12月のホートクでは雪が降る。今日という日も空はすっかり雲で覆われ、まるでそれが仕事ですと言わんばかりに淡々と白粒を落とし続けている。
奇しくもその日はクリスマスイブ。雪との組み合わせでホワイトクリスマス・イブだ。こんな素敵な日は各々家で家族団らんでもするのが過ごし方として適当だろう。
しかしそんなことは''LASAPO''には関係ない。
イザベラは降りくる雪を見ながら白い息を吐き、向かいにいる男女2人へ語りかけた。
「準備はできているわね?」
無音の中、その女性の声だけが雪の空間に響いていた。
男女2人は身を震わせるばかりであった。
''LASAPO''。陸空海(Land&Air&Sea)すべての動物を保護する組織(Animal Protect Organization)を目指し設立された団体である。動物保護の他、災害復興や孤児支援なども活動の一環としている。かの巨大複合型動物園''ジャパリパーク''とも連帯し、パーク内にも支部が置かれていた。
イザベラ、そしてそのそばにいる男女はパーク内の支部所属の面々である。パークを影から支える彼女らには、クリスマスイブだろうが御構いなしに仕事が舞い込んできていた。
イザベラはまず男へと向き直った。
「モリノ、建物内の様子は?」
声をかけられた男はビクッと体を揺らすと、持っているノートパソコンを彼女の方に向けた。
守野 衛(モリノ マモル)。LASAPO内では情報伝達チームの一員として活動している。寡黙だが消極的な性格というわけでなく、本人曰く普段喋る必要を感じないので喋っていないという表面のクセの強さが性質の大部分を占めている男である。だが能力を発揮する際は自分の最大限を引き出し、LASAPOに貢献しているという捨て切れない男でもあった。
守野が無言のまま差し出したパソコンをイザベラと、片脇に立っていた女が覗き込んだ。
暖かそうな、フローリングの屋内の様子が映し出されている。その床の上にはいくつかの人影があった。しかし、その人影とはただの人間と同じ形をしていない。
人影には尾っぽや翼や獣の耳があった。未知の物質''サンドスター''により女性の人間の姿に変化した動物、人呼んで''アニマルガール''、もしくは''フレンズ''であった。
''フレンズ''たちの保護も、ジャパリパークに上陸したLASAPOにとっては立派な仕事である。なぜなら彼女らもまた形態変化した''動物''であり、ある種の''孤児''でもあるからだ。
フレンズたちがいるのはイザベラたちがまっすぐ見据えている建物の中だった。ちょうど監視カメラから内部の様子を閲覧しているわけである。
フレンズたちの声が、若干のノイズとともに聞こえてくる。
『……ねぇ、いつまでここにいればいいのー?』
『でも待ってたらいいことがあるんだって!』
『本当かなぁ。私不安になってきたんだけど……』
それを確認したイザベラは、女へと叫ぶように言った。
「Athena!突入準備を!」
アテナと呼ばれた彼女は、しきりに貧乏揺すりをしながら返事を返す。
「あのさイザベラぁ……。これ私がやる意味ある?」
「弱気にならないで頂戴!チームの隊長としてのあなたはどこにいったの?」
「……いや、弱気とかじゃなくて」
Athena(アテナ)。弱冠15歳にして動物保護チームの隊長としてパークを奔走する若きリーダー。元々はLASAPOで保護されていた孤児だったが、今やか弱き頃の面影はない……とは言い切れなかった。人間、暑さと寒さの下では素が出るのか、ただの少女の側面を見せていた。
そして、イザベラ・ガードナー。普段は気象観測チームに所属している身であるが、異常気象の発生によって迅速な避難指示が求められる場合など、緊急時で強い指揮能力を発揮するため、たびたび作戦指揮を任されている。
この場にはLASAPOの3人の精鋭が揃っていた。
文句を垂れるAthenaを無視して、イザベラは叫んだ。
「クリスマス作戦を開始するわ!」
紅の戦闘服に身を包んだAthenaははぁとため息を吐くと、音を殺して建物へと向かっていった。無駄のない挙動を続けている。
イザベラもまたその姿を睨み続けていた。
が、ある瞬間、イザベラは目を見開いて通信機へと叫んだ。
声はノータイムでAthenaの耳に届いた。
『隠れて!』
Athenaは即座に、そこにあった電柱の裏へ逃げた。脱兎の如く、一飛びで。
ヒュウ、というイザベラの軽い息遣いがAthenaの耳元で鳴る。
『もう少しで見つかるところだったわね。窓の側に人がいたわ』
『あなたは黙ってて』
キツい返答も気にせず、イザベラは語りかけた。
『バレたら終わりよ。今度は一気に近づいて』
『了解』
Athenaはまたしても跳躍した。彼女にとっては造作もない幅跳びだった。そうして建物のドアへ張り付くと、Athenaはゆっくりとそれを開いた。
フレンズを驚かせてしまわないように。
『メ、メリークリスマス……!』
ぎこちないクリスマスの挨拶が、インカムに届いた。
イザベラは笑顔をつくって、心でメリークリスマスと彼女に返した。
きっと建物の中、LASAPOの支部の中ではサンタの格好をしたAthenaがたくさんのフレンズたちに囲まれて、プレゼントをねだられていることだろう。
「大成功ね。ありがとう、モリノ」
「……俺は何もしてません」
LASAPOはパークを裏から支える組織である。観光施設を兼ねたサファリのような、大々的に目立つような組織ではない。それでもフレンズたちの笑顔を''守る''ためなら、我々は雪の中でも働くのだ。イザベラは、誰も見ていないと踏んで笑顔を保ったままでいた。
「……俺らいつになったら中に入れるんですか?」
「さぁ。待てばいいんじゃないかしら」
「そんな……」
しんしんと、雪は彼女らの肩に積もっていた。
ページ作成者:相須楽斗
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