ある夏の日の他愛のない一時

ページ名:ある夏の日の他愛のない一時

 

 

「…そろそろご飯にするかな」

 

夏の昼頃、僕はナリモン水族館を観光している途中でふと腹の辺りを撫で下ろした。施設の中でのびのびと暮らしている動物を眺めるのに集中していると何時も時間を忘れてしまう。腹の虫が訴えて漸く我に帰るなんて、良くあることだ。

 

(確か、レストランストリートは…向こうの方かな)

 

今日の昼食は新鮮な海鮮丼にしよう。そんな考えを抱き、僕は急ぎ目に目的地へ向かう為に歩き出した。

もたもたしていると先を越されてしまう。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「…参ったなあ、何処も混んでるなあ」

 

 

どうやら間に合わなかったのか、家族連れや学生のグループを中心に観光客がストリートのあちこちで長蛇の列を築き上げて居た。ここは世界有数の巨大な動物園。しかも丁度夏休みの期間だから当たり前の事なんだろう。だがこのまま待っていても空腹は増すばかりな上、観光に回せる時間が少なくなってしまうのは明らかだった。

 

(何処が空いてるかな……ん、あれは…)

 

(あれは売店…そうだ、今日はあそこにしよう)

 

一先ずは軽めでも腹を満たさなければ始まらない。当初の予定を変えて売店から食事を買うことにした。

 

 

「…ふう…」

 

 

今、休憩所のテーブルには先ほど買い上げた食事が3品ほど並んでいる。からあげの10ピースにサラダ、水族館らしく魚とご飯がメインとなっている弁当だ。

 

(弁当があったのはラッキーだなぁ)

 

これだけあれば暫くは空腹に困る事はないだろう。両手を合わせ、挨拶を行ってから食事に取り掛かった。

 

「頂きます」

 

そう言い終えた所で、視線の先にある"何か"に気づいた。

 

(…ん?あれは…)

 

背ビレの様な灰色の何かが、テーブルの向こう側から姿を覗かせていた。テーブルを水面に見立てているのか、ゆっくりゆっくりとそれはテーブルの下に"沈んで"いった。

 

 

「………?」

 

(何だ…?一体…)

 

何やらそこに居る気がしてならなかった。

僕が少し身を乗り出して正体を確認しようとした時、"それ"は直ぐに死角から現れた。

 

 

「しゃしゃー!」

 

「うおわぁあ!?」

 

 

有ろう事か、さっきの背ビレが頭に着いた少女が下から浮上し、文字通り目の前に姿を現したのだ。かなり動きが早く一歩間違えれば頭同士が激突していただろう。

 

「なーなー!美味そうな匂いするな!メシかー?」

 

「え?た、確かにこれから昼ご飯だけど…」

 

それを聞いた途端、目の前にいる女の子はキラキラした目で見つめて来ているが、それが僕に対する食欲では無いのは流石に理解が行く。

今尚目の前に居る女の子の見た目を良く見て見ると、とても綺麗な歯、海色に輝く後ろ髪の毛先やひっきりなしにピクピク跳ねているヒレが見える。どうもこの子も"アニマルガール"の様だった。

 

(サメのフレンズ…確かウバザメとかしか居なくて珍しいって聞いた様な…)

 

「なーなー!メシくれー!」

 

「ちょ…こら、危ないから座って!ちゃんとあげるから!」

 

「わはーっ!オマエ良いヤツだなーっ♪」

 

ぱあっと彼女から笑顔が溢れたと思うと次の瞬間には思い切り抱き着いてきた。その懐き様に、ふと近所のおじいさんが飼っている犬を思い出した。

尾ビレ、いや尻尾をブンブン振って顔を擦り付けてくる様は、本当に無邪気な動物そのもの。

フレンズだから仕方がないとはいえ、自分より大きな女の子にそういう反応をされると普通に対処に困る。今机と向かい合っていたのだから下手すると彼女が身体をぶつけるかもしれない。

 

「わ、分かったから、分かったから…!落ち着いて!」

 

(そ、そうだ、この子はサメのフレンズ…サメは確か…)

 

フレンズが元の動物の習性を反映して居るのは分かって居た。ならばこの子にはあの手が効くだろう。

考えを実行に移し、彼女の小さい鼻を指で撫でてみた。

 

「んしゃっ?しゃ…っ♪」

 

するとどうだろう、子供の様にはしゃいでいたのが一気に大人しくなった。それどころか非常に嬉しそうに目を瞑り、顔を綻ばせて居ながら撫でを受けていた。

目の前の少女の鼻を撫でると喜ぶ体質を知り、なるほど、と思った。

 

 

「…落ち着いたかい?」

 

「しゃぁぁ…もう少し撫でてくれー…♪」

 

「わ、分かった」

 

本当に気持ち良さそうで、頭に形成されて居る胸ビレを揺らしながら、余韻に浸っていた。

結局、暫くの間鼻を撫で撫でしてから漸くその子は離れてくれたのだった。

 

 

どうもこの子は僕の買った食事の美味しそうな匂いに惹かれたらしく、その食事を食べたいという。

断るわけにも行かず、買ったものの中からからあげを彼女にあげて一緒に食事を取ることにした。

 

「…」

 

(この子、大きいのに意外と子供っぽいんだなあ)

 

ともかく、漸く落ち着いて食事に手をつけられる。袋から箸を取り出して僕は弁当からご飯をつまみ、口に入れて行く。

 

「んくん…んちゅ…」

 

一方、向かいに座っているアニマルガールの"ホホジロザメ"はからあげを美味しそうに頬張っていた。

意外だったのが、存外にがっつかずに良く噛んで食べること。そしていつの間にかサラダまで彼女の側にあった事だ。

 

(…あれ、サラダも食べるのかな?)

 

「…良く噛んで食べるんだね、君は」

 

「んー?んくっ…うんっ、歯、大切にしてるからなー!」

 

飲み込んでから彼女は、また笑顔になって質問に答えた。確かに先ほど近寄られた時に見えた歯はとても手入れが行き届いていて、歯の裏側まで真っ白に仕上がっているのが分かった。

 

「歯も良く磨かれているし、本当に大事なんだね」

 

「!えへへー…♪だろー、だろーっ♪」

 

歯を褒めるとまた一際眩しい笑顔を見せて自慢げに言葉を繰り返していた。とても無邪気な子だな、と微笑ましく思いながら、再び食事にありついていく。焼かれた魚のぱりっとした食感が、口に響き渡る。

一噛み、一噛みが魚の味を引き出している時、唐突にホホジロザメは質問を投げかけた。

 

 

「んむ…なーなー、聞いていいかー?」

 

「ん、なんだい…?」

 

「オマエなんで目閉じてるんだー?」

 

(…え、何で最初に聞かなかったんだろう)

 

新鮮な味の感傷に浸って居る時に、それは唐突に投げかけられた。良く目が細いと聞かれはするが、まさか「閉じて居る」と言われたのは初めてのことだ。…それも今食事をしているタイミングで聞かれたのだから一瞬身体が固まってしまった。

硬直した所為もあって暫く答えに悩んだが、絞り出した答えを彼女に伝える。

 

 

「…何というか…父さんに似たから、かな」

 

「父さんも凄い糸目なんだよ、その辺が僕も似ちゃったんだと思うよ」

 

「すげーなー…似ちゃうのかー」

 

「遺伝って物だよ、親の特長を強く引き継ぐ事も有るんだ」

 

答えを聞いて納得した女の子は感心した顔のまま、4個目を口の中に放り込んではしっかりと咀嚼を繰り返していく。

 

「それであれかー、なんか女の子っぽいのかー」

 

「はは…それ、良く言われる。でもやっぱり男として見てほしい気持ちはあるよ」

 

母さんから聞いた話で知った事だけど、どうも僕は生まれつき女性ホルモンの比率が高いらしい。偶に人から女子扱いされる事があるはその所為なのだろう。

彼女には紛らわしい思いをさせたかもしれない。

 

 

 

「…ご馳走様でした」

 

箸を進めて一足先に弁当を食べ終えた僕は、再び両手を合わせて食後の挨拶を済ませる。何時もと変わらないなんの変哲も無い日常を身をもって味わい、ゆっくりと感謝をした。

 

一種の儀礼の様なものを済ませたは良いが、ホホジロザメはまだからあげをむしゃむしゃと食べている途中。今ようやく8個目に到達している所だった。

僕はそこで何かを話そうとしたが、直ぐにやめた。

今彼女は、からあげを最大限に、全身全霊をかけて堪能している。そんなひと時をこれ以上、僕なんかの身の上話で邪魔をする訳にはいかないと思ったからだ。

 

(このまま眺めていようか)

 

言い方は変になったが、彼女が食べ終わるまで暫く見て、待っていようと結論をだした。もう食事の役目を終えた両手を机の上に置き、じっとホホジロザメの食事を眺める。

彼女は終始心からの笑顔で、本当に美味しそうに食べている事がすぐに分かる。

こんなに嬉しそうに食べてもらえて、からあげも冥利に尽きるだろう。

何よりそんなホホジロザメの笑顔を見ると、和やかな気持ちにされた。

 

 

そんな食事の様子を眺める事30分、ついに最後の一個が歯でよく噛まれ、小さくきざまれたものがホホジロザメの喉を通る。

飲み込む最後の瞬間まで、彼女のヒレは動いてばかり居た。

 

「んふー、美味かったぞー!」

 

「そうか、それは良かったよ」

 

しゃしゃしゃと独特な笑い声を口に出した後にサラダを両手に取り、意気揚々と次の食事にかかろうとした。

その目線は蓋を開こうとする途中で、顔ごと横に向いた。

 

「あ、メガロだー!」

 

そう言われて、釣られる様に彼女の見ている方向に視界を向けた。すると、人混みの中に極めて目立つサメのフレンズが彼女を呼んでいるのが見えた。

全体的にホホジロザメの容姿と似てはいるが。読んでいる途中だったのか、本を片手に持って居てメガネを掛けているなど、何処か理知的な雰囲気を感じさせた。

 

 

「呼ばれたから行かなきゃなー、ご馳走様だぞー!」

 

「ああ、気をつけて帰るんだよ」

 

迎えが来て立ち上がった彼女に対して親指を見せ、続きは何処かで食べると言わんばかりに持ったサラダを持って行くことを了承するジェスチャーを送る。

彼女がそれを理解してくれたかどうかは知る由もないが、こうした方が多分、食べる時に気遣いなんて物が無くなってくれるだろう。

"多分、あれは食べて良いよって事だよね?"…そう思ってくれれば、僕としても幸いだ。

 

 

「えへへ、また会おうなー!」

 

「うん、またね」

 

 

そう言って手を振り、互いに軽く別れの挨拶を交わした。去りゆくホホジロザメの背中を、もう一人のサメのフレンズと合流するまで見届けた。

一方がとても楽しかったと言う様に、もう一方がやれやれと言う様に対照的なやりとりを交わしたのち、二人は人混みの中に消えて行った。

 

 

そこまで見届けてある事に気付く。

時間を掛けた割に其処まで腹が満たされる程は食べて居ないって事に。

それでも、然程問題にはならないと言う事にも気付いた。何せ空腹だけは消えて居たのだから。また空腹がやってきたら、また食事を取ればいいだろう。

そんな風に楽観的に考え、再びけものたちに会いに行くべく席を立つ。

 

 

今日も、また楽しい日になるだろう。


Tale

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