ!?」
「そんなの、今から探すんだよー。」
「なんだよ、カッコつけてきたくせに!」
「言い争いしてる暇じゃないですよ、早くしとめましょう。」
人が増えて、何が何だかわからないしすごく怖い。
誰かは私を食べるかもしれない。
(……じゃなくて!今一番危ないのは、食べられてるあの人、だから!)
自分を奮い立たせる。
何か、石とかをぱこーんしたらいい、とか言っていた。
(石……石……。
……そういえば、何か……。)
さっきから、時々地面が鳴っていた。
何かが地面に叩きつけられる音。
「この口の、後ろの下!」
「え?」
「あ~!こっちにないならそっちにあるよねーうんうん。」
「……それ、回り込まなきゃいけないじゃない。
この山登れるの?」
「オレは斜面とか木なら大丈夫だ!」
「……同じく、ここまでの急斜面は無理です……。」
「ん~ボクはいけるけど、戦い向きじゃないのは知ってるでしょ?」
「……それ、手詰まりじゃない!」
(あの人は、ガイドさんっぽい……?)
「……仕方ないわ、ラ―テルはこいつが遠ざからないよう待機。
私たちは裏から山を登って回り込みましょう。」
「賛成です。
さ、行きましょう。」
「おいっ!奥のあいつも食べられるぞ!?」
「だから急ぐんじゃない、ちょっと考えたらわかるでしょ。」
「ユウ、喧嘩売ってるのか!」
「ねえねえ、ウサギの君。」
「ひゃい!?」
いつの間にか、飛んでるフレンズさんが上にいた。
「君、戦えたりしない?このままだと助けられないし、食べられちゃうけど。」
「えっあっその……で、でも私、何もできないし……。」
「ふーん……まあ、すぐ助けられるから、多少記憶とかなくなるだけだもん。
辛抱してね。」
記憶が、なくなる。
それはどれくらいだろうか。
この襲われた間くらいだろうか、ガイドさんと会ったときまでだろうか、それとも──
ごんっ
壁だ。
アレとの距離が、もう無い。
"食べられる"
「い、嫌っ……!」
口が私にかぶさる。
──ウグイスさんの顔が、ガイドさんの顔が、捕まった人の顔が、次々思い浮かぶ。
(ああ、食べられちゃうときって、こんなことを思い出すんだ……。
これらを、忘れちゃうんだ……。
短くて、怖くて、寂しかったひととき。
だけど、たくさんのものがもらえたひととき。
怖がりな私でも、誰かのために、何かをしようとできたひととき。
──なくなっちゃうんだ。)
"それでいいの?"
"諦めちゃうの?"
"忘れちゃうの?"
(──そんなの)
「……嫌だぁっ!!」
思い出が光る。
ウグイスさんが、ガイドさんが、あの人が、これまでの全部が、キラキラ光って──
「ぅりゃああああっ!!」
ぎぎっ……バァン!!
口が裂けた。
そこの奥に、あの人……小さな女の子がいる。
"助けて"
その言葉を思い出す。
ほんのちょっとの勇気すら、さっきまでは湧かなかったのに。
この子のために、怖さなんて吹っ切ってこれた。
「とど、いて……!」
光る両手が、黄色い液体をかき分けていく。
少女に、触れる。
ぱっかーん。
擬音で表すと、そんな感じの音が聞こえた。
「いくら私でも、石がむき出しになっていればこれくらいねー。」
「すげーな、ゆる!」
「ふふ、とーぜん!
もっと褒めてもいいんだよ、ラ―テル。」
声のする方を見ると、さっきのフレンズさんが二人、お話をしていた。
あの子は、どうなったんだろう。
ゆっくり起き上がる。
(……。)
隣にいた。
……襲ってこない、よね?
「あ、起きたね。」
「ひぐぅっ!?」
つい近場に逃げてしまった。
さっきの飛んでるフレンズさんなのに。
……ん?
「あ、あれ?」
「……君、瞬発力もなかなかだけど、その山をそんなに早く登れるの、すごいね~。」
そういえば。
"アマミノクロウサギは、高低差の大きい斜面をよく登っていましたから"
"フレンズ化で強化されているでしょうし、崖くらいでも登れたりしそうですね"
ガイドさんにそう言われたことを思い出す。
多分、気づいていても登って脱出はしなかった……と思うけど。
「なによ、あなた野生開放できたのね。
ならさっさとやりなさいよ、もう……。」
「でも、あの堅いセルリアンを割るなんて。
力の強いウサギ……には見えないけど。
サンドスターをたくさん使ったんじゃない?」
セルリアン、サンドスター。
多分、さっきまでの何かと関係があるのだろうけど。
「……で、こいつは何かしら。
来園者にしては……こんな時間にこんなところに来るなんて、怪しいわね。」
「らい、えん?」
「ありゃ、もしかして生まれたてだったとかかな。
それなら色々わかんないのも仕方ないけど……。」
「とりあえず、捕らえましょうか。」
(……!?)
「まっまってください!」
考えるより先に、身体が動いた、口が開いた。
そのまま、この人たちとあの子の間に躍り出た。
「……何のつもりかしら?」
「こ、この人……助けてって、い、言ってたんです。
怖いって、助けを求めてて……。」
「……。」
「な、なあ。
別にオレたち、その子を食べるとかはしないぜ?
セルリアンに食べられた奴は、良くないことが起きるかもしれないんだ。
それが何か、なんか調べるだけだって!」
「で、でも……。」
「でもじゃなくてね、あなたのためなの。
邪魔されたら、私はあなたを
襲わなきゃいけなくなるの。
それでも、いい?」
「っ……!」
"怖い"
"怖いけど、守らなくちゃ"
「……退く気、ないみたいね。
それなら──」
「わーっ!わーわーっ!待ってくださーい!」
聞き覚えのある声が響いて、そこからガイドさんが来た。
「ふぅ、お疲れ様。
あとは私がやるから、見回りに戻ってくださいね!
その方が楽でしょう?この子ごと捕まえるよりね。」
少し、間があって。
「……ふん。
仕事、サボらないでよ。」
いくわよ。
と、あのガイドさんとフレンズさんたちはどこかに行った。
そして、さっきのガイドさん、が。
(……あ、ああ……。)
「えっちょっと待ってください、一応助けたのに怖がられてるんですか私?」
「う、ご、ごめんなさい。」
「……ま、いいですけどね。
で、さっきの話は本当で、その子に変なこととか起きてないか、調べないといけないんです。
それに、あなたにも同行を……あら?」
傍らで何かが動いた。
あの子だ。
「起きちゃいましたか……まぁそのほうが……。」
「……??あ、あの……?」
「Hi,こんばんは。
気分はどうですか?自分のこと、わかります?」
「……わたし……?
あれ、なんで……たしか、あれ……?」
ちなみに、わたしは怯えて後ろに下がっていた。
「ええ、あなたはパークのガイドとなるために、色々なエリアを回って……といっても、覚えてないですよね?」
「わたし、誰なのかしら……?どうして何もわからないの?」
「それが、私もわからないんですよねー。
あなたは、記憶喪失……」
私にはよくわからない話が、しばらく続いた。
「で、アマミノクロウサギさん?どうでしょうか?」
「ひっ……?な、なんで、すか?」
「ガイドさん、そろそろいじけちゃいますよー?
まあそれはさておいて。
この子、名前がないんですよね。」
「は、はい。」
「聞くところによると、あなたがこの子を助けたそうですし……何か考えてくれませんか?」
「えっえっ……でも……。」
(そんな、突然……名前……。)
確かに、名前がわからないと困るのはわかる。
実際、わかるまでは困っていたのだ、自分がわからなくて。
「……あ。」
「?」
「今日は、クリスマス・イブ。
だから、イブで……。」
「あんty……むしろサンタさんでは?上から落ちてきたんですしね。」
「えーっと、あの……。」
あの子が口を開く。
「ガイドって言っても、わたし、どうしたらいいの?」
「ふふふ、大ー丈夫です!
身を挺してまで守ってくれたこのフレンズさんと、だいたい一緒に暮らせばいいんです!
この子は生まれたばかり、あなたは記憶喪失、どちらもパーク見習い。
どうですか?」
「強引……なんですね、ガイドさん。」
「あなたに話しかけたとき、普通に近づいたら逃げられると思って、ドッキリで動けなくしよう
とか、考えるくらいには強引だと自負してますっ!」
むちゃくちゃだけど……。
(……一人で、色々知ったりするなんて、私にはできなかった。
私みたいに、誰かを一人でさまよってほしくない。
おんなじように困っている人でも、フレンズでも……。)
「あのね、ウサギさん。」
「ひゃ……あぅ、はい!」
「ぼんやりと覚えていることが、あってね。
わたしは、自由に生きたいって思っていたみたいなの。
それも、一人じゃなくて、優しい人たちと……。」
「……。」
「だから……その、ウサギさん。
あなたさえ良ければ……。」
──わたしの、おともだちになってくれないかしら──?
それから、ガイドさんから連絡用の端末、というものをイブはもらった。
その子?は声を発しながら、何をするものでどう触ったらいいのかを教えてくれた。
近くには施設があったので、今日はそこで眠ることにした。
(思えば、私……色んなことがあったなぁ。)
「ねぇ、ウサギさん。」
「あっえっと……はい……!」
「あなたが色々な人に警戒しちゃう体質なのは聞いてるの。
でも、少しずつ仲良くなっていけば、いいと思うのよ。
だからね、わたしもあなたに名前をつけたいの。
イブみたいな、素敵な名前を!」
よく考えると、出会って間もない、まだ何も知らない人と、お話しできているのも不思議だ。
といっても、あのガイドさんより気持ちが少し楽なだけで、ウグイスさんほども近くにはいれない。
「名前……でも、私はアマミノクロウサギって名前が……。」
「ふふ、それじゃあわたしは、ヒトって名前になるのかしら?
そうじゃなくて、あだ名……愛称ってやつね。」
「あい、しょう……。」
「ウサギさんは、やっぱり、わたしと仲良くしたくなかったかしら?」
それは違う、と首を振る。
"ともだちになってほしい"
そう言われて、嬉しかったのだ。
ただ、ともだちが私を食べたりしないかが気になったりするけど。
「じゃあ、じゃあね……うん。
ミウ。
奄美のミと、ウサギのウよ。」
"ミウ"
聞いてて、心地のいい名前だった。
「……ぁ……ぇと、あ、ありがとう……ございます……。」
「うん!こっちこそありがとう、ミウ!」
それから、お互いのことを話し合ったり、「近づける練習!」と称して、さっきの機械を触って、のーとってものに自己紹介をしたり。
私は、気が付いたら、眠っていた。
「……きょ……!」
「ウ……ーん!」
「こんにちは、ウサギさん!」
「んひゃぁうっ!?」
ウグイスさんのお顔が、目の前いっぱいに広がっていた。
すごくびっくりした、けど、初めて会った時もこれくらい近かった気がした。
「はじめまして、わたしはトキっていうの。」
「ひっ……!」
「あぁ、やっぱりだめですか……。」
「ガイドさんの言う通りだったわね、なんとかって島の、元のフレンズあたり以外にはすごく抵抗するの。
でも、お歌で仲良くなれば大丈夫かしら?」
「あ、ちょっとそれは~」
「~~♪゛♪♪゛」
そして気づいたら、とりのフレンズさんのパーティーに混ざっていた。
もちろん、隅っこで震えながら。
「ご、ごめんなさいね……あなたのことをお話したら、「ウサギは寂しがり屋で、一人だと死んじゃうのです。」とかなんとかで救出するぞとか盛り上がって、イブは中断に……。」
「そそっそ、そ、それでで、き……今日にに??」
話に聞いていた美味しいものをいくつか食べて、少し……臆病が治った、せめてそうあってほしいと思いつつ、トキさんに連れて帰してもらった。
歌で気絶してるうちに。
そして……。
「おかえり。
クリスマスのケーキ、いただいちゃったんだけど……一緒にどうかな?」
「二次会ってやつですね。
あ、私もご一緒していいですか?」
「ここでもクリスマスソングを」
「そっそれは止めてぇ~!!!」
生まれてから一日で、私はサンタさんにたくさんプレゼントをもらった。
いい子にしたからだよ、って、周りのサンタが、プレゼントが笑ってくれる。
いい子になる……勇気を出すのは難しいけど、こんなに素敵なひとときが訪れるなら……。
私がこれを覚えている限り、これからはきっと──
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