紛い物の狼

ページ名:Fake_wolf

 

 

 

 

世界から居なくなったものは、二度と戻ることはない。
そこに居た証、跡は残ろうと、それを残したものが戻ることは、一度たりともない。
それは嘆くべきことではない。それは世の摂理なのだ。
しかして、それを許さぬ光はある意味で異端と言えるだろう。
たとえどんな形であろうと、星は再生する。
持ちうる技を昇華させ、ヒトの形に新たに作り上げてまで現世に引きずり戻す。
それ故に星に認められたものは、動物としては酷く歪んだ形をしている。同胞も、同胞を食らう物も。

 

 

だが「あれ」は違った。
あれが再現して居たのは、「野生のままの動物」なのだろう。
本能のままに動くものでもあり、気まぐれに任せて動くものであり、動物そのものだった。
あれは些か俺に対して無慈悲な形を取って現れた、だがそこ迄に「狼」であろうとしたのだろう。
きっと、ヒトの語った狼の姿も取り入れたのだろう。
あの狼の紛い物としての信念は、賞賛に値する。

 

 

最初にあれが俺の目の前に現れた時は、なんとも趣味の悪い奴だと思った。
一瞬のみ、俺の全てを惑わす存在を直ぐに紛い物と見做し、砕こうと牙を向ける俺に対してあれが行ったのは咬合ではない、自ら頭を接触させてきたのだ。
馴れ馴れしくて、見た目も合間って余計に、あの存在が頭によぎった。
あの星も本当に趣味が悪い嫌がらせをするものだと払い、視界を背けた。

今思えば、何故あの時に潰せなかったのか。

 

あれからも奴は俺の元にやってきては、ただただ目を細めて身体をくっつけて来た。
狼を再現しているあれは、俺を仲間だと認識しているのだろうが、俺から見た奴は、完全に、愛しい存在と重なってしまうのだ。

無造作に俺の心を、強く侵食し続けた。

しかし、俺に牙を向ける訳でもない。
一声「やめろ」と釘を刺したなら、すぐに同胞から離れた。
俺からは離れなかったが。狼としてはよくできた存在だった。

そんな奴を、排斥出来ようものか。

 

 

だが奴とて同胞を食らう存在。同胞が俺の見えぬところで食われる危険もある。
一度は全てを忘れ、後顧の憂を断つつもりで奴に戦いを挑んだ。
監視の届かぬ深き森の底にまで追い詰め、後は、今度こそ潰すだけだった。
…それは、叶うことは無かった。
奴がその黄色い5つの目で見つめ、死を受け入れている様を直視してしまった。
「俺になら倒されてもいい」、奴はそう言っているように見えた。

 

例え奴が一匹の狼を目指した紛い物であろうと、例え一匹の狼として近づくために進化をした紛い物だったとしても、俺には討てなかった。

 

 

奴は紛い物だ。
それでも、奴は紛れもなく「狼」であった。
狼の王だった俺からは、監視の届かぬこの深い森から出るなと。

たったそれだけしか言うことができなかった。

 

 

 

 

 

それから、奴がどこかに居たという話は聞かない。

俺の独り言を律儀に聞いているのか、どこかで狼として一生を終えて消えたのか。

その時の俺には知る由もなかった。

 

 

 

 

奴は、彼女は、「一匹の狼」だった。


Tale

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